第543話 謎の女子高生
「おい、クヅリ二号。なんでも言うこときくんだろ? その『盾』止めとけよ」
「誰が盾よ!」
『ダレガニゴウデアリンスカ!』
「ッ!」
暗黒剣を出現させた夏希は即座に暗黒剣技を放つもりでいた。『暗黒剣解放・反転世界』を発動させれば一瞬で勝負が決まる。回避は不可能。即座に相手を縛ることが出来るのだ。
―新宮流真伝『虚空』―
しかし、夏希が気づいた時にはレイは既に夏希の目の前にいた。
『虚空』は、相手の視点や視界、呼吸のリズムなどを把握し、相手の認識から自分の存在を外す新宮流の奥義だ。己の気配を消すことは勿論、気配を置いてくるという超高等技術で、いつでもできるわけではなく、相手を暫し観察しなければならないという初見の相手や突発的な遭遇では使えない技である。
先程まで数メートル先にいた男がいきなり目の前にいるのだ。その事実を夏希は受け入れられずに脳が混乱する。いつの間に? どうやって? 様々な疑問が頭に浮かんでしまった夏希。
その隙をレイは見逃さない。レイは即座に『気』を込めた掌底を夏希の死角から放つ。
カランッ
「え?」
レイの掌底が夏希の身体に触れる寸前、夏希の手から暗黒剣が離れ床に落ちた。同時に夏希の両手が上がる。夏希の戸惑いから、本人の意思では無いことが分かる。やったのは『
「クヅリっ!」
『ナツキ、ユルシテクンナマシ……ケド、ナツキヲシナセルワケニハイキンセン』
もう一人のクヅリは、夏希がレイに勝てないことが分かっていた。自身の分身でもある『
火と水が決して混じり合わないように、光と闇、聖光と暗黒が一つになることは本来あり得ない。一人の人間が相反する属性、特質を持つ異常性に、もう一人のクヅリは怯えにも似た感覚が芽生えていた。
夏希は決してこの男に敵わない。例え、暗黒剣技『反転世界』を放ったとしても、もう一人のクヅリは夏希の勝つ姿が想像できなかった。それどころか、剣技を放った瞬間に夏希の命が失われる可能性の方が高いと見ていた。
そして、その読みは正しい。レイは夏希とモルズメジキの戦いを見ている。闇の空間全てが刃と化し防御不可能な『反転世界』も、実際に相手にダメージを与えるまでのタイムラグは達人相手には致命的だ。夏希が能力を展開した瞬間、レイは夏希の首を刹那に刎ねただろう。
事実、レイは夏希の能力の弱点を見抜いており、余裕の態度を崩さないのはレイにとって能力発動までの時間は人を斬るに十分過ぎる時間だからだ。それに、夏希を含め、勇者達の多くに共通する欠点をレイは既に見抜いていた。
「流石、人間と違って約束は守るようだな」
『……ウソハイワナイデアリンス』
「だが、勝手にそのガキの怪我を治したことに関しては、ペナルティを払ってもらおう」
「ペナルティ?」
『ぺなるいてぃ?』
「鎧の一部を渡して貰おうか。……そうだな、兜でいい。よこせ」
『イヤデアリンス』
「お前に拒否権は無い。俺に隠れて小細工した罰だ。嫌ならそのガキの身体のどこかをぶった斬ってもいいんだぞ?」
『ウゥ……』
「最悪……」
「お前等の方がよっぽど最悪だろ」
「何のことよ?」
「暴力と性欲に溺れ、能力で好き勝手してるだろ?」
「冗談じゃないわ! 一緒にしないで!」
「生憎、どいつもこいつもクズばかりにしか会ってないんでな。一緒にするなと言われても無理がある。お前もエルフを奴隷にして売り飛ばしたクズ共と仲間だったはずだ」
「それはマリア達が勝手に……」
「そのエルフは桐生隼人に買われて殴り殺された」
「え……?」
「この世界の神に依頼されなくともお前等を放置する気は俺には無い。地球と違って法が機能してない世界だ。殺す方が手っ取り早い」
レイは腰の黒刀に手を添え、目を細める。
「やっぱ殺すか」
わざとらしく殺気を放ったレイに、夏希は手を上げたままゴクリと喉を鳴らす。今まで出会った魔物や野盗、冒険者達とは比べものにならない程の重圧を受け、夏希は金縛りにあったように動けなかった。
『相変わらず意地が悪いでありんす』
「クヅリ、お前は黙ってろ」
『アリアは無害な人間は向こうの世界に帰すと言っていたでありんしょう。その娘が子供を助けたことはレイも見ていたはずでありんす』
「さあな」
「帰す? 向こうの世界って日本のこと? アリアって女神アリア?」
「……」
「答えてっ!」
「……この世界の神、女神アリアはまともな人間は日本に帰すと言っていたのは事実だ。だが、九条を殺せなければ誰一人日本には帰れない。言ってる意味分かるか? 女神の依頼で動いてる俺の役に立たないばかりか、邪魔するならお前は女神の敵ってことだ。その場合、当然女神はお前を日本に帰すなんてことはしない。寧ろ、九条の仲間として処理される。死にたくない、日本に帰りたいなら黙って俺の言うとおりにするんだな」
「そんな……」
「それとクヅリ二号にも言っておく。そのガキが気に入ったんだか知らんが、日本には人間しかいないぞ? 龍どころか魔物もいない。魔素があるかもわからん。そのガキが日本に帰ればお前の望みは叶わない」
『ソンナ……』
「お前等は黙って九条のいる場所まで案内するか、今俺に殺されるかの二択しかない。わかったか?」
「一つだけ……九条彰は何者なの? どうして女神はアイツを殺そうとするの? 確かに普通じゃないし、得体が知れないけど」
「お前等をこの世界に召喚した首謀者だ」
「ッ!」
…
夏希・リュウ・スミルノフは何やら考え込みながら、黙ってレイの前を歩いていた。夏希はレイの言葉を全て信じているわけでは無いが、九条彰が自分達を召喚した首謀者というのは何故か腑に落ちた。途端に九条への怒りが沸き起こり、その正体と目的を確かめずにはいられなかった。
(でも、コイツも一発ぐらい殴ってやらなきゃ気が済まないわ)
チラリと振り返りレイを見る夏希。
「何見てる。前見てさっさと歩け」
(やっぱ、ムカつく!)
地下の通路は大きくカーブを描きながら続いている。時折、大きな空間や横道が現れるが夏希は迷わず進んでいた。
その様子に内心感心しているレイ。
(このガキ、一度しか通ってないと言っていた割には進路に迷いが無い。目印的なモノがあるわけでもないのに大したもんだ)
山や森でも同じだが、初めて歩く場所で来た道を正確に戻るのは簡単なようで難しい。来た道と戻る道、同じ道でも視界の風景が変わるからだ。普通は風景で道を覚えようとするが、方角と地形を把握しながらでないと簡単に遭難する。それは人工の構造物でも同じだ。巨大なターミナル駅や空港で迷う者は、標識や看板に囚われ、方角や地形を意識していないことが多い。
(それに、このガキの歩き方。明らかに訓練を受けた者の動きだ。武道や格闘技じゃない。軍人、それも高度な訓練を受けている兵士のそれだ)
基本的に軍人は上半身を動かさないで歩くことを教えられる。頭や肩、腕を動かしながら歩くと目立つからだ。大股で歩かず、歩幅を狭くしてピッチを上げるのは疲労防止の為でもあるが、敵から発見されることを防ぐ目的もある。特に、狙撃手の潜む地域や視界の悪い環境ではこれが出来てる者とそうでない者とでは生死を分けるほど重要だ。接敵が予想される行軍では、音を立てて歩くことは勿論、首を振って周囲を見るなど以ての外であり、身体を動かさずに進むということが要求される。
高度な訓練を受けた者ほど一般人とは歩き方が異なっていき、見る者が見れば一目で分かる。夏希・リュウ・スミルノフという人間は、少なくとも普通の女子高生ではなかった。
(女神の知識には勇者共の顔と名前はあるが、個人情報までは無い。尋問した勇者の情報にもこのガキが軍事訓練を受けたことがあるなんて情報は無かった。まあ、本当に受けてたなら人にベラベラ話すことも無いだろうが……)
突然、夏希の足がピタリと止まる。
その理由は探知魔法を展開しているレイには分かっていたが、そのような能力の無い夏希が気付く理由は分からない。
「嫌な予感がする」
立ち止まり、そう呟いた夏希は通路の先に見える大きな空間に目を凝らしていた。
「人間が三人、身長はどれも低い。ガキか女……少なくとも傭兵共じゃないな」
「なんで分かるのよ」
「それはこっちのセリフだ。お前の方こそなんで気づいた?」
「嫌な予感がしたからよ。魔物とか罠があるような部屋には決まって嫌な雰囲気がするから……」
「他に迂回路は?」
「分からない。この道しか知らない」
「なら行くしかないだろ。行け」
「ホント、最低ね。女子高生を先に行かせるとか情けないと思わないの?」
「お前等が有難がってるレディファーストってのは本来こういう意味だ。女を先に行かせて危険かどうかを確かめるのは古来からのセオリーだ」
「男はどいつもこいつもクズばかりだわ」
そう言って、夏希は歩き出した。
部屋に近づくにつれ、夏希の表情が険しくなり、手に暗黒剣を召喚して部屋に入って行った。
(確かに嫌な感じだ。殺気とまではいかないが、猛烈な悪意を感じる)
部屋の奥から発する気配にレイも警戒を強める。いるのは人間大の大きさだが、人が発する気配では無い。
レイはSCARを構え、視力を強化してその場で待機した。
…
……
………
「あんた達……」
夏希の前には三人の女子高生が立っていた。
「久しぶりだね。夏希ちゃん」
「夏希、お久~♪」
「……相変わらず綺麗」
お揃いの制服を着て現れたのは死んだはずの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます