第542話 戦線復帰

 オブライオン王都、西側城門。


 モルズメジキの放った魔法により、オブライオン王国の象徴だった王宮は見る影もなく黒く染まり、廃墟のように朽ちていた。


 黒雲が晴れ、その光景を目にした王都の住民達は、この世の終わりが来たとパニックに陥った。


 この国の指導者は既に無く、民を導く者は誰もいない。


「門を開けろぉ!」

「お願い! 開けてぇ!」

「おい、衛兵ぇー! なんで誰もいねーんだ!」


 城門の前で怒号が飛び交う。不死者アンデッドは『エクリプス』の夏希を狙って街の東に集まっており、不死者のいない西地区の住民が戒厳令を破り王都から逃げ出そうと押し寄せていた。


 そんな中、東門の方から爆発音が轟く。林立する建物が視界を遮り、集まった住民達は何が起こったか知りようも無い。しかし、その轟音と空気が震える衝撃は、住民達に更なる不安を煽るに十分だった。



「「「早く開けろっ!」」」



 しかし、城門は開かない。門は固く閉ざされ、衛兵の姿はどこにも見当たらない。住民達は閉ざされた城門を強引に開けようと群がるが、何をしても門はビクともしなかった。


 街を守る城壁と城門は、本来、魔物や外敵を阻む設備である。内側からでも完全に施錠されたものを解錠、破壊することは容易ではない。その上、門には特殊な魔法が施されており、物理的な手段では開くことができないようになっていた。無論、それを理解している住民達はただの一人もいない。


「おい! なんでもいい! 誰かぶっ壊すモンを……」


 城門の最前列にいた男が振り返って住民達に叫ぶ。しかし、男の目に飛び込んで来たのは、空から降り注ぐ無数の黒い物体だった。


「なん――」


 爆発と衝撃。


 本田宗次が放ったロケット弾が西門に集まっていた住民を吹き飛ばした。ロケット弾の弾頭は一つの弾頭に細かい榴弾が無数に詰め込まれており、空中で拡散し広範囲を爆撃する『クラスター弾頭』だ。一つ一つの榴弾は手榴弾よりも遥かに強力で、木造の家を一発で破壊する威力があった。


 その榴弾が無数に降り注いだ西門周辺は跡形も無く破壊され、城門に集まっていた住民は、肉片すら残らなかった。


 …


「次はどこにしようかな……」


 本田宗次は操縦席のモニターに、再度、生体反応を表示させて次の目標を選ぶ。本田は女神の使徒とその仲間を殺すよう九条に言われたが、街の住民を皆殺しにすれば同じことだと思っていた。


「なるべく人が多い所に……」


『あ、宗次? ゴメン、言い忘れたんだけど『鍵』の確保もお願いしたいんだよね』


 九条彰から唐突に通信が入る。


「そういうのは早く言ってよね……えーと、ちょっと待ってて」


 本田はモニターに別の画面を表示させる。古代遺跡の封印を解く『鍵』の探知機を作ったのは本田だ。魔操兵の改造を行った際、探知機の機能も追加してある。


「あったあった」


『じゃ、ヨロシクね~』


 そう言って、九条は一方的に通信を切ってしまった。


「あーあ、面倒臭いなぁ。何で僕が……」

 

 カンッ


「ん?」


 カカンッ


 操縦席に小さな振動が響く。


 次の瞬間……


 ドンッ!


 魔操兵の肩部にあった多連装ロケット砲が突如爆発した。


「なんだ一体!」


 …


「外装の魔金オリハルコンはやっぱり無理ね。けど、武器は大したことないみたい」


 魔導対物狙撃銃を構えたリディーナが、視線を金色の魔操兵から逸らさず言う。


「どう見てもレイ様の魔操兵ですが……」


 そう返事をしたのはイヴだ。イヴはこん睡状態から目覚めていた。今はリディーナの隣で金色の魔操兵を一緒に見ている。しかし、その容貌は一変していた。青い髪は色が抜けたように紫色に変わり、特徴的な真紅の瞳は髪の色と同じ紫色に変わっていたのだ。


「間違いなくレイのよね……でも、レイなら意味も無く住民を巻き込む攻撃なんてしない。あの中にいるのはレイじゃないのは確かよ。……それより、イヴ。本当に身体は大丈夫なの?」


「はい。御心配をお掛けしました」


「なら、いいけど……」


 容姿だけではない。イヴは雰囲気までもが別人のように変わっていた。しかし、今は街を無差別に攻撃しているあれをなんとかするのが先だ。リディーナは心配と不安を押し隠し、目の前の魔操兵に話題を向ける。


「おかしいと思ったのよね。魔操兵が入った魔法の鞄がいつの間にかレイの腰から消えてたし……んもうっ! レイったら、盗まれたことを黙ってたんだわ! 『むせんき』ってやつで連絡しても返事ないし! 帰ってきたら問い詰めなきゃ!」


 だんだん怒りの感情が湧いてくるリディーナ。


「あのポンコツオモチャに一体いくら……それに貴重な素材も大量に……それを敵に使われるなんて……金が無いのは不便だから小遣いくれ? お金どころか鞄すら持たせられないじゃない! 魔法の鞄の価値を本当に分かってるのかしら?」


「リ、リディーナ様? 落ち着いてくだ――」


「大体、失くしたなら何ですぐに言わないのよ! 私に怒られるとでも思ったのかしら!」


(……そうだと思います) 



「姐さん!」


 リディーナ達がいる建物の屋根にバッツ達が上がってきた。


「言われたとおり、奴隷達は解放しました」


「ご苦労様。あなた達も逃げていいわよ」


「何言ってんですか! 俺達も最後まで付き合いますよ!」


「さっきの爆発見たでしょ? 命の保障は出来ないわよ」


「へっ、姐さん。冒険者にそれを言うんですかい?」


「それもそうね」


「リディーナ様!」


 金色の魔操兵から白煙が登る。


「ッ! まだあったのね」


 猛スピードで迫る榴弾に、自分はともかくバッツ達は避けきれないと咄嗟に判断したリディーナは、先程のやり取りの間を後悔する。


 ―『絶対防御結界』―


「え?」

「「「へ?」」」


 イヴが突然、魔法を発動し、本田宗次の放ったロケット弾を防いだ。精霊の見えるリディーナは、その魔法が間違いなく聖属性だと分かった。しかし、イヴがそれを扱えるわけが無い。


 リディーナは目を凝らし、改めてイヴを見る。先程まではいなかった聖なる精霊がイヴの周りに漂っている。


「イヴ、あなた……」


「自分でも不思議なんです。上手く言えませんが、何故かできると……」


 そう言ってイヴは自分の手を見る。教会に育てられながら、生まれ持った異能の所為で回復魔法すら使えなかった。聖属性の魔法を放つことなど不可能だったはずだ。なのに、気づいたら無意識に魔法を放っていた。息を吸って吐く様に、今は自分に何が出来るか自然に理解していた。


 …

 ……

 ………


 一方、地下古代遺跡。


 レイは激しい銃撃戦の最中にいた。


 魔法の使えない空間では魔力が霧散して探知魔法は意味を成さない。レイ達は大きな空間に入った瞬間に光学迷彩が解け、それと同時に激しい銃撃を受けたのだ。


(いるとは思ってたが、まだ傭兵部隊が残ってたとはな……しかも、慣れてやがる)


 魔法を使わずとも人の気配を察知していたレイだったが、予想外に相手の練度が高かった。先程の銃撃戦で侵入がバレただろうことは予測していた。しかし、ここにいる敵は無暗に現場に向かわず、自分達の有利な環境に留まり侵入者を待ち伏せていた。


 ダララッ


 ダラッ


 パパッ パパパッ


 先程遭遇した素人集団のような一斉射撃ではない。小刻みに断続的な銃撃が様々な角度から放たれる。敵は遺跡の遮蔽物に身を隠しながら巧みに移動し、自分達の位置を変えながら交互に銃撃していた。その動きには隙が無い。高度な近接戦闘CQB訓練を受け、且つ、実戦経験が豊富な者達と推測される。


 カランッ


(ちっ!)


 レイの足元に破片手榴弾が投げ込まれる。


 ドンッ


 レイは夏希を更に引き寄せ、爆発を凌ぐ。


「ちょっとアンタ! 私は盾じゃ――」

「黙ってろ!」


 次の瞬間、銃撃が更に激しくなった。


 レイは夏希を盾にしながら、腰の煙幕手榴弾のピンを抜いて投擲する。


「スモーク!」


 投げ込まれた煙幕手榴弾に気づいた一人が叫ぶ。


(銃撃が止んだ……)


 視界が煙で覆われ、傭兵達は即座に銃撃を止めた。無暗に撃てば同士討ちの危険があるのと、相手に自分達の位置を教えるだけだと分かっているのだ。


(死体を盾にしてんのか?)

(なんて野郎だ。イカレてやがる)

(銃も手榴弾も効いてない。マジック?)

(ここは魔法が使えないはずだぞ!)

(こっちもスモークを焚け。接近して仕留める)


 傭兵達はレイと同じく煙幕手榴弾を放り、部屋の視界を完全に遮った。無視界戦闘に長けているのか、レイを倒せる自信があるのだろう。各々、アサルトライフルを捨て、両手にナイフを握る。


(ん? 向かって来るだと?)

(バカが。俺達をそこらの兵士だと思ってんのか?)

(自信があるんだろうが、相手が悪かったな)

(切り刻んでやる)


 僅かな気配と足音を頼りに、傭兵達は向かって来る者に接近する。しかし、現れたのは夏希だった。その身体には複数のM18クレイモア地雷が巻き付けられている。


「holy shit! グレ――」


 ドドォン!


 M18クレイモア地雷は、700個の鉄球とC4爆薬の爆風に指向性を持たせた対人地雷である。地面に埋めて踏んで爆発するタイプとは違い、様々な場所に設置でき、リモコンやワイヤー、時限装置などの起爆方法を選んで爆破できる。


 夏希に取り付けられたクレイモアは、傭兵達が夏希に接近したところで爆発し、爆風と共に数千発の鉄球を撒き散らした。


「う、うぐ……(試作強化服スーツがなきゃ死んでた)」


 傭兵達は、試作品の高性能対衝撃強化スーツを戦闘服の下に着ていたおかげで即死は免れていた。しかし、無数の鉄球と爆風の衝撃波を完全に無効化できず、吹き飛ばされたまま起き上がることができない。


 ズッ


「あばっ」


 傭兵の頭を黒刀が貫く。この隙を見逃すレイではない。倒れている傭兵達を、一人一人黒刀で仕留めていく。


 ジュパッ!


 最後の一人に向かったレイは、爆発の衝撃から復帰した男から反撃を受けた。その両手には湾曲した爪のようなナイフが握られている。


「オレの気配によく気づいたな。それにカランビットナイフ……腕に自信があるようだ」


 わざと声を出して自分の位置を教えるレイ。


 しかし、男はそれに乗らない。声のした場所からすぐに気配が移動したことに気づいていた。


(甘いな! そこっ!)


 男のナイフが空を切る。いると思っていた場所に誰もいないことが理解出来ないといった表情だ。


 ズッ


「ッ! おぶあっ」


 男の背中に黒刀が突き刺さり、直後に刃は真上に振り抜かれた。男は胴体を縦に二分され絶命する。


(気配を殺して三流。察知できて二流。誤認させて一流一歩手前ってとこか。軍人じゃなかなかそこまでいく奴はいないがな)



「行くぞ」


 煙が落ち着き、うっすら見えてきた人影に向かってレイが言う。


 コロンッ


 人影の手から空の小瓶が転がった。


「クヅリ、ありがと」


『アノオトコノメヲヌスムノハクロウシンシタ』


 小瓶の中身は『超回復薬エリクサー』だ。クヅリは夏希の隠し持っていたそれを鎧の中に隠しており、レイから離れた隙を狙って夏希に飲ませたのだ。


「持ち物検査はしたはずだったがな」


『オンナニハイロンナトコロニ……』

「クヅリ、黙ってて!」


 ―『暗黒剣召喚』―


 漆黒の剣を手に持ち、鬼の形相でレイを睨みつける夏希・リュウ・スミルノフ。



「人の身体を弄んで……殺してやる!」

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