第548話 虚構
暫し時は遡る。
ドォーン
リディーナの近くで爆発が起こる。本田宗次の乗る『魔操兵』の放ったロケット弾によるものだ。しかし、イヴの作った結界により爆風や破片がリディーナ達に届くことは無かった。
リディーナはレイとの無線を切った後、魔操兵への対応を考えていた。幸いにも本田はリディーナ達の居場所を特定できていないのか、闇雲な砲撃を散発的に繰り返しているだけで考える余裕はあった。
身近で起こる爆発はイヴが発動した結界が防いでくれる。
「イヴ、その結界っていつまで保つの?」
「わかりません。ですが、そう長くは……」
「なら、早いとこアレをどうにかしないとね。武器は破壊できそうだけど問題は本体よね。やったことは無いけど、魔金って壊せるのかしら?」
「先程、レイ様は街を離れろと言ってましたが、よろしいのですか?」
「流石にアレは放っておけないでしょう?」
「確かにそうですが……」
「姐さん、魔金製ってあの金色全部ですかい?」
「嘘だろ?」
「あんな量をどうやって……」
「一体いくらかかるんだ?」
リディーナの発言にバッツ達が驚きの声を上げる。魔操兵とはかなり距離が離れているものの、目測でその大きさは分かった。全身金色の魔操兵は相当量の魔金が使われていると思われるが、僅かな量でも購入しようと思えば金貨が何百枚も必要になる。魔操兵に使用されているであろう量は非常識を遥かに超えている。
「「「アホだ……」」」
大量の素材と大金を使って作られた『魔操兵』。それを奪われ、壊さなければならない事態にリディーナはご立腹だ。
「むうぅ。レイったら、帰ってきたらどうし……ん?」
魔操兵の近くにいる人影に、リディーナの目が留まる。不死者や爆発で街は混乱しており、逃げ惑う人々が大勢いる状況だが、その人物には見覚えがあった。
「あれは……オリビア? って、隣の男は誰? 竜人族みたいだけど、何故裸? 襲われてるようには……見えないわね」
「シマキョウコの護衛で既に街に入っていたのですね」
「こんな不死者だらけの街に? 高等級の冒険者が揃って何してんのかしら」
「近くに他の冒険者の姿は見当たりませんね」
「またはぐれたのかしら、あの子……」
「?」
一方、リディーナとイヴのように視力を強化するすべを知らないバッツ達は、二人の話について行けない。
(オリビア? おい、お前ら見えるか?)
(いや、全然)
(あの金色のヤツだって人間並みにしか見えないんですよ?)
(人の顔どころか、人間か不死者かも分からない距離だ)
「アンタ達! ここから移動するわよ!」
「「「は、はいっ!」」」
…
……
………
リディーナとイヴは知らないことだったが、街にはオリビアの他にも
「せんせぇー 大丈夫?」
佐藤優子の攻撃で腕が千切れた志摩恭子に、アイシャが心配そうな顔で話し掛ける。周囲には他に誰も居らず二人だけのようだ。
「ご、ごめんねアイシャ……もう少し……待っててね」
志摩恭子は能力で失った腕の治癒にあたっている。あらゆる怪我を治す『聖女』の力でも、一瞬で欠損が治るわけではない。激しい痛みが和らぐまで暫くかかり、アイシャの無事を確認した後は腕の再生治療に集中していた。
「『聖女』の能力……か」
そこへ突然現れた東条奈津美。
「且つての勇者『聖僧ドーイ』を彷彿とさせる力だけど、まだ使いこなせてはいないようね」
「と、東条さん!?」
東条は遠くに見える金色の魔操兵をスッと指差す。
「日本に帰りたい生徒だけ救って、それ以外は放置っていうのは感心しないわ。アレに乗って街を破壊し、住民を虐殺してる本田宗次。貴方の生徒なんだから何とかするのが教師というものよね?」
「……え?」
志摩の足元に魔法陣が浮かび上がる。
―『転移』―
魔法陣の光と共に、志摩恭子の姿が消えた。
「せんせぇ!」
「ここから先は子供のあなたは関わる必要は無い。さっきいた少年と同じところに送ってあげるからそこで仲良くしてなさい」
「やー」
アイシャの足元にも魔法陣が現れ、志摩同様、アイシャの姿も消えた。
「マレフィム様」
「バヴィ、ガーラ、次に行くわよ」
「はっ」
バヴィエッダはそう返事をして東条に頭を下げる。
「(転移魔法をこんなにあっさり……)」
「(ガーラ、あれがマレフィム様さね。視認できる短距離転移などマレフィム様にとっては造作も無い事。しかしながら、新しい体の所為か魔力量が増大してるさね……素晴らしい)」
「(アイツの目的はなんなんだ?)」
「(これ! マレフィム様に向かってアイツなど! 口を慎むさね!)」
「何をしてるの? 行くわよ」
「はっ、只今参ります!」
…
王都路地裏。
「どうしよう……ジーク」
老いて意識の無いジークを抱え、エミューは街の路地裏に身を隠していた。周囲には不死者が徘徊しており、迂闊に動けない状況だ。
あ゛ー
「はっ!」
そこへ
に誘われたのか、近くの建物からもわらわらと不死者が集まってくる。
―『
エミューの放った浄化魔法により集まってきた不死者が跡形もなく消え去っていく。
「なるほど。あれがバヴィの言っていた『聖女』の器ね」
その少し離れた建物の屋根には東条奈津美とバヴィエッダの姿が見える。
「はい、マレフィム様。あの娘は教会が人為的に作る『聖女』の失敗作。どういうわけか、処分されずに冒険者などをやっておるようです」
「で、あの干からびた坊やが異端審問官、しかも現役というのが面白いわね」
「教会も一枚岩ではないようで」
「そんなの昔からだわ。所詮は人間の集まりだもの。無能な教皇を長に置き、その下で枢機卿が好き勝手をするのはいつものことよ」
「神に選ばれた聖女を闇に葬り、傀儡を生み出すことを良しとしない勢力がいるということですね?」
「現役の異端審問官が本来処分されるはずの聖女の失敗作を連れているということは、教会の暗部がそうであるということ。ダニエ・ドーイ枢機卿……『聖僧ドーイ』の末裔か。あり得る話ね」
「如何致しますか?」
「興味ないわね」
「へ?」
「バヴィ、貴方の考えだとあの娘を利用して教会をどうにかしてやろうってことだろうけど、今の私に体制を変えようって気は無いのよね。どちらかというと、あの娘より、あの坊やの方が興味あるわ」
「?」
「聖属性を攻撃に転化できる者は貴重よ。それも『能力』持ちでもない者は特に……欲しいわぁ」
「しかし、使いモノにならぬのでは?」
「あら、そんなのどうにでもなるわよ。老化を止めるのも、若返らせるのもね。勿論、デメリットはあるし、誰にでもお勧めできるものではないけれど」
「さすがはマレフィム様」
数百年以上生きているバヴィエッダは、老いに対して執着が無い。人間と違い、長命なエルフ種は若返りや永遠の命などの欲求を抱き難く、人間のように長生きがしたい、不老でありたいなど思う者は少ない。また、精霊が見える者は、死ねば自然に還るという独特の死生観を持っていることが大きい。東条に賛同しつつも、人間の老いに対する執着に共感できないバヴィエッダ。
(しかし、不老不死を極めた且つての人類も、その血をほぼ全て絶やすことになる。繁栄は一瞬……そしてまるでリセットがかかるように歴史は繰り返す。地球の科学文明もあとわずか。その後は魔導時代、そして魔導科学の時代になるまでまだまだ先……いえ、ひょっとしたら既に)
「マレフィム様?」
「ごめんなさい、少し考え事をしていたわ」
「やあ、東条さん」
「「ッ!」」
突然、東条とバヴィエッダの後ろから声が掛けられる。
「九条……彰?」
「王都から消えたと思ってたけど、どうしたんだい? こんな所で」
現れたのは九条彰だ。しかし、声は同じだがその容姿はまるで別人だった。青髪に容姿が整ったその姿は、且つての九条の面影は全くない。
「ああ、この顔? これが本当のボクさ。もう隠す必要は無いんでね」
「まさか、古代人の末裔だったとはね。それが日本人に化けて……どういうカラクリかしら?」
「へえ、よく知ってるね。大昔、人体改良の末に流行した一つが青い色素の遺伝子を定着させることだったけど、それで判断したんだとしたら少し違うと言わせて貰おう」
「何がかしら?」
「ボクは古代人の末裔なんかじゃない。正真正銘、当時の人間さ。体感的には数百年だけど、歴史上は二千年以上生きてることになるかな?」
「「なっ!」」
「実はあんまり時間が無いんだ。宗次に『鍵』を頼んだんだけど、なんだか後回しにしてるみたいだし。本当は動きたくなかったんだけど、ボクが直接来た方が早いと思ってね」
「『鍵』? 何の話?」
「あそこにいる金髪の子か隣にいる老人が持ってると思うんだよね~」
そう言って九条は東条を無視するように歩き出した。
「待ちなさ……がはっ」
いつの間にか九条に腹を殴られ、髪の毛を掴まれた東条奈津美。
「時間が無いって言っただろ? こういうの嫌なんだよね。切羽詰まるっていうの? 一分一秒を争うってのはどうも神経が苛立って不快になる」
「くっ! 一体どうやって……」
東条には九条の接近に気づけなかった。瞬時に移動してきたとしか思えないが、魔法を使った気配はない。
「長く生きてるってことは、それなりに色々やってきたってことさ。この姿同様、『九条彰』という
九条は東条を『鑑定』してその能力を知ると、興味無さそうに掴んだ髪を離して再び歩き出した。
ゾクッ
東条奈津美は、九条の得体の知れなさに身震いした。今まで見えていた九条の印象とは次元が異なる変貌。いや、本来の古代人とはどういうものかを実感したのだ。
末裔であり血の薄まった自分とは違う、人類の到達点。魔導と科学を極めた世界の住人、人の究極種。
(くっ、態々殺すまでもないということ? 舐められたものだわ)
「(マレフィム様)」
「(ええ、さっきから魔法も魔術も発動しない)」
いつの間にか周囲には魔封の結界が張られていた。魔法が使えないということは、先ほどの九条の動きは魔力に因らない力だということだ。
(能力? でも『鑑定』の能力にそんな力があるとは思え……ッ! まさか!)
「ボクの能力は『強奪』とセットでね。『鑑定』で視た能力はコピーできるのさ。でも、それはボクの力の一端に過ぎない。キミ達が有難がってる『能力』の多くは、且つての偉人たちの魂ともいうべき才能の塊のことだけど、高々百年に満たない人生の研鑽なんてボクからしたらお遊びみたいなもんさ。剣の腕や魔法の知識なんてのは別にいらないんだよ」
そう言って、九条は東条とバヴィエッダに向かって手をかざした。
「いや、止めておこう。使徒が何に気を取られるか分からない。囮の勇者は一人でも多い方がいいしね」
次の瞬間、九条は東条の前から姿を消し、ジークとエミューの元にいた。
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