第2話 怪事件

 東京都千代田区。警視庁『特別捜査本部』。


 広い会議室に捜査員が続々集まり、各々適当に空いている席へ座っていく。


「本部長までいやがる。こりゃ大事おおごとだな」


 部屋の隅に座っていた中年の刑事、山崎勘次やまざきかんじは、正面に座るお偉い方の面子を見て愚痴を漏らす。警視庁内に捜査本部が置かれること自体、ただならぬ事件ではあるが、警察本部の部長が指揮する事件となると、社会的反響のある重大事件ということだ。


 それに、山崎が知る限り、ここに集められた捜査員の数はこれまでで一番多い。厄介な事件であることは間違いなかった。


「山崎さん、殺人事件は全て大事ですよ」


 山崎の隣にいる眼鏡をかけた若い女の刑事がさも当然といったように呟く。


「広永、お前はまだまだ若造だな」


「若いとか関係無いと思いますけど?」


「ああそうかい。ほら、説明はじまるぞ」


「む……」


 若造と言われ不満顔の広永麻里ひろながまり。捜査一課の刑事は全員が叩き上げの優秀な者達だ。ドラマのように、難関試験を突破しただけの新米キャリアや、現場経験の浅い新人が捜査一課の捜査員として配属されることはない。


 広永も若い見た目に反して、刑事として数々の事件を担当し、解決してきた経験のある刑事だ。しかし、この場においては広永よりも若い者の方が少なく、新米扱いされても仕方ない。相手が刑事歴三十年の山崎ならなおのことだ。


 …


 プロジェクターに事件の資料が映し出され、進行役の管理官がマイクを手に取り、事件の説明を始める。


『昨夜、港区六本木にあるナイトクラブ『LUXEラックス』にて、従業員五名と、当時、クラブを貸し切っていた大学サークルの学生四十六名、合わせて五十一名がバラバラの遺体で発見された』


「「「ご、五十……」」」


 集まった捜査員達がざわめく。被害者の数があまりにも多過ぎる。それに、プロジェクターに映る現場の遺体、というより、バラバラの肉片の量がその人数が偽りでは無いことを示していた。


 続いて、捜査員達の手元に捜査資料が配られていく。被害者の個人情報だ。しかし、いくつかの欄には氏名が記載されておらず、身体的特徴の一部しか書かれていない。


『被害者の人数についてだが、これはまだ確定では無い。現場に散乱した遺体、それとクラブ内のロッカーに保管されていた私物、それに、遺体頭部の顔写真から判明したものだけだ。現在、鑑識が総動員で検分にあたっているが、遺体の損傷が激しく、正確な被害者の数が判明するのはもう少し時間が掛る』


(だろうな。あんな細切れで、逆によくこれだけ身元が分かったもんだ……)


 山崎は内心でそう思った。プロジェクターに映る犯行現場の映像は、様々な殺人現場を見ているベテラン刑事でも目を逸らしたくなる映像だ。時間から丸一日以上経ってなお、未だに遺体の判別が終わってないのも頷けた。


『犯行に使用された凶器は長大で鋭利な刃物と推定されるが、特定には至っていない。犯行時刻はサークル団体がクラブを貸切予約した記録と、従業員と学生以外の遺体が今のところ発見されていないことから、昨夜午後十時から深夜零時と推定。被害者の人数から、犯人は複数と思われる――』


 その後も説明は続き、捜査員達が班分けされてそれぞれに聞き込みなどの仕事が割り振られていく。



(見慣れねぇ連中がいると思ったが、公安か……ちっ、面倒臭ぇこった)


 一通りの説明が終わり、山崎はこの場にいる見知らぬ人間の正体を知る。どうやら公安調査庁の捜査員が合同で事件を捜査するようだ。そのことに山崎は内心で舌打ちする。


 警察は縦割り組織だ。上下関係で組織が運営され、他の部署や部門との連携が希薄である。それは、テロ組織に対する情報の収集・分析を行う公安調査庁も同様だ。同じ国の治安を預かる行政機関といえど、お互いに情報共有には消極的であり、連携して捜査にあたれるとは言い難い。


 山崎自身もそうだが、刑事は自分の持つ独自の伝手や情報源などは、上司は勿論、同僚であっても秘匿する。それは公安の人間も同じだ。特に公安の扱う仕事柄、国家の秘密に触れることも多く、相手が警察官とはいえ他組織の人間に積極的に情報を提供することは無い。


 表向きは協力する姿勢をとっても、お互いに手の内は見せない。誰もが事件解決に良い慣習だとは思っていないが、巨大組織とそこで働く者はそう単純に割り切ることは出来ない。


(公安が出張って来るってこたぁ、テロを疑ってんのか? 確かに五十人以上も人が殺されてんだ。衝動的なモンでも怨恨でもねぇ。だが、テロ組織が大量殺人にナイトクラブを選ぶか? それに、被害者の身元にも政治的な背景は見えねぇ。どうも腑に落ちねぇな)


 被害者の中に親が権力者や有名人のいる人物は見当たらない。これほど大量の殺人事件となれば、世間から大きな注目を浴びる。テロならば何かしら政治的なアピールやメッセージが含まれていそうなものだが、そのような証拠も犯行声明も無かった。


(殺しの手口は異常者のそれだが、説明がつかねぇな。どの被害者も同じように殺されてるし、特殊な凶器を使ってる。同一犯の犯行に見えるが、単独であの人数を一、二時間で殺せるわけがねぇ。犯人は複数なのは間違いねぇが、それだとこんな猟奇的な殺しをやらかす人間が何人もいるってことになる……)


 山崎がそんなことを考えていると、プロジェクターの映像が切り替わった。


『続いてこれを見て欲しい。クラブの入口に設置された防犯カメラの映像だ』



 そこには、にも関わらず、血の足跡がついていく様子が映っていた。



「おいおいおい……」


 再び会議室にどよめきが起こる。まるで透明人間が歩いているようなトリック映像だ。しかし、この場でそんなものを流すわけがない。


『当たり前だが、映像に加工などしてない。押収したままの防犯映像だ。犯人が捜査を混乱させる為に映像データを入れ替えた線も考えられるが、現場には血の足跡が残されているのは事実だ。足跡と歩幅から足のサイズは26.5cm、身長160~170cm、体重は50~60㎏。やせ型の男性と推定。足跡はナイトクラブから六本木交差点方面に向かい、そこで消えている。ちなみに、クラブの裏口に防犯カメラは無し。足跡もついていない』



「(山崎さん、あれって絶対、『光学迷彩』ってヤツですよ)」


 広永が小声で山崎に耳打ちする。


「(なんだそりゃ?)」


「(知らないんですか? アニメとかSFであるじゃないですか。透明になる服や機械のことですよ!)」


「(お前……ふざけてんのか?)」


「(な、何言ってるんですか! 現実でも最新の軍事技術なら可能って話、知らないんですか? 一般に知られてないだけで既に実現されてるかも……)」


 いつも冷静な広永が、急に熱く語り出した。


「(広永……お前、オタクか? んなこと知るわけねーだろ)」


「(いや、ミリヲタじゃなくても言葉ぐらい誰でも知ってますよ?)」


「(み、みり……何?)」


「(もういいです。とにかく、犯人が最新軍事兵器を使ってる可能性もあると思います)」


「(何バカなこと言ってんだ)」


「(うーん、そう考えると凶器も軍事兵器が使われてるかもしれませんね。レーザー兵器とか……いやそれだと、傷口が焦げてるはずだし……もしかして、超硬質ワイヤー? それとも極秘に開発された未知の新兵器……?)」


「広永、何ブツブツ言ってんだ? いい加減にしろ! 仕事だぞ?」


「ゴホンッ! ……す、すいません、つい……忘れて下さい」


 気づけば周囲の捜査員達が席を立っていた。既に事件の説明と捜査方針が伝えられ、各自、仕事を割り振られて会議室を後にする。山崎と広永の二人には現場周辺の聞き込みという仕事が与えられていた。


「はぁ……まあいい、行くぞ。俺達はクラブ周辺の聞き込みだ」


「了解です」

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