最終話 ヴィーナスミッション

(何故……だ?)


 身体をバラバラに斬り刻まれながら九条彰は思う。


 レイが双刀を振う直前、九条は咄嗟に吉岡莉奈の『神速』を発動して逃れようとしたが能力は発動しなかった。


 慌てて次に発動した川崎亜土夢の『拳聖』の能力も発動せず、斬撃を防ぐことは出来なかった。


 何より、本庄学、もしくは志摩恭子の『絶対魔法防御結界アンチ・マジック・シェル』を何故発動できたのか? その答えが九条には出ない。魔封の魔導具を使われたわけではないことだけは確かだった。


 九条は知る由もない事だが、そもそも、新宮幸三が生み出した二刀術は、天性の才能が無ければ体現できない。その才を持たないレイが幸三の『聖刀双天』と同質の奥義『黒刀双天』を放てるのは不可能である。


 それに、疲労と負傷したままあれだけ素早く動けること、暗黒刀や暗黒鎧を召喚し使用した事実。


 ―『魔王の能力』とは何なのか?―


 それを九条はまず確かめるべきだった。


 細切れにされる刹那。一秒が何分にも感じられる間に、九条は考える。


 二百年前、この世界で猛威を奮い、不死者アンデッドの軍勢を率いて国々を滅ぼしたとされる『魔王』。その当時、この世界にいなかった九条は、他の勇者達と同様、この世界に伝わるお伽話程度の知識しか無く、興味も無かった。


 目の前のレイが『魔王の能力』を持っている。そう仮定しても、お伽話の内容と現状は辻褄が合わない。


 不死者を操り、使役するには南星也の『死霊術師』の能力が必要だ。しかし、レイにその能力は見られなかった。それに、『死霊術師』の能力では今までのレイの動きは説明がつかない。


 ……まさか。


 薄れゆく意識の中で、九条は一つの仮説に辿り着く。


(ボクと同じ……? いや、違う。それより遥かにタチが悪い……)


 ―『強奪エクストーション』―


 その二文字の言葉が九条に浮かぶ。他人の能力、素質を無理矢理奪う能力。


 そう仮定すると、自身の能力が使えなくなったことを含め、全ての説明がついた。


 レイは視た者の能力を奪い使用できる。九条自分の得た勇者達の能力を奪い、且つ、二百年前の勇者達との戦いで得た能力を使用しているとしたら……。


(人間に到底耐えられるわけ無い……あ)


 二度の転生と天使の肉体。それと黒古龍クヅリとの融合。


 それらがレイが自我を、正気を保ちつつ数多の能力の行使を可能にした。それがなければかつての魔王のように、暴走していたかもしれない。


 答えに辿りついた九条だったが、意識は次の瞬間、完全に断たれた。


 ―『黒炎』―


 レイの放った黒い炎が細切れになった九条の肉体を灰も残さず葬り去る。


「あの世でたっぷり女神に搾られるんだな」


 九条彰が死に、その体に集約された人智を超えた膨大な魔力が拡散する。



 オブライオン王都に魔力が溢れていく。


 …

 ……

 ………


「……ん……んー」

「……あっ」


「リディーナ、イヴ。目が覚めたか?」


 二人の前に、以前と変わらぬ姿のレイがいる。


「帰るぞ」


「うん」

「はい」


「……」


 ふと、レイが二人から視線を逸らす。その先には『エクリプス』の面々に囲まれた夏希がいた。


「夏希ッ! お願い! 飲んで!」


 近藤美紀が自身の『超回復薬エリクサー』を夏希に飲ませようとするも、夏希は首を横に振り、頑なにそれを拒否していた。


「それは、日本に帰る時に美紀の傷を治す為にとってあるものでしょ? いらないわ」


「そんなこと言ってる場合? 腕が無いんだよ!」

「血だってまだ止まってない。私はいいから早く飲んで!」

「ぼ、僕のを飲んでよ! 僕は男だし、傷なんて別に気にしてないから!」


 美紀だけでなく、太田典子と渡辺大輔がそれぞれ『超回復薬』を手に、夏希に飲めと迫る。


 三人共、顔や身体に生々しい傷跡がある。日本に帰りたい一心で、古代遺跡の探索を必死に行ってきた結果だ。三人が所持していた『超回復薬』は日本に帰ることが出来た時に、その傷を治す為に秘蔵していたものだ。


 遺跡で見つけたこの薬は古傷はもちろん、欠損も再生できる。しかし、遺跡の深部で極稀に発見できる超貴重品であり、二度と手に入るか分からない代物だった。


「どけ」


「「「ッ!?」」」


 美紀達を押し退け、レイが夏希の前に来る。


「お前を治すのは何度目だ?」


「た、頼んでないでしょ? 大体アンタが……」


「それに、銃の扱いもなっちゃいない。エレナに教わってないのか?」


「ママの名を口にしないで! ママを……私を捨てたクセに!」


「お前のことは知らなかった。エレナとも仕事が終わってからはお互いに連絡を断っていた。だが、言い訳はしない。俺は裏社会の人間だ。お前の存在を知っていたとしても家族にはなれない。それはエレナも承知なはずだ」


「勝手ね。男の論理だわ。ママは……」


「そうか……そうだな」


 レイはそう言って、夏希の腕に手をそっとあて再生魔法を施した。


「……どうして?」


「魔力属性の適性というのは、放出する魔力が自然に属性を帯びることをいう。それを意識できればコントロールは可能だ。相反する属性の魔法でも扱え――」


「そうじゃなくて! なんで治すの?」


「俺の娘なんだろ? なら、怪我を放っておく親がいるのか?」


「……ホント、勝手よ」


 夏希は俯き、顔を見られまいとそっぽを向く。


『最初は殺す気だったのに随分変わったでありんすねぇ~』


「黙ってろ、クヅリ」


『キズヲナオシタクライデ、チャラニハデキナイデアリンス』


「二号、テメーも黙ってろ」


「「「……」」」


 夏希の腕の再生が終わり、レイが立ち上がる。


「さて」


 レイは夏希を含め、近藤美紀達『エクリプス』の面々をゆっくり見渡し、最後に川崎亜土夢で視線を止めた。


「俺が女神から受けた依頼は、この世界に召喚された『勇者』を全員始末することだが……」


 亜土夢はその腕に恋人のヘレンを抱き抱えたまま、ごくりと喉を鳴らす。


「暗殺対象は九条彰のみに変更になった。者は対象から外れた。だが、川崎亜土夢。お前はそうではない」


「ッ!」


 次の瞬間、レイは亜土夢の背後におり、亜土夢の首を掴んでいた。


 その一瞬の出来事に、その場にいた者達は一歩も動けず、声も出せない。


「こ、殺すなら俺だけにしてくれ。ヘレンだけは……」


「パッと見じゃ分からんが、お前の脳ミソには闇魔法の一種が掛けられている。欲望を刺激する魔法、というより『呪い』に近い。お前等、勇者共が暴走した要因はこれだろう」


「「「えッ!」」」


 慌てて、美紀達が自分の頭を触る。


「お前達には掛けられていない。この場にいる勇者ではコイツだけだ」


「……天使の能力を付与された者は、その聖属性の影響を受けちまう。だから、九条は天使系の能力持ちの脳に細工した。俺の能力は『拳聖』だ。……俺もその一人だ」


「湧き起こる衝動を理性で抑えるのは簡単じゃない。随分頑張ってるな」


「ヘレンの為だ」


 亜土夢の抱くヘレンはよく見るとお腹が膨らんでいる。身ごもっているのだろう。それを察したレイは、手に魔力を込めた。


「ッ! ……あ」


 レイは亜土夢から手を離し、踵を返してリディーナ達の元へ歩き出した。


「闇魔法は解除した。もうだ」


 …


「いいの?」


 帰ってきたレイに向かってリディーナが言う。


「ああ。神力はたっぷりある」

 

「そうじゃなくて」


「あいつらを始末しないことか? さっき言ったとおり、あいつらはもう無害だ。それに、一応は神の前だ。判断は任せる」


「え?」


「なあ、女神アリア」


 レイは黙っていたイヴに視線を向ける。



「……気づいていましたか」


 口調と雰囲気がガラリと変わったイヴがレイに笑みを向ける。


「バレバレなんだよ」


「まったく、いつも貴方には驚かされますね。イヴに憑依したことをどうして察知できたのでしょうか?」


「どうでもいい。用があるならさっさと言え。……それとも?」


「「「えッ!」」」


 この場にいる全員がイヴに憑依した女神アリアを見た。


「どうして……?」


 夏希が呟く。美紀達も困惑の表情を浮かべているが、亜土夢だけは神妙な面持ちのままだった。


「時空と次元を越えようとする者を始末する。それが女神の目的だ。だが、その存在を知った者も当然排除の対象になる。そこにいる女神の使徒も同じだ」


 亜土夢が皆に説明するように呟いた。


「そんな! それじゃあ、レイは一体何の為に!」


 リディーナがそう叫び、イヴに憑依した女神アリアを見る。


「依頼を完遂したからといって、秘密を知った者がどうなるかは条件に含まれてない。自分だけは対象外、なんて都合のいい考えは持ってない。だが、悪いが全力で抗わせてもらうぞ」


 レイはあからさまな殺気を女神に放ち、黒刀の鯉口を切る。


「はぁ……私は最初に言いましたよ? 依頼が済んだ後は世界征服でもなんでも好きにして良いと。それに変更はありませんし、他意もありません」


「なら、何の用だ」


 そう女神に言われても、レイは戦闘態勢を解かずに女神に問う。


「先ずは御礼を。世界を救って頂きありがとうございました。これで全てを無に帰す必要も無くなりました」


「無に帰す……って?」


 意味の分からないリディーナがレイに尋ねる。


「女神の別プランだ」


「はい。九条彰の時空次元転移を阻止できなければ、この星を含むすべての世界が改変、または崩壊する危険がありました。それに、あの者が『神』になることだけは避けねばなりません。そうなる前に、万一レイが失敗すれば私は自ら世界を閉じねばなりませんでした」


「そんな!」


「俺でもそうする。世界の命運をたった一人に賭ける方がどうかしてるんだ。だが、それと秘密を知った俺達のこととは関係無い」


「そうですね。ですが、転移の秘密を知ったとしても、実現の可能性がゼロであれば脅威になり得ません。例え、貴方達の子孫にまで秘密が伝わろうと、時空と次元を自由に操れるようになることは無いでしょう」


「何故、そう言える?」


「必要なエネルギーを得ることができないからです。九条にそれができたのは、神の神力を得る仕組みを模倣したから。つまり、ここの施設が無くなれば実現は不可能です。……皮肉なものですね。警告の為に神の力を示したことで、かえって人類に技術革新を起こしてしまった」


「神や天使が実在するなら、そのエネルギー源を調べるのは当然だからな。まさか、人間と同じようにメシ食ってるとは思わんだろ」


「相変わらずの慧眼に驚きます」


「昔の怪獣映画でそんなシーンがあっただけだ。こっちの龍なんかもそうだ。あんなデカい生き物が、食事だけでエネルギーが賄えるとは思えない。魔素があればこそだが、神や天使も強力な力の行使には同じようにエネルギー源があるはずと学者じゃなくても思いつく。天魔大戦とやらで『神力』を見せたのは迂闊だったな」


「そのとおりです。千年前の魔導科学文明は、神力を解明するほどの技術を有していました。今更ですが、警告を信じてもらう為、私の存在を証明したのは間違いでした」


「人間は愚かだからな。人を信じるのは結構だが、期待するもんじゃない。どの道、実現が不可能なら放っておけばよかったんだ」


「時空と次元の理論はすでに解明されていたのでそれは出来ませんでした。歴史の改変には至らずとも、次元の連結には成功し、異世界に影響を与えていましたから」


「召喚か」


 女神アリアはこくりと頷いた。現世で生み出されるエネルギーで異界から人間や動植物を召喚可能な技術は、確かに放置できないだろう。どちらにせよ、神が介入せざるを得なかったとしたら、女神がどのような選択をしても結果は変わらなかったかもしれない。


「まあいい。それで? 俺達をどうするつもりだ?」


「先程言ったとおりです。貴方の好きなようにして頂いて結構です。そこの貴方達も地球世界に帰りたければお送りしましょう」


「「「日本に帰れるの!」」」


「はい。この世界に留まるのも自由です」


「帰るわ。早くママに会いたいもの」

「私も帰りたい!」

「私も日本に帰りたいわ。こっちの世界も悪くないけど永住はちょっとね」

「僕も。日本には家族がいるから……」


『エクリプス』の面々はそれぞれ全員が帰還を希望した。


「俺はこっちに残る」


 川崎亜土夢はただ一人、こちらの世界に残ることを希望する。


「亜土夢、いいの?」

「一生帰れないかもしれないよ?」


「構わない」


 迷いなくそう言って腕に抱くヘレンを見る亜土夢。恋人とお腹にいる子供の為に、こちらの世界で生きることを前から決めていたのだろう。


「わかりました。ではそのように」


 女神アリアの言葉を最後に、部屋は眩い光に包まれた。


 …

 ……

 ………


「さて、帰るか」


「帰るって、どこへ?」


「そうだな……家探しを兼ねて、もう少しこの世界を見て回るのも悪くないな」


「いいわね。賛成よ!」


「私もお供して宜しいでしょうか?」


「当たり前だ!」

「当たり前よ!」


『オイラも行くー!』


「お前は野生にかえって好きに生きていいぞ?」


『えー ちょっ、なんでー?』


「ブラン、早く行きますよ」


『うへへ~ やっぱイヴちゃん好きー』


「仕方ないわね。早くいらっしゃい」


『姐さんはちょっと離れてくださいッス』


「なんでよ!」



 レイが突然立ち止まる。


「ちょっと、忘れものだ。先に行っててくれ」


「「「?」」」


 そう言って、レイは姿を消した。


「あっ! んもう!」


 …

 ……

 ………


 オブライオン王都、郊外の丘に三人の女が王都を見ていた。


 三人の前には大きな水球が浮かんでおり、そこに地下遺跡の内部が映し出されている。


「どうやら九条の企みは阻止されたみたいね。あのレイとかいう女神の使徒。確証は無いけれど、バヴィの言うとおり『魔王』様かもしれないわね」


「お労しくも転生に失敗し、記憶の欠落があるようです、マレフィム様」


「古代の文献でも、完璧な成功例が無い未完の秘術だもの。仕方ないわ」


「これからどうするんだ?」


「ガーラはどうしたい? 冒険者ギルドの縛りも消してあげたし、好きなように生きたらいいわ」


「ババアはどうすんだよ」


「アタシゃ、マレフィム様についてくさね。出来れば魔王しゃまの記憶を取り戻すことが出来ればいいんだけどね~」


「そうね。それもいいかもしれないわね」



 ―『その必要は無い』―



「「「――ッ!」」」


「覗き見してる奴がいると思ったらお前か。……殺したはずだがな、東条奈津美」


「女神の使徒? どうしてここに!」

「ま、ま、魔王しゃま~!」

「くっ!」


 突然現れたレイに、慌てて警戒する東条奈津美マレフィム。遠視の魔法を展開中も、周囲への警戒は怠っていない。東条はチラリとガーラを見るも、ガーラは首を横に振り自身が展開してる『影』の警戒網に何も引っ掛かっていないことを伝える。


「最近、『魔力探知』と『空間転移』を覚えた。お前等が今後俺に近づけばすぐに分かる。さっさと消えろ……と言いたいところだが、東条奈津美。お前はダメだ」


「はっ!」


 斬ッ


 東条奈津美は咄嗟に防御結界を展開するも、それも空しく黒刀で頭から真っ二つにされた。その後、縦横無尽に黒刀の刃が東条を斬り刻み、最後に黒い炎で灰も残らず葬られた。


「エタリシオンでの行動を見逃してやるほど甘くない。脳をイジられてるわけでもなく、あんな真似をする奴は俺にとって有害だ」


「そ、そんな……マレフィム様ぁ……魔王しゃま、なんてことを!」


「バヴィエッダ。お前の言う『魔王』は死んだ。二度と俺に構うな。いいな?」


 そう言って、レイは凄まじい重圧と共に姿を消した。


 ドサッ


 両膝を地面に着き、力が抜けたようにへたり込んだガーラ。


「人間じゃねぇ……」


 …

 ……

 ………


 神域。


「あの者達を生かしておいて宜しかったのですか? アリア様」


 女神アリアの前に、天使達が跪いている。その中の一人が女神に言う。


「時として、人の歴史には大きな特異点が生まれます。転換期と言っていいでしょう。そんな時は先の勇者達や魔王、今回のレイとその仲間達のような稀有な運命を持った者が引き寄せられるように次々と世に出てきます。そのような者達が全て健全な者達なら良いのですが……」


「かつての魔王や九条彰のような邪な者も現れると?」


「私達が現世に介入しないと決めた以上、現世での問題は現世の者達で解決してもらわねばなりません」


「では、あの者に引き続き『使徒』としての役目を与えるのですね」


「さあ、どうでしょうか。も依頼を受けてくれるといいのですが……」


 そう言って、女神アリアは正面に映った下界の映像を見る。


 そこには白い一角獣に跨り、森に消えていくレイ達の姿があった。





―――『第一部 完』―――



※長い間、本作を応援頂きありがとうございました。あとがき&お知らせを『近況ノート』にアップいたしましたので、是非とも合わせてお読み頂ければと思います。


最後に、レイのミッションはまだまだ続きます。今後も応援頂ければ幸いです。


2024.1.23 MIYABI

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