第558話 黒刀双天

 ピシッ


「あ」


 森谷沙織の顔や身体に赤い線が無数に入る。


 ズルッ


 ベチャッ


 森谷の身体が細切れになり、バラバラの肉片となって地面に崩れ落ちた。


「「「――ッ!?」」」


 その一瞬の出来事に誰もが息を呑み、沈黙が場を支配する。


 森谷が死に、『能力阻害スキルキャンセラー』の能力が消失するも、勇者達美紀達はその場から微動だにしない。いや、動くことができなかった。


 レイがどのように森谷を切り刻んだか誰も認識できず、また、息をするのも躊躇われる程、レイの発する重圧に全員があてられていた。


 それはリディーナとイヴも同様だった。今まで見たことのないレイの雰囲気と佇まいに、黙って成り行きを見守っていた。



森谷沙織イモムシは死んだ。次はお前だ」


「はぁ。肝心な時に役に立たないなんてホント使えない……」


 森谷を殺された九条は動揺はおろか、憤慨することも無く、逆にあっさり殺された森谷に蔑みの言葉を放った。長年付き添ったであろう仲間を何とも思っていないようだ。


「それにしても、魔法が使えないのによくもまあ、そんなに動けるね……新たに手に入れた能力……かなッ!」


 一瞬でレイの背後に回った九条は、躊躇なく聖剣をレイの頭上から振り下ろした。


 が……


 レイの左手の黒刀が瞬時に聖剣を受け止め、それと同時に右手の黒刀が九条の腹を突いた。


「がっ!(馬鹿な!)」


 まるで攻撃する瞬間が分かっていたかのように、レイは九条の斬撃を瞬時に防ぎ、その身を抉った。


 攻守の二撃を寸分の狂いなく一撃で行う新宮流の二刀術の前では、いかに九条が超人的な反射神経をもっていても、同様の技でしか物理的に防ぐことは出来ない。


 新宮幸三が考案した二刀術は、二本の同じ長さの刀を同時に扱う奥義である。他流派によくある短刀で受け、太刀で攻撃するのとは異なり、攻守を時間差無く同時に行うことを極意とする。


 右手と左手、それぞれの刀の動きを別々に、それも同時に行うことは、左右の手で同時に別々の絵を描くようなものだ。本来は生まれ持った天性の素質が必要であり、どんなに鍛錬しようと誰でも体現できる奥義では無い。


「どうした? 人の武技は児戯にも等しいんだろ?」


 先程、九条の放った言葉を返し、煽るレイ。


「猿が……」


 暗黒属性によって出来た傷は、普通の回復魔法や回復薬では治せない。古代の高度な肉体改造技術により自然治癒力が飛躍的に高まっている九条でも、暗黒属性の傷が自然に治ることは本来であればあり得ない。


 しかし、レイに刺された九条の腹の傷がみるみる塞がっていく。


 志摩恭子から模写コピーしていた『聖女』の能力だ。


(なんでもやっておくもんだね……しかし、何故ボクの動きに反応できる?)


 九条はレイが自身の動きについてこれることに合点がいかない。お互いに魔法は使えず身体強化は施せない。人を超えた新人類である自身の攻撃スピードにレイが反応できるはずがないのだ。


(新たに得た能力?)


 先程、レイは反応すら出来ずに九条の接近を許し、顔面を殴打されている。普通に考えれば新たに得た能力によるものと推測された。


(どんな能力でも『鑑定』で……あ?)


『UNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWNUNKNOWN……』


「バカなっ!」


 斬

  斬ッ


「ぐ……くッ!」


 動きの止まった九条の隙を逃さず、刹那に接近したレイの黒い双刀が九条の片腕を斬り飛ばす。


 慌ててレイから離れ、距離を置いた九条。


「……」


(鑑定不能だと?)


 今まで九条が鑑定できなかったのは、女神の聖遺物である遺跡の『鍵』ぐらいだ。天使ザリオンであっても鑑定できた九条にとって、鑑定不能という結果は『能力』を得て以降、未知の現象だった。



?」



「――ッ!?」


 レイの言葉に九条の目が見開く。


「超人だ、新人類だと言ってたクセに、結局は能力頼りか?」


「何故、ボクが『鑑定』の能力持ちだと……いや、愚問か」


 九条はチラリと細切れになって死んだ森谷沙織を見る。レイが森谷の口を割ったのだろうとすぐに予想できたが、だとしても能力を使用したタイミングが良過ぎること、レイを鑑定出来なかったことへの疑問は晴れない。


「フッ、『鑑定』の能力は元々だよ。生まれながらに持っていた力を使って何が悪い? そこにいる猿共とは違う。ボクは選ばれた存在だからね」


「神にか? 笑わせる」


「あんな女神管理人なんかじゃない、運命にさ。……それをこれからボクは確かめにいく」


「過去に戻り世界の始まりでも見ようってか? 自分も消えるのにご苦労なことだ」


「SFの見過ぎだね。だが、間違ってはいない。ボクが少しでも歴史に介入すれば、ボクが生まれてこなかった未来になり得る。だがそんなことにはならない」


 九条の腕が再生されていく。


「ボクはただ知りたいだけ。見たいだけさ」


「何?」


「ひょっとして、ボクが神になりたいとか、この世を支配したいとか、そんなくだらない事が目的だとでも思ってたかい?」


「ただ知りたい、見たいだけ、だと?」


「そうだよ。それだけさ」


「「「……」」」


 この場にいる全員がその言葉に耳を疑った。


「か、過去を見たい……ただそれだけの為に……私達の人生を……」


 腕を引き千切られた痛みに耐えながら夏希が怒りの声を上げる。他の『エクリプス』のメンバーも同様だ。


「それがどうした? 猿共がどうなろうと知ったこっちゃない。それともアレかい? キミは今まで食べてきた動物や、身に付けてる革製品の動物の人生とか数を気にしてるのかい? バカ言うなよ。ハハッ」


 ドドドドドドドッ


 夏希は片手で器用にAK47を操作し、九条に向かって引金を引いた。


 近距離からの自動小銃アサルトライフルの連射を、九条は笑みを浮かべながら避けて見せた。


「銃なんか通用する訳ないだろ? たかだか音速程度で――」


「そうだな。テメーを殺すには銃じゃ遅すぎる」


 いつの間にか九条の背後にいたレイが黒い双刀で九条の身体を切り裂いた。


「バカな……速過ぎる……」


 九条は目の前にいたはずのレイの動きが見えなかった。


「これじゃ……まるで『神――」



 ―新宮流零式『黒刀双天』―



 九条の身体が森谷と同じように細切れになる。


 が、バラバラになった肉片が崩れ落ちることなく、斬られた線が急速に元どおりに塞がっていく。


「――ッ!」


「クックック……流石に死んだと思ったよ。やはり、ボクは選ばれた存在だ」


 九条の肉体がほのかに光を帯びていく。


「間に合ったみたいだね」


 ドッ


「え?」


 リディーナの片膝が突然力が抜けたように地につく。気付けばイヴを含め、勇者達の面々も地面に倒れていた。


「オブライオン王都に設置した積層型巨大魔法陣から魔力を集め、ここにある魔力増幅炉を通じてボクに供給される仕組みなんだよ。ボクがここに直接来た理由だ」


 そう言って、九条は両手を広げ、レイの前で隙をさらけ出した。


 斬ッ


 レイの暗黒刀が九条の胴を切り裂く。しかし、刃が肉を裂くと同時に傷が塞がっていった。


「フフッ、フハハハ! 想像出来るかい? 数万人いるオブライオンの民から集めた魔力が何倍にもなってボクに集まってる。それによって実現できることが分かるかい?」


「そんな膨大な魔力、人が耐えられるはずないわ!」


「へぇ、キミはまだ余力があるみたいだね。流石はエルフの先祖返り。異界からエルフを初めて召喚した時は苦労した。オリジナルのエルフは結構強かったからね。けど、キミ達エルフのおかげでボク達の研究は大いに進んだ。膨大な魔力を保持し、扱えるほどにね」


「なるほど、『次元時空転移装置』なんてモンは存在せず、お前自身が発動する魔法だったのか。女神が調べられなかったわけだ」


「そのとおり。それと、言っておくけど別にキミ達の魔法を封じてたわけじゃ無いよ? 街全体に施した魔法陣に吸われてただけさ。だからボクだけは魔法が使える。……こんな風に、ねッ!」


 九条の身体から無数の電撃が走った。


 近くにいたレイは勿論、勇者の面々やリディーナ、イヴにも電撃が襲う。


 ―『絶対魔法防御結界』―


 九条の放った電撃が皆に当たる直前で霧散する。


「は?」


「中々、便利な能力だ」


「なんでその能力を……それは本庄学の――」


「相手の力量を知らずに、自分の力を示すのは悪手だったな。膨大な魔力も使えなきゃさっきの超速再生もできまい」


「ちょっ」


 ―『黒刀双天』―


 バラバラに斬り刻まれる九条彰。


 今度は傷がその場で塞がることは無かった。

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