第531話 冒険者VS現代兵士④
アルファ小隊の小隊長の背後、廃教会の入口にいつの間にか小太りの男が立っていた。
(ッ! この俺が気配に気づかなかっただと?)
小隊長は即座に振り向き、SCARの銃口を男のシルエットに向け、引金を引いた。
ドブッ ドブッ ドブッ
放たれた銃弾は鈍い音を発し、男には届かない。
「なん……? 水?」
男の前には分厚い水の壁があり、銃弾を止めていた。その奇妙な現象に小隊長は目を見開く。
(ファンタジー……マジックってやつかっ!)
「その奇怪な格好と女神に唾吐く行為、異端確定である! 女神アリアの名において、その代行者である異端審問官セルゲイが、貴様を異端審問に掛ける! 覚悟しておけっ!」
「異端者って断定してるのに、審問するにゃんておかしいにゃん」
「黙らっしゃい!」
セルゲイの背後から白髪の猫獣人の女が顔を出し、セルゲイにツッ込む。
「殺せ!」
小隊長は部下に二人の射殺を指示する。水の壁に銃弾が通らなかったのは承知の上だ。部下三人に牽制の銃撃をさせ、腰のポーチから取り出した破片手榴弾を投げ入れるタイミングを計る。
シュパパパパパ
三人の傭兵がセルゲイ達に向けて一斉に射撃するも、先程と同じように水の壁に阻まれる。その間、セルゲイとその後ろにいる女は動かない。
「
小隊長は破片手榴弾を投げ入れる。黙って放らないのは味方に損害を出さない為だ。無言で勝手に手榴弾を投げれば、それを知らない味方も爆発の影響を受けてしまう。映画のように味方だけ被害を受けないということは無いのだ。
小隊長の合図と共に、部下三人は頭の中でカウントし、爆発の直前で身を隠して防御姿勢を取る。
ドォン
廃教会の入口で破片手榴弾が爆発し、破片が広範囲に飛散する。傭兵達は各々回避行動を取り、爆発の影響を受けるようなヘマはしない。
だが、その行動は大きな隙を生むことになる。
破片手榴弾の爆発はセルゲイの『水壁』に衝撃が吸収され、飛散した破片も水の壁を貫くことは出来なかった。
「ワシの『水壁』を貫けんようでは大した攻撃では無いな! やはり、神を信じぬ者には――」
「にゃ~ん」
セルゲイの勝ち誇った呟きを無視して、猫獣人がするりと教会内に侵入。傭兵達の側面に回り込んだ。
「こら! ミーシャ!」
ミーシャと呼ばれた猫獣人は、異様なほど身を低くして傭兵の一人に急接近する。夜目が効く獣人の目には室内の暗さは苦にもならない。また、獣人の身体性と柔軟性は普通の人間とは一線を画し、その動きを捉えることは容易ではない。
そして、自在に伸縮できる鋭利な爪は鉄にも劣らぬ強度を持つ。
ヒュン
身を低くして爆発からの防御姿勢を取っていた傭兵の一人は、立ち上がると同時に首を切り裂かれた。
ブシュー
傭兵の首から夥しい量の血が噴き出す。
慌てて傷口を押さえるも、頸動脈に達した傷は手で押さえたぐらいでは出血の勢いは止められない。あっという間に大量の血を流し、傭兵は為すすべなくその場に膝を着いた。
「にゃにゃ~ん」
傭兵の一人を瞬殺したミーシャは続いて次の傭兵に狙いを定めた。
「バケモンが!」
自分の腰よりも低い位置で左右をジグザグに跳ねながら高速で接近するミーシャ。人間離れしたその動きは、傭兵達が今まで経験したことのない動きだ。
ミーシャに狙われた傭兵は銃の照準を合わせる間もなく接近され、狂ったように銃を乱射するも、ミーシャには当たらない。
瞬く間に接近を許し、先程の傭兵と同じように首を切り裂かれた。
ブシュー
再度、教会内に血の噴水が現れ、ミーシャの光る眼光が残る傭兵の一人に向く。
カランッ
小隊長はミーシャと残る部下の間に閃光手榴弾を転がす。今回は部下への合図も無く、部下諸共だ。破片手榴弾とは違い閃光手榴弾に殺傷能力は無い。一時的に行動不能に陥らせ、ミーシャを仕留めるつもりだ。
バンッ
眩い閃光と爆音が室内に響く。閃光手榴弾を放った小隊長だけは爆発のタイミングに合わせて目を瞑り、爆音は装備しているヘッドセットのイヤーマフが自動でカットされている。
閃光で焼き付いて使い物にならなくなった暗視ゴーグルを外し、小隊長は目と耳をやられて蹲るミーシャにSCARの照準を合わせる。
―『水牢』―
がぼっ
セルゲイの放った水の塊が小隊長の全身を包む。
(み、水!? 何故……?)
「ふっ、使徒様にご教授いただいたこのセルゲイにはその筒の攻撃は効かん! 光と音のコケ脅しなんぞ、防ぐことは容易いわ!」
水の属性魔法を得意とするセルゲイはレイの実験に付き合わされたことがあり、水の密度を高めることで爆弾の爆発に耐えられるかを試されたことがあった。その際の試行錯誤により、セルゲイの『水壁』はライフル弾から近距離の爆発にも耐え、形状を変えれば爆発音や衝撃もカットできるものになっていた。閃光手榴弾の存在を知っていれば、その効果を最小限に止めるのはそれほど難しいものではない。
セルゲイに動く気配が無く、それに武器らしい武器を持っていなかったことで無意識に脅威度を下げていたこと。それと魔法をよく知らないままこの世界の強者と戦ったことが小隊長の敗因だ。
セルゲイにとって室内にいる傭兵達は全員が射程距離に入っている。その気になれば全員をその場で攻撃することが出来たのだ。無論、その際は『水壁』を解除しなくてはならないが、そんなことは傭兵達が知る由も無い。
「レイ様の言っていたとおり、筒を投げる際は本当に無防備だな。それにしても……」
「はにゃにゃぁ~」
閃光で目をやられ、爆音で耳が聞こえなくなったミーシャ。五感が人間より優れている獣人に閃光手榴弾は効果てきめんだ。
「なんとも情けない。ミーシャ、お主はワシが女神の使徒の下僕として立派にお役目を果たせるよう鍛えてやる! ……と、その前にもう一人、異端者が残っておったな」
セルゲイは残った最後の傭兵に目を向ける。傭兵は不意の閃光手榴弾の爆発にも小隊長と同じ装備で爆音は届いておらず、暗視ゴーグルはブラックアウトしたものの、閃光は直視していない。復活は早かった。
「お前等、動くんじゃねぇ! その訳の分からないファンタジーを解除して隊長を解放しろ! でなけりゃあ、この小娘を殺すぞ?」
傭兵は軍用ナイフをエミューの喉元に突きつけ、拳銃をセルゲイに向けていた。
「ふぁんたじー? 訳の分からん言葉を使いおって! この異端者がっ!」
セルゲイは警告を無視してずかずかと傭兵に歩いていく。
「近づくんじゃねぇ! 聞こえねーのか!」
「その娘が死んでも女神様の元に召される! 喜んで命を捧げるだろう! だが、異端者! 娘を殺せば貴様はそうはならん! このセルゲイが冥府へ送ってくれる!」
「イカレてやがんのか?」
人質など全く意に介さず、どんどん距離を縮めてくるセルゲイに、傭兵は即座に人質作戦と小隊長の解放を諦め、セルゲイに向けた銃の引金を引いた。
パァン
ドボッ
「さっきの光景を見てなかったのか? そのような豆粒がこのセルゲイに効くか! たわけがっ!」
「なっ!」
いつの間にか『水壁』の魔法を再度展開していたセルゲイに驚く傭兵。しかしそれも一瞬。それよりナイフを握る手をエミューに掴まれていた。
「……え?」
グシャ
身体強化を施したエミューの力は、あっさり傭兵の手を潰した。
「おあがっ!」
「フーッ フーッ トマスの仇っ!」
エミューは握り潰した傭兵の手を離さず、強引に傭兵の手にあったナイフごと傭兵の胸に向けた。片腕とはいえ、その力は傭兵の想像を超えた力だ。
「うぐぐっ! このアマぁ、なんて馬鹿力……」
エミューの力に抗えず、慌てて拳銃を放して両腕の力でナイフを止める。
が……
ドカッ
「さっさと冥府に落ちんか、異端者め!」
ナイフの底をセルゲイが踏み、エミューを後押しする。
「おが、や、やめ――」
「あの世で改心するがよい!」
ズブッ
「はおっ おあっ」
ナイフの刃が少しずつ傭兵の胸に刺さっていく。野戦装備は数日に及ぶ行軍に必要な食料や水、武器弾薬を携行する為、重量のある防弾装備まで身に着ける余裕のある兵士は殆どいない。
それに加えて、動きやすさと快適さを優先し、傭兵達は軽量のタクティカルベストを選んでいた。ベストは頑丈だが、防弾機能も防刃機能も無い。ナイフの刃を止めることはできなかった。
「か……」
ナイフが心臓に達し、傭兵が絶命したのを確認し、セルゲイは腕と足の骨を折られ腫れ上がったエミューを見る。
「惨いことを……だが、安心せい。ワシは司祭の資格を有しておる。使徒様ほどでは無いが回復魔法で治療しよう。 ……だが、その前に」
セルゲイは『水牢』の魔法を解除し、溺れて意識を失っていた小隊長を水の塊から解放する。
「オッサン、なんで殺さにゃいの?」
「正気に戻ったかミーシャ。それと、オッサンではない! セルゲイと呼べと何度も言っておるだろうがっ!」
「オッサンはオッサンにゃ」
「くっ、まあいい。この異端者は審問に掛けねばならんからな。殺してしまっては出来んだろうが!」
「相変わらず頭がオカシイにゃん」
「黙らっしゃい!」
「おっさん……」
「おっさんではないっ! セルゲイと何度……なんだ、小僧か」
セルゲイは教会の入口に立つジークを見てつまらなそうな顔をする。
「小僧じゃねぇよ。なんでおっさんがここにいんだよ?」
「小僧、ワシが元異端審問官というのを忘れておるのか? この場所を知らぬわけがないだろうがっ! 任務の前に祭壇で祈りを捧げるのは当たり前だ! それに、ワシの方が先任だぞ! 言葉に気をつけろ! 使徒様に褒美を戴いたからといって調子に乗りおって!」
「いい加減しつこいぜ。だが今はそれに付き合う気分じゃない」
ジークはセルゲイを無視して倒れているエミューとトマスの元に走った。
「やれやれ。……こちらはこちらで審問をはじめるか。来い、ミーシャ! お前にも神の裁きというものを教えてやる!」
セルゲイはミーシャの襟首を掴み、小隊長と共に引き摺って教会を出て行った。
「は、離すにゃ! あんなのただの拷問……見たくにゃいにゃぁあああ!」
…
……
………
「アルファ小隊も通信途絶……くそが」
重装型の強化外骨格を装着したオニール大尉。手には銃身が六本束ねられた巨大な銃『M134』を持ち、背中にはドラム缶のような大きな弾薬ケースを背負っていた。
「「隊長……」」
随伴する二人の部下がオニールに不安そうな顔を向ける。部隊は壊滅したと思われ、普通なら撤退すべき状況だ。
しかし、オニールにその選択は取れない。プライドでは無く、任務失敗後にどうなるか、無事に地球に帰れる保証がないのだ。当初からそのことは分かっていたが、失敗する可能性を低く見積もっていたことと、この未知の世界の魅力の前に目を瞑っていた。
地球の軍人、少なくとも士官であれば、未知の世界の魅力的な価値にすぐに気づく。それが未開の土地であれば、そこに眠る資源は膨大なはずであり、金持ちになれるどころの利権では無い。この世界の存在、情報だけでも破格の価値があるのだ。一億ドル相当の金塊など些細なものだった。胡散臭い九条彰の依頼をオニールが受けたのもそれが理由である。
この世界の情報だけでも地球に持ち帰らねばならない。傭兵としての野心と、元米国軍人としての性質がオニールの行動を決めていた。
「作戦は殲滅に変更し、任務は続行する」
「「りょ、了解」」
標的である志摩恭子諸共、敵を皆殺しにし『鍵』は探知機を元に地道に探すことを選択するオニール。
「非効率だが仕方ない。城と遺跡に残した部隊に応援も呼べんしな。……僅か十数キロの通信もままならんとは」
傭兵達の使用している無線機は近距離用であり、長距離通信は出来ない。衛星を利用したGPSなども使用できない為、最新の現代戦に浸かった兵士達は部隊としての作戦行動力は半減していると言ってもいい。それにも関わらず、依頼を請け負い、作戦を強行したのは相手を未開の人間と侮っていたからだ。
その侮りが未だ抜けていないのをオニールは気づいていない。
「殲滅戦だ。お前達も重火器を装備、動く者は全て排除しろ」
「「了解!」」
「フェッ フェッ フェッ 男ってヤツはどうしてデカイ得物を持つと気が大きくなるのかねぇ~?」
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