閑話③ さっさと服を着ろ!
「静かになっ……た?」
「あれだけいた
オブライオン王都の物陰からオリビアとゲイルが顔を出す。頭上から降り注いだ隕石から逃れ、街中に溢れる不死者から身を隠していた二人は、静寂に包まれた王都に困惑する。
B等級ながら単独で生き抜いてきたオリビアと、A等級冒険者の竜人ゲイル。二人共、不死者が際限なく現れ襲われる過酷な状況で生き延びたのは流石と言える。
「た、助かった」
「ふーーー」
しかしながら、二人共、体力と魔力が既に限界を迎えており、オリビアは地面にへたり込み、ゲイルは槍で身体を支え大きく息を吐いた。
「流石に死ぬかと思ったわ」
「……浄化魔法? にしては範囲が異常だ。一体誰が……?」
辺りは不死者の着ていた服や鎧が散乱している。状況から聖属性魔法の『浄化』で不死者が消滅したと思われるが、街全体にそれを施すのは非現実的だった。思わず「誰が」と口走ったゲイルだが、一個人がこれを行ったなど考えていない。
「きっと天使様ね」
「天使?」
レイの仕業とすぐに察したオリビアは、一人納得して腰を上げる。
「おい、どこへ行くつもりだ?」
「アイシャを探すわ」
「無駄だ。どうせ死んでる。いや、不死――」
「黙っ――」
人の気配を感じ、慌てて警戒態勢を取るオリビアとゲイル。
「なんだ、オリビアか」
「お前、よく生きてたな」
「あら? 俺ら邪魔しちゃった感じ?」
現れたのはバッツ達『ホークアイ』だ。
「おいコラ、ハンク! 何が邪魔だ! 勘違いすんな!」
オリビアと裸のままのゲイルを見てニヤニヤしているハンクにオリビアが叫ぶ。
「邪魔ってなんだ?」
「オメーが素っ裸だからだろーがっ! つーか、なんで服着ねーんだテメー!」
「愛槍以外は全て置いてきたからな。仕方ないだろ」
「仕方なくねーよ! いいからその辺に落ちてる服着ろ!」
「不死者が着てた服など着れるか。その前に『ホークアイ』だったか? お前らが不死者をやったのか?」
「「「んなわけねーだろ……」」」
「だよな。なら、何が起こったかお前ら知ってるか?」
「「「……」」」
バッツ達はそれぞれ明後日の方向へ向いてその質問には答えない。オリビアはともかく、ゲイルにレイのことを話す気はないからだ。
しかしながら、シラを切って演技ではぐらかすこともできたバッツ達だったが、オリビアの手前どういう反応をすればいいか咄嗟に浮かばなかったのが正直なところだった。
「その態度は知っているが言いたくないってとこか? ……まあいい、俺は行く」
「どこ行くんだ? (素っ裸で)」
「リディーナってエルフを探す。あれを俺の嫁にするからな」
「「「――ッ!」」」
バッツ達とオリビアの頬が盛大に引き攣る。
(((コイツ、正気か?)))
「おい、オリビア。コイツ、旦那のこと知らねーのか?」
「あー 話してないかも」
「「「おいおい、コイツ死ぬぞ?」」」
「旦那? リディーナには夫がいるのか? 死ぬ?」
「いや、夫ってわけじゃねーと思うが……」
「同じようなもんだろ」
「つーか、姐さんを呼び捨てとかなんて恐れ知らずな」
「レイにどころかリディーナに殺されるんじゃないの?」
「「「ありえる……」」」
「何を言っている? リディーナが強いのは知ってる。だからこそ、俺の子を孕むに相応しい女だ。夫だろうが恋人だろうが、誰がいようと力尽くで俺のモノにする。それが竜人族の男ってもんだ」
(((コイツ、死んだな)))
「あっそ。じゃあ、好きにすれば? 私はもう行くから、じゃーねー」
「お前はどこ行くんだ?」
「アイシャを探す」
「アイシャ?」
「今回俺達が受けた依頼の護衛対象のガキだ。この有様じゃ、どうせもう死んでる。シマキョウコも生きてるかどうか」
「まだそうと決まったわけじゃ無いでしょ!」
「おいおい、護衛対象から目を離したのか? A等級が聞いて呆れるぜ。他の連中はどうした?」
「さあな」
「気づいたらバラバラになっててご覧のとおりよ。アンタ達こそ、一人いないじゃない。ミケルは? 死んだの?」
「「「あいつは青春中だ」」」
「はあ?」
「ふん、時間の無駄だ。俺は行く」
そう言って、ゲイルは一人歩いて行ってしまった。
「あーあ、依頼放棄して嫁探しか。無責任なヤローだ」
「嫁探しどころか自殺行為だけどな」
「姐さんを孕ませるとか正気じゃねぇだろ。放っとこーぜ」
「あんな変態の勘違い男なんか、リディーナにちょん切られちゃえばいいのよ」
「「「……」」」
バッツ達は無意識に自身の股間を押さえた。リディーナの完全無詠唱による風刃を回避できる者はいない。ゲイルのブツがリディーナにあっさり落とされる光景が目に浮かんだ。
(((死んだ方がマシかもしれない)))
「ま、その前にあの
「「「確かに」」」
バッツ達の脳裏に、容赦なく人を踏み潰すブランの姿が浮かぶ。
「あのパーティーには近づくだけでも命がけだ」
「怪しい槍を持った素っ裸の変態か……」
「けど、姐さんやブランに殺される方が幸せかもな」
「「「……旦那の方がヤバイしな」」」
レイの拷問を幾度となく見ているバッツ達は、あんな目に遭うなら一発で死んだ方が遥かにマシなことだと思えた。
「ああいう勘違い男はちょっとぐらい痛い目にあったほうがいいのよ。じゃ、アタシはもう行くから」
「あ、おい、オリビア」
「ん? 何よハンク」
「……いや、なんでもねぇよ」
「変な奴~」
…
「いいのか、ハンク?」
「オリビアのヤツ、行っちまったぞー?」
「は? 何言ってんだよ」
バッツとラルフはニヤニヤしながらハンクを見る。
「おいおい、何年付き合ってると思ってんだ?」
「そうそう、バレバレだっつーの」
「俺をミケルと一緒にすんじゃねー! 誰があんな女と……」
「あーあ、女一人で子供を探す旅か〜」
「しかも、見た目が色っぽいネーちゃんじゃな〜」
「お前ら……」
「ハンク、二度と会えないと思っていいんじゃねーか?」
「流石にB等級でも一人じゃな。人探しは簡単じゃない。若い女が弱みを見せながらアテもなく歩き回るんだ。どんな目に遭うか分かるよな?」
「……」
「しかも、オリビアの奴、専門は潜入だろ?」
「ベテランの斥候がいていいと思うけどな〜」
「あー くそっ! 分かったよ! ありがとよ! 態々背中押してくれてよっ!」
そう言って、ハンクはオリビアが去っていった方へ向いた。
「じゃーな」
「おう、また」
「またな、ハンク」
「おう」
…
「ハンクも青春だねぇ〜 ラルフは誰かいねーのか?」
「バッツさん、俺にそれ言います?」
ラルフは背中に背負った『
『ワタシノラルフニホカノオンナ? コロスゾ』
「あ、うん、ゴメンナサイ」
「俺は当面、女どころじゃないっすね……」
「そ、そうだな」
「しっかし、この国はどうなっちまうんすかね~」
ラルフは後ろを振り返り、廃墟と化した城を見る。この国の王が生きているかは不明だが、この王都の有様では王が生きていたとしても復興は難しいだろう。
この世界には魔物の脅威が存在する。国の中枢を失い、統制がとれなくなった国がどうなるか? オブライオン王国は冒険者ギルドも教会も存在しない。魔物の脅威に対抗する組織だった行動も、医療も無くなった国の未来は想像に難しくない。
「さあな。周辺国、冒険者ギルド、教会、この国が侵略した国々、それぞれどう動くか予想できねぇ……当分の間は荒れるだろうな」
バッツの懸念どおり、君主を失い首都の機能を失ったオブライオン王国は、勇者に侵略された国々の逆侵攻を受け、その領土を大きく失うことになる。また、急速に濃度が増した魔素の影響で魔物が集まり、人間同士の争いや強力な魔物の出現など混沌とした土地と化していく。
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