第545話 残気

 ―『鉄壁アイアンウォール』―


 小島彩名は即座に無詠唱で魔法を発動した。銃声が鳴ったとほぼ同時に展開された鉄の壁は、放たれた銃弾をいとも簡単に弾いて見せた。


 それでも銃撃は止まない。拳銃とは比較にならない大きな射撃音。鉄壁に弾かれているとはいえ、その衝撃は通常のライフル弾以上だ。


 レイが冒険者ギルド本部から持ち出した過去の勇者の遺物、ブローニングM2重機関銃。その銃に使用される12.7x99mm NATO弾(.50BMG 通称50口径フィフティーキャル)が、毎分600発以上の連射速度で発射されている。機関銃としては比較的に連射速度は遅いが、その大口径の弾丸の威力は凄まじく、本来車両や航空機などを攻撃する為の弾だ。人間に当たればどこに当たっても致命的なダメージを受け、かすっただけでも無事では済まない。


 通常弾でも20mm以上の鉄板を貫通できる50口径のライフル弾だが、それを防ぐということは小島の作り出した『鉄壁』は鉄以上の硬度があるということだ。


 しかしながら、驚くべきは魔法で生み出した壁の強度では無く、小島の判断力と反射神経、魔法の発動速度だ。銃撃に気づいて防御魔法を展開しても、普通は到底間に合わない。そもそも銃声自体、日本人には馴染みがなく、音を聞いて銃声だと判断できる日本人は稀である。映画に登場する銃声や爆発音はほぼ全てが加工されたものであり、実際の音とは異なる為、一般人が聞き分けることは不可能だ。それに、自衛官や警察官など、銃を扱う職業の者でも、実際に銃撃された経験が無ければいくら訓練を積んでも咄嗟に反応することは難しい。


 銃声と同時に最適な魔法を瞬時に選択し、常人離れした速度で放った小島彩名。他の勇者達とは違い明らかに実戦慣れしている。それも、現代戦に対応しているのは地球でその経験を積んでいることに他ならない。


「いきなり撃って来るとかホントに中身は日本人?」

「日本人っていっても元傭兵でしょ。沙織、アキラ君の話聞いてた?」

「……殺気が無かったから少し焦った」


 鉄の壁は三人の前にも出現しており、それぞれ壁の裏で余裕の表情だ。


「殺気を抑えながら攻撃するなんて中々やるみたいだけど、気配がバレバレってのはちょっとお粗末よね~」

「確かに。それに闇雲に撃ちまくってて笑えるわ」

「私達には通用しない」


 森谷沙織はどこから取り出したのか、巨大な大剣を四本それぞれの手に握り、舌なめずりしてニヤリと笑う。


「さ~て、どうやって殺――」


 次の瞬間、RPG-7のロケット弾が部屋に撃ち込まれた。


「「「ッ!」」」


 RPG-7から発射される対戦車ロケット弾の初速は毎秒115メートル。発射後は固体ロケットに点火して毎秒300メートル近くまで加速する。初期に開発されたRPG-7の弾頭(PG-7V)は、成形炸薬弾と呼ばれるもので、ノイマン効果により装甲を焼き切って貫通し、その後爆発する。


 時速360キロメートル以上の速さで進むロケット弾は、あっという間に部屋の中央に到達し、三人の前にある鉄の壁を貫き、直後に爆発した。


 しかし、そこに三人の姿は無く、ロケット弾が撃ち込まれた瞬間に素早く動き出していた。



 ―『竜化』―


 村上知子は真っ白な薙刀を手に持ち、レイの潜む通路に向かって駆けていた。その瞳の瞳孔は縦に割れ、不敵な笑みを浮かべる口元には鋭い牙が覗いている。皮膚は青白い鱗に覆われ、なおも続く銃撃の中、銃弾を弾きながら進んでいた。


 その横では森谷沙織が四つの手に身の丈もある巨大な大剣を盾にし、銃弾を弾きながら村上と同じく通路に向かっている。


 一方、小島彩名は後方に下がり、両目を閉じて集中している。額の魔眼がギョロリと動かし、通路に視線を向けるとカッと見開いた。


 ―『炎の魔眼』―


 部屋の奥にある通路が一瞬で炎に包まれる。


 銃撃が止み、通路の奥から爆竹のような破裂音が連続で鳴り響く。高温の炎が弾薬に引火し誘爆したのだ。


 通路を焼き尽くした炎はすぐに消え、そのタイミングに合わせて森谷と村上が通路に突入する。



「「いない……?」」



 焼け爛れ、ほとんど原型を留めていないブローニングM2重機関銃。専用の三脚で床に固定されていたそれの側には、同じく溶けていたRPG-7の残骸が残っている。しかし、それを使用していたであろう人間の姿は無い。


「流石に死体は残ってるはず……」

「おかしい。まだそこに人の気配がする……」


「「まさかっ! !?」」


 残気とは古流武術における気配をその場に残したまま体移動を行う超高等技術だ。極めても対峙者に一瞬誤認させる程度がやっとな技術だが、誰もいないにも関わらず、森谷と村上の前にははっきり人の気配が残っていた。


 ハッとして、後ろを振り向き、引き返す二人。



 部屋ではレイに背後から手で口を塞がれ、わき腹に短剣を突き刺された小島彩名の姿があった。


「気配を読めるぐらいで調子に乗るヤツほどよく引っ掛かる」


 レイの側には『魔封の魔導具』が起動状態で置かれている。レイはM2重機関銃の引金に鋼線を結んでおり、気配をその場に残したまま光学迷彩で姿を消して既に部屋に侵入していた。


 射撃を一時中断し、RPG-7を撃ったのは通路を抜ける為だ。撃った後は素早く通路を抜け、鋼線を引っ張り射撃を再開。小島の背後を取り、魔封の結界を展開して小島を襲ったレイ。


「魔法を封じれば『魔眼』もただの目だ」


 高温の炎で鋼線は消失し、銃を固定していた三脚のボルトも緩められ、わざと銃口をブレさせることであたかも人が射撃しているように見せかけていたなど、三人は知りようも無い。薄暗い中、高温過ぎる炎が逆に仇となった形だが、森谷と村上が通路に向かった時点で既に勝負はついていた。


「半年前、ここの教会でその眼を持つ者が襲われ、眼を抉り出された。やったのはお前か? それとも他の二人か?」


「あ、あぐ……」


「まあいい、お前も同罪だ。同じ苦痛を味わって死ね」


 突き刺された魔金製の短剣が乱暴に引き抜かれる。短剣は腹部の動脈に達しており、圧迫していた短剣が無くなったことで傷口から大量の血が溢れ出てきた。傷口を押さえてその場に沈んだ小島の前に、ダメ押しとばかりにピンを抜いた焼夷手榴弾が落とされる。


「うわぁぁぁあああ!」


 ゴウッ


 小島は激しい炎に包まれた。回復薬を取り出して飲めば助かったかもしれない。だが、それをすれば焼夷手榴弾で焼け死ぬ。逆に手榴弾を投げ返したとしても、腹部大動脈からの大量出血は一分も保たずに致死量に達してしまう。どっちを選択しても死が免れないと瞬時に悟り、叫ぶことしか出来なかった小島彩名。


「「彩名ぁぁぁああ!」」



「てめぇぇぇーーー!」


 激高した村上が薙刀をレイに向け、尋常ではないスピードでレイに迫る。魔法を封じた空間であるにも関わらず、恐るべき身体能力だ。


 しかし……


 カチッ


 ドドンッ


 迫る村上にタイミングを合わせ、レイは懐から取り出したスイッチを押した。スイッチからは鋼線が伸びており、村上の左右に向い合せで設置されたM18クレイモア地雷が同時に爆発。数百以上の鉄球と爆風が村上を襲った。


「はぶっ」


 爆発を受けて村上の動きが止まる。


「クレイモアでも吹き飛ばないとは龍並の皮膚だな。だが、それ以上ないとコイツは無理だ」


 斬ッ


「ぴあッ」


 動きの止まった村上に一瞬で迫り、黒刀『魔刃メルギド』を一閃したレイ。村上は肩から太腿までを真っ二つに斬り裂かれ、大量の血と臓腑を床に撒き散らしてその場に倒れた。


「あ、あぶっ……あ、あ……」


 両断された自分の体を絶望の表情で見つめる村上。


「イヴをやったのはお前臭いな。だが、答えはもう一人に聞く」


 レイは小島同様、焼夷手榴弾を放り、村上を焼いた。二人共即死させなかったのはイヴを襲ったであろう人間に一瞬でも苦痛を与えるためだ。


 何もできずに耐え難い苦痛を味わい焼け死んだ村上知子。


「後は口の軽そうなお前だけだ。色々喋ってもらおうか」


 瞬く間に小島と村上を殺された森谷沙織は、しばし呆然とするも、すぐに我に返り大剣を構えて叫ぶ。


「このクソガキャァァァーーー!」


「ババアの割には落ち着きが無いな。まあ、精神が肉体の若さに比例するのは俺も知ったのは最近だ。責めはしない」


「たかが四十の若造が知った風な口ききやがって……」


「俺のことも知ってるらしいな」


「鈴木隆、四十二歳。子供の頃に自分を虐待していた義父を殺し、母を見殺しにする。その後は古流武術を学び、殺し屋を経て傭兵として世界各地を転戦。所属した部隊が全滅して以降、単独で任務にあたるようになる……晩年は癌を患うも治療を受けずにそのまま病死、女神アリアに新たな肉体を与えられこの世界に転生。今に至る」


 激高から一転、森谷は淡々と話しながらレイにゆっくり近づいていく。気分を切り替え、冷静になろうとしているのだろう。


「それがどうした」


「ザリオンが言ってた。お前の周りは人が死に過ぎてるってね。お前が殺した人間以上に。人間のクセに死を撒き散らす死神のようだって……」


 森谷は笑みを浮かべてレイを嘲笑する。


「天使の身体を貰おうが、現世で力を解放すればすぐにガス欠で昇天しちゃうって? ……あー、そうか。だから女神は制約を作ったんだね~ 生きてるだけで周りを不幸にしちゃうから。嫌だね~ 不幸体質ってヤツ? 女神も例外じゃないのかも。仕事が済めばポイって感じ? ぷぷっ 鈴木君、カワイソ~ 死神ってより疫病神?」


「長く生きてるらしいが、頭は良くないらしいな」


「あ?」


「人を激高させたいならもう少し頭を使え。それに、余裕ぶってるが心拍数が上がり発汗もしてる。仲間を瞬殺されてビビってるな? 人間なんて誰でもいずれ死ぬんだ。俺もお前も変わりはしない。自分だけは死なないと思ってるからそうなる」


 相手を怒らせて冷静さを失わせるのは戦いの常套手段だが、先に仕掛けた方が圧倒的に優位である。小島と村上を惨たらしく殺したのもその為で、森谷は既にレイの術中に嵌っていた。


「このガキ……」


「お前も勇者共と一緒だ。九条に貰った力を自分の力と勘違いしてる。チートで自分より格下を甚振ってるだけだ。実戦慣れしてても死線は潜ってない。だから精神も未熟でクソ弱い」


「弱いだと? 能力も無い無能なクセに……テメーで魔法を封じて生身でウチに勝てると思ってんのか? 人を超えた超人であるこの森谷沙織様にっ!」


 森谷は地面を蹴り、四本の大剣を構えてレイに迫る。


「無限一流、阿修羅――」


 カチリ


「ッ!?」


 いつの間にか森谷の足元には対人地雷が敷かれ、森谷はそれを踏んだ。


 ―『新宮流真伝 絶空』―


 部屋には床一面に綺麗な石畳が敷かれている。薄暗い室内でもそこにあれば必ず気付くはずの地雷を森谷は認識できなかった。身に着けた武器の気配を断つ新宮流真伝の奥義『絶空』。本来は自身の振るう武器の気配を殺し相手に認識させない奥義だが、レイは現代武器である地雷、それも手から離れた武器の気配を消して見せた。


「そんなはず――」


 ボンッ


 地雷を踏んだ森谷の足が吹き飛ぶ。


「能力? 魔法? 俺からすれば全てその辺の武器と何も変わらん。使えるモノは何でも使うし、なければ別の手段を使う、それだけだ」


「ぐあああぁぁぁ」


「肉体強度は常人並だな……いや、もう再生しはじめてる。代謝を飛躍的に上げてるのか……その腕力も脳のリミッターを外してるとしたら、辻褄は合うな」


 人間は筋力の全てを意図的には発揮できない。筋肉を100%で動かせば、関節の腱や内臓が耐えられない為、脳が制限しているからだ。命の危険や薬物、先天的な特性によりその制限が解除される状況はあるが、いずれの場合も人体に深刻なダメージを受ける。


 しかし、代謝を高めて細胞分裂を促進させればその負は解消される。ジークの『聖炎強化』のような肉体強化を森谷は施していた。ジークと違い魔力に依らず、不老処理によって肉体の老化も無い。


 だが……


 斬ッ


 レイは『魔封の魔導具』を解除し、黒刀に魔力を込めて森谷の足を斬りつけた。暗黒属性の魔力を帯びた『魔刃メルギド』は肉体の再生を阻害する。斬られた傷はどんな治療も効果は無く、森谷の足は二度と再生することは無い。



「目障りなその気持ち悪い腕……そんなにいらないだろ」

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