第541話 後始末
何も無い所から突然長槍が佐藤優子を貫き、一同を唖然とさせる。
槍は佐藤の脇下から首の根元を貫通し、溢れ出る血が気道を塞ぐ。脇下の動脈も合わせて断たれ、即死ではないものの佐藤優子の命はもって数分だろう。
ズシュッ
佐藤の身体から『氷魔槍ヘーガー』が引き抜かれ、人型のシルエットが一瞬虹色に輝き、一人の男の姿が露わになる。
「精々苦しめ」
男は倒れた佐藤に吐き捨てるように言う。一撃で仕留めなかったのは一秒でも長く佐藤を苦しめたかったのだろう。
「ゲイル……」
オリビアがぼそりと呟く。
「おいババア、何が『竜化薬』だ。騙しやがって」
次にゲイルはバヴィエッダを指差し文句を言う。
「「「……」」」
だが、バヴィエッダはおろか、この場にいる誰も声を発しない。全員が唖然としたままゲイルを見ていた。
「なんだ?」
「いきなり素っ裸で現れて、なんだじゃないわよ!」
「身体が透明になっても服を着てたら意味が無い。裸は当然だ」
「ウルセー! さっさと服着ろっ!」
志摩恭子の護衛から途中離脱したはずのA等級冒険者『ドラッケン』のゲイル。ゲイルは仲間の仇である佐藤優子に一矢報いる為、単独で佐藤を追っていた。
『竜化』できる薬とバヴィエッダに渡された薬は、皮膚を周囲の景色と同化させる擬態薬だった。ゲイルは透明になると言ったが、あまりにも周囲の景色と見分けがつかない為、そう感じるだけである。その為、相手から完全に身を隠すには衣服を着ず、裸になる必要があった。
(どうやら適性はあったようだねぇ~)
薬を渡す際、バヴィエッダは服用すれば命を落とすかもしれないと言ったが、それは嘘ではない。普通の人間が『擬態薬』を飲んでも皮膚の変質は起こらず、拒絶反応により死に至ることは本当の事だ。S等級冒険者、ベリウスの細胞から作られた薬は、ベリウスと同じように竜の血が混じった亜人種、それも一定以上の竜の遺伝子を持つ者にしか適合しない。
「アンタ、ひょっとして姿を消してずっとアタシ達の後を追ってたってこと? ……普通にキモいんだけど」
「そんなわけないだろう。王都でサトウを探していたら、城壁からあの光る矢が打ち上がるのを見たんでな」
そう言って、ゲイルは佐藤優子を見る。
「ごぼっ がっ……」
佐藤は倒れたまま動けず、口から溢れる大量の血で溺れていた。
「「優子……」」
その様子を何とも言えない表情で見つめる『エクリプス』の近藤美紀と太田典子。
見知った人間が死にゆく光景は、まともな人間なら正視できるものではない。二人はこの世界に来て多くの死を目撃したが、平穏な日本の高校生活での印象が強く残る佐藤優子の死に様は、それらとは違った。
「た、助けなきゃ……」
近藤美紀が思わずそう口走り、懐に手を入れる。
「美紀、やめなさい。『
太田典子は美紀の手を掴み、首を左右に振る。既に佐藤優子はピクリとも動いていない。医学の知識が無くとも手遅れだと誰でも分かる。『超回復薬』はあらゆる傷を癒し、古傷まで綺麗に治してしまう驚異の薬だが、死者を蘇らせる効果は無い。
それに『超回復薬』は、古代遺跡の深部でしか発掘されない超貴重品だ。遺跡探索を真面目に行っていた『エクリプス』でも、一人一つ分しか見つけられていない。この薬は万一の時の為に各自が隠し持っているものだ。
太田典子自身もそうだが、近藤美紀にも顔や身体にこの半年でできた生々しい傷跡がある。『エクリプス』のリーダーである夏希は、日本に帰る前にその傷を綺麗に治すことに使おうと皆に提案していた。
助かる見込みの無い人間に使うよりも、自分達に使うべきだ。そう判断した太田典子も、心情的には近藤美紀と変わらなかった。攻撃されたとしても、半年前に別れた後の佐藤優子の所業を知らない太田達は、佐藤に対して悪感情は無く、以前の天真爛漫なクラスメイトの印象が拭えていなかった。
「お墓……は無理でも、せめて埋葬ぐらいは……」
「そうね……こんなとこで野晒しにはできな――」
「何を悠長にしてるのかしら?」
―『
突如、佐藤優子の頭上に巨大な大鎌が現れ、佐藤の首を刎ねた。
「「奈津美っ!?」」
―『
東条奈津美は続けて魔法を放ち、佐藤の首と胴体を激しい炎で焼く。
「奈津美! アンタ何して――」
「『勇者』ってのは死んだからって油断しちゃダメよ? 聖属性に特化した勇者は特にね。『反転』されたら手に負えないんだから」
「反転?」
「可愛さ余って憎さが百倍って言うでしょ? 聖属性持ちってのはね、極稀にだけど死に際に裏返って怨霊とか悪霊になっちゃうケースがあるのよ。その場合、生前より強力な個体になるからきちんと処理しないとね」
「処理って……アンタよくそんな冷静に!」
「落ち着きなさい美紀! 奈津美の中身は別人なのよ?」
「あら典子、酷いわね~ 私は東条奈津美よ? みんなと過ごした高校生活の記憶もちゃんとあるんだから。でも、ここは日本の甘っちょろい考えは通用しないの。美紀と典子、貴方達が優子に同情してられるのも、二人の代わりに優子を殺してくれたそこの坊や達のおかげなのよ?」
そう言って東条奈津美はゲイルと、老人と化し倒れたジークを指差した。
「お前のような小娘に坊や呼ばわりされる謂れは無い」
「そうかしら? 見たところ三十代前半ってとこでしょう? 十分坊やよ」
「殺すぞ」
「マレフィム様に向かってなんたる口の利き方さね。この御方は――」
「バヴィ、悪いけどおしゃべりしてる暇は無いわ」
バヴィエッダの言葉を遮り、東条奈津美は上空を見た。その視線の先には一筋の雲が見える。王都中央から真っ直ぐ伸びたその雲は、空気を切り裂く轟音と共に上空に登っていた。
「「ロケッ……ト?」」
近藤美紀と太田典子が揃って呟く。白煙を吐き出しながら猛スピードで空に上がる銀色の細長い物体。
「「「ろけっと?」」」
近藤達の呟きに、この世界の面々は不思議そうな顔で空を見る。
その飛行物体は空気を切り裂く轟音を発しながら打ち上がり、上空で弧を描くように反転して地上へ向けて軌道が変わった。その直後、空中で無数の細かい物体に分かれ地上に降り注いだ。
「「「ッ!」」」
東条奈津美は慌てて地面に指で何かを書きはじめ、急いで魔力を流す。
―『転移魔法』―
地面に巨大な魔法陣が現れ、広がる。この場にいる全ての人間がその中に入っており、魔法陣が光を発した瞬間、東条奈津美以外の全員の姿が消えた。
(急いで描いたから細かい設定は書き込めなかったけど、王都内のどこかには転移するはず……まあ、死ぬよりはマシよね。全員バラバラに飛ばしたから転移先でどうなるかは運次第だけど)
「さてと」
東条奈津美は黒焦げとなった佐藤優子の亡骸を見る。
直後、周辺一帯が爆発に包まれた。
…
……
………
『終わったよ』
「ご苦労様、宗次」
王都地下、古代遺跡の一室。
九条彰はスピーカーらしき装置から聞こえてきた声に、手元のスイッチを押して応えた。
『でも、本当に良かったの? 街も一部吹き飛んじゃったけど』
「地上の設備はもう用済みだからどうでもいいよ。しかし、よくミサイルなんて作れたね」
九条彰は『弓聖』の能力がオンになったことで佐藤の死を知り、慌てて『錬金術師』本田宗次に後始末を頼んだ。方法は任せると言ったものの、一帯を吹き飛ばすほどの兵器を本田が作っていたとは思ってなかったのだ。
『ミサイルじゃないよ。誘導弾なんて作れないし、ただのロケット弾さ。傭兵達の持ち込んだ兵器が参考になった。けど、一番大変だったのはこんな近距離の目標に発射したことだよ。直上に打ち上げるしか無かったから着弾まで時間が掛ったし、クラスタータイプの弾頭に換装するのにも手間取った』
「クッ クッ クッ 街の一部というか、住民もかなり死んじゃったと思うけど、それを躊躇なく実行するとはね……でもそこがいい」
『本当は核爆弾でも作ってこの世界の奴等を皆殺しにしてやりたいけど、そんなの作れないし、僕は被爆したくないからね』
(いいね。良い具合に壊れてる。『錬金術師』は本来ボクが使いたかった能力だけど、それだと『
『次はどうする?』
「キミが乗ってるオモチャってどの程度できるんだい?」
『どの程度って?』
「前に話したとおり、地上には『女神の使徒』とその仲間達。つまり、アリア教の奴等がいる。そいつらを始末できるかい?」
『……王都は壊しちゃってもいいんだよね?』
「ああ。好きにしていいよ」
『なら大丈夫』
「それじゃあ、宜しく頼むよ」
『分かった』
…
本田宗次は無線機らしき装置を切ると、座っていた椅子の左右にある球体に両手を置き、魔力を流した。
暗闇に周囲の景色が浮かび上がる。
「……外部装甲及び、魔力伝達回路、各部正常……さっきの試射で機体に損傷はないね。じゃあもう一発……」
機器が正常に動作することを確認した本田は、続いて別の画面をモニターに表示させる。
「生体反応サーチオン……」
無数の赤い点がモニターに表示され、本田は赤い点が密集してる箇所を確認する。
「目標照準。
金色に輝く巨大な人型兵器『
「みんな死ねばいい」
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