第530話 冒険者VS現代兵士③

「補給完了〜っと」


 五人の傭兵達の遺体から拳銃用の弾倉を笑顔で抜き取ったオリビア。


 その様子をジークは不思議そうな顔で見ている。


「それ何だ?」


「別に何だっていいでしょ……ってか、アンタ大丈夫なの? 結構な大怪我だったと思うけど、なんでそんな動けんのよ?」


 ジークの太腿にはおびただしい血の痕が残るも、穴が空いた服の下は綺麗な肌が見えていた。オリビアの知る魔法や回復薬の効果では説明がつかない回復速度だ。


「まあ、冒険者の暗黙の了解ってことで」


 はぐらかすジーク。元々が明るい金髪で目立たないが、ジークの髪にはオリビアと出会った当時よりも白髪が増えている。自分の切り札とそのリスクは知られて良いことなど一つも無い。


「ふ〜ん」


 それはオリビアも同様だ。闇の属性魔法が使えるということは勿論、銃に関しても詳しく説明する気は無かった。


 お互いに深く詮索することをしないのは冒険者という理由だけでなく、二人の性質からである。冒険者を隠れ蓑にした異端審問官と、単独でスパイ紛いの活動をしてきた若い女。人にベラベラ話すような者達ではない。両者共、そのように軽い調子の者に見えるが、肝心なことは話さないしたたかさを持っていた。


 そのことをお互いが察している二人。



 しかし、ジークは傭兵達が手に持つ『銃』が気になっていた。この世界の者にとって銃は未知の武器だ。形状からその特性まで、この世界に類似するものは無く、異質と言える。それを慣れた手つきで扱うオリビアにも疑問を感じていた。


「ひょっとして、お前も異世界人じゃないだろうな?」


「はぁ?」


「いや、無いな」


「くっ! なんかムカつく!」



 ボォン



 突然、小さな爆発音が二人の耳に入る。


「教会の方?」

「別動隊がいやがったか!」


「アイシャっ!」

「ちっ!」


 二人はすぐに廃教会へ走りだした。


 …


 暫し前。


「こちららアルファ小隊。突入します」


 内側から家具類が積み上がり、塞がれた廃教会の扉に爆薬を仕掛けたアルファ小隊は、無線で部隊長にそう報告すると、部下にハンドサインで合図を送る。ブラボー、チャーリー小隊の無線が途絶し、本来なら撤退すべき事態だが、部隊長のオニール大尉は作戦の続行を指示していた。



「(3、2、1、爆破エクスキュート)」


 扉を吹き飛ばし、直後に閃光手榴弾を教会内に投げ込むアルファ小隊の傭兵達。手榴弾の爆発直後に部屋に突入し、素早く標的を捕捉する室内戦のセオリーどおりの行動だ。


 傭兵達はすぐに奥で項垂れているトマスを発見、消音器サプレッサーを装着した自動小銃SCARを単射モードで即時発砲する。


 パシュッ パシュッ


 部屋の隅にいたトマスの肩と足を狙い、正確に銃弾を叩き込んだ傭兵。その気になれば頭部に当てることも出来たが、命令は無力化であり標的と鍵の特定が優先事項だった為、即死はさせない。


 トマスの後ろには、トマスと同じように閃光手榴弾で目と耳をやられ、蹲るエミューの姿があった。


 銃口をエミューに向けながら近づく傭兵達。


「確保」


 エミューを銃で狙っている傭兵とは別の者がエミューの腕を掴んで引き摺り倒す。


「あうっ!」


 なすすべなく傭兵達にされるがままのエミュー。実力に関係無く、突然、眩い光と爆音に晒されれば、どんなに屈強な者でもすぐには動けない。


 例外は、その攻撃に慣れている者と、予め攻撃を予測して備えていた者だけだ。


志摩恭子標的ではありません」


 西洋人の顔立ちのエミューを見て、傭兵は標的の志摩恭子ではないと確認。首を横に振って小隊長に合図する。


「「「クリアッ!」」」


 部屋にはトマスとエミュー以外に人影は無いことを確認し、二人の無力化と共に室内を確保したことを報告する。


 アルファ小隊の小隊長は、安全が確認された室内で、探知機を取り出し画面を見る。


「『鍵』はこの建物内にあるのは間違いない。どこかに地下室があるはずだ。標的も隠れてるかもしれん。その二人は拘束して捜索しろ」


「男の方はどうしますか?」


 トマスはすでに血が止まっている吹き飛ばされたつま先とは別に、肩と太腿から出血している。止血をしなければいずれ死ぬだろう。治療を行うかどうか、傭兵は隊長の指示を仰ぐ。


「放っておけ。捕虜は一人で十分だ」


「了解」


 傭兵達はエミューとトマスの武器、長剣や短剣を奪うと、樹脂製の手錠を取り出し、二人の両手を後ろ手で縛る。傭兵達が使用しているのは米軍や警察などで使用されている簡易手錠だ。使い捨てで金属製の手錠と比べて軽量で結束バンドのように強力に固定できる。


 エミューとトマスは両手を縛られ、部屋の隅に転がされた。


 しかし、ここは地球では無い。魔法を行使する者には魔封の素材以外での拘束は無意味だ。それを彼達は理解していない。


 銃弾を受けたトマスをエミューが回復魔法で治療していることに、傭兵達は誰も気づかなかった。


 …


「(エミュー、もういい。後は自分でやる)」

「(でもトマス、血を止めただけだよ?)」


「(十分だ)」


 縛られながらも、トマスは銃弾を受けた足に集中して回復魔法を己に施し、肩の傷は無視した。片腕が無事ならそれでいい、後は撃たれた足が動けば片足でも十分だった。


 廃教会内を捜索中の傭兵の一人が、エミューとトマスの様子に違和感を覚え、捜索する手を止め、二人を注視する。


(傷が治ってる……?)


 目を見開いて驚いた傭兵は、すぐに銃を構えて二人に近づいた。


「おい、お前等何してるッ!」


 近づいて来た傭兵が間合いに入った瞬間、トマスは身体強化を施し樹脂製の簡易手錠を引き千切り、片足で地面を蹴って素早く接近。向けられていた銃口を掴んだ。


「ッ!」


 樹脂製とはいえ、軍や警察で使用される簡易手錠を引き千切るなどどんなに屈強な者でも不可能だ。身体強化魔法を知らない傭兵は、一瞬何が起こったか理解出来なかった。しかし、すぐに我に返り、掴まれた銃の引金を無意識に引こうと指に力を入れる。


 だが、傭兵が引金を引く前に、自動小銃の銃口があらぬ方向へへし曲げられた。


「は?」


 最新の軍用銃といっても、所詮は工業製品である。最新の設備で強度のある金属を加工しても、銃の構造上の脆弱性は消えない。身体強化に長けた者が全力を出せば、中が空洞になっている銃身を曲げることなど剣を折るより容易いことだった。


 地球ではあり得ない現象に再び唖然とする傭兵。


 トマスは掴んだ銃身を力任せに引っ張り傭兵から銃を奪うと、そのまま傭兵の頭上に振り下ろした。


 ゴシャ


 SCARが傭兵のヘルメットに当たり鈍い音が響く。銃はひしゃげ、ヘルメットが僅かに陥没する。その攻撃はヘルメットを破壊するには至らずとも、頭に伝わる衝撃は防げず、目の前の傭兵を行動不能にするには十分だった。


 頭からは勿論、目や耳、鼻から血が噴き出した傭兵は、力無くその場に沈んだ。



 小隊全員の目がトマスに向く。


「FUCK! 撃て! 撃ち殺せ!」


 瞬時に状況を理解し、トマスの射殺を命じる小隊長。


 四人の傭兵達が一斉に銃口をトマスに向け、引金を引く。仲間を殺されたことで、傭兵達に躊躇は一切無い。


 トマスは近くにいる傭兵に向けて床を蹴って移動するも、四方からの銃撃を全身に受け、血塗れとなって崩れ落ちた。


 トマスの行動は無謀以外のなにものでもないが、暗い室内でも傭兵達は暗視ゴーグルにより自分達が丸見えであることが分かっていなかったことが大きかった。片足でも暗い室内なら一人づつ倒せると判断を誤ったのだ。



「トマスぅーーー!」


 エミューが悲痛な声で叫ぶも、その声は銃声に掻き消される。傭兵達は弾倉が空になるまで執拗に銃弾をトマスに叩き込み、ピクリとも動かなくなったトマスを見て、悠々と弾倉の交換作業に入った。


「くそが。舐めたことしやがって」

「馬鹿な奴だ。大人しくしてりゃいいものを」

「やられたコイツもコイツだ。油断してんじゃねーっての」


 口々にトマスとトマスに殺された同僚を罵る傭兵達。


 フー フー フーッ!


 トマスを惨殺され、目から涙を流しながら傭兵達を憎悪の目で睨むエミュー。


「女。お前も動くな。殺されたいのか?」


 小隊長がエミューに銃口を向け、警告する。


「うわぁぁぁーーー!」


 警告を無視し、エミューも身体強化で手錠を引き千切ると、正面の小隊長に襲い掛かった。


「馬鹿が」


 小隊長は素早くエミューに向けていた自動小銃を回転させ、銃底ストックでエミューの顎を打ち付ける。その身のこなしは並ではなく、近接戦闘に秀でた者の動きだ。


「流石隊長。元グリーンベレーは伊達じゃないっすね~」


「人の昔の所属を軽々しく口にするな馬鹿者。気を抜いてると次はお前が死ぬぞ。ブラボー、チャーリーの二小隊と無線が繋がらないのを忘れたのか?」


「す、すみません」



「まあいい、……小娘だがハンドカフを引き千切るようなゴリラだ。手足を折っておけ」


「了解」


 元特殊部隊出身の小隊長は部下を叱責すると、昏倒させたエミューの無力化を指示する。鍵が見つからなかった場合に備えて、エミューを尋問する為に敢えて殺さなかったが、標的である志摩恭子の居場所とその鍵の確認ができれば、全員を殺しても問題は無い。エミューを生かしておくのも情報を得る以外に無く、最悪死んでも構わなかった。


 意識の無いエミューに傭兵が近づき、腕を引っ張る。


「悪く思うなよ?」


 ボギッ


「ぎゃあああーーー!」


 激しい痛みでエミューの意識が覚醒する。


 折られた腕を押さえ、蹲るエミューに傭兵は足を振り上げた。


 ゴリッ


「あ゛ぁぁぁあああ!」


 エミューの膝を容赦なく踏み砕いた傭兵。


 戦場では女だから子供だからといって手加減すれば自分達が殺られる。戦場にいるのなら性別や年齢は関係無いのだ。無抵抗な一般人や難民ならともかく、武器を持ち、襲って来るような者なら敵として対処されるのは当然である。拘束できない敵の手足を折ることは兵士達にとって非道でもなんでもない。即座に殺さないだけでも十分人道的とさえ傭兵は思っている。



 エミューの悲鳴が教会内に響き渡る。


「黙らせますか?」


「仲間がいれば誘われて来るだろう。叫ばせておけ。お前達は捜索に戻れ。警戒は怠るなよ?」


「了解です」


 叫ぶエミューを放置し、小隊長は部下に捜索の続行を指示する。


 廃教会の中は、今にも朽ち果てそうな外観に反して、手入れがされていたのか、室内は整然としている。しかし、志摩恭子とアイシャ、それとバヴィエッダが隠れているであろう地下への通路は、異端審問官が利用する拠点だけあって、その擬装は簡単には見破れない。



 傭兵達が室内を調べている間、アルファ小隊の小隊長は、一際綺麗なまま保たれている女神アリア像と祭壇にあるアリア教のシンボルを見る。


「ふんっ、異教の神か……くだらん」


 女神アリアが唯一の神であるこの世界と違い、地球では自分の信じる神、宗教と異なるものに、敵対的な言動や思想を抱く者は珍しくない。様々な神がいると当然のように考え、異なる宗教にも柔軟な思考を持つ日本人の宗教観は世界的に見れば稀な価値観である。


 ペッ


 アルファ小隊の小隊長は、自身が信じる神とは異なる宗教に嫌悪を露わにし、唾を吐いた。




「貴様、異端者だな?」

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