第537話 始動

 ―『王都地下 古代遺跡モニター室』―


「対女神の使徒用に配置した兵士達時間稼ぎ達が軒並みやられちゃってるけど、どうなってるの?」


 九条彰はモニターに映るモルズメジキの様子を見て、側にいるザリオンに視線を移した。


「申し訳ありません。王都の街中は監視外ですので詳細は分かりかねます。ですが、あの様子では力の大半を失う何かがあったと推測されます」


「うーん、だとすると暗黒属性メインの夏希さんじゃあ無いね。ほぼ間違い無く使徒の所為だろうけど、兵士達を飲み込んでるように見えるのは、力を回復させる為?」


「そのようです」


「でも、地上でそれをやらずにこっちに来たってのが何とも……」


「依代にした高槻祐樹の記憶が残っているからでしょうか。こちらの遺跡に注入している魔力に惹かれたのかもしれません」


「冥界の存在は呼び寄せた後にこちらの言う事を聞かせることができないのは承知だったけど、こっちに矛先が来るのは困るよね。アレを何とかできるのは天使系の力を持つ者だけだけど……」


「直ちに対処致します」


「キミより暇そうにしてるあの人に行ってもらおう。前剣聖の実力も見ておきたいしね。それともう一つ。王城に続く魔法陣が起動した。それも二度も。あのエリアには監視カメラが無いから誰か適当に人をやって確認させてよ。あそこを使うとしたら夏希さん達だけだろうけど、こっちに戻って来た理由が知りたい」


「承知しました」


「それより『鍵』だよ。順調にこっちに向かってきてるけど、『狙撃手』の能力がボクに戻って来たってことはあの傭兵が死んだってことだ。傭兵達は失敗したかもしれないね」


「そちらにも人をやりますか?」


「『狙撃手』を殺した連中に誰を? それに表にはモルズメジキアレの所為で不死者が溢れてるんだ。その辺の使いっ走りを行かせたって回収は無理でしょ……不本意だけど、優子ちゃんに行ってもらうしかない。女神の使徒がいつ来るか分からない状況だけど、こちらの自業自得だから仕方ないね」


「では、あの二人にそう伝えます」


「ヨロシクね」


 …

 ……

 ………


「命令とあらば仕方ないのう」


 新宮幸三は九条の指示を受けて、遺跡内にある広場に座して暴走しているモルズメジキを待っていた。


「おじぃが素直に人の命令を聞くとか……」


 その隣には、両目を含む全身に生々しい斬り傷を負った佐藤優子が立っている。


「それはお優も同じじゃろう?」


「私は響の為」


「そうか……まあ、ワシも義理を果たしとるだけじゃがな」


「ふーん……じゃあ、私ももう行くから」


「その前にお優、これを飲んでいけ」


 幸三は佐藤優子に向かって小瓶を投げる。


 佐藤優子は、目が見えなくともその瓶を楽々掴み、怪訝な表情を幸三に向けた。


「何コレ?」


「赤城香織とやらが作った回復薬じゃ。もう大丈夫じゃろう」


 佐藤優子は、受け取った小瓶を躊躇なく飲み干すと、両目を含め全身にあった傷がみるみる治っていった。


「ありがと。じゃあ行って来る」


 そう言って、佐藤優子はその場から去って行った。


(短期間で心眼を開眼したことといい、やはりお優は才がある……じゃが、心眼を開いた程度ではタカシには勝てん。もしワシより先にタカシと会敵したなら今のが今生の別れとなろう……惜しいのぅ、修羅に堕ちねば別の道もあったであろうに)


 新宮幸三は目を閉じ暫し物思いに耽るも、禍々しい気配を感じてゆっくりと立ち上がった。


「やれやれ、もう来たか……なら、久しぶりに悪霊退治といくかの」


 幸三の視界に黒い霧が溢れ出す。


 瞬く間に広場を覆いつくしたそれは、幸三を囲んだ後、髑髏を形成して幸三に向かって叫んだ。


「お前も我の糧にしてやる!」


「……それは無理じゃ」



 ―『聖刀召喚』―



 幸三の腰に一振りの刀が現れる。



 ―聖技 『聖光斬塵烈破』―



 次の瞬間、眩い光が空間を覆った。




 チンッ


 光が収まり、静寂に包まれた広場に鍔なりが響き渡る。辺りにはモルズメジキの影も形も残っていなかった。


「我が聖刀に斬れぬもの無し……まあ、こんなもんじゃろ」


 幸三はそう呟くと、再びその場に腰を下ろした。



「早く来い、タカシ。いや、今はレイと名乗っておったか……いずれにせよ、時間はあまり無い。を届けてやらんとなぁ」


 …

 ……

 ………

 …………

 ……………


 一方、夏希と別れた『エクリプス』の面々は、王都を出て街道を東に向かっていた。当初の予定どおり、ジルトロ共和国経由で神聖国セントアリアを目指すつもりだ。殿を務めて別れた夏希も主要な街道を進めばいずれ追いついてくると信じている。


「結局背負ってきちゃったけど、どうしよう?」


 渡辺大輔の背中には、夏希が助けた幼い少年が泣き疲れて眠っていた。


「どうしようって言っても、ここに放置するわけにはいかないし、その子の両親は……」


「「「……」」」


 少年を襲っていた不死者は、少年の家族だと全員が分かっていた。不死者に対し、パパママと泣き叫ぶ少年を見れば誰でも察する。三人は何とも言えない気持ちで少年を見る。


「高槻……それに川崎! 『王都組』の奴ら……一体何やってんのよっ!」


 近藤美紀が怒りに震える。それは他の二人も同じだ。


「でも、僕達だけじゃ、何も出来ない」


 渡辺大輔が俯きながら言葉を漏らす。


「それはそうだけど……」


 三人は王都を振り返り、自分達の無力さを痛感する。


「まずは神聖国の『聖女』って人に会うことだけを考えましょ? 夏希も大丈夫。絶対追いついてくる。その子のこともジルトロに着いて夏希と合流したら――」


「二人共っ! 前から誰か来る!」


 いち早く複数の人の気配に気づいた美紀は、太田典子の言葉を遮り警告を発して二人を近くの林に連れ込む。王都に向かう者がいても何ら不思議な事では無いが、今現在、王都は不死者で溢れる危険地帯という認識のある三人にとって、そこに向かって来る者を無意識に警戒した。



(止まった?)


 近づいて来た気配が急に止まる。周囲は街道沿いとはいえ木々に囲まれ、お互いの姿は見えない。それでも、相手はこちらの存在に気づいたと近藤は察し、警戒レベルを引き上げた。


「(典子、私は偵察に出る。迎撃の準備しといて)」

「(了解。大輔は後方待機。今回は私が前に出るわ)」

「(え? あ、う、うん……)」


 小声で簡単な作戦会議を行った『エクリプス』。


『盗賊』の能力を持つ近藤美紀は、音を立てずに街道沿いの木々の合間を素早く移動し、察知した気配の元へ斥候に出た。



(……志摩先生?)



 足を止め、警戒態勢を取っていた集団の中で、美紀は志摩恭子の姿を見つける。



「その黒髪……異世界人だな?」


「ッ!」


 突然、美紀の背後から声が掛けられ、喉元に短剣があてがわれた。声の主は影から這い出たガーラである。


「アンタ誰よ?」


「ッ!」


 いつの間にかガーラの背後にも美紀が立っており、ガーラと同じようにガーラの首に短剣を突き付けている。


(バカな! 二人いただと? そんな気配は……)


『盗賊』の能力の一つ、『二重身ドッペルゲンガー』。美紀は任意に己と同一体を生み出すことができる。本体との切り替えも自由に出来、生み出した二重身に本体を移すことも任意で可能だ。


「なるほど、影を使って……」


 美紀はガーラの足元を見てすぐにガーラの能力を看破し、懐から黒い短剣を抜いてガーラの足元に投げた。この短剣も美紀の能力の一つである。『影』という概念も、それを能力で利用する美紀には不思議には思わない。


(か、身体が動かん!)


 影に短剣を突き刺されたガーラは身動きが取れなくなり驚く。自身の能力と同じような力を他人がしてきたことなど今まで経験の無い事だ。


「アナタ達、志摩先生とどういう関係?」


「……」



(ひゅー マジかよ。あの女を手玉に取るとかとんでもねーな)


 その様子を木陰から見ていたジークも、美紀の不可思議な能力に驚いていた。


「だからアンタ達は誰なのよ?」


 ジークの背後に三人目の美紀が現れ、短剣を背中に突き付ける。


「マ、マジか……」


 気配を殺し、警戒を怠っていなかったジークの存在も看破され、おまけに気づかぬうちに背後を取られていたことに戦慄するジーク。



「まあいいわ。どう見ても先生を守ってるって感じだし、敵じゃなさそうね」


 ガーラとジークの背後にいた身体を消し、二人から離れた位置に現れた近藤美紀は、短剣を指でくるくる回しながら呟く。いつの間にかガーラの足元の短剣も消えていた。


「ちっ、これが『勇者』か……」


 悔しそうに顔を歪ませるガーラ。それに対し、両手を上げて敵意が無いことを示したジークは、美紀に尋ねる。


「あんたこそ、志摩さんを殺しに来たわけじゃなさそうだ」


「は? 先生を殺す? 何で私達がっ!」


「少し前に、サトウユウコって勇者が襲ってきたばかりなんでね。その仲間かどうか、こちらとしては判断がつかないもんでね」


 飄々と言いながらもジークに余裕は無い。美紀がその気なら、ガーラもジークも瞬殺されていただろう。油断はしていなかったとはいえ、相手の能力はジーク達の想像の上をいっていた。


 美紀の顔や体には無数の生々しい傷跡がある。だが、それは美紀だけではない。『エクリプス』の面々は、夏希以外、全員が身体中に傷がある。夏希の影に隠れてはいるが、他のメンバー達も修羅場をいくつも潜り抜けてきたのだ。


 一日も早く日本に帰りたい。その一心で能力を実戦で鍛え、生き残って来た。彼女達は、能力を己の欲望を満たす為に使って来た者達とは違う。



「優子が? その話、詳しく聞かせて貰おうかしら」

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