閑話④ 愛しさ余って憎くさ百倍?

「マ、マレフィム様ぁぁぁーーー」


 レイが東条奈津美マレフィムを始末して姿を消した直後、バヴィエッダは地面に這いつくばり、消し炭となったマレフィムの遺灰をかき集めていた。


(ババア……)


 爪が割れ指先から血が出るのも構わず、涙をながしながら一心不乱に地面を掻くバヴィエッダの姿に、ガーラは正気を失ったと憐れみの目を向ける。


 しかし、バヴィエッダは集めた灰を中心に血で魔法陣を描いていた。


 直後、魔法陣が光り、マレフィムの遺灰が消える。


「今、何をした? そんな灰を集めて何をしたッ!」


「失われた秘術……魔女マレフィムをして未完の『転生の儀』……我が生涯を賭して成してみせる……魔王様は魔王様にあらず、憎き女神の手に堕ちた忌むべき存在……許さぬ……許さぬぅぅぅ」


 ガーラの問いかけを無視し、血走った目をしてブツブツ呟くバヴィエッダ。


「お、おい、ババア……?」


「ガーラ、お前にも手伝ってもらうよ? 若いダークエルフの身体は役に立つ」


「何言って……気でも狂っ――」


 ガーラの足元で魔法陣が光る。


 眩い光を浴び、糸が切れたように気を失ったガーラは、バヴィエッダに抱えられ、二人の姿はその場から消えた。


 …

 ……

 ………


 魔大陸。


 且つて、魔女マレフィムの研究施設だった居城。その一室にバヴィエッダはガーラを寝かせる。その隣にはジーク、エミューが寝かされており、アイシャと保護された少年、そして佐藤優子の遺体もあった。


「さて、やることが沢山あるねぇ。だがその前に、少し世間に仕込みをするとしよう。邪魔は入れたくないからねぇ……イリーネ、そこにいるエミューって金髪の小娘を隣の部屋に連れてきな」


 暗がりから現れたイリーネに、バヴィエッダが命令する。


「…………はい」


 …

 ……

 ………


 神聖国セントアリア。


 レイが九条彰を殺し、世間から姿を消して三ヶ月。聖都では大陸各地から枢機卿の称号を持つ高位聖職者が集まり、空位となった教皇の選出会議が行われようとしていた。

 

 聖都中央区にある教会議事堂。


 教会本堂が消失し、中央区にある教会に設置された仮の本部。その一室にケネス・ローズ内務大臣、ダニエ・ドーイ枢機卿、そして神殿騎士団特別顧問のロダスの姿があった。


「ようやく、揃ったようですな」

「ええ。大陸全ての枢機卿が一堂に会するのは十数年ぶりか……」

「あの馬車の紋章は……サイラス帝国の『聖女シェリア』様までおいでのようですな。それに、あの騎士達の出で立ち。正規の神殿騎士とは違うようですが?」


 三人のいる部屋の窓から、神聖国の城門をくぐる白い一団が見える。アリア教の紋章が入った純白の鎧と外套を纏った騎士団が、馬車の車列を護衛しながら入国してきていた。


「ロダス殿は初めて御覧になるか……遥か東の地にあるサイラス帝国は神聖国とは距離が離れすぎている為、独自の騎士団が形成されております。様式は違えど、アリア教を守護する神殿騎士としての役割は変わりません」


「そうですか」


 ケネスの発言に、そんな訳はないと武官であるロダスは内心で思う。騎士団において、身に纏う剣と鎧は仕えるべき主君の権威と象徴でもある。一部隊が独自の判断で統一された装備を変えることは許されない。


 いくら距離が離れているとはいえ、正規の神殿騎士団と異なる兵装にすることは、教会の権威を軽視し、神殿騎士団を貶める行為に取られかねない。特に、大陸中に存在する神殿騎士団は、各地域や部隊を差別化するメリットは皆無であり、大陸唯一の宗教組織の安定を乱すことにも繋がる。


「ロダス殿。貴方の懸念は我らも承知しております。帝国の情勢はご存じでしょう。魔大陸に接した立地と広大な国土。サイラス帝国の神殿騎士団は、独自の権限と采配をアリア教が設立された当初から許されております」


 ダニエがロダスに補足する。


「それは異端審問官についても同じですかな?」


「……」


 ダニエはその問いに無言で返し、否定も肯定もしなかった。それの意味するところは、肯定寄りの否定。サイラス帝国においては、同じアリア教会といっても、殆ど独立した組織であり、ダニエはそれを良しとしていないということだ。


 現に、ダニエは自分の息の掛かった者を何人も秘密裏に帝国へ送り込んでいる。しかし、それを他国の人間、それも近衛騎士団長という国の中枢にいる者に話すようなことはしない。


(アリア教会……ワシの知らぬ闇は深いようだ。しかし、ワシの出来ることは神殿騎士を鍛え上げ、女神アリア様とその使徒であられるレイ様の御心に従うのみ!)


 …

 ……

 ………


 その後、大陸中から集まった枢機卿、神殿騎士団の方面指揮官たちの前で、マルセル枢機卿、ならびにユーグ前総団長の火刑が執行された。


 処刑執行人は神殿騎士団アンジェリカ・ローズ総騎士団長。


 新教皇にはダニエ・ドーイ枢機卿が枢機卿達三分の一以上の票を集めて選出され、その座に就いた。


 枢機卿や神殿騎士団の指揮官の中には、次期『聖女』は亜人種族から選ばれるという神託に異を唱える者、戸惑いの声を上げる者が少なくなかったものの、サイラス帝国の聖女シェリアが同神託を認めた為、は大きな衝突や対立は起こらなかった。


 しかし、これまでの教会の教えを根底から覆す内容を素直に受け入れられる者は少なく、千年続くアリア教に大きな綻びを生むことになった。


 また、現時点において公的に存在する『聖女』はサイラス帝国の聖女シェリアのみという状況は、今後大きな波乱を巻き起こすことになる。



 ……そして月日は経ち、十年の時が流れた。

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