第533話 取引不成立

「ねぇ、レイ……起きて……レイってばっ!」


 パチッ


 リディーナの声で、レイが目を覚ます。消費した魔力の回復の為に眠りについたものの、まだ一時間程しか経っていなかった。


「大丈夫?」


「ああ。問題無い」


 レイは僅かな時間で起こされたことに不快感を表すこともなく、リディーナから差し出された紅茶と『鍵』の探知機を受け取る。予めリディーナに『鍵』が大きく動いたら起こすよう、仮眠を取る前に頼んでおいたのだ。


 紅茶を飲みながら探知機の画面を見ると、今まで大して動いていなかった『鍵』の位置が王都方面に大きく移動していた。


「真っ直ぐこっちに向かって来てるな」


(ジーク達か、それともあの傭兵共か『勇者』にやられて『鍵』を奪われたか……思っていたよりかなり早いな)


 地球の傭兵達が志摩恭子の殺害依頼を受けて行動していたのは、王宮にいた傭兵を尋問して分かっていた。ジーク達がどんなに強くても現代兵士相手にどれほど戦えるか未知数であり、魔法を封じられたら全滅も十分想定できた。


 ジーク達の実力を知らないレイは、傭兵達が瞬殺されたとは思っていなかったのである。


(もう少し余裕があると思っていたが甘かったか……だが、最悪のケースではなさそうだ)


 レイにとって『鍵』を誰が運んでいようと問題では無かったが、九条彰本人が直接、『鍵』を奪いに来た場合は別だった。空間転移で移動されれば一瞬で『鍵』が揃ってしまう。そうなれば、未だ九条彰の居場所が分からないレイは詰みである。


 探知機で三つの『鍵』が王宮の場所を示していたが、城内の同地点を上から下まで調べても何も見つけられなかった。城の地下は牢や倉庫などいくつか部屋や施設があったものの、レイは古代遺跡に通じる通路を発見できなかったのだ。



 九条彰が直接動かないというのはレイの予想でしかないが、裏社会の様々な人間を見てきたレイには確信があった。九条の様なタイプは、部下や手駒を動かすことに長けてはいるが、自ら現場に赴くような行動を避ける傾向にある。一度それをして痛い目に遭っているなら尚更だ。


 逆に言えば、複数の能力を持つと思われる九条彰が、主体的に動いていれば『鍵』はとっくに揃い、レイ達もここに辿り着いていない。


(最後の『鍵』がもうすぐそばまで来ているのに自分が出張って一気に片を付けないのは、九条がそういう男だってことが確定してる。手札を多くもっていても、最強のカードを手元に残し、温存して使わないタイプ、ようはビビりってことだ)


 しかし、九条彰の居場所を突き止めなければならないのは変わらない。



「もう行くの?」


「ああ」


 今回も行くのはレイ一人だ。単独の方が動きやすいのもあるが、魔法が使えない魔封の結界や魔導具が王宮にある以上、リディーナ達の不利は否めない。特に、銃器や爆弾を使った現代戦技に対して、こちらの世界の人間には対応が難しい。口頭や模擬戦でいくら説明しても、現代知識を持たない者には十分に伝えられない。こればかりは時間を掛けて講義と訓練を行わなければならないが、そんな時間は無かった。


 レイがまた一人で行くことに難色を示していたリディーナだが、レイの判断に素直に従った。未だ意識が戻らないイヴのこともあり、王都が安全とは言えない状況でイヴを置いていくわけにはいかないからだ。


 それに、新宮幸三と相対し、自分がレイの足手纏いになる可能性を実感したことも大きかった。強敵に対し、複数で攻めることは戦闘におけるセオリーだが、戦闘技術に差があれば、複数で挑むのは悪手になり得る。技術の劣る者が足を引っ張れば、味方の不利を招くからだ。


 リディーナは、レイと新宮幸三との戦いに加勢しても、二人の技術についていけず、レイの足手纏いになるのは確実だと思っていた。


 …


 レイは魔法の鞄を開け、傭兵達から鹵獲した物を含め、武器や装備をベッドに並べると、点検しながらプレートキャリアのポーチや腰のベルトに取り付けていく。


 自動小銃アサルトライフルは、M4からSCAR-Lへ、拳銃はコルトガバメントからシグP320に変更する。SCARに変えた理由は構造上の理由でM4より排莢不良ジャムが少ないからだ。それに、シグ社のP320はガバメントより300g程軽く、装弾数は倍以上で精度も良い。45ACP弾から9mmパラベラム弾に弾丸の種類が変わるが、急所に当てれば拳銃弾程度の威力の質の差は関係無いので気にしない。レイは握りやすいという理由でコルトガバメントの方が好みだが、頑なに拘るほどでは無かった。


 銃の他には各種手榴弾と爆薬、予備の弾倉、魔金製の短剣を複数取り付け、最後に『魔刃メルギドクヅリ』を腰に差す。魔封対策で魔法の鞄が開けなくても問題無いよう、装備品は全て魔力を必要としないものだけだ。



 リディーナ用に予備の銃と弾薬、各種手榴弾を多めに残し、無線機をリディーナに渡した。


「何、コレ?」


「これで離れていても会話ができる。何かあれば連絡しろ」


 レイは使い方を簡単に説明する。


「便利なモノがあるのね~ でも、何かなくちゃ使っちゃダメなの?」


「いや、まあ別にダメじゃないが……」


「フフフッ、言ってみただけ。ちゃんと分かってるわよ」


 リディーナは長年一人で活動してきた冒険者だ。戦いに身を置く者として弁えている。意味も無く連絡して困らせるような女ではない。


「でも、私からは連絡しないけど、レイからはちゃんとしてよね。信じてるけど、やっぱり心配……」


 だが、新宮幸三は今までの勇者達とは別格だ。明るく振舞ってはいてもリディーナは心配で堪らなかった。


「……レイの師匠って人に勝てる?」


「勝つか負けるかじゃない、殺るか殺られるかだ。前にも話したがジジイとは十回やっても十回死ぬ。……だが、それはあくまでも


「ドウジョウ?」


「訓練所みたいなモンだ。まあ、心配するな。ジジイから一本取るのは至難の業だが、同じ人間である以上、殺す方法はいくらでもある。……」


「それに?」


「何でもない……じゃあ、行って来る。イヴを頼んだぞ」


 レイは隣のベッドに寝かされていたイヴを一瞥し、部屋を後にした。



「……いってらっしゃい。絶対、帰ってきて」


 …

 ……

 ………


「バッツ」


「あ、旦那」


「あの奴隷はどこにいる? この国の元近衛騎士だったって奴だ」


「ああ、あれなら地下の牢屋に入れてますよ」


「分かった」


「案内します」



 バッツの案内でレイは地下牢にいるユリアンの元に向かった。



「ちっ、何だ? 今度はどこに連れてく気だ?」


 不貞腐れていたユリアンはレイに悪態をつく。


「確か、元近衛騎士だったな。城の地下にある古代遺跡は知ってるか?」


「古代遺跡?」


「知らんならいい」


「待て」


 踵を返し、帰ろうとするレイをユリアンが呼び止める。


「心当たりはある。王族の脱出路に使われる秘密の地下通路だ。あそこは入り組んだ通路が迷路のようになっている。単なる脱出路で作られたのではない。遺跡だと言われればあれがそうだろうな」


「何故、言い切れる?」


「城より造りが古いからだ。それも相当な。城が建てられる遥か前に地下の通路が存在していたのは間違いない」


「なら案内しろ」


「ふん! ……お断りだ!」


 レイに対し、強気な発言のユリアンにバッツが息を呑む。


(こいつ……知らないってのは恐ろしいな。旦那に気絶させられたの覚えてないのか? あ、多分覚えてないかも。一瞬だったし……大体、ブッ殺されててもおかしくなかったんだぞ? いや、旦那にかかれば死ぬより酷い目に……)



「勇者共に恨みがあるのか知らんが、自殺に俺を巻き込むな」


「お前は勇者に恨みがあるんじゃないのか?」


「あるに決まってるだろっ! だが、俺は勝てもしない事に命を懸けるほど馬鹿じゃない。露見して捕らえられ、奴らの報復を受けるくらいなら、変態共の相手をした方がマシだ。第一、俺が王宮の隠し通路をお前に教えて何か得でもあるのか?」


「近衛騎士とは思えん気概だな……まあいい。じゃあ、取引だ」


 コロンッ コロンッ


 レイが牢に二つの小瓶を転がす。拝借してあった赤城香織の作った『高位回復薬』と『万能薬』だ。


「?」


「お前の失った両手と病気を治す薬だ。案内するなら報酬の前払いで飲んでいい」


「馬鹿にしてんのか? こんなモンで手が戻るわけねーだろ!」


「信じる信じないはお前の自由だ。だが、五体満足で自由になれる唯一の機会だとは言っておこう」


 ユリアンは、訝し気に小瓶を見て、暫し悩む。仮にこれが毒か何かで自分を殺す気なら、このような回りくどいことをするはずがない。そう思い、差し出された瓶を口で開け、液体に恐る恐る口をつける。


 すると、切断された腕の先が少しづつ盛り上がってきた。


「ッ!」


 その効果に驚くユリアン。瓶をすぐに飲み干し、続けて2つ目の小瓶を一気に呷った。すると、全身にあった発疹が消えていき、両腕が再生されていった。


「取引成立だな。案内してもらおうか」


「馬鹿かお前は。体が治ればこっちのもんだ。何故、貴族である俺がお前等平民共の言う事を聞かなきゃならない? とは言え、怪我と病気を治したことには礼を言おう。ご苦労だった」


 ユリアンに奴隷の首輪ははめられていない。以前、レイに一撃で昏倒させられたことも忘れ、元近衛騎士であるユリアンは身体が全快した喜びで気が大きくなり、近衛騎士だった頃に豹変した。最早、卑屈な奴隷根性のユリアンはそこにはいなかった。


(あーあ)


 パッツは次にレイが起こすであろうことを予想し、目に手を当てるも、怖いもの見たさで指の隙間から二人を覗き見る。


「約束も守れんとはな」


「子爵家出身であるこの俺が平民との約束など守る必要は無い」


「近衛騎士と言っても、この国の騎士はその辺の野盗と変わらんようだ」


「何だと? 貴様、言葉には気を付けろ! 両手が治った今、お前なんぞに負けるわけがないんだぞ? ……こんな魔封も施されていない格子など!」


 ユリアンは身体強化を施し、牢の格子に手を掛け力を入れる。強引に牢から出るつもりだ。



 チンッ



 レイは親指で黒刀の鍔を弾き、そして元に戻した……ように、ユリアンの目には映った。


 だが、既に黒刀は抜かれ、ユリアンの両腕を格子ごと切断し、再び鞘に収めた後だった。


「は? はぎゃああああ!」


 切断されたユリアンの両腕から血が溢れる。



(やっぱりー ……でも、流血沙汰は止めて欲しかった……掃除するの俺達なんだけど……)


 ユリアンのことより、その後の処理を気にするバッツ。



 レイは鞄から同じ薬を再度取り出す。


「欠損を再生させる回復薬はもう一本ある。だが、こいつは一日に二本飲めば死ぬ劇物だ。素直に約束を守り、城の地下にある秘密の通路まで案内すれば、明日くれてやろう」


 ユリアンにそれを断る選択肢は無かった。


「それと、お前こそ言葉には気を付けろ。生意気な口を利く度に腕を輪切りにして短くしてやる。薬を飲んでもちゃんと元の長さの腕に戻る保証は無いぞ?」


「うぐぅ……くそっ!」


 斬ッ!


「ぎゃあああ!」



(貴族ってホント、馬鹿だよな……あ、あの肉片も後で拾わなきゃ)


 …

 ……

 ………


 拠点にしている奴隷商は普通の建物では無い。商品である奴隷が逃げないよう、高い塀に囲まれた敷地は同時に外部からの侵入者を防いでいた。


 しかし、門の格子には腐乱死体ゾンビが群がっており、ブランがモグラたたきのように隙間から蹴り殺している。


『あ、アニキ!』


 グシャッ


「ブラン、ここは頼んだ。誰一人ここに入れるな」


 レイは貧血でまともに歩けないユリアンを引き摺りながら門に表れ、引き続きブランに門番を頼む。


『了解っス!』


 ドグシャッ



「しかし、酷い有様だな」


 群がってくる腐乱死体は、骸骨騎士により不死化したこの街の住人達だ。


「ここみたいに強固な造りの建物ばかりじゃないですからね。貧しい者達から餌食になってるんでしょう」


 バッツが不死者となった住人の衣服を見てそう推測する。不死者の中に貴族が着るような高価な服を着た者は一人もいない。貧弱な家や老朽化した家の者から順に侵入を許し襲われたのだろう。


「しかし、なんすかね、急に。朝がきたと思ったらいきなり夜になっちまうし、徘徊してた骸骨スケルトンが家屋に押し入り人々を襲いはじめた……これってやっぱ、全部アレの仕業ですよね」


 バッツは上空に浮かぶモルズメジキを見る。ただ浮かんでるだけで何かをしている様子は無いが、今も王宮を黒く染めている元凶なのは誰の目にも明らかだった。



「どうします、旦那? この調子じゃあ、いずれ街中が不死者アンデッドで溢れかえっちまいますよ?」


「それが俺達に何か関係あるのか?」


「いや、まあ無いですけど……でも、旦那が出かけてる間に、あのバケモンがこっちに来たらどうすりゃいいんです?」


「俺があんな小汚い骨野郎にリディーナとイヴがいるここを襲わせると思ってるのか?」


「お、思いませんけど……」


「そういうことだ」


(いや、どういうことぉ?)



「あ゛ー」


 そこへ、小さな子供の不死者が門に歩いてくる。


 グシャッ


「おい、ブラン」


『なんスか、アニキ?』


「いや、何でもない」


 不死者とはいえ、子供を平気で蹴り殺すブランにレイは文句が出かけたが、他により良い対処法があるわけでもなく、言うのをやめた。



「あの骨……少しムカついてきたな」

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