第538話 集結

「まさか、そんなことになってたとはね」

「うまく騙されてたわ」

「九条……許せない」


 近藤美紀達『エクリプス』は志摩恭子と合流し、志摩から九条彰の正体と陰謀を聞かされた。九条は元はこの世界の住人であり、クラス召喚を仕組んだ張本人であること。クラスの皆に能力を与え、欲望を刺激して女神の目から自分を逸らそうとしていたことなどだ。


「欲望を刺激したって、私は自覚無いんだけど」

「ば、僕も……」

「私も。でも、そう言われてみれば、腑に落ちることもあるわ……特に男子。異世界に来て舞い上がってるんだと思ってたけど、それだけじゃなかったみたいね」


「私にも自覚は無いわ。欲望を刺激したといっても、クラス全員じゃないのかもしれない……まだ、分からないことが多いの、ごめんなさい。でも、あの男が召喚の元凶であることに間違いない……」


 志摩はそう言って俯いた。自分の日常を奪ったばかりでなく、大勢の生徒の人生を狂わせたのだ。九条に対する怒りは三人同様に思っている。


「他にも色々疑問はあるけど、まずはこのことを夏希に教えなきゃ……」


 三人は暗雲漂う王都を振り返る。志摩恭子の言葉を信じるならば、何もせず大人しくしていればいずれこの世界の神である女神アリアが日本に帰してくれるという。神聖国に行き、聖女に会わなくても済むことになるが、それを一刻も早く夏希に伝えたかった。


「このままジルトロに向かっていれば、夏希とはどこかで合流できると思うけど……」

「というか、神聖国に行かなくて済むから無駄よ。それに、スマホも何も無いんだから集合場所を決めたわけでもないのにすんなり合流出来ないでしょ? 戻って夏希に知らせるべきだわ」

「そうだね。僕は王都に戻って夏希さんを迎えに行くのに賛成だよ」


「「決まりね」」



「それで、先生はこれからどうするの? 私達は王都に残った夏希を迎えに行くわ。申し訳ないんだけど、この子を預かってくれない?」


 近藤美紀は、渡辺大輔の背で眠る少年を指し、志摩に頼む。志摩も少女を連れており、都合が良いと思ったのだ。


「その子はどうしたの?」


「まあ、色々あってね……今、王都は不死者が溢れててえらい惨状よ。王都に用があったんなら、行くのはお勧めしないわ」


「そんな……私は貴方達の他にも日本に帰りたがっている生徒にこのことを伝えに来たんです。『探索組』と言われていた生徒達は、皆日本に帰りたがっていたでしょう? 吉岡さんや加藤くん、山本さん、清水さん、松崎さん、藤崎さんも……」


 志摩が口にした名前を聞いて、『エクリプス』の三人は互いに顔を見合わせる。


「先生……悪いけど、あの子達はもう日本に帰れない……いや、帰しちゃいけない」


「え?」


「少なくとも、遊び金欲しさに人身売買を平気な顔してやるような子達。それに、気に入らないって理由だけで人の命を何とも思わずに奪えるようになっちゃった子達は日本に帰すわけにはいかない。勿論、地球では魔法も能力も使えないっていうなら話は変わるかもしれないけど、その保証がないなら私は彼女達を日本に帰すのは反対よ」


 太田典子が厳しい表情で突き放す。自分達も人を殺した経験はあるが、全て自衛の為だ。日本人としての道徳や倫理観は失ってはいない。夏希が清水達を問い詰めた際に白状した様々な悪事に、彼女達『エクリプス』全員は嫌悪した。


「でも、それは九条があの子達に何かしたから――」


「エルフを奴隷商人に売り飛ばしたり、ムカつくってだけで人を殺すなんて、いくら欲望を刺激されたからってできることかしら? 悪いけど、彼女達と仲良く日本に帰るなんてごめんよ」


「先生。『探索組』は僕ら以外にはもう殆どいない……かもしれない。九条はクラスの半分以上が『女神の使徒』って奴に殺されたと言ってた。本当の事かどうかは分からないけど、嘘をついてもいずれはバレることだし、嘘をつく理由も無いと思う。少なくとも清水さんと松崎さんは死んだって能力で分かった夏希さんは言ってたよ。それに、吉岡さんは九条や高槻と行動を共にしてる。今王都に残ってるクラスメイトは九条の事は承知なんだと思う。九条の企みは分からないけど、きっとそれに賛同してるんだよ」


 渡辺大輔は自信無さげに言うが、大方そのとおりである。


「そんな……」


「じゃあ、私達は夏希を迎えに行くから。何だか嫌な予感が――」



「なら、私も一緒に行こうかしら?」



「「「ッ!」」」



 突然発せられた声に、一同は驚く。この場にいる者で、非戦闘員以外の面子は周囲の警戒をいささかも怠ってはいない。先程、近藤にあしらわれたジーク達は特にだ。


 しかし、現れた黒髪の女を見て、一部の者『勇者』達は更に驚いた。



「……奈津美?」


 太田典子が呟く。


「久しぶりね。みんな元気? 先生はなんだかやつれたわね」


「アンタ……本当に奈津美なの?」


 近藤美紀も太田典子と同じように目の前の女に疑いを向ける。二人が知っている東条奈津美とは姿形は同じだか雰囲気がまるで違ったからだ。


「ま、ま、ま、まさか……」


 ただ一人、別の意味で動揺していたバヴィエッダ。


「あら、バヴィエッダ。久しぶりね。生きていて嬉しいわ。それにガーラも。随分大人になったみたいだけど、私のことを覚えているかしら?」


「誰だ? 馴れ馴れしくされる覚えは――」

「マレフィム様ぁ! バヴィはこの日をどれだけ待ち焦がれてきたことかっ!」


 そう言って、バヴィエッダは東条奈津美の前に跪いた。顔や声は以前とはまるで違う別人だが、バヴィエッダには突然現れた女がマレフィムだと確信があった。


「ふふっ、転生には失敗したけれど、こうしてまた復活できた……世の中分からないものね」


「何を仰るのですかっ! 魔術を極めた御方が何を……」


「バヴィエッダ。今の私は且つての魔女、マレフィムであり、東条奈津美でもある。この世界とは異なる世界の知識を得て、今までの私はまだまだ魔導の深淵の淵にも立っていなかったことが分かったわ。私を敬うのはよしなさい」


「そのようなことができるはずもありません」


 頭を上げようとしないバヴィエッダ。その様子から、マレフィムという者がただならぬ存在だったと窺えるが、近藤や太田は違った。


「奈津美っ!」


 いつの間にか東条奈津美の背後に立ち、短剣を突き立てていた近藤美紀。


「アンタ、誰よ?」


「さっきも言ったように、私はマレフィムであり東条奈津美よ。二つの人格が融合したと言ってもいい。それに、私は貴方達と敵対する意思は無いわ」


 その直後、東条奈津美の姿が消え、別の場所に現れた。


「転移魔法……」


「そう。流石ね典子。今現在、この世界で主流の属性系魔法とは別の概念、『魔術』を応用した魔法よ。今の私には『魔女マレフィム』が生涯をかけて研究した魔術の知識がある。貴方の『召喚魔法』も魔術の一種。典子、貴方になら私の事が多少理解できるんじゃないかしら?」


「少しはね」


 魔法系の能力を得た者は、頭に入り込んだ知識に最初は戸惑う。自分が学んだものではない記憶が頭の中にあるのだ。東条奈津美の言っていることは半分は理解できる。


 ただ、人格となれば話は変わる。魔法の知識はあっても他人の記憶まであるなど太田典子には想像できない。二人の記憶、人格が一つの身体にあるなど、耐えられるものなのかという疑問もあった。


「東条さん……で、いいのかな? 何で王都に行くの?」


「あら、奈津美でいいわよ大輔。……私は九条彰に確かめたい事があるからよ。話は聞かせてもらったけど、先生の言うように元はこの世界の人間である九条彰が何故日本にいたのか? 女神を裏切った天使と組んで何をしようとしてるのか? みんなは気にならない?」


「「「……」」」


 それはこの場にいる召喚された者皆が思っていたことだ。目の前の状況に追われて深く考えられなかったが、元凶である九条に関して知りたいことは山ほどある。


「二百年前、魔王様を滅ぼす為に召喚された且つての『勇者』。それが七、八十年前の地球から来たことは分かっているけど、二つの世界の時間軸にズレがある原因がどうしても分からなかった」


「今それ重要?」


 いきなりの突拍子も無い発言に、近藤が怪訝な顔をする。


「重力が等しい環境にもかかわらず、時間の流れが違うのはすごく不自然なのよ。世界の法則からも、宇宙の法則からも外れてる。これは誰かが人為的に起こしてること。勿論、人間なんかには到底不可能だから、何らかの超常の力、神である女神アリアが何かしてる、もしくはしたってことだろうけど、何のためにそれをしたのかが分からない」


「話が大分逸れてるように思うんだけど、九条と何の関係があるのよ?」


「分からない? 九条彰はこの世界の人間。地球人じゃないのよ? 彼はどうやって地球へ? そして、この世界にどうやって戻って来れたのよ?」


「それは召喚されて……」


「随分都合がいいわね~ 知らないなら教えてあげるけど、世界はここと地球世界だけじゃないのよ? 冥界や天界、幻界という高次元の世界から、この世界にいる亜人種と呼ばれる人々が本来暮らしているそれぞれの世界など無数にあるの。九条が偶然ここから地球に行って、偶然召喚されて元の世界に戻って来れるなんてあり得ないのよ。召喚術は自由に異次元を行き来できるようなものではない。九条は異なる世界に渡る術を持っているのは間違いないわ。儀式や召喚術の一種かもしれないけど、私はその特殊な転移方法が知りたいの」


「「「それが分かれば日本に帰れる……?」」」


「そうね。少なくとも方法は分かるんじゃないかしら」



(皆には悪いけど、私は私の欲求に逆らえない……世界の理、深淵を覗きたいという願望を叶える為に、皆には付き合ってもらうわ)


 …

 ……

 ………


「志摩さん、どうします? 故郷へ帰したい生徒さんはこの子達なんでしょう? なら、危険を冒して王都へ行く必要は無いと思いますけど?」


 ジークが志摩に尋ねる。


「ですが、あと一人、日本に帰りたい生徒が王都に取り残されてるそうです。見捨てる訳にはいきません」


「分かりました。まあ、これだけ『勇者』がいれば我々は必要無いかもしれませんがね」


「そんなことは……」


「冗談ですよ」


 そう言って笑顔を見せるジーク。


(さて、どうしたもんかね……不死者で溢れてる街なんか危険すぎるぜ。俺達『クルセイダー』は不死者専門でも、今はもう俺とエミューしかいない。ったく、あのおっさん、人をけしかけといて、途中でいなくなるとか舐めてんのか?)


 ここへ来る道中、セルゲイと猫獣人のミーシャは誰に気づかれることも無く、いつの間にか姿を消していた。


(だが、あの勇者。トウジョウナツミと言ったか? 使徒様の名簿では死んでるはず。俺の方もこのことを使徒様に伝えねば……)



 志摩恭子とアイシャ、ジーク、エミュー、オリビア、ガーラ、バヴィエッダに『エクリプス』の近藤美紀、太田典子、渡辺大輔が加わり、そこへ突然現れた東条奈津美が合流し、王都へ向かった。


 …

 ……

 ………


 志摩一行の前に王都の城壁が見えたところで、上空を覆っていた黒い雲が消えていく。


「「「空が……」」」



 陽の光が王都を照らし、幻想的な光景が広がる。そんな中、城壁の上には黒髪の少女が一人佇んでいた。


 その者は、眩い光を放つ鎧と弓を携え、志摩一行を目にすると同時に上空に向かって弓を引いた。



 ―新宮流弓術【改】『百花繚乱』―

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