第553話 死合

「甚振るとは人聞きが悪いのぅ。これが一番効果的じゃと何度言えば分かるんじゃ?」


「何が効果的だ。教え方が下手クソだってのをいい加減自覚しろよ」


 真っ直ぐ幸三に向かって足を進めるレイ。既に外套は脱いでおり、プレートキャリアの前面には短剣が四本、腰のベルトにはSIG SAUER P320拳銃と9x19mmパラベラム弾が17発装填された予備弾倉五本、各種手榴弾グレネード、魔法の鞄が配置されている。


 アサルトライフルSCARとその予備弾倉は所持していない。それ以外は近接戦闘を想定したいつもの装備だが、手には見慣れぬ日本刀が握られていた。


 新宮幸三は黒い道着姿に一振りの日本刀だけを持ち、レイを待ち構えている。


 以前の顔とは違うが、お互い誰かは分かっている様子だ。


(((誰、あのイケメン!)))


 レイを初めて目にする美紀と典子、大輔はその美しく整った容姿に目を丸くする。それに対し、複雑な心境の夏希と亜土夢。見た目は美青年だが中身は全く違うと二人は知っている。


「それにしても、随分優男になったもんじゃ。タカシ、その顔はお前の趣味か?」


「馬鹿言え。女神が用意した体がこれしかなかっただけだ。誰が好き好んでこんな目立つ顔にするかよ。そう言うジジイこそ、整形でもしたのか?」


「ワシは若返っただけじゃ」


「髪があるじゃねーか。そいつはヅラか? 早く取れよ。似合ってねーぞ?」


「相変わらず生意気なことを言いよる」


 レイは軽口を言いながらも速度を緩めず歩き続け、幸三の間合いに堂々と入る。


「『剣聖チート』は出さなくていいのか?」


「能力を持たぬお前に使うは無粋の極み。……それに、すぐに終わってしまってはつまらんからの」


「そう言うと思ったぜ。俺には手段を選ぶなと教えておきながら、自分は選んでやがるのは相変わらずだ。人を舐めてるところは死んだ白石響と同じだな」


「ワシに揺さぶりをかけてるつもりか? 百年早いわい」


「事実を言ったまでだ」


「いいからさっさと来い。ウデが錆びついてないか見てやる。こちらに来て女にうつつを抜かしておるようじゃしな」


 そう言って、幸三はレイに向かって手招きする。


「ほっとけ、ガキじゃあるまいし」


 レイは目を細めて幸三を見るも、チラリと夏希達に視線を向けた。部外者の前でやり合うつもりかと仄めかす。新宮流の裏伝は人に見せる技術ではない。人を殺める技術が外部に漏れるようなことは極力避けねばならない。


「ヒヨッコが何人いたところでどうせ分かりゃせん。構わんじゃろ」


「そりゃそうだな」


 ユラッ


 突然、レイと幸三の身体が不規則に動き出した。


 ―『『新宮流極伝 幻影』』―


 ゆらゆらと揺れながら、二人が近づいていく。歩いているようには見えないにも関わらず、距離が縮まっていく様子を不思議に思う夏希達。


 場の空気が重くなる。軽口を叩き合っていたレイと幸三だが、お互いに相手を殺す気だというのは素人でも分かった。


 二人の距離が手を伸ばせば届くほどに縮まる。


「イヴが世話になったな」


「生きておったか。良かったのぅ」



 亜土夢と大輔がゴクリと唾を飲み込み、美紀と典子がまばたきをした瞬間。


 ―『『新宮流 閃』』―


 二本の刀がお互いの首目掛けて放たれる。新宮流抜刀術。まばたき程の一瞬で二人は同時に刀を抜いていた。


 レイは抜刀直後に鞘を自分の首にあてがい幸三の刀を受ける。それと同様、幸三もレイの刀を鞘で受けていた。


 お互いの刀が鞘に当った瞬間……


 ―『『新宮流 朧』』―


 二人の刀が同時にするりと鞘を通り抜ける。


 ―『『新宮流極伝 残影』』―


 刀の刃がお互いの首を刎ねる軌道を描くも、二人の姿は幻のように消え、次の瞬間にはお互いの間合いの一歩外で対峙していた。


 ……少なくとも夏希達にはそう見えた。


(((斬ったよね今!?)))


 ツー


 幸三の首に一筋の赤い線が現れ、血が流れ出す。


「ほう? 少しはやるようになったのぅ」


「ちっ」


 ブシュッ


 それに対し、首から激しく血が噴き出したレイ。


 ピタッ

 ピタッ


 二人の出血が止まり、傷が瞬く間に塞がる。


「回復魔法……流石に習得済みのようじゃな」


「ガキの頃の謎がようやく解けた。稽古で斬られた傷の治りがやたら早かったのはジジイが回復魔法を使ってたからか」


「ふふっ 少しやり過ぎた時だけじゃがな」


「何が少しだ」



「「「……」」」


 二人の一瞬の攻防に言葉が出ない美紀達。


 しかし、ザリオンの記憶を持つ亜土夢は、出会って早々、軽口を叩きながらも斬り合う二人が理解出来ないでいた。


(師弟関係じゃないのか? 新宮幸三の方は孫娘である白石の仇かもしれないが、そんな雰囲気は全く感じない……何故笑ってる? 首を斬られて何故笑ってられるんだ! ……なんなんだ一体?)


 一方、夏希はレイの刀を見て疑問に思う。


(何故、あの黒い刀クヅリを使わないのかしら?)


 自分の鎧と同じ黒のシリーズである『魔刃メルギド』を使っていれば、最初の一太刀で勝負がついていたのではと、夏希は不思議に思っていた。


 現在、レイは『魔刃メルギド』を使用していない。今使っているのはメルギドで鍛冶師のゲンマが鍛えた魔銀製の日本刀である。軽すぎて自分には合わないと言っていた刀で、直後に魔刃メルギドを手に入れてからは使う事は無く鞄に死蔵していたものだ。


「ワシを斬るとは少し速くなったか? いや、その刀の所為か?」


「ジジイを斬るにはちと軽すぎる……もういいか?」


「そうじゃの」


「「「……?」」」


 二人は挨拶は済んだとばかりに持っていた刀を手放した。


 レイは魔法の鞄から『魔刃メルギド』を取り出す。


「『魔刃メルギド』か。そのような妖刀を持ち出すとはお前らしいのぅ……じゃが、遠慮はいらんようじゃな」


 幸三は両手に二振りの光る小太刀を出現させる。


「『聖刀双天』。ふふっ、簡単に死んでくれるなよ? タカシ」


「それはこっちのセリフだ。悪いが遠慮しねーぜ。それとな……」


 レイは身体強化を施し、破片手榴弾を取り出して安全ピンを咥えて引き抜いた。


「鈴木隆はもう死んだ。今の名はレイ。あの世ではそう呼べ」


 自分と幸三の間に手榴弾を放る。お互いにとって致死の距離だ。


 ドォンッ


 次の瞬間、二人の刀がぶつかり合っていた。どうやって爆発を躱したか、いつの間に距離を詰めたのか夏希達が思う間も無く、二人の剣撃が続く。


 ガキリッ


 ブシュッ


 ズシュッ


 幸三の斬撃を『魔刃メルギド』で受け止めると同時に双刀の一方がレイを襲う。


 二方向から同時に襲ってくる斬撃。


 レイは強化した肉体と反射神経、今まで培った技術で致命傷だけは回避する。


「どうした! 手が足りておらぬぞ?」


 スチャッ


 斬撃を受け止め、強引に幸三の間合いの奥に踏み込んだレイは、素早く腰のP320を抜き、引金を引いた。


 ドンッ ドンッ ドンッ


 超至近距離での銃撃。


 しかし、その銃撃を予測し、瞬時に身を翻して躱す幸三。


「無駄――」


 幸三の脇腹に銃弾が刺さる。


「何!? ぬっ!」


 ガキリッ ギリギリギリ


 レイの上段を双刀を交差して受ける幸三。しかし、何故銃弾が腹に当たったか疑問は晴れていない。


「ジジイと何年やりあったと思ってる? 考え無しに俺が銃を抜くと思ってるのか?」


「銃身を曲げておったか。暴発の危険を考えずによくやる……ぬかったわ」


 黒刀を受けたまま、交差した双刀の一方が滑るようにレイの手元に向かう。それを察知し、レイは瞬時に飛び退き、一呼吸分の距離を置く。


 幸三は黒刀を受け止めていた聖刀を手放し、不自然に手首をクルリと回す。


「お返しじゃ」


 レイは拳銃を即座に捨て、胸に取り付けてあった魔金製の短剣を抜いて何かを払うよう短剣を振るった。


「ほう? コレに気づくか」


「超極細の鋼線。別に珍しいモンじゃない。古いんだよ」



(あれが私を切り裂いた正体? 目に見えないほど細い糸だったなんて……)


『魔国の甲冑』を着た夏希に流血させたのは、髪の毛よりも細い超極細の鋼線だった。元は宇宙開発技術の副産物だが、そういった最新技術や素材を軍事に取り入れる者は少なくない。罠や医療、サバイバルに糸は必需品だ。熱に強く、丈夫で嵩張らない糸やワイヤーの新素材は、軍事に深く携わる者なら誰でも必ずチェックしている。


(とは言え、流石、師匠といったところか。くそ、いつの間に巻きつけやがった? 視力を強化してなきゃ見落としてたところだ)


 レイは銃を手放し、腰の手榴弾を引き抜いて幸三の後方に投げ入れた。と同時に再び距離を詰める。


 ドォンッ


 ―『新宮流 風輪』―

 ―『新宮流 穿水』―


 ブシュッ


「な……に」

「これでお相子じゃな」


 幸三の手に手放したはずの聖刀が再出現し、透明の刀身が伸びてレイの腹を貫いていた。


「『風輪』に『穿水』。こいつも見せるのは初めてじゃな」


 背後の爆風と破片を刀の一振りでいなし、もう一方の刀で見えない刀身を伸ばした幸三。その攻防を同時に行い、レイは予期せぬ攻撃をまともに食らう。


(風輪? それに穿水だと? そんな技知らんぞ!)


 回復魔法ですぐに出血を止めながら幸三の未知の技に驚く。新宮流の技は極伝の伝位を受ける前から、体得の有無に関わらず知っていたはずだ。


「そうか……魔法か。このタヌキジジイ」


「正しくは魔力じゃ。技に属性を練り込み融合させる。現象を起こすだけの魔法剣とは別物じゃ」


 この世界には武器に魔法効果を付与する魔法剣がある。魔法で起こした現象を剣に乗せ攻撃する技術、もしくは魔法効果を付与した武器自体のことをいう。しかし、幸三の放ったものは剣技そのものに性質を持たせる技術であった。


「何が新宮流だ。ジジイのオリジナルだろ」


「忘れたか? 先達から今のワシの代まで、技は受け継がれ、そして時代と共に進化しておる。何百年も前に生み出されたものが今もそのままにあるとでも思っておるのか? 何度も言ったはずじゃがの」


「ふん、聞き飽きるほどにな。だが、ジジイしか出来ないものを奥義と称すのはどうなんだ?」


「ふっ(受け継ぐ者がいれば問題無い)」


「?」


「まだまだこれからじゃぞ? 受けきれるかのぅ」


 ―『新宮流 赫炎』―


 幸三の双刀が赤く光を放ち、残像のように刀身が増えた。二つの刀を交互に回し、刀身の残像がレイの視界を埋める。


(『絶空』を併用した実体のある残像……)


 武器の気配を断つ『絶空』により、幾重にも重なって見える真っ赤な刀身はどれも気配は無く、されど、どれもが本物。


 ―『新宮流 双天炎舞』― 


 無数の赤刃がレイを襲う。



 ―『新宮流  百鬼』― 


「受けるのは性に合わ

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