第552話 死導

 地下古代遺跡、魔力増殖炉。


「召喚!『泥人形』!」

「『赤の短剣』!」


 太田典子は召喚術で身長二メートル、体重二百キロの泥人形を十体召喚し、新宮幸三を攻撃するよう命令する。それと同時に近藤美紀は真っ赤な短剣を幸三の周囲にばら撒くように複数投げつけた。


「ふふっ 甘い甘い」


 幸三は手にした日本刀の鍔を親指で弾き、刹那に抜刀。迫りくる泥人形三体を瞬く間に両断する。


 爆ッ!


 美紀は幸三の動きに合わせ、投擲した赤い短剣を起爆させた。


 ―『新宮流 風輪』―


 円を描くように刀を回し、爆風をいなした幸三。


「あり得ないッ! 爆発に無傷なんて!」


「直接攻撃するでないなら何か仕掛けがあると誰でも分かる。もう少し工夫せんとな」


「だからって、刀を振っただけで――」

「うおぉぉぉー」


 渡辺大輔が泥人形の合間から飛び出し、幸三の背後から戦槌を振るう。


「お主はもう少し痩せんとな」


 ―『発勁』―


 幸三は大輔の戦槌を見ることなく躱し、振り向くことなく掌底を大輔の腹部に放つ。


「がふっ」


 重装鎧が何ら意味をなさずに、大輔は白目を剥いて膝から崩れ落ちる。


「「「大輔ッ!」」」


「死にはせん。それより他人を気遣う余裕があるのかのぅ?」


 気づけば典子の召喚した泥人形が全て両断されていた。典子や美紀は勿論、攻撃に参加していなかった夏希や亜土夢も、幸三がいつ泥人形を斬ったのか分からなかった。


 それに、典子の召喚した『泥人形』は剣で斬ったぐらいではまたすぐに元の形に戻る。それが一向に戻る気配が無い。


 様々な疑問が晴れず、しばし呆然とする一同。


「ほれ、加減してやるからどんどん来んか」


 幸三はつまらなそうな顔で刀を肩に担ぎ、左手を前に出して手招きする。


「舐めやがって」


 亜土夢が拳を構え、前に出る。


「同感ね」


 同じく夏希も暗黒剣を手に前に出た。


「ふむ。その鎧は見覚えがある。どこで手に入れたか知らぬが、厄介なモノを着ておるのぅ」


 魔黒の甲冑がどんな性質をもつか、かつての所有者、仲間だった『魔剣士ライアン』の末路を見ている幸三は知っている。


「じゃが、触れなければどうということはない」


「あっそ」


 ―『暗黒鎧解放・九頭龍』―

 ―『聖鎧召喚・拳強化装甲』―


 夏希の鎧に赤黒い血管が浮き上がり、亜土夢は光り輝く白金の鎧に身を包んだ。


「ふむ。武装がしておるな」


 聖なる武装は天使の基本武装であり、使用者の資質や経験で武具が成長する特性を持つ。剣が得意な者は剣を振るうに適した形に変化し、弓が得意な者はそれに準じた形状に変化する。


 桐生隼人や佐藤優子の聖鎧は細部の違いはあれど、同じような形状の西洋鎧だった。しかし、亜土夢の纏った聖鎧は拳部分に手甲が追加され、全身を包む装甲は機動性に特化した形状をしていた。


 剛ッ!


 地面を踏み込み、凄まじい速度で幸三に迫った亜土夢は、接近と同時に拳を放つ。


 一瞬のうちに間合いに入られ、刹那に放たれた亜土夢の剛拳に幸三は咄嗟に手のひらで受け止めた。


 ブシュッ


 受け止めた腕の至る所から血が噴き出す。その衝撃は凄まじく、受けた瞬間に腕の血管が破裂、筋肉が断裂し、皮膚が裂けた。


(殺っ…… ッ!?)


 奥の手が決まり、このまま胴を貫ける……そう思ったが一瞬。亜土夢は自身の放った拳に手ごたえが無い事にすぐに気づく。


「じゃが、まだまだじゃのぅ」


 真正面から受け止めたように見えた幸三の腕は、鮮血を撒き散らしながらフワリと後方に流れた。


 ―新宮流極伝『薙』―


 己の身体を犠牲にして勝を拾う新宮流の奥義。


 亜土夢の身体が受け流される幸三の腕に釣られ、前のめりになる。


「中々速かったぞ? ちと単調じゃがの」


 犠牲にした腕を置いてくるように無視し、残る腕を振り上げる新宮幸三。


(間に合わねぇ!)


 トン


「これで一死」


 手のひらを亜土夢の胸に当て、そう囁いた幸三は、既に己の背後に回ってきた夏希に意識を向けていた。


 背後から暗黒剣を幸三の頭上から振り下ろした夏希。


「甘い」


 幸三は、まるで後ろが見えているかのように夏希の剣を躱し、素早く振り向いて夏希の目に指を突き立てた。『魔黒の甲冑』は夏希の身体を隙間なく覆っているが、目だけは覆えていない。


 ピタリ


 幸三の指が夏希の目の前で止まる。


「あ……」


 寸止めされた指突に夏希は息を呑む。


「うおらぁ!」


 背中を見せた幸三に今度は亜土夢が拳を振るう。


「お前達の動きは手に取るように分かる」


 亜土夢の拳はヒラリと躱され空を切った。気を取り直した夏希も再度剣を振るって幸三を攻める。


 夏希も亜土夢も身体強化と武具の力で大幅に速度が上がっており、美紀や典子はその動きについていけない。気絶した大輔を介抱しつつ、二人はその様子をただ見ている事しか出来なかった。


「「強い……」」


 …


 ぜー ぜー ぜー

 はー はー はー 


「あ、当たらねぇ……」

「さ、触れない……」


 亜土夢の突きや蹴りは全て躱された。夏希の攻撃も、幸三は夏希に触れることなく刀でいなしていた。


((こっちは能力を使ってるのに!))


「身体強化のもう一つの欠点。強化部位に流れる魔力の動きは、何で攻撃するか、どこを守っているかを相手に伝えてしまう。武具で身体能力をいくら底上げしても、魔力を感知できる者にとっては無駄じゃ。なんせ、これからすることが分かるんじゃ。先ずは魔力と気配の制御を覚えんとな」


「ま、魔力を感知……?」


「それに、先程も言ったが見えているのに見えておらん。それは何故か?」


「「「……」」」


「それは自分自身を含め、物事を客観視できておらぬからだ。自分本位で思考している限り、人は己の都合の良い事象を無意識に脳が選択する。自分の死さえ選択肢の一つとして捉えられねば物事を正確に見ることはできん」


 幸三の雰囲気が変わる。


「先ずは恐怖を克服すること……次からは寸止めは無しじゃ。壁を乗り越えるか、挫けて死ぬかはお前達次第」


 …

 ……

 ………


「う……」


 鎧の隙間から血を流し、床に倒れている夏希と亜土夢。ブルブルと震えながらもなんとか立ち上がろうと体を起こす。


「ほう? 今時の者にしては中々骨がある」


 戦意を失っていない二人に幸三は感心する。初撃で亜土夢に破壊された腕はいつの間にか血が止まっており、自由に動かせていた。



 カチッ


 ドドドドド


 夏希は背中に担いでいたAK47を取り出し、安全装置を解除して幸三に向かって引金を引いた。腰だめで撃ったそれは狙いに正確さが欠けているが、この至近距離では関係無かった。


 しかし、弾は幸三に当たらない。


「なんでッ!」


「ふふっ、そいつをいつ使うのかと思っとったが、次はもう少し近くで撃つんじゃな」


「嘘だろ? この距離で……それに何で弾丸を避けられるんだ」


 その光景を見ていた亜土夢が呟く。夏希と幸三の距離は十メートルも離れていない。アサルトライフルのフルオート射撃を僅かな動きで躱した幸三が信じられなかった。


「銃などただの鉛の発射器にしか過ぎん。銃の弾は避けられない、当たれば死ぬという思い込みが冷静な判断を阻害する。漫画やアニメの見過ぎじゃのう。直線的な動きしかしない銃弾など、構えと銃口の向きさえ見切れば誰でも躱せる」


「銃で撃たれたら死ぬだろ普通」


「AK47。あの本田宗次とかいう小僧が作ったコピーじゃな? 貫通力のある弾じゃ。この距離では人体に当たっても貫通してしまい効果は半減する。急所にさえ当たらなければどうということはない」


「……頭おかしいんじゃないの?」


 そう言いつつ、幸三に対して夏希にはもう打つ手は無かった。それは亜土夢や美紀達も同じだ。何をしても目の前の男には通じない。意識が戻っていた大輔も何をすればいいか分からなかった。


「夏希……もういいよ、逃げよう? こんなこと、意味なんて無いよ!」


 見ていることしかできなかった美紀が悲痛な声で叫ぶ。目の前の男を倒す理由は無い。命を懸けてまで戦う必要を美紀は感じなかった。


 しかし、夏希は立ち上がる。目の前の男を倒さねば全員が死ぬ。それが分かっていたからだ。


「ふふっ そうじゃ。それでいい。ワシを倒し、九条を止めねば全てが消える。お前達自身は勿論、家族や友人、仲間も何もかも全てな」


「それが分かっててあなたは何もしないの? 九条に味方してるのは若さの為? 偉そうにお説教してても結局は自分がかわいいんでしょ?」


「ワシにはワシでやらねばならんことがある。それに、お前達の未来は、お前達自身で掴み取るべきじゃ。ワシのように終わった人間に頼り難を逃れても、どうせ長くは持たんじゃろう」


「あなたは一体何をしに――」


 ゴウゥゥゥン


 突如、地下全体に震動が響き、薄暗かった部屋が明るくなる。


「起動したか……」



「「「――ッ!?」」」



 明るくなった部屋の周囲を見て、夏希達は絶句する。


「「「ひ、人が……」」」


 周囲の壁はガラスケースに入れられた人間で埋め尽くされていた。殆どの者は死んではおらず、眠っているようだが干からびた人間があちこちに見受けられる。


「ヘレンっ!」


 自分の恋人の姿を見つけ、亜土夢は足を引きずりながら走る。


「「「?」」」


 ガラスを叩き割り、亜土夢は眠っているヘレンを抱き上げる。


「おい、起きろヘレン!」


 亜土夢が声を掛けるも、ヘレンは目を覚まさない。


「知り合いかの? じゃが、魔力を殆ど感じん。当分意識は戻るまい」


「くそ……これが魔力増幅装置か」


 亜土夢の頭に残っていたザリオンの記憶が蘇る。人間を動力源とする装置。人間の意識を奪い、魔力を強制的に抽出する。そしてその後は……


「魔力が無くなった者は『魂』を抜かれてエネルギーにされる。『神力』が発生する輪廻現象を模した魔力の増幅装置……人を何だと思ってやがる!」


「「「魂?!」」」


 亜土夢の言葉に夏希達は戸惑う。ファンタジーの世界にいても、魂という言葉を見聞きしたことは無い。言葉の意味は分かる。宗教的観点や空想上で地球には魂について語られる話がいくつもある。しかし、それが本当なのか、実在するものなのかは誰も知る者はいない。



 この場にいるただ一人を除いて。



「どうやら封印とやらが解かれたようじゃ。遊びはここまで。のう? タカシ」


 幸三はニヤリとして部屋の入口に視線を向けた。


「若返っても人を甚振る癖は治ってないな。師匠ジジイ

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