第556話 SYU-RA-BA

 ドッ


 レイは幸三に黙祷した後、力尽きたように両膝を地に着き、その場に沈んだ。

 

 師、新宮幸三との刹那の斬り合いを制したものの、双刀の全ては躱しきれず、レイは全身から激しく出血していた。


 魔法があり、回復魔法の存在があるからこその戦法だったが、これが地球であれば相打ちとなっていてもおかしくない程の深い傷、出血量だ。


 しかし……


(回復魔法の効きが悪い……何故だ?)


 先程から回復魔法を施しているレイだったが、一向に傷が塞がる気配が無い。魔力に余力はまだある。しかし、原因が分からなかった。加えて、これまでの連戦も相まって疲労が一気に噴出、意識が朦朧とし思考がまとまらない。


「レイっ!」

「レイ様っ!」

『アニキっ!』


 そこへ、ブランに乗ったリディーナとイヴが颯爽と現れ、レイを見つけると同時にすぐさま駆け寄った。


 突然の来訪に慌てて警戒する夏希達。しかし、すぐさまレイに駆け寄る姿を見て無意識に警戒を解く。彼女達の中で、既にレイは「敵」という認識は薄れていた。


 自分達を殺しに来た殺し屋、女神の使徒であるとはっきり認識しているのはここにいる者の中で川崎亜土夢ただ一人だけだ。


(((今度はすんごい美女が来た! ってか、何あれ? 馬? つーか、デカ過ぎだし、角も生えてるし……一角獣ユニコーンなんて初めてみるんですけど! てか、今喋ってなかった?)))


 それよりも、リディーナ達の美貌と初めて見る一角獣のブランに美紀達は驚いていた。リディーナは当然ながら、イヴも日本人の美的感覚からすれば、十分人目を引く美しい容姿である。白馬の一角獣に美女二人が乗って現れ、一同が呆然とするのも無理はなかった。



「リディーナか……どうして……ああ、ブランか……」


 レイのかすれた視界にうっすらとブランの白い巨体が映る。レイの匂いを辿って複雑な地下遺跡を短時間で踏破してきたのだろう。


「ひどい出血……レイ様! すぐに回復魔法を!」


「イヴ……お前、髪が……それにその目……」


「説明は後で致します!」


 そう言って回復魔法を施すイヴ。以前、レイに教わった人体の構造を思い返しつつ、新たに芽生えた聖属性を以ってレイの治療にあたった。


((一体何が……?))


 レイなら自ら回復魔法で傷を癒せる。それなのに何もしていないことを不思議に思うリディーナとイヴ。それに、天使の力を持つレイがここまで深手を負っていることに二人は驚いていた。


「そんな! 血が止まらない……どうして!」


 イヴは自分が回復魔法を施しているのは感覚で分かっていた。それなのに、一向に傷が治らないことに焦る。


「暗黒属性」


 イヴに向かって夏希が口を開く。


「誰?」


 その声を聴いて夏希に視線を向けるリディーナ。


「……暗黒属性を持つ者は傷の治りが極端に悪くなる」


「レイは自分の傷は勿論、他人の欠損さえ治せるわ。誰だか知らないけど余計な口出しは――」


「知ってる。その人が天使ってことも。でも『能力』に目覚めたならきっと今までの回復魔法は効果が無い。古代の『超回復薬エリクサー』か、強力な聖属性でもない限り――」


「能力? 何を言ってるの? アナタまさか……」


 夏希と美紀達を見て『勇者』と気づいたリディーナは、レイを庇うように警戒体制をとった。状況からレイと戦っていたわけではないと判断できたが、だとしたらどうしてという疑問が湧き起こる。


「何故だか知らないけど分かるの。その人はさっきの戦いの時、能力に目覚めてる。いや、あの男が現れた時からかしら」


 夏希は幸三の遺体をチラリと見る。


「分かるって、アナタ誰よ?」


「娘……らしいわ。その人の」



「「「はーーーッ?」」」



 リディーナとイヴだけでなく、美紀達も夏希の発言に絶句する。慌ててレイを見る二人だが、レイは出血多量で意識が朦朧としており、その答えを聞き出せそうになかった。


「む、む、む、むす、娘ーーー!?」

「そ、そ、そ、そんな、レイ様、いつの間に……」


「私だって信じたくないわよ。こんな奴が父親なんて」


「レイは結婚してないって……」


「結婚なんかしなくったって子供は作れるでしょ? 私のママ……と、関係があったってさっきその人の口からポロッと出たのよ。認めたくないけど」


「いくらなんでも成長が早過ぎるでしょう!」

「リディーナ様、レイ様は四十歳を越えてらっしゃいます。か、か、か、過去のことかと」


「ああ、そ、そうね。レイなら若い頃にひ、一人や二人くらい……」


 レイなら女との関係が一人や二人どころか何人いてもおかしくないと思ってしまった二人。二人がレイに惹かれたのは決して容姿が良いだけではない。レイの強さは女としての本能が激しく刺激される。強者に惹かれるのは男女共に本能だ。命が軽いこの世界の住人は特にその傾向が強かった。


 要は、容姿に関係無く、レイはモテるのだ。前世の顔を知らなくとも、レイが女に好意を抱かれるであろう男だったというのは容易に想像できた。


「一人や二人? そんな少ないわけないでしょう」


 夏希は咄嗟にそう発言したが、自分の言った意味を理解していない。夏希は無自覚にレイを男として見ていた。それも、自分の好みとしてだ。自分や母親が惹かれる男ならば、女にモテないはずが無いと無意識に思っているのだ。


 あれだけレイに酷い扱いを受けてそう思っているのだから、夏希は相当変わった趣向を持っていると言える。無論、当人に自覚は無い。


「か、関係なな無いわよ! 今よ今! い、今はわわ私が」

「リディーナ様! おおお、落ち着いて!」


「こんな奴のどこが……」


 じー


 そんな中、ブランが夏希をじっと見ていた。


「な、なに、この馬?」


 スンスンスン


『その雌からイイ匂いがするっス』


「「「馬が喋ったっ!」」」


『馬じゃねーっス。一角獣っス』


「いやいや、一角獣なんて初めて見たし、喋る魔獣も初めてなんだけど?」


 美紀がブランを指差して言い、典子や大輔も無言で頷いている。


『そっちの雌達もイイ匂いが……』


「というか、キモいんだけど?」


 夏希は鼻を膨らませて自分の匂いを嗅いでいるブランからそっと距離を置く。



「ウルセー……な」


「「レイっ!」」


 レイの出血がようやく止まった。


(ク……ソ。あのガキの言うとおり、普通の回復魔法が効かねぇ……聖属性を強く意識しなきゃならんとは……能力とやらの所為か? ……こんなモン、クソ邪魔じゃねーか、あのジジイ)


 夏希の言うとおり、レイは『能力』を得た所為で、通常の回復魔法は効果が激減していた。普通に施しても傷が塞がらず、出血も止められなかった。


 今は聖属性を強く意識して魔力を込め、ようやく効果が出はじめたところだ。


 しかし、突如、発動していた魔法が消え、魔力が霧散した。


(((魔封――)))


 誰もが体感で魔法を封じられたと分かった。リディーナ達は当然、夏希達も古代遺跡では魔法が効かない部屋や結界は散々体験している。


 グオォォォーーーン


 重苦しい駆動音と振動が部屋全体に鳴り響く。


 次に、周囲のガラスケースに囚われていた人間達がみるみる干からびていった。


「「「一体何が……!」」」


「装置が起動した……」


 何が起こったか察した川崎亜土夢がその腕に恋人のヘレンを抱きながら呟く。


「魔封の結界? ……いや、違うわね」

「まるで魔力が吸われるような……」


 リディーナとイヴが異変に気づく。二人が言うように、ただの魔封の結界とは違い、身体から魔力が抜けるような感覚がある。


「装置が起動した。王都にある魔力は全てここに集まるようになっている。周囲の魔素は勿論、生きている者からも強制的に魔力が吸われる」


 ザリオンに乗っ取られた時の記憶を持つ亜土夢が続けて説明する。


「この地下遺跡は魔力を集める為の巨大な魔法陣だ。範囲は王都全域、破壊は不可能。逃げるのも……恐らく無理だろう」


 魔力が使えないということは遺跡の各所に設置された転移魔法陣も使用できないということだ。地上まで走って逃げても、王都から脱出する前に魔力が枯渇し、動けなくなる。不死者で溢れる地上を魔法が使えない中、突破するのは現実的では無かった。


 ドシンッ


「「ブランっ!」」


 突然、ブランがその巨体を床に沈めた。


『イヴちゃん……お腹減った……』


 魔力を遮断され、魔素を吸収できなくなったブランが力尽きたように項垂れる。ここに辿り着くまでは勿論、地上でも不死者の群れを蹴散らし、体内の魔力を消耗していた。それに、ここオブライオン王国は元々魔素が薄い。ブランのような強力な魔獣が活動するには適していない土地なのだ。


 イヴは急いで魔法の鞄から食べ物を出そうとするも、魔力が使えない為、それが出来ない。



「美紀、典子、大輔! 対魔封結界!」


 夏希は『エクリプス』のメンバーに叫ぶ。古代遺跡の地下深くでは魔封の結界エリアは珍しくない。


 魔法が使用できない場所では、身体強化や生存に必要な水も出せなくなる。手持ちの物資が枯渇し、体力が無くなれば地上に戻る前に力尽きてしまう。遺跡に潜る探索者の中でも、深部に到達できる者しか分からない、魔法を封じられることの恐ろしさ。


 しかし、夏希がメンバーに指示を出したのは『敵』の存在を察知したからだ。


 夏希は能力である暗黒剣を発現させ、部屋の通路に向けて構えた。魔法が使えなくとも、魔力に由来しない能力持ちならどうにかなる。夏希に合わせて、大輔が神盾を出して夏希の前に出る。中衛に美紀が入り、魔法が使えず戦力にならない召喚士の典子は後ろに下がった。


「たしかに、嫌な気配がするわね」

「そうですね」


 リディーナとイヴも通路に視線を向ける。


(それにしても、この子達、冒険者なのかしら? 随分手慣れてるわね。私より先に気配を察知するなんて、レイの娘っていうのもあながち嘘じゃないかも……)


 通路の奥から嫌な雰囲気がどんどん強くなる。


 そして、部屋全体に鳴り響くように声が聞こえてきた。

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