第544話 同志
こちらの世界に召喚されて早くに死んだと思われていた
「あ、コレ? いいっしょ。結構便利なんだよ」
そう言って森谷沙織は夏希に右手を振った。だが、その右手は二本ある。左にも二本。左右合わせて四本の腕が生えていたのだ。
「言っとくけど自前だよ? 自分の細胞を培養して移植したの。神経や脳もちょっぴりイジってあるから普通に使えるんだ〜」
(脳……?)
聞捨てならない言葉をさらっと吐いた森谷沙織。四本の腕を器用に動かし、夏希におどけて見せる。
だが、異形な姿をしているのは森谷だけではない。村上知子と小島彩名もだ。村上の額には二本の角が生え、小島は額に真紅の眼が増えていた。森谷に比べれば控えめな変化だが、十分普通では無い。
何からつっ込んでいいか分からない夏希は、すぐに言葉が出なかった。
「あー ウチらが死んだと思ってた系? それともこの身体に驚いてる?」
「……どっちもよ。沙織、アンタは冒険者と揉めて死んだって……知子は魔物に、彩名は自殺……この目でアンタ達の死体は見たわ。それにその身体……」
「んふふ~ いいね~ こういうシチュエ―ション。ネタバレを話す時って優越感に浸れてホント好きだなぁ。でも、死んだと思ってたクラスメイトが生きてたんだからもうちょっと嬉しそうにしてくれても良かったかな~」
「アンタの不気味な腕でそれどころじゃないでしょ……」
「こっちの大昔では流行ってたらしいよ? 人体改造。地球みたく穴開けたり変なモノ埋め込んだりするんじゃなくてさ、自分の細胞をイジったり、遺伝子レベルで他の生物と融合したりするの。すごくない?」
「他の生物? 知子と彩名は……」
「そう! 知子は『古龍』、彩名は『魔眼』ってやつを組み込んでるよ。古龍はドライセンにいた『氷古龍』で~ 魔眼は前に王都に潜入したスパイのヤツね。どっちも結構レアなんだよ?」
「何バラしてんのよ」
「沙織……喋り過ぎ」
「いいじゃん、二人共。どうせ夏希には二択しかないんだからさ」
「二択……?」
「そ。ウチらの仲間になるか、ここで死ぬかの二択。だから何話しても変わんないし。もうしばらく夏希にドヤ顔でネタばらしさせてよ」
「……手短にね」
「勝手にすればいい」
村上と小島が呆れるのを他所に、森谷はニヤニヤしながら困惑した夏希を見る。
「さて、何から説明しようかな~ あ、ウチらが死んだってとこからかな。そんなの死んでないからに決まってるじゃん。死体を見たって夏希は言うけど、死んだ場面は見てないでしょ? ウチらの身体を見れば、死体を偽装するぐらい簡単ってのは分かるよね。まあ、背格好が似てる人間を用意して殺したから人間の死体ってとこは合ってるけどね」
夏希の頬がピクリと動く。そんなことの為に人を殺した森谷達に嫌悪の感情が湧いたのだ。
「ふふっ、相変わらず日本人の価値観のままだね夏希は」
「アンタは日本人どころか人じゃなくなったみたいね」
「一応、日本人だよ? ただし、高校生じゃなく百年近く生きてるけど」
「は?」
「ウチらはアキラ君と一緒に今回の召喚をプロデュースしたんだよ。アキラ君は違うけど、ウチらはちゃんとあの学校に入学してずっと準備してた。場所の選定とか日時とか、地球は魔素が薄いから必要な魔力を集めるのは大変だったんだから。夏希が生まれる前ずっと前から準備してたんだから皆と同じ歳なわけないじゃん」
「言ってる意味がよく分からないんだけど」
「アキラ君がこっちの世界から地球に転移したのが百年前。あ、地球時間でね。その時、アキラ君を助けたのがウチらってわけ。まあ、その後は助けられたのはウチらの方なんだけどね。それは別にいいや。アキラ君のおかげで魔法を覚えて、魔導科学技術で不老処理をしてもらって今に至るってわけ。それ以外にも色々やってきたけど、全ては今日の為。アキラ君の目的を叶える為にウチらは存在してんの。皆とははじめから立場が違うってわけ」
「こっちから転移?」
「これはアキラ君の推測だけど、こっちの世界から『勇者』が日本に帰還したでしょ? 本当はもっと過去に飛ぶはずだったのにその時開いた次元の影響で引っ張られたらしいんだよね。地球は魔素が薄いから最初は苦労したみたい。それに、地球世界の座標をこっちのザリオンに送るのだってめちゃくちゃ大変だったんだから」
「……もっと過去???」
「アキラ君はねタイムトラベラーなの。夏希は気づいてるか分からないけど、この世界の過去には地球なんか比較にならない程の文明が栄えていたんだよ。時間と次元をコントロールできる程のね。ここにある『時空次元転移装置』を使えば、過去や未来にも行けるし、別の世界にも自由に行けるんだよ。どう? すごいでしょ」
「そんな夢みたいなこと……」
そう言いつつ、夏希は完全に否定できなかった。古代遺跡の深部は地球とは異なる高度な技術で作られた遺物や装置がいくつもあった。先程、自身が服用した『
「夏希はさ~ 過去とか未来とかに興味無い? 行ってみたいとか、見てみたいとかさ。ウチらの仲間になれば実現できるよ」
「……興味無いわ。それに九条の仲間になるのもバケモノになるのもゴメンよ」
「ふ~ん……自分の父親とか知りたくないのぉ~?」
「ッ! なんで知――」
「そりゃ、クラスメイト全員の調査をしたのはウチらだし。皆の能力はそれに沿ってアキラ君が選んだんだよ? まあ一部だけだけどね。言ったでしょ。夏希が生まれる前から準備してたって。召喚に選んだあの場所は学校が建てられる前から召喚地の候補だったし、一緒に連れてく囮も調査するのは当たり前でしょ。……でも、夏希の父親についてはウチらも分からなかったんだよね。まあ、ウチらの目的には関係無かったからそれ以上は調べてないけど。夏希が密かに父親が誰なのか調べてたのも知ってるよ? 過去に行けば何か分かるんじゃないかな~」
「黙れ」
「それに、日本に帰りたいのはお母さんのことが心配だからでしょ~? 夏希ってマザコンだもんね。今頃どうしてるんだろうね? 小さいパン屋を一人で切り盛りしてさ。お母さん、めちゃくちゃ美人だし、変な奴につきまとわれたり、ストーカーされたりしてないかな~? 心当たりとかあるでしょ?」
「黙れって言ってんでしょ!!!」
夏希は暗黒剣を振りかぶり、身体強化を施した足で地面を蹴った。
一瞬で森谷沙織の目の前に迫り、剣を振り下ろした瞬間、夏希の手にあったはずの暗黒剣が消えた。
「えっ!?」
―『
「人が気持ち良く喋ってんだからちゃんと聞けよ。このクソガキが」
態度が豹変し乱暴ないいように変わった森谷。そのことよりも、自身の剣が消えたことに混乱する夏希。
「あん? その鎧って能力じゃなかったっけ? ……まあいいや、とりあえずそこに座っとけ。『
「う……ぐっ」
森谷の放った魔法により夏希の身体が地面に押し付けられる。『魔黒の甲冑』はあらゆる物理・魔法攻撃を無効にするが、直接的ではない環境の変化までは防げない。夏希は膝を着き、そのまま立ち上がることが出来なかった。
「そうそう。話は最後までちゃんと聞きなさいって学校で教わったでしょ。クラスの連中が最強だ~とか浮かれてた能力も、発揮できなければただの高校生よね。普通の女子高生に戻った気分はどう? ウチが早々に皆の前から消えた理由がこれで分かったでしょ。流石に『相手の能力を無効にできる能力』なんて知られる訳にはいかないし、かといって、これ以外にウチには能力が無いから無能力者ってのも目立つしね」
「……」
身体強化を施しても身体を動かせない夏希は、森谷を睨みつける。
「じゃあ、さっきの続きね。アンタのお母さん、ナターシャ・スミルノフって偽名でしょ。本名はエレナ・ミハルコワ。なーんか訳ありよねぇ~ 家では何て呼んでるの? ナターシャ? エレナ? それとも普通にお母さんかな? ……ひょっとして夏希は知らなかったとか? ははっ! だったらゴメンね~ じゃあ、ウチらの仲間に入ったらお母さんの秘密をもっと教えてあげるね!」
フー フー フー
息を荒げ、夏希の目が怒りに染まる。自分の唯一の家族である母親。自分の知らない親の秘密を無神経にベラベラ話す森谷沙織に我慢ならなかった。
「沙織。夏希を仲間に引き入れるんじゃなかったの?」
「……逆効果」
呆れ顔で村上と小島が森谷に苦言を呈す。
「さっきは二択って言ったけど、そんなわけないって二人共分かってたでしょ?」
「まあね」
「……当然」
「夏希には死んでもらう。不確定要素は排除一択」
「……それと、女神の使徒も」
村上と小島は夏希をチラリと見た後、その後方、通路の奥へ視線を向ける。三人はレイの存在に気づいていた。
「あれって隠れてるつもりなのかな?」
「そうなんじゃない? 夏希と一緒ってとこが気になるけど」
「使徒は殺して後で夏希に聞けばいい」
「「だね!」」
三人はそれぞれ剣や刀、杖を取り出し構える。武道や戦闘の経験があるのか、三人の構えには隙が無い。
ドドドドドドドドドドド
次の瞬間、耳をつんざく銃声と共に無数の銃弾が森谷達を襲った。
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