エピローグ

閑話① 貴様、異端だな?

「「「……あ、あれ?」」」


 セルゲイとミーシャ、それとB等級冒険者パーティー『ホークアイ』の面々は、突如襲われた魔力欠乏により全員が意識を失って倒れ、意識が戻った時には地上にいた。


「気がついたか?」


「レイ……様?」

「はにゃあああ!」

「「「旦那!」」」


 レイの姿を見てセルゲイは慌てて姿勢を正して膝を着き、ミーシャは顔を赤くしてレイに見惚れていた。


「付き合わせて悪かったな。もう用は済んだ」


「それでは女神アリア様の御使命は……」


「ああ、終わった。多分な」


「多分?」


「勇者共がこの世界に来てすぐに、行方不明になった奴が一人いる。向こう日本に帰った勇者共も知らないと言っていた。女神も特に言及してなかったから無害かもしれんが、それは俺が判断する」


「じゃあ、そいつを探しに行くのね?」


 レイの隣でリディーナが言う。


「半年以上前に消えた奴だぞ? 俺がこの世界に来た時点で生きていたのは間違いないが、この広い大陸のどこに向かったのか手掛かりが全くない。ボロを出すまで待つさ……それともお前が何とかするか? 川崎」


 ヘレンを抱き抱えた川崎亜土夢にレイは視線を向ける。


「……ここに残ると決めたんだ。言われなくとも危険は排除するつもりだ」


「ならば、ワシは一旦、神聖国に戻り、暗部に手配致します。人探しはお任せ下さい」


「手掛かりは何も無いぞ? しいて言うなら、黒髪黒目の掘りの浅い顔した十六、七歳の男ってぐらいだ」


「十分です」


「名前も本名を名乗ってるか分からんし、もう死んでるかもしれん。だが、何か分かったら冒険者ギルド経由で報告しろ。川崎、お前もだ」


「ああ」

「御ぉー意!」


 …


 廃墟と化したオブライオン王城の城壁に出たレイ達は、不死者で埋め尽くされた王都を見る。


「「「こりゃ酷ぇ……」」」


 日が昇り、太陽の光が降り注いでいる中、数万の不死者が王都を徘徊している。


「なんということだ……日中にこれほど不死者が活性化しておるとは」


「九条彰が集めた魔力の所為だな。今ここは魔の森とは比較にならない程の大量の魔力で溢れてる。その影響だろう」


「ぬぅぅぅ! まさに神への冒涜ッ! 不死者など滅殺あるのみ! 行くぞ、ミーシャ! レイ様の帰路への道はワシが開く! 続けぇぇぇーーー!」


 そう叫びながらセルゲイは不死者の群れに突撃して行った。


「おいおい、突っ込んで行っちまったぞ?」

「続けぇー とか言ってっけど誰が行くかッ!」

「おいミーシャ。あのオッサンの弟子だろ?」

「一緒に行かねーのか?」


「誰が弟子ニャ! 行くわけないニャ!」



「うおぉりゃああああ! 浄化! 聖炎! 浄化! 聖炎んんんーーー!」



「うおっ」

「なんか、ちょっとスゴイ」

「あっ、囲まれた」

「やっぱ無理だろ」


「あの数相手に頭オカシイにゃ……」


「ちっ、……どけ」


「「「あ、旦那」」」

「はにゃーん!」


 ―『浄化』―


 レイは魔力を込め、王都全域に浄化魔法を施した。


 聖なる浄化の光が王都を包み、不死者の群れが塵となって消えていく。


「「「すげぇ……」」」

「はにゃにゃにゃ」


 以前、『ホークアイ』の面々はジルトロ共和国のマネーベルを襲った不死者を掃討するレイを見ているが、その当時を遥かに超える魔法の威力と範囲に驚きを隠せない。


「まあこんなもんだろ。とは言え、ここらに充満する魔力に惹かれて他の魔物が寄って来る。お前等もさっさとここを離れるんだな」


「え? だ、旦那は?」


「バッツ、ハンク、ラルフ、ミゲル、色々世話になった。じゃあな」


 そう言って、レイはリディーナとイヴの乗るブランに跨った。


(((旦那に名前を呼ばれただけでなんでこんなにドキドキするんだろう?)))


「俺、なんか涙出てきた」

「俺も泣きそう」

「なんか胸がキューって……」

「色々あったよな……グスッ」


「行けブラン」


『了解ッス! アニキッ!』


 レイとリディーナ、イヴを乗せたブランが無人の王都を颯爽と駆けていく。



「はにゃあ……行っちゃったにゃ」


「行っちまった……」

「俺達も行くか」

「とりあえず、マネーベルに帰るか」

「おい、ミーシャ。お前はどうすんだ?」


「もっとお話ししたかったにゃ……」


「そういや、旦那に会いたいとか言ってたな。セルゲイのオッサンといればいずれまた会えるんじゃねーのか?」


「にゃに!?」


「だってあのオッサン、旦那になんか頼まれてたろ?」


「ッ!」


「「「あ」」」


 それを聞くなり、ミーシャはセルゲイの元へ走り出していた。


「……結構カワイイ子だったよな~」


「お前も一緒に行っていいんだぜ、ミケル?」


「は? なんでそうなるんだよ!」


「だって、なあ?」

「リディーナの姐さんから報酬もたっぷり貰ったし」

「そうそう。暫く仕事をする気にはならねーしな」


「何言ってんだよ。見りゃ分かるだろ? 望み薄いだろ!」


「お前、あのミーシャって女が旦那とどうこうなると思ってんのか?」

「リディーナの姐さんがいるんだぞ?」

「それにさっきはああ行ったが、旦那とまた会えるとは限らねーし」


「「「一緒にいれば望みあるんじゃねーかなー」」」


「おまえら……」


「「「ミケル、頑張れヨ!」」」


「……」


 ミケルは一瞬迷う素振りを見せるも、意を決してミーシャの後を追って駆けて行った。


「あーあ、ミケルのヤツ、行っちまったか~」

「青春だね~」

「俺らの中じゃあ、あいつはまだ若いからな」


「さて、俺らも行くか」

「そうだな。俺は帰ったら家を建てるぞ」

「俺はマリガンの旦那の顔でも拝みにいくかな~」


「「「そういや、どうしてっかな~」」」


 …

 ……

 ………


(これは拙いですね……)


 マレフィムの命令によりオブライオン王都を調べていたヴァイゼック。首から下を腐りかけの女の身体と取り替えられ、かつての『真祖の吸血鬼』としての力は無い。


 思うように力は振るえず、潜入はしたものの何も成果は出せていなかった。


 しかも、先程のレイの浄化魔法の影響を受け歩くこともままならず、地面を這いつくばっている。辛うじて消滅は免れたものの、今のヴァイゼックは瀕死と言っていい状態だった。


「こんな身体じゃなければ!」


 眉間に皺をよせ、歯ぎしりして怒りをあらわにするヴァイゼック。しかし、すぐにその表情が笑みに変わる。


「クックックッ しかし、マレフィムを始末してくれたことには感謝しましょう。アレの呪縛が解かれたからには、以前の力を取り戻すことも不可能ではない。まあ、時間は掛かるでしょうが、私にとっては大した問題ではないですからね」


「ん?」


 這いつくばりながら進むヴァイゼックの目に男の足が映る。



「貴様、異端だな?」



(な……に!?)


 ヴァイゼックは恐る恐る顔を上げると、そこには拳を固めたセルゲイが立っていた。


「おい、オッサン、それ生き残った住人じゃ……」


「こんな異端の臭いをプンプン巻き散らかす住人がいるか! ミケル、お前もミーシャ同様、後で指導が必要だな」


「はニャ!?」


「ちょっ、俺はそういうのは大丈夫っていうか……」


「あん?」


「いや、ナンデモナイッス」


「おい、異端者。どこへ行く?」


 這いずりながら必死に身体を動かし、この場から離れようとするヴァイゼック。


(逃げるに決まってます。くっ、こんな身体じゃなければ!)


「気色の悪い身体をしおって。貴様、吸血鬼だな? 己の身体を女に変えて悦に浸っておったのか? この変態めが!」


「違っ――」


「あの世で悔い改めよ! こぉおおおお!」


 セルゲイの拳が淡い光を帯びていく。


「聖拳制裁ぃ!」


 ヴァイゼックに跨り、聖属性を帯びた拳で殴りつけるセルゲイ。二発、三発と何度も殴打し、殴り続ける。


「酷ぇ……とても聖職者には見えねぇ」

「魔力が少ない癖によくやるにゃ」


「おらおらおらおらおら! 地獄へ堕ちろ! この異端者が!」


「アゴッ ギャッ ガッ アギャ」

(ば、馬鹿な! この私が……死ぬ?)


 セルゲイの拳が当たる度に、ヴァイゼックの身体が徐々に塵になっていく。以前のヴァイゼックなら何ということもない攻撃でみるみる身体が崩れていった。


「こんなところで! 私は真祖の――あばっ」


 セルゲイ渾身の一撃がヴァイゼックの顔面を貫いた。それが止めになったのか、ヴァイゼックの身体はピクリとも動かず、端から塵となって消失した。


「ふー 滅殺完了。よし、行くぞ」


「行くってどこへ?」


「神聖国セントアリアだ」


「なら、一旦、ジルトロに行って魔導列車で――」


「そんな金は無い!」


「「え?」」


「それに、聖都までの道中、救いを求める民に手を差し伸べるのも我ら聖職者の務め! 徒歩に決まっとるだろうが!」


「あのー 俺らは聖職者じゃ……」

「にゃいニャ」


「……なにか言ったか?」


 返り血で真っ赤に染まった拳を握りしめ、セルゲイが無表情で言う。


「「ナンデモアリマセン」」


 

 元異端審問官のセルゲイ、猫獣人のミーシャ、そしてB等級冒険者ミケルの長く険しい旅が今始まった。

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