第555話 約束
神域。
「アリアか……久しいの。昔と変わらず美しいままじゃ」
新宮幸三は自分が死んだのだとすぐに察したものの、開口一番で目の前にいた女神アリアの美貌を褒めた。
幸三にとって七十年振り、女神アリアにとっては二百年振りの再会だった。
「本当に久しぶりね。聞きたいことが山ほどあるわ」
「だからここへ呼んだわけか……さっさとあの世へ送ってくれんかの~」
「相変わらず、変わってないわね。貴方はいつもそう。私を目の前にして平然としてる人なんていないというのに……」
「そりゃあ、お前さんみたいな美女を目にしたら誰でも動揺するじゃろう」
「貴方は違うのかしら?」
「心が読めるくせに野暮なことを聞くでない」
「……そうね」
女神アリアの表情が和らぐも、すぐに真面目な顔に変わる。
「幸三、貴方に聞きたいことがあります」
「タカシの事か? わざわざ聞かんでもいいじゃろ」
「貴方の口から直接聞きたいの。お願い、理由を聞かせて頂戴」
「やはり地球は管轄外というのは本当じゃったか……転生した魔王を殺さなかったことは詫びよう。それを黙っていたこともな。しかし、タカシの正体を隠して推薦した時は、まさか本当に依頼するとは思わんかったぞ? クックック」
「幸三!」
「すまんすまん。美人にはついつい意地を悪くしてしまうもんじゃ。許せ」
「ちゃんと話して」
「ふっ、簡単な話じゃ。タカシは確かに魔王の転生体じゃが、転生は失敗しておった。『転生の儀』は未完の魔術というお前さんの見立ては当たっていたわけじゃ。タカシは魔王であって魔王ではない」
「そう、記憶が……」
「うむ。日本に戻って三十年。突然、禍々しい魔力の波動を感じ転生体を見つけてみれば、アレは生まれたばかりの赤ん坊じゃった。その場で『能力』を封じはしたものの、タカシには魔王の記憶が見られず、ワシは殺すことができんかった。始末から監視に切り替え、ワシはしばらく様子を見た」
「女子供でも容赦しない『剣聖シン』らしからぬ行動ね」
「能力を封じ、かつての記憶もなく、無力な赤子を殺すほど堕ちてはおらん」
「そんな男なら私は貴方を選んでなかったわ」
「ふん。全て手のひらの上か」
「そうでもないわ。貴方がレイを育て、私に推薦した理由は分からない」
「先程のタカシとの会話は聞いておったのじゃろう? 寄って集って殺すしかなかった自分に腹が立った。だから再戦を望んだ。召喚主がお前さんじゃなくて九条とかいう小僧だったのは予想外じゃったがのう」
「嘘」
「意地が悪いのぅ」
「話して」
「仕方ないの……タカシを赤子の時から監視しておったが、置かれた環境は稀に見る酷いものじゃった。ワシが殺さなくてもいずれ死ぬだろうと思う程にな」
「レイの過去は私も見ました。確かに、あの環境で精神の均衡を保っているのは驚異に値します」
「それがタカシの強さじゃ。幼子で力も無く、誰もが絶望で諦める状況でも心折れず必死に生きる姿に、そのまま死なすには惜しいと思った。それに、ワシはもう年老い長くないと思っておったのもある」
「後継者……」
「おかしな話よ。且つて殺した男に自分の全てを託したいなど……じゃが、タカシめ。病なんぞであっさり死によって」
「それで私に推薦したのね」
「まさか、都合よくお前さんが現れるとは思っとらんかったがの」
「稀に見る運命力、といったところかしら。異界を行き来する程飛び抜けた運命を持った人間は私が知る限りレイと貴方だけよ」
「普通の者とは違う人生を味わったことだけは確かじゃの」
「……私のことを恨んでますか?」
「何故そんなことを聞く?」
先程はさらりと言ってのけたが、幸三は女神の命でいつ転生するかも分からない魔王の転生体を三十年探していたのだ。魔力を辿るすべがあったとはいえ、その範囲は地球全て。女神が幸三に依頼した事はレイ以上に過酷なものであったはずだ。
それでも幸三の中で女神を恨む気持ちは微塵もなかった。それを察した女神は口にした己の言葉を恥じた。
「いえ、なんでもありません」
「相変わらず神というのは何を考えておるのか分からんのう」
「……話を戻すわ。レイに武術を教えても魔法や魔力の使用方法は教えなかったようね。地球にも魔素はあるのに」
「あの薄い濃度では魔法を行使するのは難しい。ワシのように『能力』を持った者か、こちらの世界で生まれた者でなければ体に保有する魔力量が少なすぎる。稀に魔力を多く持つ者も現れるが、それでもこちらの魔術師には遠く及ばんレベルじゃ。ワシの生み出した技を教える相手は地球にはおらんかった」
「レイを推薦した理由にはならないわね」
「タカシはワシ自ら新宮流の奥義を教えた弟子じゃぞ? この世界にくれば、いずれワシと同じ境地に辿り着く。能力なんぞが無くともな」
「『能力』を返したのは余計なことだと思うけど?」
「タカシは以前の魔王ではない。能力を得たとしても暴走はせんよ」
「今、「多分な」って思ったわね?」
「なんじゃ、折角口で話しとるのに心を読むのは無粋じゃぞ?」
「……まあいいわ。暫く様子を見ます。聖なる天使の身体を与えて良かったというところかしら。それに、あれを見れば今のところ心配はないでしょうし」
女神の視線の先にはレイ達の様子が映っている。血まみれのレイにリディーナ達が合流していた。
「もういいじゃろ……」
「最後まで見届けないの?」
「あとは若いモンの世界じゃ。老人がのぞき見るもんでもない。……あとは約束どおり、さっさと向こうへ送ってもらおう」
「……まだ気持ちは変わらないの?」
「当然じゃ」
「貴方の功績なら、天使として私の側にいてもらうことも――」
「ワシが今まで何人斬り殺してきたと思っとる? 技の昇華の為、若かりし頃は修羅に身を落としたこともある。死んで地獄の責め苦を受けると思えばこそ、耐えられた。……ワシは仲間と同じところへ行くことはできん」
「幸三……」
「早う送ってくれ。ここは居心地が良過ぎる……」
「冥界は貴方が思っているような場所じゃないのよ? 苦痛と恐怖に人の魂は耐えられない。しかし、狂うことも消滅することも出来ずにそれが永遠に続き、悪魔の糧となるだけなのよ!」
「ワシへの罰には丁度良い。ワシが殺めた者の中には罪のない者もおったのじゃぞ? 人に偉そうなことを言っておいて、自分だけは極楽に行けるなどと何故思える?」
「でも……」
「くどい」
「……わかったわ」
「うむ。アリアよ、世話になった」
幸三の形を成した魂が消えていく。
「さようなら、幸三……長きお役目、ご苦労でした……ありがとう」
「さらばじゃ」
(タカシに『能力』を返したのには訳がある……)
「え?」
「じゃあの」
「ちょっ――」
消える直前に幸三が放った意味深な思念に驚き、慌てて転送を止めるも既に幸三は旅立ってしまっていた。
「まったく、貴方って人は……いつもながらどちらが神か分からなくなるわ。手のひらで踊っているのは私の方。そんな気にさせるのは貴方だけよ……」
女神アリアの前に一体の天使が姿を現した。
「……且つての『剣聖』。魔王討伐後、一人地球に帰還し、転生したと思われる『魔王』の捜索と抹殺をアリア様から依頼された男……天使となり、神域に留まる栄誉を拒み、自ら冥界行きを望むとはなんと愚かな」
「人の歴史の中でも、あれほどの功績を残した者は他におりません。……女神アリアの名において、何人たりとも彼への侮辱は許しません」
「し、失礼しました! お、お許しを……」
「いいでしょう。シリオン、報告を」
「は、はっ! 封印したザリオンをここにお持ち致しました」
そう言ってシリオンはザリオンを封印した宝玉をアリアに差し出した。
「随分消耗しているようだけど、何かありましたか?」
「い、いえ……アリア様がお気になさることの程では……」
既にアリアに心が読まれていることが分かっていながら、シリオンは言葉を濁した。
「そう。なら下がって休みなさい。ご苦労でした。それとエピオンの再創造が終わってるはずです。ここへ」
「はっ!」
シリオンから宝玉を受け取り、アリアは再び視線を正面に戻す。
しかし、レイ達の映像を見ていても、心は冥界に送った幸三にあった。
(そうだ……望みどおり、地獄の鬼でも斬って貰おうかしら)
「喜んでくれるかしら? ……ふふっ」
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