第529話 冒険者VS現代兵士②

 瞬く間に『エクス・スピア』のチャーリー小隊を殲滅したガーラは、影から影へと移動し、ジークを狙撃したサミーのすぐ側まで接近していた。


「ッ!」


(なっ! なんでそこにいやがるっ! バグってんのか!?)


 突如、付近に表れたロックオンのカーソルに驚くサミー。


『狙撃手』の能力を持つサミーの眼には、捉えた標的がマーキングされ、どこにいようと表示される。五百メートル先にあったはずのガーラの表示がいきなり近くに表れ、サミーは自身の能力を一瞬疑う。


 妖精と契約した者の力は、この世界の人間からしても一般的ではなく、同系種族のエルフであっても知る者は殆どいない。影から影を移動するなど、現代人であるサミーには想像すらできないだろう。



 次の監視ポイントに移動中だったサミーは、走りながらガーラのカーソルに狙撃銃を向けるも、カーソルは瞬時に別の場所に移動してしまう。


(FUCK! 一体どうなってやがるっ?)


 瞬時に移動するカーソルに翻弄されるサミー。カーソルは徐々に、そして、確実にサミーに迫って来ていた。



―『おい、サミー! 応答しろ!』―


 部隊長のオニール大尉から無線が入る。


「こちらサミー。現在敵と交戦中。えらく素早い女です。しばらく無線は切りますよ」


 そう答え、サミーは無線機を切って目の前の敵に集中する。



 カーソルの位置がサミーの正面に表れた。しかし、そこに人の姿は無い。カーソルは大きな木の影部分を示しているだけだ。


「?」


 木の影からガーラが僅かに顔を出し、そしてすぐ影に潜った。


(ひょっとして、影の中……を移動してんのか? あり得ねーだろっ!)


 不思議な現象にサミーは足を止め、暫し呆然とする。


 その瞬間、カーソルが自身の真下に表れ、両足が僅かに沈んだ。


「おわっ!」


 咄嗟に飛び退き、影に引き込まれるのを回避したサミーは、猛然と走り出した。



 森を駆けながら、影に注意し思考を切り替えるサミー。


(信じられねーことだが、あの女が影を利用してるのは確定だ。俺自身の影もヤバイ。だが、何故、一気にケリをつけない? そんな真似ができるなら俺を殺れるチャンスはいくらでもあったはず……遠距離攻撃の手段は無い? それに他にも何か弱点があるな)


 サミーはガーラの能力を冷静に分析し、対処しようも無いと思われる能力にも制限があると考え、対策を練る。仮にサミーが『狙撃手』の能力を得ていなければとても冷静になどなれていなかっただろうが、自身もファンタジーの力に触れているからこそ思考を切り替えられたのだ。


 そして、サミーの思ったとおり、ガーラの影を利用する能力にはいくつか欠点があった。その一つは影の中には空気が無い為、長時間の潜航はできないこと。もう一つは、移動する影は利用できないことだ。


 つまり、サミーが走り続ければ、サミー自身の影に引き込まれることはない。



 しかし、そんな弱点をすぐに看破できる訳も無く、サミーは開けた場所に来ると、意を決して足を止めた。


 点在する影間をガーラが移動して迫ってきていることをカーソルで確認し、サミーは狙撃銃を背中に回す。


 サミーのもつ新型の狙撃銃、バレット社のボルトアクション式狙撃銃Barrett MRAD(Mk22)は、消音器サプレッサーを含めて銃の全長が百四十センチ近くある。狙って撃てば細かな調整など必要無しに当てられる能力を持ってはいても、近距離では取り回しし難く、反応が遅れてしまうからだ。


 狙撃銃を背中に回したサミーは、腰のホルスターからSIG SAUER社製P320と軍用ナイフを抜いて構える。


 アメリカ海兵隊の兵科の一つ、『前哨狙撃兵スカウトナイパー』は、狙撃任務以外に、偵察・斥候・観測なども目的とした狙撃兵である。通常の狙撃兵との違いは、一般的な狙撃兵が、遠距離の目標を狙撃するのが主任務なのに対して、前哨狙撃兵は狙撃のみならず、隠密行動で目標に接近、観測や偵察を行う点である。高い野戦能力が要求され、サバイバル技術は勿論、少数で敵地に潜入する任務の性質上、ナイフ格闘など近接戦闘能力も必須事項だ。逆に言えば、狙撃しか出来ない者は前哨狙撃手にはなれない。


 米海兵隊の前哨狙撃手だったサミーは、狙撃だけの兵士ではない。初弾を装填した拳銃P320を右手に持ち、左手には軍用ナイフを逆手で握って近接戦に切り替え、ガーラを迎え撃つつもりだ。


(かかってきやがれ。ブチ殺してやる)


 神経を研ぎ澄ませ、サミーは注意深くカーソルの出現位置を観察する。


『狙撃手』の能力は狙撃銃限定ではない。拳銃でもその能力は十分発揮できる。近接戦では寧ろ、取り回しがいい分、拳銃の方が使い勝手がいい。P320の使用弾薬は9mmパラベラム弾。拳銃弾とはいえ、人を殺傷するには十分な威力がある。


 サミーの足元にカーソルが移動し、両足が再度沈む。


 瞬時に影から飛び退き、サミーは足元の影にあるカーソルに向かってP320の銃弾を撃ち込んだ。


 ドンッ ドンッ ドンッ


 放たれた銃弾は地面にではなく、影の中に吸い込まれる。


「はっ! やはりな! 俺が沈むってことはも出入りできるってことだろーが!」


 確信があった訳ではない。だが、サミーの銃弾は影の空間に侵入し、中に潜んでいたガーラに届いていた。



「……」


 腕から血を流し、傷口を押さえたガーラが別の影から姿を現した。


「タネがわかればどうということもない……しかしこいつは驚きだ。とんでもねぇホットな女じゃねーか」


 被弾したガーラが姿を現したことで、サミーは自身の優位を確信する。再度自分が影に引き込まれても、相手の位置がカーソルで表示されるサミーの能力があれば回避や攻撃が可能だ。能力の性質が分かった今、サミーがガーラを恐れる理由は無くなった。それに、ガーラの類まれなる美貌と豊満な身体。そしてその若い姿がサミーの油断を後押しした。


 だが、サミーは目の前のダークエルフが二百年以上を生きている戦士だとは夢にも思っていない。


「観念して出てくるのは潔い……が、悪いな。捕虜にする気はねーな」


 サミーは拳銃をガーラに向けて引金に置いた指に力を入れる。


 が、その指は小刻みに震えて動かない。


「ゆ、指が……」


 ガーラは降伏する為に姿を現したのではない。能力の一端を見抜かれ、次なる一手の為に出てきたのだ。ガーラは姿を現すと同時に闇の属性魔法『麻痺』を放っていた。


「な……ん」


「こんなにあっさり掛かるとは。まるで子供並に抵抗力が無いな」


「待っ――」


 プシュッ


「おぼっ」


 サミーの足元から鋭利な刃物状の影が伸び、サミーを股から胴を貫いた。



「……クソ弱い」


 …

 ……

 ………


 一方。


 同じ手口で続けて二人目を虜にし、あっさりもう一人の傭兵を殺したオリビアは、残った傭兵達から激しい銃撃を受けていた。


「あの女が何かしてやがる! もういい! 撃て! 撃ち殺せ!」


 オリビアを危険と判断したブラボー小隊の隊長は、部隊長の命令を無視してオリビアを始末する指示を部下に飛ばす。


 太陽は黒い雲に覆われ、暗い森の中だが傭兵達の暗視ゴーグルはオリビアの姿をはっきり捉えている。奪った拳銃を手に木陰に身を隠したオリビアを回り込み、ブラボー小隊の隊長はオリビアの眉間に照準を合わせた。


(死ね――)


「あばっ」


 突如発生した眩い閃光と共に、小隊長の胴体が二つに分断される。構えていた自動小銃アサルトライフルの銃口はあらぬ方向に火を吹き、やがて小隊長の息の根と共に沈黙した。


 閃光は流星のように周囲を駆け抜け、オリビアを囲む残る二人の傭兵を瞬く間に斬り裂いていった。


 辺りに動く者がいなくなり、眩い閃光を放つ者は足を止める。


「ふぅー……おい、オリビア。無事か?」


 白炎が収まり、ジークの姿が露わになる。


「ジ、ジーク? アンタ、なによそれ? 魔法?」


「まあ、そんなとこだ。礼ならいらんぞ? だが、惚れるなよ?」


「アンタ、速攻でやられてたクセに何言ってんのよ。惚れるわけねーし!」


「あっそ……まあ、助けはいらなかったみてーだし、カッコつけすぎたか?」


 ジークは二つの死体とオリビアの持つ銃を見る。


「何よ? 欲しけりゃそいつらの持ってけば?」


「お前、それ使えんのか?」


「まあね~」


 オリビアはそう言いながら、死んだ傭兵達の腰から予備の弾倉を抜き取り、そそくさと懐に仕舞っていく。


「弾、弾、弾~♪」



「タ、タマ?」

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