第532話 冒険者VS現代兵士⑤

「いつの間に……」


 オニール大尉の前に現れたのは廃教会の地下にいるはずのバヴィエッダだった。

 

 バヴィエッダは、教会に残るとガーラに言いながら、一人抜け出して別行動を取っていた。


「あの場に残れば大勢が死ぬ。だけど、アタシが動けば犠牲は一人で済む……あのトマスって若いのには悪いが、仕方ないさね」


 バヴィエッダは異世界人を占えない。しかし、己や他人の行動の末を見て未来の予測は出来る。自分があのまま廃教会の地下で休んでいた場合と、戦いに出た場合では、生き残る人数に差があった。自分とガーラの死ぬ未来は視えなかったものの、バヴィエッダは自分が動くことを選んだ。


「アタシも歳かねぇ〜 自分達さえ無事なら他の人間がどうなっても気にしなかったもんだが……なんでだろうねぇ〜」



 既に傭兵達の部隊は壊滅している。残るは目の前の男達だけだ。バヴィエッダは、仲間の半数が死ぬ原因はこの男達だと確信する。



「何をブツブツ言っている?」


 オニールは、突如現れ独り言を呟く老婆を訝しげな目で見る。先程は部下に動く者は全て排除しろと言ったばかりだが、銃はおろか、手に何も持っていない年寄りをいきなり銃撃するほど追い詰められてはいなかった。


 部隊の殆どを失った今でも、オニールは自身の優位を疑っていないのだ。


 その理由は、オニール達が手に持つM134『ミニガン』にある。この大型の機関銃は、六本の銃身が高速回転して弾丸を発射する電動式ガトリングガンで、毎分2,000 ~ 4,000発という歩兵が携行する単銃身の機関銃を遥かに超える発射速度を持つ。使用弾薬は7.62x51mm NATO弾。その驚異的な連射速度を誇る機関銃の前では、人間など紙同然に粉砕される。

 

 M134は本来、その重量故に車両やヘリなどに搭載される固定武装である。銃本体だけで18kgもあり、作動に必要な大容量のバッテリーと多数の弾薬を加えると100㎏近くにもなる。到底、兵士が単独で携行できる兵器では無い。その上、実弾発射時の反動と振動は、人間の力で制御できるものではなく、手に持っての射撃は現実的には不可能だ。


 しかし、オニール達が装着している重装型の強化外骨格パワードスーツが不可能を可能にし、歩兵を装甲車両並の火力と防御力を備える兵器へと変えた。


 オニールが銃のレバーにあるスイッチを押せば、高速回転する六本の銃身から7.62x51mm NATO弾がバラ巻かれ、バヴィエッダは痛みを感じる間もなく粉々になるだろう。


 その自信故に、オニールは余裕の態度を崩さない。相手が未知の力を持つ人間だろうが、この装備の前には敵はいないと確信しているのだ。



「貴様、何者だ?」


「お前さん達はアタシ等が狙いじゃないのかい? 顔も分からない相手を殺りに来たとは笑えるさね」


「シマキョウコの関係者か。ならば遠慮はいらんな。だが、その前に一応聞いておいてやる。我々の目的はシマキョウコの命と『鍵』だ。大人しく引き渡すなら貴様の命は保証してやろう。応じる気はあるか?」


「フェーッ フェッ フェッ! 今から死ぬ人間と取引してアタシになんの得があるんだい?」


「言うではないか。武器も持たずに笑わせる。それとも魔術師というやつか? てっきり杖でも持ってるもんだと思ってたが、無くてもいいのか?」


 オニールはバヴィエッダを物語にある魔法使いをイメージして揶揄う。二人の距離は十五メートルも無いが、オニールのM134には既に弾薬が装填されバヴィエッダに向いている。この距離ではM134『ミニガン』に細かな照準など必要無く、数秒も掛からず指先一つでバヴィエッダを肉片に変えられる。


「アンタ達相手には必要無いねぇ〜 さあ、かかっておいで。ババアが相手をしてあげるさね」


 バヴィエッダは両手を広げ、掛かって来いと挑発する。その光景はオニールからすれば滑稽でたまらない。


「所詮は未開人か。知らぬというのは恐ろしいな。M134コイツを見て何も思わんとは……その余裕の表情が驚愕に変わるのが楽しみだ。まあ、ミンチになった後ではそれも叶わんだろうが……なっ!」


 オニールは、M134、通称『ミニガン』の始動スイッチを入れ、射撃スイッチに指を掛けた。


 モーター音が鳴り響き、六本の銃身が回転する。



 だが、オニールは魔術師が単独で姿を現す意味を分かっていなかった。



「痛ッ」


 射撃スイッチを押す寸前、オニールの足に突然痛みが走った。無視できない激痛に、オニールは思わず視線を下に向ける。


「「痛ッ!」」


 続けて二人の部下がオニールと同じように足に痛みを感じ、動きを止めた。


「痛っつ……なんだ突然?」


 部下の一人が痛みを感じた足を見ると、強化外骨格の装甲の隙間から這い出る極小の蛇が目に入った。


「なんだ……? 蛇? いつの間に……あぐっ!」


 突然胸を押さえて苦しみ、直後に大量の血を吐く。もう一人の部下も隣で同じように血を吐いており、二人共、その場に倒れ、動かなくなった。


「うぐっ……ババア……何を……ぐはっ!」


 オニールも耐えきれずに血を吐き、部下達に続いて地面に崩れ落ちる。


 目を見開いたまま、苦悶の表情で息絶えたオニール達。



「本当に、知らないってのは恐ろしいねぇ~」


 オニール達はバヴィエッダの召喚していた毒蛇『パルヴバイパー』によって命を落とした。ミミズ程の極小のこの蛇は、その小ささから気づき難く、成人男性を一噛みで即死させる超猛毒を持つ。反面、動きが遅く、子供でも潰せるくらい貧弱な為、通常戦闘では使えない暗殺に特化した召喚獣である。


 バヴィエッダが姿を現し、悠長に会話に付き合ったのも、パルヴバイパーを向かわせる時間稼ぎだったに過ぎない。



「異世界の武器と装備……これは良い贈り物になりそうだねぇ~ お会いするいい口実になるさね」


 バヴィエッダはオニール達の武器や装備を死体ごと魔法の鞄に仕舞った。



「はぁん! まお……レイしゃま! 早く会いたいさねぇぇぇ!」


 …

 ……

 ………


 オニール大尉率いる『エクス・スピア』の傭兵部隊を殲滅したジーク達は、亡くなったトマスを荼毘に付し、廃教会近くの墓地に埋葬した。


 トマスの墓に墓石は無い。しかし、こうして埋葬されるだけでも冒険者としては幸運なことだ。冒険者が依頼途中で死亡しても、仲間が遺体を持ち帰ることはしない。冒険者が依頼遂行中は魔素が濃い環境にいることが多く、死体が不死化する可能性があるからだ。大抵の場合は埋葬する余裕も無く、遺品を持ち出すだけでも精一杯の状況が殆どである。


 この場にいる冒険者達は皆、実績と経験のある高位冒険者だ。全員がそのことを当然に思っており、依頼中に仲間が死ぬことにも悲しくはあるが慣れている。


 しかし、日本の一教師でしかない志摩恭子は違う。


『聖女』の能力を持つ志摩恭子でも死者を生き返らせることはできない。また一人、自分の所為で人が死んだこと、自分の能力でもどうしようもない無力さに、志摩恭子は己を責めずにはいられなかった。


「そんな顔しないでくれ。廃墟でもこうして教会の墓地で眠れるなんて、トマスは幸せなんだぜ?」


 ジークは落ち込む志摩にそう声を掛ける。


「私は……そういう風には考えられません」


「俺達は護衛なんだ。これが仕事だ。その結果、命を落とすことになってもそれを承知で俺達はこの仕事を受けてる。依頼主を守る過程で死んじまっても誰も恨みはしない。自分を責めるのは勝手だが、誰も志摩さんの所為だなんて思っちゃいないぜ?」


「でもっ!」


「志摩さんは志摩さんの仕事をやり遂げることだけ考えてくれ。自分の生徒を説得して故郷に帰すんだろ? それができなきゃ、それこそトマスは犬死だ。逆に言えば、志摩さんが目的を果たせば今まで死んだ奴らも浮かばれる。そう考えればいい」


「……はい」


 …


 ジークをはじめ、エミュー、オリビア、志摩恭子とアイシャが黙とうを捧げ、ガーラとバヴィエッダはその後ろでその光景を見ていた。



 そこへ、血まみれの司祭服を着たセルゲイと、顔を青くした猫獣人ミーシャが現れる。


 セルゲイはトマスの墓に短く祈りを捧げると、ジークに振り向く。


「ここはオブライオン王都の暗部の拠点だったはずだ。暗部の者は?」


「誰もいなかった。食料の備蓄もあり、中は綺麗に保たれてはいたが数か月は無人だったようだ」


「全員やられたか……もしくは悪しき勇者に降ったか……」


「暗部の人間が女神様より勇者をとると?」


 港湾都市カーベルのミリアのことを知らないジークは、セルゲイの発言に疑問を呈する。幼少の頃より教会の暗部で育ち、選抜された異端審問官が裏切ることが想像できないのだ。


「お前も『ビョウイン』で見ただろう? 神への信仰を以って行う回復魔法以上の効果があの薬にはあった。それだけでも一般の者が心変わりするには十分な理由だ。それ以上の事象を目にしたなら、暗部の者でも信仰が揺らぐ可能性は十分ある。嘆かわしいことだがな」


 ジークは横目でエミューと志摩恭子を見る。腕と足の関節を折られたエミューは志摩恭子の能力で完璧に元の状態に治っていた。アリア教の信者ですらない志摩がアリア教の司祭以上の治療を行えるのだ。セルゲイの言わんとしていることは理解できる。


 そのエミューに気づき、訝し気な目を向けるセルゲイ。セルゲイの見立てでは、エミューは普通の回復魔法では完全な治癒が難しい怪我を負っていたはすだ。


「んん~? そこの娘……確か……」


「何、エロい目で見てんだ、おっさん!」


「なんだとっ!」


 エミューがサッと胸を隠すよう斜に構え、セルゲイを睨む。ナイフを突きつけられた自分を平然と見殺しにしたセルゲイの言動は忘れてない。


「それに、そこの女はなんだ? 若い女連れで任務とは、先任様は随分余裕がお有りのようで」


 ジークはセルゲイと共にいる猫獣人のミーシャを指差して言う。


「この娘は教育中だ」


「「教育中!?」」


 ジークとミーシャの声が重なる。


「レイ様に会いたいと大それたことを抜かすのでな。女神の使徒にお会いするにはそれ相応の教育が必要と思い、指導しておるのだ。レイ様にお会いするに前に立派なアリア教信者にしてやらねばな!」


「聞いてないにゃ!」


「むぅ?」


「むぅ? じゃねーよ! ……お嬢ちゃん、このおっさんはあぶねーし、ここから先は危険だから故郷に帰んな」


「オッサンがアブナイのは同意するにゃ。けど、お前には関係にゃい! つーか、お前もおっさんダロ!」


「なっ!」


 …


「おい、お前等。どうでもいいが、ここはもう安全じゃないんだ。さっさと移動するぞ」


 ガーラとバヴィエッダがジーク達に近づき、移動を急かす。『鍵』の存在を知っているジーク以外の者は、どこにいても安全ではないとは知らない。


「移動するって言ってもな……」


 ジークは王都の方向を見て呟く。黒い雲の発生源である王都に近づくのは危険と思われた。しかし、志摩恭子の目的である勇者との接触は王都に行かなければ実現できそうも無い。


「何を恐れておる?」


「あ?」


「あそこから異端の臭いがプンプンしておるではないか。異端審問官、いや、女神アリアの僕である以上、あれから逃げる理由などない!」


「本当、オッサンは頭がオカシイにゃ」


「ミーシャ! 何度言ったら分か……んん? そこのお主ら。異端の臭いが……」


 セルゲイはガーラとバヴィエッダを見る。


「だから、エロい目で見てんじゃねーよ、おっさん」


「見とらんっ! それに、小僧! ワシの方が先任だぞ! 口の利き方に気を付けろっ!」


(ここでガーラ達とおっさんがやり合っても戦力が半減するだけだ。まったく、面倒臭ぇーおっさんだぜ……だが、おっさんの言う事も一理ある)


「志摩さん、ここにいても何も変わらない。向こうから志摩さんの言うまともな勇者が来てくれれば別だが、その可能性には期待できない。王都に向かうのは危険だが……」


「……行きます」


 志摩は覚悟を決めた目でジークを見る。ここで引き返せばトマスは無駄死にだ。トマスだけではない。今まで志摩の護衛で命を落とした者全ての存在が、志摩に保身を許さなかった。



「ジーク……」


「なんだ? エミュー?」


「みんな、いなくなっちゃったよ……」


 エミューはポツリと小さく呟く。『クルセイダー』はこれでジークとエミューの二人だけになってしまった。


 グシャグシャ


「ちょっ!」


 掛ける言葉がすぐに見つからなかったジークは、エミューの頭を強引に撫でて誤魔化した。


「今は考えるな。全ては依頼が終わった後だ。いいな?」


「……うん」


 …


「そう言えばオッサン! ここにレイって男がいるんじゃにゃかったのかよ!」


「ここにいるとは言っておらんぞ? レイ様は王都におられる。だが、お前はまだまだレイ様に相応しいとは言えん。女神様の教えをもっと学ばなければな!」


「あんな拷問を学んでどうするにゃ!」


「拷問では無い! 審問だ!」


「一緒にゃ!」


「むぅ……まだ教育が足らん――」



「おい、おっさん。行かねーんなら置いてくぞ!」


「小僧っ! 置いていくとはなんたる言いぐさだ!」


 …


「(ババア、どうする? このオッサン、危険だぞ?)」


「(元異端審問官。それも単独で自由行動が許された者なら相応の実力があるってことさね。しかも、レイ様と関係がある様子……敵対するのは止した方がいいねぇ)」


「(ちっ、レイ様……か)」


「(お前もお会いすれば分かるさね)」


「あーそうかい」



 それぞれが様々な思いを抱えつつ、一行はオブライオン王都に向かった。

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