第550話 儚死

 ガキリッ


 レイの振るった『魔刃メルギド』の刃はザリオンに届かない。ザリオンの肌に触れる寸前、刃は見えない何かに阻まれた。


「顕現した純粋な天使の肉体は幾重にも結界が施され、並の攻撃では傷一つ付けることは出来ん。我は冥界より湧き出る悪魔どもを滅する為に生み出された神の戦士だぞ? 出来損ないの貴様とは違うのだ」


 レイは即座に黒刀から片手を離し、気を練った掌底をザリオンに放つもそれも届かない。


「同じ事だ」


 ドゴッ


 レイの腹にザリオンの蹴りがめり込む。


「ぐはっ」


 ドッ


 次に拳がレイの顔を打つ。


 ゴッ


 そしてザリオンはレイの襟首を掴み、何度も顔を殴打する。


 レイは殴られても傷は即座に治っていくが、それでもザリオンは殴る手を止めない。


「はじめて貴様を見た時から気に入らなかった」


 ドッ


「人間のクセに死を恐れず、神を前にしても傲慢不遜な態度」


 ガッ


「貴様のような下等生物は只々頭を垂れ、地面を這いつくばっておればいいのだ」


 ドゴッ


「こんな! 風になっ!」


 力を込めた一撃でレイが吹き飛び、そのまま地面に衝突した。その衝撃で周囲の建物が崩落、レイの身体が瓦礫に埋もれる。


「フハハッ! どーしたぁ?  もう終わりか? 偉そうな態度はどこにいった? 下等生物らしく、無様に足掻いたらどうだ?」


 高らかに笑うザリオン。


 ドドンッ


 ザリオンの放った魔法『流星』の一部が地上に落下してきた。上空にある巨大な隕石に比べ、遥かに小さい石であっても砲弾並みの威力がある。その小さな隕石群が徐々に地上に降り始めていた。


「フフフ……間も無く全てが終わる。そして始まるのだ」


 …

 ……

 ………


をどうするでありんすか?』


「ほっとけ」


 遥か上空。レイは一人で演説中のザリオンを眼下に置き、接近する巨大な隕石に視線を向けたまま呟いた。


『戦闘形態の天使がああもあっさり……』


「簡単に幻術に引っ掛かった。ダメ元でやってみたが上手くいくとは思ってなかったがな。どうも高次元の存在ってのは危機管理能力が足りないらしい」


『生まれながらの強者にありがちでありんす。人間のようにあれこれ小細工を弄する必要は無いでありんすから単純なんでありんしょう』


「そりゃ、お前もだろ」


(そう、天使や龍にもう少し狡賢さがあったらもっと上手くやれてるはずだ。クヅリの言うとおり、生まれながらの強者は努力や学びは必要無い。今まで相手が何をしようが片手間で振り払ってこれたんだ。あれこれ備えることなんざ端から考えちゃいないんだろう)


 レイもクヅリも気づいていないが、単純な幻術魔法ならザリオンには効いていない。光の属性は当然、対悪魔対策で天使の身体には闇の属性にも耐性があるからだ。生まれながらに多重結界を施され、各種耐性を備える天使は何もしなくても殆どの攻撃や状態異常を防いでしまう。


 天使や古龍などの超上位存在は、己に影響のある攻撃など存在しないと思っており、事実そうである。生まれながらに防御するという発想自体が無く、想定や対策は当然していない。


 しかし、レイの放った幻術魔法には光と闇の属性に加え、聖属性と暗黒属性が混ざった複合属性の幻術だった。無論本人は無自覚だが、天使と龍、そしてを混ぜることが出来る者は、今までこの世に存在しなかった。


 当然、ザリオンにとって未知の力、属性であり、対悪魔用の純粋な天使には耐性など無い。ザリオンはレイの状態異常攻撃を無防備に受けたのである。


(女神の聖遺物を使う必要は無かったな)


 且つて、ザリオンが伊集院力也に授け、その後レイの手に渡った天使を封印する聖遺物。レイは自身に効かなかったことからその効果を疑問視していた。女神の言葉を信用していないわけではなかったが、ザリオンが自らを封印できる聖遺物を伊集院に渡したことに引っ掛かりを覚えていたのだ。


(大体、使い方を言う前に消えやがったからな、あの駄女神……)



「その内、ガス欠で奴は終わりだ。今はザリオンよりあの隕石。俺もあまり余裕は無いからな」


『逃げたほうがいいでありんす』


「そうはいくか。地上にいるリディーナとイヴを探し、別の大陸に移動する暇は無い。あれをどうにかする方が早い……もう少し上に行くぞ」


 レイは高度を更に上げ、地上から離れて行った。


 …

 ……

 ………


 一方、地上では金の魔操兵を駆る本田宗次が砲撃を続けていた。街は魔操兵の放つ砲撃と、徐々に降り注ぐ隕石とが混在し、地上にいる誰もが巨大な隕石が接近していることに気づいていなかった。


「あれ~ 志摩先生じゃないですか。何してるんですか? こんな所で」


「その声……本当に本田君なの?」


 魔操兵の前に転移させられた志摩恭子は、金色の魔操兵から聞こえてくる本田の声に困惑する。


「そうだよ?」


「なら、今すぐそれを降りてこんなことはやめなさい」


「こんなことって?」


「あなたがしていることよ!」


 本田の砲撃により、辺りはあちこちに粉塵が舞い火の手が上がっている。建物が瓦礫と化し、その周辺には夥しい数の死体と肉片が散乱していた。


「ああ、これのこと?」


 本田はモニターに映る赤い光点に視線を移し、手元を操作する。


 ドドドドドドド


 魔操兵の腕に装着された機関砲が火を吹き、逃げ惑う人々に銃撃しはじめた。辺りには不死者もいるが、そんなことはお構いなしに動くもの全てを大口径の弾丸で肉片に変えていく。


「やめなさいっ!」


「こんな野蛮な世界の人間なんて、野蛮に排除したっていいじゃないか。ハハッ、今なら真也の気持ちもちょっと分かるよ。ゲームと一緒だね。画面上の敵を全部殺してステージクリアだ」


「ゲーム? 何を言ってるの? 同じ人間よ! あなたが殺してるのは敵でもなんでも――」


 プシュー


 魔操兵の操縦席が開き、本田が姿を見せる。


「同じ人間? 敵じゃない? 見ろよこの顔、この身体をさ! こんなことする奴らなんかみんな死んじまえばいいんだよ!」


 本田の顔は火傷や切傷の痕で元の顔の面影は全く無い。自らシャツの胸元を開いて見せた身体も同様だ。神聖国の暗部で受けた拷問の痕が生々しく残っていた。


「酷い……」


「だろ? この世界の人間はどいつもこいつも野蛮なんだ。こんな世界はきれいに掃除した方がいいに決まってる!」


「でも、私ならその傷も綺麗にしてあげられるわ。お願いだからもうやめて……」


 ガシッ


 魔操兵の手が志摩の身体を掴む。


「あぐっ」


「知ってるよ。先生は使徒に媚びて自分の命と引き換えに僕らを売ったんだよね」


「違っ――あう」


 志摩を握る魔操兵の手に力が入る。


「うるさいッ! 嘘なもんか! 九条君が言ってたんだ! 裏切者は死――」 



 ピカッ



 突然の閃光。そして直後に鳴り響く空気を引き裂くような轟音。


 ドシンッ


 志摩を掴んだ魔操兵の腕が地面に落ちる。腕は綺麗な断面が出来ており、見事に切断されていた。


(外した! んもうっ! 制御が難しいっ!)


 切断された魔操兵の腕の側には、紫電を帯びた細剣を携えたリディーナの姿があった。


「ブランっ! もう一回ッ!」


『え~ オイラお腹が減っちゃってキツいんすけど……』


「いいから早くっ!」


『ふぁ~い……『落雷』!』


 ブランの一本角からリディーナに向けて電撃が放たれる。


 ―『妖精憑依フェアリーポゼッション』―


 『風の精霊シルフィ』を憑依させたリディーナは、放たれた電撃を細剣で受け止め、刀身に留めた。


 その間に本田宗次は操縦席に慌てて戻り、胸のハッチを閉じて操縦桿に手を置く。


「なんだコイツ? なんなんだよ、いきなりッ!」



 ―『雷神剣』―



 後にそう名付けられるリディーナの細剣。ドワーフの名工により純魔銀ピュアミスリルを鍛えた細剣は、ブランの雷撃を保持したまま『風の精霊』による雷の力の上乗せに耐えていた。


 落雷時に発生する膨大な電力が二乗され、その想像を絶するエネルギーを刃に乗せるリディーナ。


 考えて行ったことではない。自然にできると感覚で閃き、実行したに過ぎない。


 その超エネルギーを纏った細剣が、再度魔操兵に放たれる。


 閃光を発し振り抜かれた細剣。


 その直後に轟音が響き渡る。


 ピシッ


 魔操兵の股から一直線に線が入り、バランスを欠いた胴体が左右にスライドしていく。


 ドボッ


 魔操兵の断面から勢いよく血が噴き出した。本田宗次の右半身も同時に切断されたのだ。辛うじて即死はしてないものの、肩口から太腿まできれいに無くなっている。


「そん……あぎ、あぐ……」


「本田君っ!」


 本田の無残な姿に志摩が慌てて駆け寄った。


「待ってて、今回復を――」


 ドパンッ


 志摩が能力で治療する前に、本田の額に穴が開き、後頭部が爆ぜた。


「いやぁーーー!」



 シャッコン


 魔導狙撃銃のボルトを引き排莢を済ませた後、イヴは再度ボルトを戻して次弾を装填する。照準は志摩恭子に向けられ、引金に指は置いたままだ。


(私の魔操兵を出すまでもなかったですね。流石リディーナ様。……さて、あのシマという勇者がどうでるか)


『イヴちゃん、お腹減ったー』


「はいはい。ここは魔素が薄いですからね。ブランもよく頑張りました」


 そう言って視線は動かさず、近寄るブランを片手で器用に撫でるイヴ。


 本田の亡骸を抱き抱え、叫ぶ志摩恭子。自分の生徒が死ぬ。佐藤優子に続き二度目だ。今回は目の前で生徒の惨たらしい死に様を直接目にした。人死に慣れていない志摩は激しく動揺し、嗚咽を漏らす。


「うっ うっ どうして……」


「何をそんなに嘆いているのかしら?」


「あなた! ッ!」


 志摩は目の前に立つリディーナを見て言葉が詰まった。今まで見たことの無い美しい姿に本田宗次が殺されたという残酷な出来事が一瞬頭から飛んだ。


「そいつが何をしたか……見なさい、この光景を」


 リディーナは厳しい顔で視線を周囲に向ける。


 辺りには本田の砲撃や銃撃で死体や肉片が散乱している。それは志摩にも分かっていたことだが、生徒を殺して止めるという発想は志摩には無かった。


「これだけじゃないわ。神聖国ではこいつの作った銃や爆弾で大勢死んだ。魔物に武器を与え、今も大勢の人々を脅威にさらしている。あなたはそいつの先生? 師匠みたいなものなら、その責任は自分で取るべきだったのよ」


 冷たい言い様だが、リディーナの考えはこの世界での共通認識だ。魔法を教えた弟子の行動はその師にも及ぶ。その逆もしかりだ。学校というものを知らないリディーナは、志摩を本田の師と捉えており、その責任を説いていた。


 リディーナは細剣の切っ先を志摩に向ける。


「あ……あ」


 リディーナの美しさと発する威圧に気圧された志摩は返す言葉が出ず、動くことも出来なかった。


(あ! そういえば、この女はレイが囮とか言ってた気が……)


 ドォーン


「えっ?」


 砲撃をしていた魔操兵は沈黙してるにも関わらず、近くの建物が爆散した。ザリオンの魔法による隕石群の一つが付近に落下したのだ。


 ハッとしてリディーナは上を向くと、巨大な物体が空から迫って来ていた。


「何あれ……」


「リディーナ様!」


 そこへブランに乗ったイヴが現れる。


「離脱しましょう! ブランに乗ってください!」


「え? あ、ああ、うん。そうね」


『えー リディーナの姐さんはちょっと……』


「なんですって!」


「ブランっ!」


『じゃあ、下になんか敷いて――』


「ウッサイ! いいから行くわよ! ……あ、忘れてた。これは全部回収しとかないと! イヴも手伝って! ほら、ブランも!」


「は、はい」

『えーーー』


 リディーナ達は魔操兵の残骸を無理矢理魔法の鞄に仕舞い、その場を去って行った。


 …


「すっご……リディーナってあんな強かったの?」


「……惚れた」


 リディーナ達の様子を見ていたオリビアとゲイル。金の魔操兵の近くにいた彼女らは、一連の出来事を建物の陰から隠れて覗いていた。


「は? あんた素っ裸で何言ってんの? つーか、早く服着ろ!」


「本部でも見たが、美しく、そして強い……竜人族は何より強い女を好む」


「何が「強い女を好む」よ。強過ぎてあんたなんか相手にされないわよ。それとも竜人族は強い女に守ってもらう系の種族なわけ?」


「そんなわけないだろ! 強い女に子を産ませることが男の本能だ」


「あー やだやだ。なにそれ? 大体、リディーナには――」


 ドーーーンッ


 二人の背後に隕石が落下する。


「「ッ!」」


 …

 ……

 ………


 リディーナが去り、本田宗次の亡骸を抱えた志摩は呆然としたままその場に座りこんでいた。


「私はどうしてたら良かったの?」


 この世界に召喚され、一変した環境に適応できず、嫌なことを避けてきた。選択を間違えれば死が待っている世界で志摩は何をすべきか選べなかった。


 志摩は抱き抱える本田を見る。


「本田くんは難しい専門書ばかり読んでた。こんなことをするような子じゃなかった……佐藤さんはとっても笑顔が素敵な子。平気で人を傷つけるような子じゃ……」


 二人の死を目の当たりにした志摩は、現実逃避するように以前の学校での二人を思い出していた。


「私にもっと勇気があれば……力があったら……」


 ヒューーー


 突如、志摩の耳に空気を切り裂く音と振動が聞こえてきた。


「え」


 隕石の一つが志摩の頭上に降り注ぐ。



 志摩恭子は能力を発動する間もなく、抱き抱える本田同様、その短い生涯を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る