閑話⑤ 新たな命
――十年後――
エルフ国エタリシオン。結界付近の魔の森。
石造りでできた祠の床に、魔法陣が浮かび上がり、漆黒のローブを着た四人の姿が現れる。
「懐かしいですね」
イヴは周囲を見渡し懐かしむように呟いた。身に纏う漆黒のローブのフードを取り、紫色の髪と瞳が露わになる。元々、大人びた少女だったイヴも、真に大人へと成長したその姿は美しく、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「なんという濃密な魔素……こんな場所があるとは」
ここに初めて訪れたセルゲイは、周囲を警戒しつつも戸惑いの言葉を口にする。長年、異端審問官として様々な国や地域で活動してきたセルゲイでも、エルフ国周辺は今まで経験したことなのない不思議な土地だった。
「まずいっすよ、おやっさん……」
「や、やばいにゃーん!」
それは一緒に来たミケルとミーシャも同じだ。辺りは二人の知る他の魔の森とは比べものにならない程、異常に魔素が濃い。いつ強力な魔物が襲って来てもおかしくはない環境だ。
「狼狽えるな! 半人前共がッ! それに、おやっさんではない! セルゲイ様と呼べ! 何度も言わせるな!」
「酷ぇ! いい加減、半人前扱いはヤメロよ!」
「司教になったからって最近偉そうにゃー!」
「黙らっしゃいッ!」
「三人共、あまり騒がないように」
「「「はっ! 申し訳ありません!」」」
イヴの言葉にセルゲイ達がすぐさま姿勢を正した。イヴの胸元には漆黒のロザリオと淡い桃色のロザリオの二つがチラリと見える。それはイヴがアリア教会の暗部の長、それに聖女だということを示していた。
「しばらく歩きますが、私から離れないようにして下さい。はぐれたら命の保証はできませんよ?」
「し、しかし、イヴ様を先に行かせるなどできません。この辺りが危険と仰るなら尚更――」
ドシンッ ドシンッ ドシンッ……
突如発生した地面を揺らす振動。巨大な生物の歩行音が近づいてくる。
「三人共、決して動かないように。特に、セルゲイは攻撃してはだめですよ」
(((りゅ、りゅ、りゅ、竜ぅぅぅ!!!)))
木々の隙間から現れた真っ赤な竜に、ミケルとミーシャが咄嗟に口元を押さえる。しかし、今更物音を立てないようにしても竜の視線は既にイヴ達に向いており、完全に見つかっていた。
「「「なっ!?」」」
グルルルルル
次に別の青い竜が背後に現れ、セルゲイ達を凝視して威嚇音を慣らす。あまりに高濃度の魔素に突然さらされ、全員が竜の気配に全く気づけなかった。
「久しぶりですね。バルとベガ。いい子にしてましたか?」
キュー
キュー
イヴの声に二匹の竜が甘えるような鳴き声を発し、イヴに顔を近づけてきた。咄嗟にイヴの前に出ようとするセルゲイをイヴは制止する。
「心配ありません。この子達はレイ様が
「「「えっ!?」」」
「見知らぬ者や魔物はこの子達に襲われてしまうので、この子達が慣れるまで私からは離れないように」
「なんつー……」
「信じられないにゃ……」
「流石、レイ様!」
…
(ここに来るのは三年振りでしょうか……)
二匹の竜に護衛されて暫く森を歩き、やがて巨大な樹木が見えてきた。この辺りの森の木は、高さが百メートル、直径も十メートル近くある巨木の森だ。その中でも一際大きい木にはいくつか窓のようなガラスがはめられ、光が漏れている。
「おお、なんと神々しい。まさか、あちらにレイ様が?」
「ええ。エルフ国エタリシオンの国王陛下が用意して下さったものです。エタリシオンの結界から僅かに離れている為、手付かずだったと聞いています。この辺りは厳密にいえば魔の森の深部ですが、この子達のおかげで魔物は寄ってきません」
キュー
キュー
「流石、レイ様!」
「ほえ~」
「すごいにゃー」
平地の森とは比べものにならない壮大な景色。巨大な木々は勿論、あらゆる植物を集めたかのように多種多様な草花に覆われた森。その中にある幻想的な巨木の家に、ミケルとミーシャがしばし見惚れる。
「お前達! 気を引き締めんかい! お役目を忘れとるんじゃないだろーな?」
((あんたの方が先に呆けてたろーが!))
「あら? 懐かしい気配がすると思ったら……おかえりなさい、イヴ」
「はいっ! ただいま戻りました!」
巨木の家から顔を出したリディーナがイヴを迎える。十年前と変わらぬ美しい姿のままだ。
…
……
………
ドンッ
「ねーちゃん!」
「おねーちゃん!」
勢いよく扉を開け、二人のエルフが突然部屋に入ってきた。
「「あ! イヴねーちゃん!?」」
「久しぶりです、シャル、ソフィ。二人共、随分大きくなりましたね……でも、突然入ってくるのはダメです」
「えへへ、ごめんなさい」
「だから言ったじゃん! シャルの馬鹿!」
ソフィがシャルの頭を小突く。どうやら、シャルが突っ走っての行動だったようだ。イヴが二人と初めて出会った当初は二人共、十歳の子供だった。それが今や二十歳の大人。シャルは逞しく、ソフィは美しく成長していた。
ドンッ!
「イヴ様! 賊の気配が! ……ぬ?」
外で警備をしていたセルゲイが飛び込んでくる。
「「「賊?」」」
「賊はおっさんだろ?」
「それも違うって言ったじゃん!」
「おっさんではない、セルゲイだ!」
「あー なんとかく分かったわ。外にいたセルゲイ達を不審者だと思って伝えにきたのねー」
「なるほど。二人共、初対面ですから納得です。いきなり飛び込んできたのもリディーナ様を心配してのことだったのですね」
「身重だからって戦えないわけじゃないのに失礼しちゃうわね~」
「「「戦っちゃダメですッ!」」」
「何言ってるの、まだまだ全然平気よ~?」
「「「ダメですッ!」」」
「んもう、心配性ね~ 二人目だし大丈夫よ」
「それでもです。レイ様がご不在の間は、私がリディーナ様をお守り致します!」
「そうそう、その為にオレとソフィは帰ってきたんだし」
「私はおねーちゃんのお世話するねー」
「別に平気よ。自分のことぐらい自分でできるし、レーナも大きくなったし」
「私の記憶違いでなければレーナ様はまだ五歳では?」
「「そう言えば、レーナちゃんは?」」
「ブランと狩りに行ってるはずだけど、もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら」
「「「狩り?!」」」
「もう大抵の魔物なら狩ってくるわよ? バルとベガ並みの竜はまだ無理だけど」
「「「当たり前です!」」」
ドンッ!
ミケルが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「大変です! 姐さん! ブランと姐さんみたいな小さい女の子が……」
…
『ふわぁ~ レーナちゃん、オイラお腹減ったっす』
ブランが魔物を引き摺りながら森から帰ってきた。その頭には銀髪の小さい女の子が笑顔で乗っている。
「もー ブランはいっつも食いしん坊ー あ、ママだ! イヴのおねーちゃんもいるー 知らない人もいっぱいー」
『イヴちゃんっす! あとはおっさんと猫と……ジジイっす』
「ミケルだッ! おっさんって言うなッ!」
「一角獣が喋ってるにゃ……それにあれ」
「ジ、ジジイ……? いやいやそれよりあれは
ブランが引き摺っていたのは大型の鷲獅子だった。その体には無数の切傷がある。ブランの特性を知っているセルゲイは即座にブランが倒したのではないと看破した。そして、銀髪の幼女が手にしているのは『魔刃メルギド』。誰が鷲獅子を倒したのか、答えは一つしかない。
「レーナ様がクヅリを?」
その光景にイヴも目を丸くする。
「レイが置いていったのよ。念のためって。大丈夫、クヅリがあの子をどうこうすることは無いから」
「は、はあ……しかし、レーナ様はあの歳でもう剣術を?」
「レーナに合わせてクヅリが形を変えてるし、レイが護身用にってあの子に剣を教えたわ。それに魔法も。あの子はとっても頭が良くって、一回教えるだけで大体覚えちゃうから、レイも私もついつい色々教えちゃったのよね~」
「さ、流石、お二人のお嬢様です……ですがちょっと信じられません」
「レイは天才児って言ってたけど、私達にとってはかわいい娘よ」
ブランの頭の上で無邪気に手を振るレーナに、リディーナとイヴは笑顔で手を上げ、それに応える。
銀髪という以外はリディーナにそっくりのレーナ。その幼く愛おしい笑顔に誰もが庇護欲を搔き立てられた。
しかし、寄ってきたバルとベガを撫でている姿に、誰がこの子を害することができるのかと疑問にも思う。それに…
(((この子に何があったら? いやいや、あってはならないでしょ!)))
そう。レイが不在の中、レーナに何かあればこの星が吹き飛ぶ。こんな愛らしい娘に何かあればレイがどういう行動に出るか、この場にいる者は全員が想像できた。
「こんなところに誰も来ないし、心配無いわよ。それよりイヴ、教会の方はいいの? ここよりそっちの方が大事だと思うわよ?」
「確かに、今のアリア教会はいくつも分派し、神聖国も以前のような勢力はありません。その混乱の原因は私にあります。今はダニエ様のお手伝いをしてはいますが、私にとって一番大切なものはレイ様にリディーナ様、そしてレーナ様です。お二人に何かあれば私は死んでも死に切れません。どうかお世話をさせて下さい」
「そう。じゃあ、ここにいる間は休暇だと思ってゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます……そう言えば、レイ様は今どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「あら? 女神様からは詳しく聞いてないの?」
「アリア様の依頼でしばらく家を離れるとしか……」
「相変わらず女神様は適当ね~ いつも説明が足りないってレイもボヤいてたわ」
「そうでしたね……」
「レイは今、『ちきゅう』ってところに行ってるわ。すぐに仕事を終わらせて帰るって言ってたけど、いつになるかは分からないわね」
「ちきゅう……レイ様の生まれた世界のことですね。異界の依頼は初めてのことです。今回の依頼は今までと違うようですね……それに」
「大丈夫よ。どんな依頼もレイなら必ず完遂する。それに、レーナがいるもの。絶対に帰ってくるわ。だから私は心配してない」
「私もそう思います」
そう言って二人は空を見上げた。
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