第557話 黒幕

 どこからともなく四方から声が聞こえてくる。


『魔光暦二七六一年。時空と次元の全容解明。異界の存在が確認される』


『同年。世界規模の時間制御と次元転移の技術開発計画が発足』


『魔光暦二七六六年。召喚術の完成。異界との次元連結に成功。亜人種を含む異界の動植物を多数召喚。停滞していた多くの魔導研究が加速度的に発展する』


『魔光暦二七八一年。天界と冥界の存在を確認。同時に『女神アリア』と名乗る神から時空次元転移の研究を禁止するよう警告を受ける。しかし、人類はこれを無視』


『魔光暦二七九一年。天界より天使の軍勢襲来。女神アリアから再度警告を受けるも、人類はまたもこれを無視。世界各地で神への反抗作戦が始まる』


『魔光暦二七九四年。天使の軍勢に対抗する為、冥界との次元を連結。大量の悪魔を召喚に成功する』


『同年。天魔大戦勃発』


『旧人類を含む、亜人種、幻獣、魔獣、異界の動植物の保護区であった新大陸と、冥界と直結した大陸を除き、七つの大陸が天使と悪魔の衝突により海に沈む。惑星に棲む全生物の九割が死滅し、星の環境が激変する』


『魔光暦二七九九年。新大陸地下にある秘密研究所にて『時空次元転移装置』が完成』


『人類滅亡を悟った研究者の一部、現世界からの離脱を決定。装置を起動し、時空と次元の壁を越える……』




「……そして現在。再びこの場所に戻ってくるとはね。人生何が起こるか分からないねぇ~」


 青髪に容姿の整った男がマイクのような物を投げ捨て、レイ達の前に現れた。


(((イケメンがまた来た!)))


 初めて見る男とその容姿に美紀達は驚きつつも、訝し気な顔を向ける。何者だろうと邪悪が漂う笑顔に味方ではないと誰もが察していた。


「九条……彰」


 その者を知る川崎亜土夢が呟きながら眉間に皺を寄せる。


「「「え? あれが? 全然顔が違うんですけど!」」」


「でも、声は同じね」


 夏希はそう言って『暗黒剣』を手に身構えた。


「「「そう言えば……」」」


「おやおや、皆んなお揃いで。そう言えば、この姿をキミ達に見せるのは初めてだったね。これがボクの本当の姿さ。どうだい? 中々イケメンだろ?」



「おい、整形野郎。御託はいいんだよ。殺してやるからこっちこい」


 リディーナとイヴに介抱されていたレイは鋭い眼で九条を睨み、手招きする。幸三との闘いで負った傷は未だ治癒しておらず、出血も一部は止まっていない。


「怖いね~ けど、ボクが直接来たってことの意味は分かってるよね?」


「装置とやらの準備が整ったか、俺が弱ったと思って来たのか……どっちにしろどうでもいい。お前を殺せば終わりだ」


「へぇ? そんな血塗れで随分余裕だね~ ザリオンは役目を果たしたようだし、そこの干からびたジジイも一応は役には立ったのかな? キミを殺してやるとか偉そうなこと言っといて死んでるじゃん……ははっ、ダッサ!」


「……」


「なーに、キレてんだよ。自分で殺ったんじゃないの~? いやぁ~ 理解できないね。世話になった師匠をよく殺せるよ。ひょっとして恨んでた? 稽古が厳しかったとか?」


「お前には理解できねぇよ」


 レイはふらふらとしながらも立ち上がり、黒刀を抜いた。


「遅っそ」


「「「――ッ!」」」


 次の瞬間、九条はレイの隣にいた。


 その直後、九条の裏拳がレイの顔を殴り、身体ごと吹っ飛ばした。


「なんだ、やっぱボロボロじゃん! 師匠に似て口だけは威勢がいいね~」


「九条ぉぉぉぉおおお!」


 川崎亜土夢が飛び出し、拳を放つ。既に聖武装に身を包んでおり、当たれば必死の一撃。だが……


「だから遅いんだよ」


 既に九条は亜土夢の背後におり、その背中を蹴り飛ばした。


 殴り掛かった勢いもあり、盛大に吹き飛んだ亜土夢。


「う……が……何故?」


 拳聖の能力を持つ亜土夢にはあらゆる物理攻撃が効かない。にもかかわらず、蹴り飛ばされ、ダメージがあったことに驚いていた。


「何驚いてんだよ。まさか、拳聖の能力がッ! とか思っちゃってる? ははっ! ホント、ガキだな〜 能力の特性ぐらい把握しとけよ。の属性攻撃は反発せずに攻撃が通るんだよ」


「属性攻撃だと? 馬鹿な、魔法は……」


「ははっ、能力に決まってるだろ? 何の為にお前達に天使系の能力を与えたと思ってるんだ? いずれ派遣されるであろう天使を殺す為だよ。天使を殺るには暗黒属性より同質の方が効率がいいんだ。それに、暗黒属性、つまり悪魔系はそれなりにリスクもあるしね。そこの夏希ちゃんがちょっとオカシイけど」


 ―『暗黒剣解放・反転世界』―


 話題に上った夏希が暗黒剣技を発動する。


 しかし、九条の身体には何も起こらない。


「ッ!?」


「勿論、『呪』対策もしてるさ。何年悪魔や天使を研究したと思ってる? さっきわざわざ教えてあげたでしょ。ボクはねえ、『天魔大戦』を生き抜いてるんだよ? 対悪魔、対天使対策は当然施してる。キミ達、旧人類とは違うんだ」


 九条は来ている制服を破り捨て、裸体を披露する。均整の取れた引き締まった身体に、魔法陣のような模様か浮かび上がる。


 以前、高槻が見せた『魔血銀』による対魔封の紋様に似ているが、それに比べて複雑な模様が虹色に輝いている。


 魔法が使えない状況。条件は九条も同じはずだ。しかし、九条は魔力に因らない、素の肉体能力だけでレイや亜土夢を圧倒してみせた。


「人間同士の争いで生まれた武技、魔物に対抗する魔法……そんなモノは悪魔や天使共との戦いからすれば児戯にも等しい」


 そう言いながら、いつの間にか夏希の前に接近していた九条は、ポンッと夏希の肩に手を乗せた。


魔黒の甲冑クヅリ』に触れた者はクヅリが認めた者以外、血を吸われて命を落とす。しかし、九条は鎧に手を触れても何ら変化は起きなかった。


「古龍、それも黒龍の素材だね。確かに、千年以上生きた龍は悪魔や天使に対抗できる優秀な素材だ。けど、それもとっくに研究済みさ」


『ソ、ソンナ! ワッチノチカラガツウジンセン!』

「くっ!」


 夏希は九条の手を振り払おうとするも、異常な力で握られ振り払えない。すぐに暗黒剣で九条を斬るが、九条に『呪』を刻むことができなかった。


「な……」


「だから無駄なんだよ……ねっ!」


 ブチッ


 九条は夏希の腕を掴み、そのまま力任せに夏希の腕を引き千切った。


「ぎゃあああああーーー」


「「「夏希ぃぃぃーーー!」」」


 千切れた腕から激しく出血し、痛みで蹲る夏希に美紀達が駆け寄る。


「いくら悪魔系、天使系の能力を得たからと言って、所詮は現世の生き物に過ぎない旧人類にはそのポテンシャルの十分の一も引き出せやしない。古龍の素材を使った武具も同じさ。進化した新人類の前ではオモチャみたいなもんさ」


 パチンッ


 九条は夏希の腕を放り投げ、指を鳴らす。すると、通路の奥から森谷沙織が姿を現した。


 途端に、美紀の手にした短剣が消え、亜土夢の鎧も霧散してしまった。森谷沙織の能力『能力阻害スキルキャンセラー』によるものだ。


「実は『能力阻害』は人外には効かない。所詮は人の能力だしね。キミ達の能力がキャンセルされたのは、キミ達が人の域を超えていないことの証だよ。しかし、ボクのように人を超えた存在は違う」


 ―『聖剣召喚』―


「能力を高めることが出来れば、沙織の能力を上回れる。まあ、おサルさん達には無理だと思うけどね~ ……キミはどうかな?」


 聖剣を出現させた九条の視線の先には、黒刀を構えたレイが立っていた。


「ふふっ、カッコつけちゃって。もっと絶望した顔が見たかったんだけどなぁ~ なんで! そんな! まさか! とかさ~ 雑魚だと思ってた奴が実は最強だったんだから、もうちょっと狼狽えてくれなきゃ。折角、頑張って今までモブを演じてたんだからさ~ あの時、腕斬られて痛かったんだよ?」


「九条くん」


「ん? ……ああ、ごめんごめん。いいよ。行っといで。結果はもう見えてるし、ボクはもういいから。沙織も役立たずのまま終わったんじゃあ、嫌だろうからね。猿共の掃除は任せるよ」


「うん!」


「折角、キミを元の身体に戻してあげたんだ。できれば使徒をボコボコにして泣いて命乞いしてる姿とか見たいかな」


「わかった! 私もアイツには恨みがあるからボッコボコにしてやるね!」


 そう言って四つの手に大剣を携え、歩き出した森谷沙織。


「「「紗織……なの?」」」


 森谷の姿を初めて見た者はその異形に目を丸くする。だが、それより自分達の能力が使えないことの方が深刻だった。


 魔法が使えず、身体強化すらできない。能力が無ければ普通の高校生である彼女達にはそれを封じられ戦うすべが無かった。今まで能力で戦ってきた夏希達は、護身用の武器すら所持していなかったのだ。


 身の丈程もある巨大な大剣。それを四本も所持する森谷沙織も当然、身体強化は施していない。素の筋力だけで重そうな大剣を軽々と振り回している。


 古代魔導技術で肉体改造を施している森谷沙織。異常な筋力の他にも細胞の活性が高く、傷を負ったとしても瞬く間に塞がってしまう特性があった。それに、四本の腕を自在に動かせるよう脳手術も受けており、反射神経や思考速度も人の能力を大きく超えていた。


「さーて、誰からいこうかな~ ムカつくあの男は最後っていうのは当然として……あ、いいこと思いついた」


 森谷はレイの両隣にいるリディーナとイヴに目を付けた。


「取り巻きの女を先に殺したらどんな顔するかな? ひひっ」



「何? あの気持ち悪い女は?」

「腕が四本ありますね。確かに気味が悪いです」


 リディーナとイヴはそれぞれ剣を抜く。普段から剣技の訓練はレイの方針で魔法無しで行っている。二人にとって魔法が使えないことは狼狽える状況ではない。


 魔法が使えないのは問題では無い。だが、九条彰の動きはリディーナ達でも目で追えず、勝てる自信が無かった。


「リディーナ、イヴ、どいてろ」


 レイがリディーナの肩を叩いて前に出る。


「「え?」」


「最後に見るのが猿の惨殺ショーか。フィナーレとしちゃあ、いささか……え?」


「「「は?」」」


 全員が気づいた時には森谷の腕が半分になっていた。右半分の腕が鋭利なモノで切り裂かれ、大剣ごと床に落ちている。


 その横には禍々しい漆黒の鎧を纏ったレイが立っていた。


「やっぱ邪魔だな。その腕」


 ―『暗黒刀召喚』―


 魔刃メルギドを持つ反対の手に、似たような漆黒の刀が出現。


 斬ッ


「うぐっ! ぎゃっ」


 森谷は反射的に斬撃を大剣で防御するも、左半分の腕が大剣ごと両断された。


 誰の目にもレイが刀を振ったのが見えなかった。


 それに、刀と鎧をいつの間に纏ったのか、勇者達の聖剣や聖鎧、夏希の暗黒剣などのような『能力』と思われるが、森谷の『能力阻害』で発現はできないはずだ。


「そういえば、天使の身体だったっけ」


「……お前が貶した師が編み出した最強の奥義だ。たっぷり味わってから死ね!」


 そう言って、レイは一対の黒刀を携え、新宮幸三と同じ構えをとった。



 ―新宮流零式『黒刀双天』―


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る