第535話 捕虜
ピク ピク ピク
片足が不自然に痙攣し、ぐったりと横たわる夏希・リュウ・スミルノフ。
『ナツキーーー! オ、オマエェェェ!』
「迂闊に動くと本当に死ぬぞ?」
激高する鎧『
レイは夏希の首を折ったが、即死するほど頸椎を完全に破壊したわけではなかった。夏希はまだ辛うじて生きている。
「まあ、このまま何もしなければじきに死ぬけどな」
『ッ!』
「さっき、何でもする、何でも言う事を聞くと言ったな? なら、そうしてもらおう。まさか武具とはいえ、龍が人間のように嘘を吐くわけないよな?」
『ウウッ……アクマノヨウナオトコデアリンス』
「さっさとソイツから離れて
『……ムリデアリンス』
「なら、話は終わりだ」
レイは夏希に近づく。
『マ、マッテクンナマシ! ワッチハ、ナツキノチカラトユウゴウシンシタ。モウブンリハデキナイデアリンス!』
「何でも言うこと聞く? 何も出来ねーじゃねーか!」
『マママ、マツデアリンス! ナツキゴトウゴケルデアリンス……ホラ』
倒れたままの夏希がレイに向かって手だけを振って見せる。その光景は何とも不気味だ。
「舐めてんのか? 勇者は必要無い。俺が欲しいのはお前だけだ」
『ソ、ソンナイキナリ『ぷろぽーず』ナンテ……』
「もういい。両方殺す」
レイは魔法で亜空間を生み出す。鎧ごと夏希を消す気だ。勇者も『黒のシリーズ』も放置するという選択肢はレイには無い。モルズメジキとの戦闘に割って入ったのも、鎧が取り込まれそうになったからだ。手に入らないのなら葬るしかない。
『ヒッ!』
鎧は空間を削り取るような攻撃には耐えられないのか、レイの生み出した亜空間を見て怯える。
『レイ、待つでありんす。勇者を自由にできるなら利用できるのでは? 囮にするとかバクダンってやつを付けて他の勇者に突っ込んでもらうとか……』
「珍しく饒舌だなクヅリ」
『……魔石はわっちの方が多いでありんすが、素材は向こうの方が多いでありんす。失われるのは半身が無くなるようなものでありんす』
「そうは言っても、鎧を引き剥がせないなら意味が無い。諦めろ」
レイは生み出した亜空間を夏希に向ける。が、視界の隅に入った不死者を見て、ある事に気づく。空を見上げ、続いて城に視線を移した。
「黒雲が晴れてない? それに黒いシミも変わらず城を侵食してる……あの骨野郎、まだ生きてやがるな?」
モルズメジキを魔導砲で撃った際、辺りには欠片一つ無かったはずだ。しかし、霧となって元の姿に戻る光景をレイも見ている。塵一つ残っていれば完全に消滅しないのかもしれなかった。
『アレガニゲタサキナラ、ワッチニココロアタリガアリンス』
「必要無い。どうせ地下の飼い主のとこだろう。これから向か――」
レイはふと、置いて来たユリアンがいるはずの建物の屋根を見る。が、ユリアンの姿が無い。昏倒して意識が無く、両手も無いユリアンを縛りもせずに放置していた。意識が戻り逃げ出したのか、それとも不死者に襲われたのかのどちらかだろうが、屋根に登る不死者は見られないので後者の可能性は低かった。
「あの野郎……」
探知魔法で周囲を探るも不死者がそこら中で動き回っている為、ユリアンを特定できない。上空に急いで上がり強化した視力で探すも、ユリアンもユリアンらしき不死者も見つからなかった。
『どうやって地下遺跡を探すんでありんすか?』
「お前……」
…
……
………
「……ん」
夏希は目を覚まし、見知らぬ部屋の天井が視界に映った。
(ここは…? 私は確か……)
「目が覚めたか?」
男の声が聞こえる。声の主を見ようと夏希は置き上がろうとするも、身体が動かない。
「無駄だ。命に別条が無いくらいに治療はしたが、手足は動かせないよう、神経は壊したままだ」
声の主はレイだ。ユリアンに逃げられた為、城の地下にある古代遺跡へ行く手掛かりに、不本意ながら夏希が死なないよう最低限の治療を施したのだ。
「……誰?」
夏希は首だけを動かし、側の椅子に座るレイを見て言う。夏希の知らない顔だ。
「誰でもいい。城の地下にある古代遺跡は知ってるな? そこへ案内してもらう」
「それに従う義理も義務も無いんだけど」
「別にお前の意思は関係無い。お前の鎧が取引に応じたからな。今、お前が息をしていられるのもそのおかげだ。武具に感謝するんだな」
「クヅリが?」
「鎧を出せ」
「……え?」
夏希は視線を自身の身体に移すと、何も着ていない裸の自分がそこにいた。
「ちょっ! なんで裸なのよっ! まさか!」
「お前等、性欲の塊のガキ共と一緒にするな。治療で脱がせたに決まってるだろう。いいからさっさと鎧を顕現させろ。時間はあまり無いぞ」
そう言って、レイは窓のカーテンを開ける。そこには黒く染まっていく王城の景色があった。
「あの城が完全に落ちればお前らに用は無い。まとめて始末する。駄々をこねるだけ寿命が縮むぞ?」
そう言いながらも、レイは内心焦っていた。表の城が無くなれば、地下への通路を探すのは難しくなる。そうなれば、九条を見つけるのに天使化するしかないが、貴重な神力をそんなことで消費したくは無かった。
「始末?」
夏希の記憶はモルズメジキと対峙したままで止まっている。目の前の男がモルズメジキを退けたことも、自分が殺されそうになったことも記憶には無い。
夏希はレイの言葉を怪しんだが、クヅリを知っていて顕現させろと言うからには、顕現させても構わない自信があるのだろうとすぐに理解した。どの道、身体が動かない以上、それ以外にやれることはない。男の正体は分からないが、クヅリを出せばそれも分かるだろう。
―『暗黒鎧・召喚』―
夏希は鎧を召喚し、その身に纏う。
『ヒドイデアリンス! ナツキヲチャントチリョウスルヤクソクデアリンス!』
「ちゃんと? 五体満足で治療するとは約束してない。命に別条が無いだけで十分だろ」
『ヒトデナシ!』
「いいから早く案内しろ」
『ウウっ……』
『
「クヅリ! 説明して!」
自分の身体が己の意思に反して動かされたことに夏希は説明を求める。
「夏希・リュウ・スミルノフ。お前は黙ってろ」
レイは夏希にそう言い放ち、椅子から腰を上げる。
「何よ、アンタ! どうして私の名前を……」
『コッチデアリンス。……ナツキ、イマハタエテクンナマシ』
…
―『浄化』―
レイは浄化魔法を唱えながら王宮を進む。襲い来る不死者をまとめて退け歩いていく。黒いシミも浄化魔法に触れた途端に消えていくが、腐った床材や柱が元に戻ることは無い。探索を急がねば城が崩壊するのも時間の問題だった。
『ナンデ、セイゾクセイノマホウヲ……』
元は暗黒属性の古龍である『
『わっちのレイは特別でありんす。乗り換えるのなら今の内でありんすよ?』
『コンナブキミナオトコナンテゴメンデアリンス。クヅリハミルメガナイデアリンス』
『それはクヅリの方でありんす。そんなペチャパイに龍が産めるはずないでありんす』
「クヅリっ!」
「うるせーぞ!」
クヅリ達と夏希をレイがイライラしながら一喝する。
…
『ココデアリンス』
鎧のクヅリが指差したのは何も無い床だ。
レイは注意深く床を調べるも、地下に通じるどころか何の変哲もないただの床である。
(まさか……)
しかし、微量の魔力を放つと床に魔法陣が浮かび上がった。
「転移魔法陣か。調べてもわからなかったはずだ」
浮かび上がった魔法陣は、暫くすると光が消えてしまった。起動させるにはもう少し魔力を込めねばならないようだ。
『コレデイイデアリンスネ。デハ、ワッチラハコレデ』
「何寝言ほざいてる? 罠じゃないって証明できるのか?」
『ショウメイトイッテモ……』
「お前が先に行け」
『エ?』
「きゃ」
レイは魔力を流して魔法陣を起動させると、夏希の背中を蹴って魔法陣に入れる。
「ちょっ――」
すると、夏希の身体が魔法陣の上から消える。
そして暫くすると、魔法陣から夏希が再び現れた。
『イキナリ、ナニヲスルデアリンスカ!』
「いきなり、何するのよっ!」
「普通に行き来は出来るようだな」
『「サイテー」』
…
……
………
(一体、何なのよ……この男)
夏希はレイに襟首を掴まれ、引き摺られながら地下の通路を進んでいる。鎧のクヅリが拗ねて夏希の身体を動かすことを拒否したからだ。
手足の動かない夏希に出来ることはない。なすがままにレイという男に連れられている。
夏希が疑問に思うのは、暗黒鎧に直接触れてもレイに何も起こらないことだ。クヅリは夏希以外に触れられるのを激しく嫌う。他人が触れれば瞬く間に血を吸いつくしてしまうのだ。その鎧が、文句を言いつつもレイという男に素直に引き摺られている。それが夏希には不思議だった。
レイに『黒のシリーズ』の呪が通じないのは、レイの中には『魔刃メルギド』以外の三つの武具が取り込まれているからだ。『
現在、夏希にはレイを攻撃する手段も、レイからの攻撃を防ぐ手段も無い。レイという名前は九条達が話していた、召喚された自分達を殺しに来た者の名だ。薄々自分達を殺しに来た殺し屋だと気づいてはいるものの、『魔黒の甲冑』のおかげか、夏希は何故か恐怖を感じなかった。
(なんなのこの感覚……)
古びた通路を進むと、探知魔法に複数の人間の反応が引っ掛かり、レイは足を止める。
「?」
レイは強化した視力で通路の先を凝視すると、肩に担いでいたSCARの銃口に
トシュッ
トシュッ
SCARを二連射し、立ち上がって銃を再び肩に担ぐと、レイは夏希を掴んで通路の先に足を進める。
「ちょっ、何して……」
「警備兵だ。お前らの話じゃ、誰もいないってことだったが……」
「……知らない。私が通った時には誰もいなかった」
『ウソハイワナイデアリンス』
「まあ、そうだろうな」
表の城内であれだけ殺せば警備が厳重になるのは当然予想できる。夏希と鎧のクヅリ、少なくともクヅリが嘘を付かないのは、同じく『
(まあ、嘘は言わなくとも、必要なことも言わないのはどうかと思うがな)
通路の先に進むと男が二人、頭から血を流して通路の両端で倒れていた。先程レイが射殺した警備兵だ。その死体の側には地球の自動小銃AK47が二丁落ちている。
「これって旧ソ連の……」
「AK47、地球の
(この女、AKを見て旧ソ連製の銃だと何故分かった? 映画や漫画で有名な銃だが女子高生が普通そこまで知ってるか?)
夏希の呟きに妙な違和感を感じるレイ。
(それに、コイツの横顔……どこかで……)
「ねえ! ちょっとあれ!」
レイの思考を遮るように夏希がレイを呼ぶ。
夏希の視線の先にある広い空間には、三十人ほどの騎士が見える。待機中なのかそれぞれ食事をしたり、装備の点検をしているようだが、全員がAK47を所持していた。魔法陣から出てきた者を待ち受けているというより、魔法陣に近寄らせないような配置だ。
その配置から、通って来た魔法陣は身内用の通路だということが分かる。
騎士達がいることは、探知魔法を展開しているレイには承知のことだ。
「何でも言う事を聞く……早速、聞いて貰おうか」
『エッ?』
「えっ?」
レイは夏希を引き起こすと、盾を構えるように自分の前に夏希を立たせた。
「物理と魔法、両方の攻撃を防ぐんだろ?」
左手に夏希を構え、右手にはSCARを腰だめに構えると、レイは騎士達に向かって歩き出した。
『「――ッ!」』
…
……
………
暫し時は遡る。
「はぁ はぁ はぁ ……冗談じゃない! あんなバケモノ……付き合ってられるか!」
ユリアンは、レイと対峙するモルズメジキを見て一目散に逃げ出した。身体強化を施し、素早く屋根を降りて路地に逃げ込む。
ドン
「痛ッ テメー 気を付けろ! 俺は近衛騎士であり子爵家の――」
「近衛騎士?」
「テ、テメーは……もがっ」
ユリアンは口を塞がれ、何者かに連れ去られていった。
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