第528話 冒険者VS現代兵士①

 ビシッ


「は?」


 空気を切り裂く音が一瞬、突然ジークの太腿に穴が開き、腿の裏から血が噴き出した。何が起こったか分からぬまま、ジークはその場に崩れ落ちる。


「「「ッ!」」」


 その光景を見て、ガーラは即座に自分の影に潜り、オリビアは建物の裏に身を隠した。


 エミューはジークに駆け寄り、トマスは長剣と盾を構えてジークを庇うように前に立つ。


 …


(んー 釣れたのは二人だけか……消えた二人は志摩恭子教師じゃないな。動きがいい)


 ガーラとオリビアの咄嗟の反応に感心するサミー。狙撃任務といってもその目的は様々だ。一発で仕留めなければならないシビアなものから、殺さず負傷させるに留めるものまで状況に応じて狙撃の内容は変わる。


 敵を殺さず負傷させるのは、負傷した者を助ける人員を部隊から割く為だ。殺してしまえば敵部隊の欠員は一人だけだが、負傷に留めた場合、一人または二人の人員を負傷者の為に部隊から割くことができる。どんな軍でも負傷者は見捨てない。それがどんなに重傷でも、見捨てれば兵士達の士気に関わるからだ。


 一発の銃弾で最低でも二人の兵士を部隊から離脱させることができ、且つ、救助と治療の為に進軍スピードを遅らせる効果もある。今回のサミーの狙撃はこれが目的だ。



 サミーはジーク達を足止めする為にわざと殺さなかった。彼ら『エクス・スピア』の傭兵達の目的は『志摩恭子』と『鍵』である。その両方を現認するまでは、全員を生かしておく必要があった。


 …


「嘘でしょ? あのオッサン、何いきなりやられてんのよ! ってか、あれって「銃」よね……」


 オリビアは建物の陰に隠れ、気持ちを落ち着かせる。突然の未知の攻撃にも咄嗟に身体が反応し、身を隠せたのはこれまで単独で活動してきたからこそだった。


 そして、狙撃に対してオリビアの行動は正しい。


 逆に、撃たれたジークにすぐさま駆け寄ったエミューと、庇うように立ちふさがったトマスの行動は狙撃に対して最もやってはならないことだ。


 ビシッ


「ぐあっ」


 盾を構えていたトマスのつま先が血しぶきを上げて爆ぜた。自動小銃アサルトライフルに使用する5.56mmや7.62mmより高威力の.338ラプア・マグナム弾により、足先に穴が開くだけでは済まず、足の指が何本も吹き飛んでいた。


 

(クックックッ……笑っちまうぜ、思わず撃っちまったじゃねーか。今時、剣と盾って……ププッ!)



 現代戦における基本的なセオリーをまるで理解していない行動と、時代遅れの装備を嘲笑い、続けて引金を引いたサミー。無論、この攻撃は部隊長の命令を無視した行動だが、サミーはこの程度は命令違反と思っていない。



「こちらサミー。目標の足止めに成功。これより移動を開始します」


 ―『了解』―


 …


 森の中を進む五人の傭兵達。小隊長が手を振って部隊に進軍を指示する。サミーからの無線連絡を受け、目標が足を止めている間に距離を詰める。


 各々が夜間装備に身を包み、最新の銃器を手に森を素早く移動する。敵の位置が判明している為、移動速度を重視し、罠だけを注意して進む。


「?」


 暫くして小隊長が異変に気づく。横一列で並んでいたはずの隊員達の気配が無くなっていたのだ。小隊長は足を止めて周囲を注意深く観察するが、誰の姿も確認できなかった。


(どうなってる?)


 無線で消えた隊員達に呼びかけようとしたその時、小隊長の足が自身の影に沈んだ。


「ッ!」


 そのまま声を発する間も無く、小隊長は影の中に沈んだ。


 その影からガーラが姿を現す。


(こいつらが異世界人?)


 二百年前に魔王を倒した勇者達の力を直接知っているガーラは、異世界人を侮ってはいない。しかしながら、傭兵達の手ごたえの無さに疑問を覚えた。


(しかし、こいつらの武器には見覚えがある……)


 ガーラは小隊長が落とした自動小銃アサルトライフルを拾い上げる。


 二百年前に見たことがあった異世界の武器だ。この武器の存在が彼らが別の世界から来たことを示している。


 だが……


「……クソ弱い。ただ、さっきの攻撃だけは厄介だな」


 ガーラはジークを攻撃した者に狙いを絞り、再び影の中に消えた。


 …


 パシュ パシュ パシュ


(ひぃ! ちょっ!)


 建物から離れ、森に身を隠したオリビアは運悪く傭兵の小隊に捕捉され、攻撃されていた。


 オリビアの頭上を銃弾がかすめ、足元の土がはじける。攻撃はオリビアを殺す為ではなく、その場から逃がさない為のものだ。


 自分も銃を使ったことがあり、オリビアはその特性を頭では理解していたが、実際に自分が撃たれる立場になり銃の脅威を実感していた。


(避けるとか、絶対無理なんだけどっ!)



 ―『殺すなよ?』―


 ―『分かってますよ~ ですが、何でそんな無駄なことするんですかね? 全員殺しちまえば同じでしょうに』―


 ―『ちっ、いいか、よく聞け。お前の言うとおり全員始末する方が遥かに簡単だ。だが、標的がいなかったらどうする?』―


 ―『え?』―


 ―『お前、作戦会議ブリーフィングをちゃんと聞いてたのか? 標的の名前や特徴は聞いてるが、顔写真は無いんだぞ? 『シマキョウコ』と『鍵』の所在、両方の確認をしないまま全員殺してどちらか一つでも見つからなかったらどうするつもりだ? ここは地球じゃないんだ。軍事衛星も監視カメラも無い。全員殺してどれもハズレだったら俺達は手ぶらで帰る羽目になる。手掛かりはなるべく残しておくんだ。『鍵』の探知機もアテにできるほど精度は良く無いからな。どこかに埋められでもしてたら周辺を掘り返して探さなきゃならん。お前一人でそれをやるんなら俺は文句は言わん』―


 ―『あっ』―


 ―『次からブリーフィングはしっかり――』―


 ―『隊長っ! マイクの奴がっ!』―


 隊の一人が陣形を離れ、フラフラと木の裏に隠れているオリビアの元に歩いていく。銃もだらりと構え、まるで酩酊しているような足どりだ。


「あのバカ、何をしているっ!」


 思わず声を上げる小隊長。


 マイクと呼ばれた男にも無線が聞こえているはずだが反応は無い。そのままオリビアに近寄り、無防備に両手を広げて抱き着こうとしている。


 シュパッ


 近づいてきたマイクの首をあっさり片手剣で切り裂いたオリビア。


(ふぅ……魔法耐性は低いみたいね。誰かさんとは大違い)


 闇の属性魔法『魅了』。魔法を受けた対象は文字通り、魔法を放った者に夢中になる。その効果の程度は術者次第だが、地球からきた傭兵達は魔法に対する抵抗値が低く、オリビアの期待値以上の影響を受けていた。


 相手を自分の虜にし、利用する。これはオリビアの常套手段だ。


 オリビアはマイクの腰から拳銃を奪い、ポーチにある予備の弾倉も合わせて抜き取った。


「さて、魔法が効くって分かったし、新しい銃も手に入った。これで少しは楽できそうね」


 オリビアはレイに貰った弾の少なくなったベレッタの代わりに、男から奪ったSIG SAUER社製P320のスライドを引き、魔力を練る。


 …


「もういい、エミュー。自分でやる」


「だって、まだ……」


「それよりここは拙い。移動するぞ……痛ッ!」


「動いちゃだめだよ! まだ血が」


「トマスっ!」


 エミューを無視してジークはトマスの名を叫ぶ。トマスもつま先に銃弾を受けて吹き飛んでいるが、教会の暗部で訓練を受けた者ならこの程度で動けなくなることはない。


 トマスはジークの意図を読み取り、足を引き摺りながらエミューに近づき、襟首を掴んで強引に近くの建物の中に引っ張って行った。


「トマス、離して! ジークがっ!」


「だめだ」


 トマスは、エミューを連れて建物に籠城する選択をする。負傷し、相手の攻撃を察知できなかった自分達は完全に足手纏いだ。一緒にいればジークの足を引っ張ることになる。


「エミュー! 泣くのは後だ! 出口を塞いで守りを固めろ! 侵入されたら終わりだと思え!」


「ジークは? 置き去りにするのっ!」


「あいつなら大丈夫だ」


 …


(くそっ、しくじったぜ。いきなりやられるとはな……とっくにこっちを把握してるってことか。一撃で仕留めなかったのは『鍵』の所為。あの黒い騎士共と狙いは同じだな。しかし、何故攻めてこない?)


 回復魔法で止血しながら、追撃がない事を不思議に思うジーク。


「相手が勇者なら出し惜しみしてたら殺られちまうな……使徒様には申し訳ないが、今回は情報収集に徹するわけにはいきそうもないぜ」

 

 ―『聖炎強化』―


 白炎がジークの身体から噴き出す。全身が炎に包まれたジークは、眩い光を放ちその場から消えた。


 …

 ……

 ………


「各小隊、配置に着いたか?」


 ―『こちらアルファ小隊。配置に着きました』―

 ―『……』―

 ―『……』―


「ブラボー、チャーリー、どうした? 応答しろ!」


 オニールの無線に二つの小隊が答えない。狙撃で相手の足を止めてからまだそれほど時間は経っていない。今頃は敵を包囲し、後は余裕をもって無力化するだけだった。


「馬鹿な。やられたというのか? サミー、ケビン、状況は? どうなってる?」


―『こちらケビン。現在、そちらに移動中』―


「なに? サミーはどうした?」


―『軍曹から観測手はいらないと追い払われました』―


「勝手なことを……おい、サミー! 応答しろ!」


―『こちらサミー。現在敵と交戦中。えらく素早い女です。しばらく無線は切りますよ』―


 そう言って、サミーは無線を一方的に切ってしまった。切羽詰まった様子ではなかったが、余裕はないのだろう。


 命令を無視するからそうなる、そう思い怒りが込み上げるオニール大尉。


「馬鹿共がっ!」



 思いどおりに事が進まず、業を煮やしたオニールは、部下に持たせた大型の箱に手を伸ばした。

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