第554話 死結

 レイの前に無数の黒い刃が発生し、幸三の赤刃と激突する。


 幸三の赤刃とぶつかり、斬撃を相殺した黒刃。しかし、全ての攻撃を相殺できず、いくつかの斬撃がレイを斬り裂いた。


「『百鬼』か! ぞ!」


 レイは斬られた傷を無視して『魔刃メルギド』を納刀――。


 ―『新宮流 零式 滅閃』―


 直後、抜刀と共に黒い閃光が幸三を襲う。


 黒い光は幸三の片腕を吹き飛ばし、その裏にある部屋の壁をも大きく斬り裂いた。


「ふはっ! この距離で『滅閃』を喰らうとはの……じゃが、まだまだ完全では無いのう!」


 肩から先を無くしながらも、笑みを浮かべる幸三。出血は無く、傷口は徐々に再生されている。


「……暗黒属性の傷を癒す……聖属性を帯びた再生魔法か……それより、を受けてその程度の傷で済む……ん?」


 レイはブツブツ呟いた後、我に返って己の手を見る。


(なんだ? 今俺は何をやった? 百鬼? 滅閃? ジジイは何を言っている?)


「ふむ。まだ馴染んでおらぬか? ざっと百年ぶり、肉体を跨いでおるからのぅ。無理もない」 


「何を……」


「タカシ、これが何か分かるか?」


 幸三は懐から女神の聖遺物に似た球体を取り出し、レイに尋ねる。


「これにはあるモノが封印されておる。いや、じゃな。既に封印は解放され、本来あるべき者の元へ戻っておる」


「何を言っている?」


「『能力』とは本来、人が持つ素質のこと。剣技や魔法だけでなく、頭の良さや手先の器用さ、特異な体質など様々な才能や技能を人は生まれながらに大なり小なり有しておる。その素質は本人の死と同時に魂と共に輪廻に還るのが世の理じゃが、極稀に素質そのものが現世に留まり他者に宿ることがある。これはこの世界だけの現象ではない」


 失った腕が再生されている間、幸三は語り出す。時間稼ぎとも取れる行為だが、レイは幸三の話を聞かずにはいられなかった。


「よく百年に一人の逸材とか言うじゃろ? 家系や親の才能を受け継いだわけでもなく、突出した才能や異能を突如示す者。言うまでもなく生まれた際に他者の『能力』が魂に宿った者のことじゃ」


「……」


「地球ではスポーツや芸術、文化面でその『能力』を発揮する者が目立つが、それ程数が多いわけではない。能力は本来、闘争や生存本能に根差すもの。能力は戦場で開花させる者の方が圧倒的に多い。伝説的な戦果を残す者や、超人的な逸話を持つ者は現代においても数多く存在する。まあ、魔素が薄い地球ではこちらの世界ほど力は発揮できておらんがの」


「じゃが、こちらの世界では能力は人間以外の才能も含まれる。天使のような高次元のモノもあれば、龍や妖精など異次元の存在まで、この世界には地球と違い様々な素質、強力な能力が溢れておる。大昔にあったという天使と悪魔の戦い、それと、それ以前に異世界より様々な種族や幻獣を古代人が召喚した影響じゃ」


「……何が言いたい」


「大昔、ワシらがこの世界に召喚され、女神の命を受けて討伐した男にはある『能力』が宿っていた」



 ―『魔王』の能力―



「悪魔系の能力と推測されるだけで詳細は不明。魔王というのもその圧倒的な力から便宜上付けたにすぎん。ワシらは討伐に十年という歳月を要し、成功するも、その男は転生の儀によって魂は輪廻に還っておらんかった」


「ワシが仲間と袂を分かち、一人地球に帰還したのはその為。地球に転生したと思われる魔王を探し出して抹殺、そしてその『能力』を封印する密命をワシは女神から受けていた。じゃが、転生した魔王を見つけ出し、能力は封印したものの、ワシはその男を殺しはせんかった。……何故だか分かるか?」


「……」


「あの時、ワシらはその力の巨大さに恐怖した。『剣聖』という能力を得てなお、十年という歳月を研鑽に費やし、仲間と徒党を組んで挑むほかない程に……」


「一人では敵わぬ。そう思った己に腹が立った。単独で敵わぬから徒党を組む。戦術としては正しいが、武人としては恥ずべき事よ。ワシにはそれが我慢ならんかった」


「よもや、再びこの世界でこのような形になろうとは夢にも思わなんだが、これも因果よの……」


 幸三の腕の再生が終わる。


「あの時の屈辱を今晴らさん! ……剣聖シン、参る!」


 聖刀を再召喚させ、再生した手に握った幸三は、そう言って構える。



「……なるほどね」



 何かを思い出したようにレイが呟く。今まで無かった記憶が頭に流れ込み、今まで無かった力が全身を駆け巡る。


 ―『暗黒刀召喚』―


 レイの左手に右手で握る『魔刃メルギド』と瓜二つの黒い刀が現れる。


「能力……か。ガキ共がはしゃぐ理由もわかる。他人の素質と言われてもそうは思えないほど自然に感じるな……」


 召喚した黒刀を一瞥するも、レイはそれをぞんざいに投げ捨てた。


「だがな、能力コイツを使ってジジイに勝っても意味ねーんだよ」


 レイは『魔刃メルギド』を両手で握り、正眼に構えた。


「おい、クヅリ」


『なんでありんしょう? さっきは浮気されるかと――』


「お前に命を預ける」


『――ッ!!!』


 クヅリはレイの発した突然の言葉に震えた。己の体が武具となって二百年。初めて武具としての喜びを感じた瞬間だった。


「いくら性能が良くても、よく知らないモンに命を預ける気はないからな」


『一言余計でありんす!(嘘つき!)』



意思ある武器インテリジェンスウェポンか。道理で誰にも扱えんかったわけじゃ……しかし、得物は五分。ならば、新宮流宗家、新宮幸三として相手をしてやろう。手加減はせん。死にそうになったら能力を使うがいい」


「ジジイこそ、俺に負けそうになったら能力を使えよ。無様を笑ってやる」


「ふっ、ぬかせ!」


 幸三の双刀が左右同時にレイを襲う。


 左右から挟み込むような斬撃に、レイは黒刀を正眼に構えたまま前に踏み出し、黒刀を振り下ろす。


 どちらか引かねば相打ちとなる刹那の攻防。


 ズッ


 レイの黒刀が幸三の耳を削ぎ、肩口に刃が当たったと同時に幸三の双刀もレイの胴に刃が入る。


 ―『新宮流 瞬身』―


 先に身を退いたのは幸三だった。前に掛かった荷重を後ろに移し、瞬時に体を下がらせレイの斬撃を躱す。


「避けたな? 若返って命が惜しくなったかジジイ?」


「相変わらず無謀しよる。死人しびとは死ぬことにあらずと何度教えた?」


「さあな。数えちゃいねーな!」


 レイは胴の両脇から血を流しつつも、それに一切気を留めずに前に踏み出し、黒刀を振う。


 幸三も無くなった耳を意に介さず、何事も無かったかのように黒刀を受け止め、もう一方の聖刀で同時に斬りつける。


 聖刀の力点を巧みにズラし、避けれない斬撃が致命傷になることだけを避け、幸三に斬りかかるレイ。


 …

 ……

 ………


 どれだけの時が経っただろうか。


 時間にして十数分にも満たないが、この場にいる者には何時間にも思えた。


 凄まじい攻防が続き、レイは何度も斬られ、全身が血塗れだ。それに対し、幸三は初手で耳と肩を斬られた以外に傷を負っていなかった。


「はー はー はー」


 激しい出血と、無呼吸の連続運動で息を乱すレイ。しかし、表情に焦りは無く、目の光は失っていない。


「何故、魔法を使わん? それにいい加減『能力』を使え。剣技のみでワシには敵わんのが分からんのか?」


 レイは魔法を使っていなかった。治療も含め、身体強化すら施していない。あくまでも剣で幸三に勝とうとしていた。


「……ジジイ。若返ったのは最近か?」


「突然何を言いよる?」


「俺も最初は分からなかった。その正体に気づいたのは最近だ。別の肉体になった俺でさえ違和感というにはあまりにも僅かな感覚のズレ。自分の身体が若返ったジジイには気づくはずもない」


 レイは独り言のように呟き、黒刀をまたも正眼に構えて大きく息を吸う。


「何を――」



「新宮流、第六十八代宗家、その名代たるレイが、名を汚しし新宮幸三を誅す。……見返りを欲し、外道に組する恥を知れ。『新宮流極伝 無幻』!」


 レイの黒刀がゆらゆらと揺れ、刀身がおぼろげになる。


「ワシに向かってその言を吐くか……じゃが、『無幻』を体得しているのなら、その資格があると認めよう」


 ―『新宮流極伝 無幻』―


 幸三の双刀も同じく、刀身の形が曖昧になっていく。


 この場にある三つの刀はその姿を留めず、遠目からでも蜃気楼のように形がはっきりと認識できなくなった。


 達人同士の斬り合いはミリ単位の読み合いである。鍛え上げた五感を駆使し、剣の軌道を正確に把握することが生死につながる。


 刀と己の気配を消し、視覚情報をも欺く新宮流究極奥義。同じ剣技を修めた者同士、相手を葬るには剣を含めた全てを消すしかない。


 魔法や能力などではない、純粋な剣技であると夏希達には知る由もなかった。



 斬



 双刀と黒刀、三つの陽炎が舞う。


 幸三とレイの身体が交差し、すり抜けると同時に刀が振り抜かれた。


 ブシュ


 レイの身体から血が噴き出す。


 ツー


 幸三の口元から血が溢れ、力が抜けたように膝が落ちた。


「ごはっ」


 盛大に血を吐き、両膝をついた幸三。


「ばかな……このワシが……見切れていなかったというのか?」


 避けたはずの斬撃。しかし、自身の見立てに反し、レイの斬撃は幸三の急所を突いていた。


「剣は心と体に刻むもの。ジジイはよく言ったな? 頭が覚えていても、体は違うってことだ」


 血まみれになりながらも、両足でしっかり立っているレイが言う。


「肉体を若返らせたことが仇になったな」


「そんなことは――」


「気づかんだろうさ。別の肉体になった俺でさえ微かな違いだ。自分の肉体なら指摘されても実感は不可能だろうよ」


「それを見抜いたというのか?」


「何年ジジイとやり合ったと思ってる? 昔と同じなら俺はとっくに死んでる。ジジイのままの方が強かったぜ」


 幸三は自身の手を見る。鍛錬など微塵も感じさせない綺麗な手だ。刀を握る感覚に違いはない。されど、刀と肉体が一体となっていたかと言われればそのとおりかも知れなかった。


「くくっ、ふはっはっはっ!」


 高らかに笑う幸三。


「タカシ。いや、今はレイか……ワシの双刀を受けつつ、その隙を見出した……見事じゃ」


 幸三は両手から刀を手放し、聖刀を消失させる。回復魔法を施す気配も無く、目を閉じ、残り僅かとなった命の余韻に浸る。



「……よう鍛錬したのぅ」


 幸三の姿がみるみる老人と化していく。


「ワシのやるべきことは既に済んでおる。お前に伝え忘れていたモノも全て伝えた」


「これ見よがしに俺に見せていない技を出したことか? 一々回りくどいんだよ。だから教え方が下手糞だって言ってんだ」


「日本で見せても信じやせんかったじゃろ。ワシの修めた新宮流は全て教えた。これからはお前が六十九代宗家を名乗るがよい。新宮流零式か……悪くないのぅ」


「ありゃ、咄嗟に――」


 既に幸三の耳にレイの言葉は聞こえていない。そのことに気づくレイ。


「……あの世で待っておるぞ」


「ふん、当分そっちに行く予定は無い。地獄で鬼でも斬って暇をつぶしてろ」


「そうじゃな。お前ならそう言うじゃろうの……ごふっ ごほっごほっ。地球に戻ったら裏道場に行くといい……老いぼれからの餞別じゃ」


「悪いが帰るつもりは無い」


「ふっ そうか。それもいいのぅ……」


「ああ、……じゃあな」


 幸三はその後急速に老化が進み、息を引き取った。


 レイは静かに頭を下げ、幸三に黙とうを捧げる。レイにとって師匠であり、父親同然の存在。様々な思い出がレイの脳裏に蘇る。


 口ではかつての屈辱を晴らす為と言いつつ、レイに技と能力を伝える為に九条の甘言を利用したとレイは気づいていた。魔法も能力も使わなかったレイに同条件で付き合ったのは驕りでも油断でもない。


 相手を殺す為に使えるモノは何でも使えと教えたのは他でもない新宮幸三だ。相手と同条件で戦うには必ず理由があったことをレイは良く知っていた。


 レイの足元に雫が落ちる。


「残りの余生ぐらい静かに過ごしてりゃ良かったんだ……バカヤロウ」

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