第549話 新旧
「う……」
天使ザリオンが肉体から離脱し、倒れていた川崎亜土夢が目を覚ます。その向かいには夏希が暗黒剣を構えて起き上がる川崎に警戒していた。
「亜土夢?」
「あの野郎……」
「……?」
「人の身体を好き勝手しやがって……」
「あんた、正気に戻ったの?」
「スミルノフか……なんとかな。あの野郎は俺を消したと思ってたようだが、『
「ふーん……なんだかよく分からないけど、それより動ける?」
「ああ」
「なら、行くわよ」
「何処に? 何する気だ?」
「何って、九条をぶっ飛ばしに行くに決まってるでしょ?」
「そうか、そうだよな……奴にはきっちり落とし前をつけなきゃ気が済まねぇな」
パシンッと拳を手に打ち付け、立ち上がる川崎亜土夢。
「「「あーーー! 夏希ッ!」」」
夏希と亜土夢の前に、近藤美紀をはじめ『エクリプス』の面々が現れ声を掛けてきた。
「美紀ッ! あんた達、なんでここに? 王都から脱出したんじゃ……」
「ちょっと色々あってね。気付いたら地下遺跡に飛ばされてたんだけど、大きな音と振動があったから来てみれば……」
近藤と太田は周囲の壁や天井を見渡す。他の通路や部屋と違い、大きな亀裂がいくつも走り、所々崩れている。古代遺跡は頑丈な造りと知っているだけに、二人はここで何が行われたのか想像するも答えは出なかった。
「こっちも色々あったのよ」
「なんか亜土夢までいるし」
「大輔は? それどうしたの?」
渡辺大輔は眠ったまま太田典子の召喚した二メートルほどの泥人形に担がれている。
「優子にやられた。死んでないけど、まだ意識が戻らないのよね」
「優子が?」
その後、夏希達は互いの情報を交換し合い状況を整理した。
…
「じゃあ、前に行ったモニター室みたいなとこには九条はもういないってこと?」
「かもしれないってだけよ。とりあえず、動力室だか動力炉だかを壊せば九条が困るってことは確かね」
「『魔力増幅炉』だ。そこへは俺が案内する」
川崎亜土夢が皆の前に出る。
「あんた、ひょっとして乗っ取られてる間の記憶あるの?」
「一応な。それとスミルノフ」
「夏希でいいわよ」
「……夏希はあの『女神の使徒』とどういう関係だ?」
「どういうって……あのザリオンとかいう天使の記憶があるんでしょ?」
「あるにはあるが、よく殺されなかったなと思ってな。親子関係と知ったのはさっきだろ?」
以前、亜土夢は冒険者ギルド本部でレイに瞬殺された記憶があり、勇者と知って問答無用で殺しにきたレイの非情さを体験している。夏希がレイと行動していたことが気になったのだ。
「親子とか断じて違うからっ! ……でも、殺されなかったのは『
レイは夏希の持つ『黒のシリーズ』を欲していた。夏希を殺して強引に奪わなかったのは、鎧に意思があり、夏希の能力と融合していたからだ。
『アノオトコニハ、ワッチガヨッツモイルデアリンス』
「鎧が喋ってんのか?」
「
『フツウノニンゲンデハナイノハタシカデアリンス。テンシノカラダニワッチガイラレルワケハナイデアリンスガ……』
聖属性の塊といってもいい天使の肉体に、暗黒属性のクヅリがいられるはずがない。そのことが『
且つての『剣聖』も『魔刃メルギド』を所持することが出来なかったのは相反する属性は同時に存在できないからだ。水と火を同時に持つことが出来ないように、聖と暗黒は決して交わることは無い。
「そういえば、何でクヅリを欲しがったのかしら? 確かに強力だけどクセが凄いし、武具にこだわりがあるようにも見えなかったし……」
『ク、クセガスゴイ?』
「強力な武具が無くてもあの男は十分強い。『拳聖』の能力もあの男には通じなかった。ムカつく話だが、奴に体を乗っ取られてなかったら俺は死んでた」
殺されかけた記憶が蘇り、僅かに身体が震える亜土夢。窒息させられ、首の骨を折られて焼き殺されたのだ。ザリオンが土壇場で『天使化』を行い、蘇生しなければ川崎亜土夢はこの世にいなかった。その記憶は恐怖として亜土夢に深く刻まれている。
『ナツキモクビヲオラレテシヌスンゼンデアリンシタ。ワッチノオカゲデイキテルデアリンス』
「え?」
夏希はモルズメジキとの戦闘中に意識を失い、気づいたら半身不随だったのを思い出した。何故そんな状態だったのか曖昧なままだったが、ようやく理解した。レイのこれまでの行動からクヅリの言葉を疑う余地はない。
「やっぱ、一発殴らないと気が済まない……」
「とりあえず、夏希とその鎧があれば、いきなり使徒に殺される心配は無さそうだ」
「なに、亜土夢。ひょっとしてビビってんの? キャラじゃないんですけど」
「私は夏希と使徒が親子ってところが凄く気になるんですけど? というか、父親に首を折られるってどういうこと?」
近藤と太田が二人の会話に割って入る。
「ありゃ殺しのプロだ。俺は二度と会いたくない」
「親子じゃねーしっ! 顔はいいけど、あんなのただのクズよ」
(なんであんなヤツとママが……でも)
「「……」」
近藤と太田はお互いに顔を合わせ、首をかしげる。女神の使徒がどんな人間なのか気にはなったが、亜土夢と夏希の言葉からは想像がつかない。殺されかけた経験の無い二人は自分達を殺しに来た存在というものも現実感が無い。
「う……ん」
渡辺大輔が目を覚ます。
「あ、起きた。大輔、大丈夫?」
「え? あ、夏希さん? なんで? 川崎君も……痛ッ……ここは?」
その後、怪我をしている大輔に回復薬を飲ませ、状況を説明しながら一行は歩き出した。
…
「じゃあ、この先の魔力増幅炉ってやつを壊せば九条の企みを阻止できて、僕らも日本に帰れるの?」
「ああ、だが日本に帰れるかは知らん」
大輔の問いに亜土夢が答える。
「というか、時間と次元を自由に行き来できるなんてSFじゃん。ここってファンタジーな世界じゃなかったっけ?」
「ようやく魔法とか魔物とかに慣れたと思ったら、今度はタイムマシンとかちょっと混乱するわね」
「お前等、あんまり深刻に考えてないだろ? 言っておくが、『時空次元転移装置』の存在を女神アリアは許さない。その存在を知った者も含めてな。装置を破壊してもどうなるか分かんねーぞ」
「でも、その装置を使えば日本に帰れるんじゃない? 私達が召喚された直後に戻るってことも……」
「それをすれば一生、神に狙われるぞ? 日本に帰ってその後も普通に暮らしたいなら装置を破壊して九条彰の企みを阻止する方が賢明だ。九条はその装置を使ったから『女神の使徒』って殺し屋を派遣されてんだぞ?」
「そうね。全て上手くいっても口封じで殺される可能性はあるわね」
「「「……」」」
夏希の発言に、皆が黙る。
「あれ?」
前にいた部屋に入り、夏希の足が止まる。
「沙織がいない」
部屋には黒焦げの死体が二つある。しかし、森谷沙織は手足を切断され、激痛にのた打ち回ったまま放置されていたはずだ。
「昔から九条の仲間だったっていう沙織? 黒焦げの死体っぽいのが二つあるけど……」
「あれは知子と彩名。二人共アイツに殺された。まあ、同情はできないけどね」
三人の悪行を森谷沙織の口から直接聞いた夏希は、既に三人を人間と思ってはいない。クラスメイトが殺されたことを淡々と話す夏希に近藤と太田はやや引き気味だ。
「森谷は逃げたのか?」
「手足が無いのにどうやって?」
「ここには古代の遺物が稼働状態で残ってるからな。九条が回収させたかもしれない。殺しておくべきだったな」
亜土夢もザリオンの記憶はあり、森谷達の悪行は知っている。亜土夢も夏希と同じように森谷達には同情していない。
「アイツにとって脅威じゃなかったんでしょ。手足は二度と再生しない、あの激痛も治ることは無いと言ってたし。でも、アイツにとって脅威じゃなくても私達にとっては別だわ」
「『能力無効』の能力は、普通の奴には何の意味も無いが、俺達にとってはヤバイ。魔封の結界も合わせて使われたら、俺達は
亜土夢と夏希の会話を他所に、三人の素性を聞いても未だクラスメイトだった印象の強い近藤、太田、渡辺の胸中は複雑だ。
「まあ、今更考えても仕方ないわね。少し戻って銃を拾っていくわ。確か、大量にあったはずだから」
「宗次が量産して騎士達に配ったヤツか。夏希、銃なんて使えるのか?」
「多分ね」
…
その後、五人はレイが殺した騎士達から銃を拾い、亜土夢の案内で『魔力増幅炉』のある部屋に辿り着いた。
広々とした部屋の中央には、一人の青年が目を瞑り正座している。
「ふむ。てっきりタカシの奴が来ると待っておったが、あてが外れたな」
目を開き、五人を見て口を開いたのは前剣聖、新宮幸三だ。
「暇じゃったし、少し揉んでやろうかの」
脇に置いてあった日本刀を手に取り、新宮幸三はゆっくり立ち上がった。
「誰あれ? モニター室で見かけた気がするけど……」
「新宮幸三。白石響の曽祖父にして二百年前の勇者の一人『剣聖シン』。新宮流古武術の宗家で女神の使徒の師にあたる男だ」
「ちょっと何言ってるか分かんないんだけど。なにそれメチャクチャじゃない」
「王宮にあった折れた日本刀とか、地球に帰還した勇者って……」
「九条やザリオンは『運命力』とか言ってたな。強過ぎる『運命力』を持った者は、因果が複雑に絡みやすいんだと。こっちの世界で『魔王』ってやつを倒し、地球に帰還した男……とんでもない人間ってことは確かだな」
「元勇者だし、響のおじいちゃんなら話が分かるんじゃ……てか、おじいちゃんって顔じゃないんですけど」
「赤城の作った若返りの薬だ。その見返りに女神の使徒を始末する契約を九条と結んでる。あの薬は定期的に服用を続けないと若さを保てないばかりかすぐに死んじまうような代物だ。そう簡単に九条を裏切るとは思えない。それに……」
「向こうはなんだか私達とやる気満々って感じよね」
亜土夢と近藤の会話に夏希が加わる。皆、幸三から視線を逸らさない。その佇まいや所作から、経歴を聞かずとも只者では無いと皆が感じていた。
「気を付けろ。あの男は本来、俺達を殺す使徒として女神に選定された者だ」
「ほう? お主、天使が抜けたのか? ……つまらんのう」
「何?」
「天使とやらと一度戦ってみたいと思っとったが、まあよい。しばし遊んでやるから五人全員で掛かってこい。若者を指導するのも年配者の務めじゃからの」
―『暗黒剣解放・反転世界』―
「遊びか指導かどっちよ?」
即座に能力を発動し、先手を取った夏希。レイの指摘を受け可能な限り『溜め』を削った発動速度に、周囲の明暗が一瞬で反転した。
「ワシの光を遮るには、いささか闇が薄いようじゃの」
だが、闇の刃は幸三には届かない。幸三の身体から発する光に周囲の闇が遮られた。
「そんな……」
「ほれ、次じゃ次。若者の時間は有限じゃぞ?」
「ちっ!」
次に亜土夢が地面を蹴って前に出る。
(身体強化は使える……まずはあの刀を押さえて――)
「あ?」
亜土夢の視界から幸三の姿が突然消え、視界の上下が反転した。亜土夢の目に、隣に現れた上下逆さまに映る幸三の姿が映る。
(バカ……な)
そのまま頭から地面に叩きつけられる亜土夢。無論、『拳聖』の能力によりダメージは無い。しかし、亜土夢には接近されたことも何をされたかも分からなかった。
「え? 何したの今? 典子、見えた?」
「いえ、私にも……。いきなりあの男が亜土夢の隣に現れて、亜土夢が逆さまに……」
近藤と太田も何が起こったから理解できていない。
「合気……?」
夏希が呟く。
「でも、外から見ても何をしたのかまるで分からない。それに、一瞬で亜土夢の横に移動したのが私にも見えなかった……」
「若いのぅ。見えているようで見えていない。見えていても見ていない。今から儂がその意味を教えてやろう」
その後、新宮幸三による一方的な指導が始まった。
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