閑話② キミも飲むかね?

 ラーク王国、王都フィリスにある王宮、謁見の間。


「では、もらおうか」


 ビクッ


 ローレン・アリエル・ラーク王の声にマリガンとドレークは肩を震わせる。


 二人は水上都市ロッカでレイから受け取った手紙を届けに来ていた。王宮に一報を入れるとすぐに近衛騎士がギルドに押しかけ、二人は有無を言わさず王の前に連れてこられた。


 二人は冒険者ギルドのギルドマスターとして冒険者達を束ねる立場ではあるが、所詮は平民である。平民からすれば一国の国王と直接話すことなど神と対峙するに等しい。


 一挙手一投足、言葉一つ間違えれば首が飛ぶ。それだけではない。王の気分次第で一族郎党にそれが及ぶ。二人は自分の命だけでなく、家族や親族の命を背負っているといっても過言ではなかった。


 マリガンは幾度もラーク王と謁見を行っているが、何度会っても王の放つ重圧に慣れることはない。それに、頬を引き攣らせながらこちらを睨みつけるテスラー宰相を見て、気が気では無かった。


(そもそも何故私まで? ドレークだけでいいでしょうが!)


 そう思うマリガンだがおかみの言うことには逆らえない。


 一方のドレークは、レイから預かった手紙を持ってきたものの、まさか王に直接渡すことになるとは思ってなく、混乱したまま大量の冷汗を流していた。


 ラーク王の重圧は勿論、謁見の間にいる近衛騎士達の放つ圧力も相当なものである。彼等はロダスが鍛えた実戦経験豊富な精鋭達だ。そこらのお飾りの騎士とは比較にならない実力をそれぞれが有し、ナタリー副長をはじめ、ラーク王の為なら誰もが死ねる覚悟を持っていた。


 その近衛騎士達の鋭い視線がドレークに突き刺さる。


「は、はい。S等級冒険者レイ殿からお預かりした手紙をお持ちしました」


 ドレークは跪いたままレイから預かった手紙を震えながら掲げる。その手紙は近衛騎士団副長のナタリーの手からラーク王へと渡された。



 ラーク王はレイの手紙が入った封筒を丁寧に解き中身を取り出すと、食い入るように読み始める。


「……」


「「「……」」」


 暫しの沈黙。重い雰囲気が謁見の間に流れる。


 マリガンとドレークは内心で戸惑いつつ、ラーク王の反応を伺う。当然だが二人は手紙の内容を知らない。ラーク王にとって良く無い内容だった場合、どんなとばっちりを受けるか分からず戦々恐々だ。


(いや、逆にラーク王にとって良い内容だったら、それはそれであの爺さんがどんな無茶振りしてくるか分からん……くっ、胃が)


 マリガンはしくしくと痛んできた胃を押さえながらテスラー宰相をチラリと見る。その宰相もラーク王の隣で手紙を覗き見ようと目一杯、視線を動かしている。



「レイ様……どうかご無事で……ローレンはいつまでもお待ちしております……」


 ラーク王はそう呟き、目を閉じて手紙を胸に抱いた。


((これは……どういう……?))



「へ、陛下、レイ様の手紙にはなんと……?」


 頃合いを見計らいナタリーがそっとラーク王に尋ねる。


「女神様の使命は生きて帰れる保証はなく、自分のことは忘れろ……と」


「なんとお労しい」


「命を賭して使命を果たさんとするレイ様のお気持ちを思うと胸が張り裂けそうだ……それに比べて余は……レイ様と添い遂げたいなどなんとあさましいことよ」


「陛下……」



「だが、余は諦めない! レイ様は必ず生きて使命を果たし、この国に戻ってきてくださる! しかし、未だ『貴族派』の残党が潜伏し、民が飢えに、魔物に、理不尽に虐げられる国に誰が来ようッ! ……余は命を懸けてこの国を立て直す! ……そう、女神の使徒であるレイ様をお迎えするに相応しい国へと!」


「「「おおおっ! 陛下ッ! ローレン・アリエル・ラーク王! 万歳ッ! 女神の使徒様、万歳ッ!」」」


 力強く宣言し玉座から立ち上がったラーク王は、近衛騎士達の歓声を受けながら後ろを振り返る。


 そこには精巧に作られたレイの黄金像が、まるでこの城の主のように鎮座していた。


 像だけではない、謁見の間の壁いたる所にレイの肖像画が飾られている。中にはラーク王と仲睦まじい姿を描かれたものや、レイの裸の肖像画もあり、謁見の間に異様な雰囲気を作り出していた。


(相変わらずヤベェ部屋だ……)


 マリガンは謁見の度に増えていくレイの肖像画に寒気と共に疑問も覚える。


(そもそも、本人がいないのにどうやってレイ殿の姿をこうも正確に描けるんだ? 第一、最初の一枚があったとしても、あのレイ殿が素直に自画像を描かせたとは思えないが……)


 その出所はレイの装備を制作したメルギドである。ラーク王は莫大な資産と狂気じみた情熱(?)でメルギドの職人にレイの肖像を作らせていた。無論、このことは公には秘密であり、肖像はここにある謁見の間と王の執務室、寝室にしか存在しない。


 当然ながら、絵や像の出所を聞いたところで答える者がいるはずもなく、マリガンがそれを知ることはないだろう。


(一体どんな画家が……ん? あー あれは初めて見るな……新作か?)


 半ば、現実を逃避し始めたマリガンに対し、ドレークは王との謁見と異様な部屋の雰囲気、そして歓声を上げる近衛騎士達に緊張がピークに達していた。


「(マリガンさん……自分、ちょっと腹の具合が……え?)」


 ゴキュ ゴキュ ゴキュ……


 ドレークが横を見ると、胃薬の入った瓶をがぶ飲みしているマリガンの姿があった。


「胃薬は色々試したがコレが一番効く。キミも飲むかね?」


「イタダキマス」


「おい、貴様ら」


「「ッ!」」


 マリガンとドレークの目の前に額に青筋を立てたテスラーが立っていた。


「話がある。後でワシの部屋に来い。分かったな?」


「「ぎょ、御ぉ意」」



 マリガンの苦悩ストレスはまだまだ続く。


 …

 ……

 ………


 ローレン・アリエル・ラーク王は生涯独身を貫き、様々な苦難を経て王政を議会制へと移行。民主化の礎を築いた。また、身分に関係無く教育を受けられる大陸初の学校『ラークレイ学園』を設立。同時に大陸中から多くの孤児を引き取り育て、優秀な人材を数多く世に輩出した。


 後に『ラークレイ学園』は数多くの物語が生まれることになる。

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