第546話 血縁

九条ぐじょうぐぅん、だずげでっ! ぐじょうぐん、ぐじょうぐん、ぐじょうぐん、ぐじょうぐん、ぐじょうぐん、ぐじょうぐん、ぐじょうぐん、ぐじょうぐん、ぐじょうぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!」


 森谷沙織は終わることの無い激痛の真っただ中にいた。レイによって顔中に針を刺されて、四肢、いや、六肢を全て切断され糞尿を垂れ流しながら九条の名を叫び、芋虫の様にのた打ち回っている。


 森谷は舌を噛み切り死のうとしたが、死ぬより先に舌が再生してしまい死ぬことが出来なかった。


「汚ぇ芋虫だ」


 そう吐き捨てたレイに、森谷に対する慈悲の気持ちは欠片も無い。顔の奥に刺した針を針先を残すように折り、三叉神経を圧迫する位置に置いて残りの針を引き抜いた。これにより、高度な外科手術なしには森谷が激痛から逃れるすべはなくなった。


 森谷沙織は治まることのない激痛を死ぬまで味わうことになる。



 森谷は村上知子、小島彩名と共に百年近くも地球で悪行を重ねていた。それはこちらの世界に来てからもだ。九条彰を崇拝し、九条の為に非道な実験や所業を進んで行なっていたのだ。


 勇者達の召喚に必要な魔力を集める為、森谷達は勇者達の学校にいた全校生徒を生贄にした。それも、学校だけではない。召喚したクラスを中心に、半径一キロ圏内にいる全ての人間の命を奪ったのだ。


 人は死んだ際、魂は輪廻に還る。魂は浄化され新たな命に宿り、魂は循環していく。その際、輪廻が廻る際に発生するエネルギーが『神力』だ。古代人は『神力』を生み出すことは叶わなかったが、その仕組みを解明、応用して膨大な魔力の精製増幅技術を生み出した。人間を源にしたその技術を使い、九条彰はクラスを転移させた。同時に、こちらの世界でも異界の門を開く為に多くの人間が犠牲になっている。


 二つの世界が同時にお互いを繋ぐ『門』を開き、召喚という名の異世界転移が行われた。大量の人間の命を使って……。



「日本にこっちの世界に干渉できる設備があったとはな」


 レイは魔法の鞄から各種弾薬を取り出し、補充と点検を行いながら独り言のように呟いた。


「設備じゃなくて古墳て言ってなかった?」


「古墳だろうが世界遺産だろうが同じだ」


 夏希・リュウ・スミルノフはレイと同じように森谷を蔑む目で見ながらレイの呟きに応える。レイによる森谷への拷問は見るに堪えないものだったが、次々に明かされる九条と森谷達の所業は到底許すことができないものだった。罪も無い多くの人々を犠牲にしたことは勿論、そのことに何ら罪悪感を感じていない様子の森谷に、夏希は森谷を同じ人間と思うのを止めた。


「まさか、教科書に載ってるような古墳が古代の魔力増幅装置だったなんて……」


「大古の地球では魔素が豊富だった……か。恐竜や巨大な昆虫が跋扈していたのも魔素の影響と考えれば一応説明がつくな。酸素濃度が高いだの、重力が低かっただの色々仮説はあるが、どれも決定的なものはない。こっちの世界の魔物のように、魔素をエネルギーに変換してたなら巨大な生物が存在していたことにも納得できる。幽霊や怪奇現象なんかも魔素で説明できそうだ」


「じゃあ、恐竜にも魔石があったのかしら? 化石しか出てないみたいだけど」


「魔力が無くなった魔石はただの石と変わらん。化石と一緒に魔石があったとしても、何千、何万年という歳月で魔力が抜けて石になったのなら判別は難しい」


 科学では解明されていない地球の様々な謎も、魔素や魔力で説明がつきそうだと森谷の話を聞いてレイと夏希は思った。現在の地球では魔素の濃度はかなり低いらしいがその原因までは分からない。少なくとも人類の歴史がはじまる頃には薄まっていたと九条は推測しているそうだ。


「神話やお伽話に出てくる超常の力を持った神や英雄なんかも案外能力者だったかもしれないわね。魔素が薄いといっても完全に無いわけじゃないらしいし、魔法が使えた人もいたんじゃないかしら」


「かもな。超能力者ってのも無意識に魔法を使ってるからかもしれん。魔力コントロールとイメージさえ確立させてれば魔法は誰でも使えるしな」


「誰でもって簡単に言うけど、魔力を認識してコントロールするのは地球人には無理じゃないかしら。私達だってこの世界で現実にあるから意識できたけど、それでも習得するのにすごく苦労した。地球の環境で魔力を存在するモノとして認識するのは不可能よ」


「だが、大昔の人間は現代人と違って魔素の存在に気づいていた。世界中にある遺跡はそれを増幅させる為、もしくは模倣して作られた。本物の魔力増幅装置で今でも機能を保った遺跡。それでいて警備が緩い日本の古墳を九条は選んだんだ……こっちの世界に来る前に聞いてたら笑い飛ばして信じやしなかっただろうな」


「生贄……人を殺してエネルギーを得るなんて最低最悪よ」


「同じこと。いや、それ以上の事が今ここでも起きてる。九条は目的の為に高槻祐樹達を唆して国を乗っ取り、戦争を起こして大量の人間を集めてたんだ。豚鬼オークを量産してたのもただのカモフラージュだったとはな……裏で暗躍し、九条に都合のいいように動いていたのはザリオンだけじゃなかったわけだ」


「沙織も言ってたザリオンって誰のこと?」


「九条に洗脳されて女神を裏切った天使だ。今は川崎亜土夢って奴の肉体を乗っ取ってる」


「亜土夢に? 確かに前とは雰囲気が変わったと思ったけど……というか、女神とか天使とか、本気で言ってる? アンタの身体も天使には見えないし、流石にちょっと信じられないんだけど」


「信じる信じないはお前の勝手だ。それにしても、クラスメイトの変化に気づかないとは……お前、ひょっとしていじめられっ子か?」


「違うわよっ! 男子とは大して仲が良かったわけじゃないし、こっちに来てからどいつもこいつもオカシくなってるのに一人一人を深入りする暇も余裕もあるわけ無いでしょ」


「……そりゃそうか」


 そう言って、レイは歩き出した。



「どこ行くのよ。九条のいた部屋はこっちよ?」


「先にそこの芋虫が言ってた動力炉を破壊する。そうすれば、奴の始末に時間の制約は無くなる。『鍵』が揃うのを気にする必要もな」


「ちょっと、待ってよ!」


「俺ならそんな重要な場所には最強の駒を用意する……お前は邪魔だ。消えていいぞ」


「え?」


「もう役に立たないから帰っていいと言ったんだ」


「なんて勝手な奴……あんな話聞いて、黙って帰れるわけないでしょ? でもその前に、アンタは一発殴らないと気が済まない。今度は私の言うことを聞いてもらうわ」


 ―『暗黒剣召――


「それだ。お前等勇者共の弱点」


 レイの黒刀がいつの間にか夏希の喉元に突きつけられていた。夏希はレイの接近も、刀を抜いたことも気づけなかった。


「お前等は能力を発動する際、僅かに『溜め』が入る。お前等にとっては一瞬だろうが、俺にとっては十分な時間だ。当然、にもな。盾にもならん足手纏いは必要無い」


「このっ――」


 レイは黒刀を仕舞い、夏希を無視するように再び歩き出した。


『気に入ったでありんすか?』


「クヅリ、お前は口を閉じてろ」


『あの娘に対する態度が随分変わったでありんす』


「黙れ」



「鈴木隆……」


 夏希の呟きにレイはピタリと足を止める。


「子供の頃、ママが一度だけその名前を口にしたのを覚えてる」


「鈴木なんて名前は日本中にいる」


「ママは私のミドルネームは父親の名からつけたって言ってた。隆って漢字の音読みはリュウよね」


「こじつけだ」


「私もそう思いたいわ」


 こんな男が自分の父親であるはずが無い。夏希はそう思いたかった。だが、夏希の母親は一般人ではなかった。身を守る為だと言って格闘術や武器の扱いを自分に教えた母は、普通では無いと子供の自分にも分かっていた。そんな母親が普通の男と関係を持つなど想像できず、母親と同じ世界に住む人間である可能性が高かった。


 先程見せた男の強さは、能力を得てはしゃぐクラスメイトとは違う。能力や魔法、武器に関係無く、気配のコントロールが出来るのは一流の証だ。幼い頃より母に鍛えられた夏希にはそれが理解出来た。


 見た目や表面的なものではない、本物の強さを持つ男が身近にいたのなら、母も惹かれたのかもしれない。夏希はそう思ってしまった。


(認めない……ママがこんな奴と……私がこんな奴の……)


 夏希はワナワナと拳を震わせながらレイを恨めしそうに見る。自分の中にある感情が何かは分からなかったが、酷い扱いを受けて拒絶の気持ち以外にモヤモヤした何かが芽生えていた。少なくとも今まで出会った男には感じたことのないモノを目の前の男に感じていた。



『エレナ・ミハルコフとは誰でありんすか? その名を聞いてレイが動いたということは親しき仲の者でありんしょう?』


「てめぇ、わざとか? わざとだろ? なんでいつも余計な――」


『あの娘からはレイと同じ波動を感じんす。だから『魔黒の甲冑クヅリ』も……』


『黙れ。なんだ波動って。大体、エレナとは一晩しか寝てない。たった一回でガキができるか。馬鹿馬鹿しい」


「サイテー。やっぱり、男ってみんなクズね」

『最低でありんす』

『ゲスノキワミデアリンス』


「う……」



 クヅリにのせられる形で、余計なことを口走ってしまったレイは、バツが悪そうに無線機の電源を入れる。戦闘中は切っていたが、リディーナに知らせることができた為だ。


「リディーナか? 応答しろ」


『……』


「どうした?」


『レイ? こっちから散々連絡したのよ? 壊れてると思ってたわ』


「すまん、こっちもちょっとな。それより、イヴを連れて至急王都から離れろ。入手した情報によると王都全体が危険範囲――」


 ドォーン


 無線越しに爆発音が鳴り、音声が乱れる。


「どうしたッ! おい、リディーナ!」


『ふー ちょっと、今立て込んでるから一旦切るわね。イヴも目が覚めたし心配いらないから! あ、それと、レイには後で『魔操兵おもちゃ』について聞きたいことがあるから早く戻ってきてね!」


 そう言ってリディーナは無線を切ってしまった。


(……拙い。というか、いつバレた? 何故今のタイミングだ?)


 リディーナの声からは悲壮感は感じなかったものの、聞こえた爆発音といい、気になることが多過ぎて内心動揺するレイ。リディーナ達がレイの金色の『魔操兵』と現在戦闘中ということは想像だにしていない。


 それをジト目で見ながら夏希はレイの前に出る。


「おい」


「動力炉に行くんでしょ」


「お前には関係無い」


「関係あるわよ。九条にムカついてるのはアナタだけじゃない。こっちに無理矢理連れて来られて、皆を変えて……今も多くの人達が殺されようとしてる。このまま黙って逃げるつもりはないわ」


「俺は仕事だ。ムカついてるとかガキみたいな感情で動いてない。邪魔だから帰れ」


「ふーん。ならなんで……」


 何故、弱点を指摘するようなことを言ったのか、そう言葉を続けたかったが、夏希は言葉を止めた。通路の先に気配を感じたからだ。


 二人の視線の先には銀色の球体が通路を埋め尽くすほど大量に押し寄せていた。


 球体のいくつかが割れ、三本のかぎ爪のついた四肢が生える。胴体上部がスライドし、次々に目のような単眼が赤く点灯していく。ラーク国でレイが遭遇した古代の遺物『魔導無人機ドローン』だ。


「古代遺跡の深部で見たわね。あんなに大量は初めてだけど」


 次の瞬間、空間の明暗が逆転する。


 ―『暗黒剣解放・反転世界』―


 壊。


 押し寄せた『魔導無人機』が全てバラバラになった。


「アドバイスは有難く頂戴するわ。言われてみれば意識し過ぎてたみたい。気付かなかったわ」


 夏希は能力の発動を『溜め』無しで発動してみせた。レイに指摘された欠点を即座に修正してみせたのだ。


(こいつ……)


「別のがまだ奥にいる。……乱発してガス欠にならなきゃいいがな。面倒は見ないぞ?」


「それはアナタの方でしょ? 沙織の話じゃ、全力を出したらガス欠になるって。天使の力? 是非見てみたいものだわ。本当ならね」



「なら、見せてやる」


「?」


 レイの強化した視力には、不遜な笑みを浮かべて近づいてくる川崎亜土夢ザリオンの姿が映っていた。

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