第536話 最強の盾

タタタンッ タタンッ


 タタンッ タタタンッ


  タタタタタタタタタタタッ


 自動小銃アサルトライフルAK47の乾いた銃声。三十丁の銃から吐き出されたそれは、騒音となって地下遺跡の広場に鳴り響いていた。


 レイと夏希の姿を見た騎士達が、慌てて銃を構え一斉に発砲してきたのだ。


 しかし、放たれた銃弾は夏希の暗黒鎧に全て阻まれる。弾丸は鎧に当たった途端、勢いを殺されたように力を失いポロポロと床に落ちていった。


「おい、どうなってる?」

「なんなんだあれは?」

「人を盾にしてるぞ!」

「人なわけあるか! 銃弾が効かないぞ!」

「くそっ! 当たらねぇ!」

「馬鹿野郎! よく狙え!」

「侵入者は誰であろうと排除しろとの命令だ! いいから撃ちまくれ!」


 何が起きているか理解できないまま、騎士達はひたすら銃撃を続ける。手にした銃の威力を過信しているのか、まるでそれしか選択肢が無いかのように騎士達は銃の引金を引いていた。



 レイは、三十名の騎士達の配置を見て巧みに夏希を動かし、銃弾から己の身を守る。右へ左へと無理矢理体を動かされ、正面から一身に銃撃を受けている夏希は気が気ではない。


「ッ! この人でなしっ!」

『ワッチノナツキヲナンダトオモッテ……』


魔国の甲冑クヅリ』は、形状を変化させて夏希の全身を隙間なく覆い彼女を守りつつ、躊躇なく夏希を盾にしたレイに憤る。


 トシュッ


 トシュッ


 トシュッ


 銃撃の合間に消音器サプレッサーを装着したSCARのくぐもった射撃音が混ざる。


「ギャーギャー騒ぐな。何でも言う事を聞くと言ったのはお前だぞクヅリ。約束を反故にするならすぐにでも夏希・リュウ・スミルノフを殺してやるぞ?」


 レイは夏希の身体の隙間から騎士達を一人一人撃ち殺しながらクヅリに釘を刺す。


『……』


 あらゆる物理攻撃や魔法攻撃を無効にする鎧と言えど完全無欠では無い。中の人間を殺す手段はいくらでもある。それに、手足の自由を奪ってある夏希はレイにとって既に脅威では無くなっていた。それが分かっているのか、『魔国の甲冑クヅリ』は黙ってレイに従う。夏希が大事ということもあるが、クヅリの方はレイに対して有効な攻撃手段がないからだ。


(クヅリ、なんとかならないの?)

(ムリデアリンス……コノオトコニ、ワッチノチカラハツウジナイデアリンス。ナツキ、イマハタエテクンナマシ)


(耐えるって……)



 二人の意思を他所に、レイは騎士達の持つAK47を注視していた。


 騎士達の持つAK47は、1949年に旧ソビエト連邦軍が制式採用した自動小銃である。使用弾薬は同じく旧ソビエト連邦が開発した7.62x39mm弾。実戦の苛酷な使用環境や戦時下の劣悪な生産施設での生産可能性を考慮し、部品の公差が大きく取られ、高い信頼性と耐久性、貫通力、生産性を実現した。


 こうした特性から、AK47とその派生型はソビエト連邦のみならず、全世界に普及した。基本設計から半世紀以上を経た現在においても、AK47とその派生シリーズは砂漠やジャングル、極地などあらゆる世界の地帯における軍隊や武装勢力にとって最も信頼される銃になり、正規軍だけでなくゲリラや反政府グループ、民兵組織、テロリスト、犯罪組織によって使用されている。また、金属加工の設備があれば、容易に製造が可能であり、あらゆる紛争地域で模造銃コピーが出回っている。


 命中精度が悪いと言われるAK47だが、200m先の人間大の的に当てることは十分可能で、銃の特性を理解した熟練者なら狙って頭部に当てる事は難しくない。しかし、AK47と比較される西側諸国のM16とは使用弾薬の差もあるが、有効射程距離が半分程であり、射撃時の反動も強く集弾性も悪い為、最新の小銃に比べれば性能が低いと言わざるを得ない。


 それでも世界中に広まり現在においても使用され続けているのは、安価に製造でき、分解や洗浄が容易でメンテナンスが簡単なこと、多少の異物混入にも動作不良を起こさない点が大きい。


(AK47の命中精度は言われるほど悪くは無い……だが、それはきちんと訓練した兵士にとっては、だ。まともな教官がいたとしても、高々数か月の訓練で狙い通りに的に当てられるような銃じゃない)


 レイの思っているとおり、騎士達の撃った銃弾の多くが夏希にかすりもしていない。身を隠しているレイに当てられる者は一人もいなかった。



 射撃モードのセレクターを連続射撃フルオートにしたまま引金を引き、あっという間に三十発入りの弾倉を撃ち尽くしてしまった者。


 射撃時の銃口の跳ね上がりに戸惑い、銃の制御に必死な者。


 弾倉交換に手間取る者。


 相手も銃を所持しているにも関わらず、棒立ちで銃を撃ち続ける者。


 不意に現れた侵入者レイ達と不慣れな武器に、騎士達は明らかに浮足立っていた。


 地球の熟練兵士から見れば失笑モノの光景だが、まともな訓練もせずに銃を実戦で使えば当然の結果である。普段は落ち着いて銃を扱えていても、実戦では日頃の反復練習がモノを言う。どんな兵士でも平時と実戦で同じ精神状態を保てる者はいない。緊迫した状況でも普段と変わらず銃を扱うには、剣と同様、年単位の訓練期間が必要だ。



「ええいっ! まどろっこしい!」


 一人の騎士が一向に当たらない銃を投げ捨て、使い慣れた剣を抜いてレイ達に襲い掛かろうと飛び出した。


「あっ、待てっ!」


 タタタタタタタッ


「はおっ」


 飛び出した騎士は、味方の誤射を背中に受けて倒れた。銃弾が飛び交う中、勝手に前に出た者の末路だ。AK47の7.62x39mm弾は騎士達の纏う全身鎧を容易く貫いていた。騎士達の纏う鎧の材質は不明だが、銃弾を防げないなら全身鎧フルプレートアーマーは単なる重しでしかない。


(馬鹿かあいつ……)


 銃撃の中、無謀にも突撃して来た騎士に呆れつつ、レイは冷静に騎士達を撃ち殺す。レイと騎士達の間は五十メートルも無い。訓練の足りない騎士達と違い、小銃を片手で腰だめに構えても、身体強化を施せば人間大の標的に当てるのはレイには難しい事では無かった。レイのもつSCARの5.56mm弾は7.62mmよりも一回り小さい口径の弾だが、AK47同様に騎士達の鎧を貫く十分な威力がある。



 カランッ


 突然、レイの前に金属の塊が転がって来た。本田宗次が作ったであろう破片手榴弾を騎士の一人が投げてきたのだ。


 レイは夏希を盾にしたまま咄嗟に身を屈める。


 ドンッ



「へへっ、これで奴もバラバラに吹き飛んで――」


 飛び散った破片が周囲に舞う中、レイは手持ちの手榴弾の安全ピンを抜き、握っていた安全レバーを放して二秒カウントした後、騎士達の頭上に投擲した。


 ドンッ


 騎士達の頭上で破片手榴弾が爆発する。


 地面に転がした場合より、広範囲に破片が飛散し、爆発の十メートル以内にいた騎士達は身を隠す間もなく爆風の衝撃と破片を浴びて吹き飛んだ。


 安全レバーを解除して数秒おいてから投擲するテクニックは実戦では推奨されない。一般的な破片手榴弾であるM67破片手榴弾は、安全レバーが解放された五秒後に爆発するよう設定されているが、あくまでも五秒である。手榴弾それぞれの個体差もあり、個体によってコンマ数秒の誤差がある。投げ返されないよう爆発のギリギリまで保持することは自分や味方への誤爆にもつながる非常に危険な行為だ。


 だが、暗黒鎧を纏った夏希という『最強の盾』を持つレイは気にしない。



「総員、抜剣!」


 隊長らしき騎士が射撃を止め、剣での攻撃に切り替える命令を出した。味方の半数以上をやられ、撤退を選択せずに自分達が最も慣れ親しんだ武器でレイを攻撃するつもりのようだ。撤退を選べない理由があるのか、それとも自暴自棄になっているのかは分からない。


 だが、その選択は時既に遅く、また、愚かとしか言いようがなかった。



 身体強化を施し、剣を抜いて突撃してくる騎士達。


 それに対し、レイは夏希から手を離し、腰の黒刀『魔刃メルギドクヅリ』を抜く。


「弾と魔力を節約できて助かるな」


 斬ッ


「あびゃっ」


 ヒュッ


「ぎゃっ」


 シュパッ


 レイは、襲い来る騎士達をそれぞれ一刀のもとに斬り伏せる。『魔刃メルギド』の前では騎士の纏う鎧や剣は紙同然だ。騎士達はなすすべなく、レイに斬り殺されていった。


 …


 十数人の騎士を瞬殺したレイは、動く者がいないことを確認して黒刀を鞘に納め、SCARの弾倉を交換。消費した空の弾倉に5.56mm弾を詰めていく。


「なんてことするのよっ!」


 淡々と作業するレイに夏希が叫ぶ。


「盾にしただけだ。ガタガタ騒ぐな」


「頭オカシイんじゃないの?」


「AKの小銃ライフル弾と手榴弾の爆発にも無傷で耐えるのは流石だ。中々役に立ってるぞ」


『トウゼンデアリンス』


「クヅリは黙ってて! アンタ、人を盾にするとかそれでも人間なの?」


「そうだが?」


「このっ……」



「しかしコイツ等、気を抜いてやがったったってことはあの骨野郎はここには来てないな……」


 レイは逃げたであろうモルズメジキを一応は気にかけていた。不死者とはいえ、魔法主体の魔術師という戦闘能力に偏りがある者は対処がし易く、問題にはならない。だが、追い詰められた者は何をするか分からないので油断はしていない


『ココハ、アノマホウジンイガイニモイリグチガアリンス』


「だろうな」


 レイは、弾薬の補給を済ませると、騎士達がバリケードにしていた木箱を調べに入った。箱の外装に英語で『DANGER』と焼き印が押されているのが気になっていたのだ。


「こいつ等、本当にバカだな」


 木箱の中には対戦車ロケットランチャー『RPG7』の発射筒と弾頭がぎっしり詰まっていた。ロケット弾の入った箱をバリケードにするなど正気の沙汰では無い。騎士達への現代兵器に対する教育不足が窺える。


「空中じゃなく普通に投げりゃ良かった」


 薄々、爆発物だと分かっていながら破片手榴弾を投げたレイは、自嘲しながら木箱の中身を魔法の鞄に仕舞っていく。


『落ちてる銃は回収しないでありんすか?』


 レイの腰にある『魔刃メルギドクヅリ』が尋ねる。


「手持ちの銃の方が性能が良いし、使用弾薬も違うから必要無い。敵に回収されても脅威にならん。ヘボだからな。それに、最強の盾もある」


「ちょっと!」

『タテジャナク、ヨロイデアリンス!』


「違うっ!」



(図らずとも、古代遺跡の中枢に近い所に来れたかもってのは幸運だが、ここからは何が出るか分からん。遺跡の構造が分かるまでは正面突破するしかないが、少し慎重に行くか……)


 レイは自身と夏希に光学迷彩を施し、防音の魔導具を起動する。


「ここから先は無駄口無しだ。くだらん文句や余計な真似をすれば、お前等を亜空間に捨てて黙らせてやる。分かったな?」


『「……」』


 夏希とクヅリは、三十人の騎士をあっという間に殲滅したレイの言葉にただ黙る事しかできなかった。


 …

 ……

 ………


 同じ頃。


 地下古代遺跡の別の通路をモルズメジキが霧となって進んでいた。その霧の大きさは霧と言うより塵に等しいものだが、途中に現れる幽霊ゴースト亡霊レイスを飲み込み、どんどん体積を増していった。


「ぬかったわ……よもや消滅寸前にまで追い詰められるとは……力がいる……もっと取り込まねば……」



「なんだ……あれ?」


 侵入者を迎え撃つべく、配置に着いていた騎士達。彼らは九条の命令に従い、古代遺跡の入口で隊列を組み、レイを待ち構えていた。


 無論、九条彰は騎士達が時間稼ぎにもならないことは承知だ。彼等はレイの体力や魔力、武装を消耗させる為の捨て駒でしかない。


 しかし、そんな彼等の前に、真っ黒な霧が襲う。王都上空にいた時とは比べらない程大きく膨れ上がったそれは、瞬く間に騎士の一団を飲み込んだ。


「「「うぼぉおあぁぁぁ」」」


 霧に包まれた騎士達は肉が剥がれ、瞬時に骸骨と化し、やがて骨も粉々に風化して霧と同化していった。



「まだだ! まだ足りんっ!」

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