第513話 威力偵察?

 ズバッ


 ドスッ


 シュバッ


 レイは豚鬼オークの繁殖場と思しき場所に降り立ち、暫し施設内を偵察した後、中にいた豚鬼を片っ端から斬り殺していた。


(これほどの嫌悪感を覚えるのは初めてだ……)


 施設内ではレイの予想どおり、豚鬼の繁殖と飼育が行われていた。敷地にある建物の中には、鉄格子のついた檻が並び、中で飼育されている豚鬼に人間が餌として与えられていたのだ。


 泣き叫ぶ人間を生きたまま豚鬼のいる檻に同じ豚鬼が放り込んでいる。人が人を支配するのとは次元が違う。他種族に人間が支配されている光景は、レイの人としての本能が激しく拒絶した。


 レイは豚鬼達に悲鳴を上げる間すら与えず、黒刀による斬撃で首を刎ね、心臓を突き、体を両断する。


 薄暗い室内に豚鬼達の血の臭いが充満していく。レイは光学迷彩で姿はおろか、臭いも無い。豚鬼達は異変に気づきながらも、行動を起こす前にその命が狩り取られていった。



 警備や世話係の豚鬼を全て斬り殺し、檻にいた育成中の豚鬼は一部屋づつ『水牢』の魔法で溺死させる。この施設内には餌として捕らえられている人間以外に人はおらず、施設の管理や警備は全て豚鬼が行っている。魔法で一度に殲滅しないのは囚われている人間を巻き込まない為だ。


 百以上もの人間を全て救うことは出来ない。檻を壊して解放したとしても、街に徘徊する骸骨騎士達に全員殺されるだろう。今のレイに出来ることは、直近の危機を回避してやること。つまり、豚鬼の殲滅脅威の排除だけだ。

 


「ふぅーーー」


 建物内の豚鬼を一体も逃さず殲滅したレイは、大きく息を吐いて隣の建物に足を進める。身体強化を施しても疲労はする。寧ろ、肉体を強化する分、通常よりも疲労は激しい。


『面倒な事をしんす』


 唐突にクヅリが呟く。


「畜生共に人間様ってのを教えてるんだ。黙ってろ」


『『魔物使い』を始末するだけじゃなかったでありんすか?』


「……」


『人間の中に子供がいたからあんな無駄な事をしたのでありんしょう? まったく、相変わらず子供には――』


「お前も何か教わりたいのか?」


 レイは刀を握る手に力を込める。


『……』


(大分、怒ってるでありんすね)



 レイが怒っているのはクヅリの指摘どおりなのは事実だが、それだけが豚鬼を殺す理由ではない。だが、レイはそれをクヅリに話してやる気分にはなれなかった。


 …

 ……

 ………


 この敷地には工場のような大きな建物が三棟連なっており、一棟目と二棟目は豚鬼の飼育場だった。


 レイは二つの建物にいる豚鬼を全て殺し、残る三棟目に足を踏み入れる。



 薄暗い建物の一室では、ニヤけた顔で二人の男を見下ろす一人の女がいた。


 男達は猿轡を噛まされ、裸でベッドに手足を固定されている。それぞれの上には巨大な豚鬼が跨っており、男達を圧し潰すように腰を振っていた。


「「ふぐぅぅぅーーー!」」


「ほらほら、宰相~ 折角、若返ったんだからもっと頑張んないと~」


 豚鬼に犯されているのはザック・モーデル元宰相と、元オブライオン王国第二騎士団副長のオーレン・ダイムだった。二人は草原で豚鬼兵の大量の死体を目にし、慌てて王都に逃げ帰ったものの、王都には親衛隊が一足早く帰還しており、任務失敗の全責任を負わされた。


 吉岡莉奈の遺体を目にし、激怒していた高槻祐樹は、二人を問答無用でここに送り込んだのだ。


 二人はここで豚鬼の繁殖の為に死ぬまで犯され続けることになる。ザックに至っては老体のままでは使い物にならないと、若返りの薬を飲まされ若返っている。若返りの薬を得る為に今回の任務に手を挙げたザックだったが、望みが叶っても本人に喜びの感情は微塵も無い。ここで前国王ウェインと同じ末路を辿るなら、老いて死んだ方が良かったと激しく後悔していた。


 それは、ザックと同じく、任務に参加していたオーレン・ダイムも同じだ。オーレンは軍の指揮は素人のザックに付き添っただけであり、任務に影響するような発言や行動は何もしていない。任務の失敗の責任を負わされるとは夢にも思っていなかった。申し開きはしたものの、怒りで冷静さを欠いた高槻には聞き入られることはなく、完全にザックの巻き添えである。


「「んんぅぅぅーーー!」」


「どう? 気持ちイイでしょ~ ……な~んてね。大体、みんなすぐにアソコがちょん切れちゃうぐらい絞めつけられるから、気持ちイイどころじゃないよね~ まあ安心してよ。今は聖女様の作った色んなお薬があるから、切れちゃったり、潰れちゃってもすぐに治るし、ソレもおっきいままだよ~ 良かったね~!」


 ザックとオーレンは苦悶の表情が更に厳しくなる。ここへ連れて来られてから謎の薬を飲まされ、己の意思とは無関係に性器が膨らみ、一向に萎える気配が無い。それを圧し潰すような力で豚鬼に絞められており、性交の快楽など微塵も無く、耐え難い苦痛が続いている。いっそのこと、取れてしまえば楽になる、そう思える状況だったが、それは叶いそうもない。


「キャハハハッ!」


 二人の苦しんでいる様を見て、腹を抱えて笑う若い女。


「任務に失敗した挙句、逃げ帰って来たんだってねー」


「ふごふごぉ!」


「はいはい。どうせ、ワシは悪くないだの、部下の所為って言いたいんでしょ? 大変よねぇ~ 無能者って」


 女の名はリズリー。九条彰にを見出され、林香鈴の後任として『魔物使い』の能力を与えられた女だった。


 あらゆる魔獣を使役できる特殊な能力を得たこと、また、能力を得る為に一時的に『死』を経験したことで、リズリーは自分を『選ばれた者』と増長し、能力の無い者を無能者と蔑んでいた。今やリズリーは王国内で勇者に次ぐ権力を持っている一人であり、王国の軍事力の一端を担う立場でもある。能力を持たない元宰相や騎士など、彼女の目には矮小な者としか映っていない。


「アタシが頑張って増やした豚鬼兵を何千も失ったって、どんだけ無能なのよ? アンタ達は種馬として死ぬまで豚相手に腰振ってもらうから」


「「ふごぉーーー!」」


「アタシは眠いから帰るけど、雌はまだまだいるから頑張ってね~」


 二人の様子を見るのも飽きたのか、リズリーは手を振って部屋を出る。



「なら、俺が地獄に送ってやる」



「はえ?」


 リズリーが気づいた時には、左手の手首から先が無くなっていた。


 光学迷彩を施し、音も無く侵入したレイによる斬撃。


「ッ! 侵入者ッ!」


 左手首から血が溢れ出すのを無視し、リズリーは咄嗟に声のした方の反対へ飛び退き、身構えた。


「……ただのイカれた女って訳じゃなさそうだ」


 リズリーの咄嗟の反応にレイは声を漏らす。いくら戦闘の経験があっても、並みの者なら斬られた痛みとショックで少なからず動揺し、動きが止まる。しかし、リズリーは手首を切断されたにも関わらず、顔色一つ変えずに警戒態勢を即座に取った。驚異的な精神力だと言えるが、レイには腑に落ちない違和感があった。


(薬物? いや、ひょっとして無痛症か? あり得るかもな)


『先天性無痛無汗症』。所謂、無痛症と言われる生まれつき痛みを感じる神経や発汗機能をコント ロールする神経が発育せず、痛みや熱さ、冷たさを感じない、または感じ難く、汗をかかない病気だ。珍しい病気だが、日本人の発症事例は世界的に見れば比較的多くあり、レイも過去に会ったことがある。


 女の様子から麻薬などの薬物を摂取しているようには見えず、レイはその病気の可能性が脳裏に浮かんだ。鍛錬によって痛みに耐えることは可能だが、身体を欠損する程の怪我に無反応でいられるのはレイでも不可能だ。痛みには耐えられても、必ず身体のどこかに生理的なサインが出てしまう。充血、または貧血で顔色が変わったり、発汗するなどして怪我の影響がすぐに他の部位にも現れる。これは己の肉体をコントロールする身体操作の鍛錬を積んでも、制御は不可能だ。


 レイの知らない未知の薬物や魔導具の可能性は勿論ある。しかし、手首を切断されても汗一つかいていない女の様子と、自分の過去の体験からレイは無痛症の可能性が最もしっくりきた。


 無痛症は、戦闘を生業にする者にとって誰でも一度は羨ましいと思う病気、症状だが、後天的に発症する方法や事例は無く、治療法も無い。それに、触覚はあるものの、痛みや温度を感じないということは、怪我や火傷、凍傷に気づかず命を落とすこともある上、病気にも気づき難い。決して無敵になれる訳ではないのだ。まともに生活するには訓練を必要とし、何をするにも細心の注意を払わなくてはならないと知れば、羨ましいとは思わなくなる。


(だとしたら、尋問は無駄だな)


「侵入者……『女神の使徒』かっ! 姿を見せろぉ!」


 リズリーはそう叫ぶが、それで姿を見せるほどレイは馬鹿ではない。レイはリズリーの死角に回り込み、静かに黒刀を振るう。


「むっ! ……くそがぁ!」


 片足を切断されても、リズリーは痛みを感じる素振りも無く、バランスを崩して倒れるまで自分の身体に起きたことに気づかなかった。


(やはり、痛みを感じないようだな)


「地獄を見せてやろうと思ったが、意味が無いなら仕方ない。死ね」


 わざと声を出して位置を特定させ、その隙に更なる死角に移動するレイ。しかし、その途中で動きを止める。


(ネズミ……?)


 いつの間にか、部屋は無数のネズミで溢れていた。既に床一面を覆うほどの数がどこからともなく現れており、レイの足元を覆う。


「そこかっ! 豚鬼共っ!」


 リズリーは、何も無い空間にネズミが纏わりついているのを見て、豚鬼に命令を出す。ザックとオーレンに跨っていた二体の雌の豚鬼は、即座にベッドから起き上がり、レイがいるであろう空間に襲い掛かった。


「姿を消せるとは聞いてたけど、アタシの豚鬼達が気付かないなんて……」


 そう呟きながら、リズリーは懐から小瓶を取り出して一気に呷る。すると、失った手首と足がみるみる生えてきた。街の病院で使われている『高位回復薬ハイポーション』とは明らかに異なる、より強力な回復薬のようだ。



 プギャッ

 ギャワッ


 襲い掛かる豚鬼をレイは慌てることなく一刀両断し、纏わりつくネズミ達を無視してリズリーに迫る。


「アタシの豚ちゃんをよくも……」


 ―『魔封の魔導具』―


 リズリーは腰のポーチから魔封の魔導具を取り出し、それを起動させた。


 レイの姿が露わになると同時に身体強化も解除され、リズリーに迫る速度が鈍る。その隙にリズリーは更に飛び退き距離を置くと、室内にいる全てのネズミをレイに襲い掛からせた。


「ちっ! ……高校生ガキ共とは違うな」


「クジョウ様からアタシ達を殺しに来るとは聞いてたけど、結構イイ男じゃん。アタシの豚ちゃんに犯される姿を見たかったけど、ざ~んね~ん」


 リズリーはネズミの大軍に覆いつくされたレイを見て笑みを浮かべるも、敷地内の豚鬼に集合をかけるべく、思念を飛ばしていた。勝利を確信している口調とは裏腹に、油断してはいなかった。


「……あれ?」



「豚鬼を呼んでるなら無駄だ。全部殺したからな」


 ネズミの塊の中からレイの声が漏れる。


「そんな……豚鬼達と通じない……まさか本当に?」 


「随分戦い慣れてるようだが、お前も見た目どおりの歳じゃないな? 他にもバケモノを飼ってるなら早く呼べ。俺が全て殺してやる」


「ネズミに食われながら偉そうに……このクソガキがぁ!」



「いないのか? なら、もう死ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る