第512話 戦奴

「何が変なの?」


 バッツから渡された奴隷のリストを見ているレイの隣で、リディーナがバッツに尋ねる。


「奴隷の半数以上が男なんですが、それ自体は問題じゃありません。真っ当な奴隷商なら、一番高く売れて需要のある肉体労働向けの若い男を揃えておくもんですからね。けど、ここを見て下さい。どの奴隷も騎士や兵士、冒険者まで戦闘経験のある者だらけです。普通は戦闘に長けた奴隷をこんなに抱えませんよ?」


「うーん……護衛に需要がある、とか? 今この国は他国と戦争中なんでしょう?」


「姐さん、護衛の奴隷って見たことあります? 奴隷って言っても、主人の命令に絶対服従って訳じゃない。奴隷の首輪は命を縛ることしかできないんですよ? 逃亡するのは勿論、主人が命令する間も無く寝首を掻けるような人間を護衛にするなんて、余程自分の腕に自信がある奴か、奴隷の弱みを握って脅迫するような奴しかいませんよ」


「言われてみればそうね。一人や二人ならまだあり得るかも知れないけど、こんなに多人数だと、確かに変だわ」



「戦奴ってやつだな」



「せんど?」


「奴隷兵士。戦争に負けた国や支配地域から無理矢理兵士にされた人間のことだ。こっちじゃ暫く戦争なんてなかったから変に思うかもしれないが、俺のいた世界にはこういった奴隷兵士が過去に存在した。いや、する……だな」


 地球の歴史は戦争の歴史だ。大昔から人類は奴隷を戦争で使役していた。それは現代でも変わらず存在し、宗教や借金を利用して人の自由を奪い、強制的に兵士にするのは今も変わらず行われている。また、暴力と薬物で洗脳した少年兵や、自由や減刑を対価に犯罪者を戦場に送ることも珍しいことではなく、そういった自由の無い者達も奴隷兵士と言えるだろう。


 金で雇われる傭兵や、徴兵制度によって徴兵された兵士と大きく異なる点は、使い捨てであるかどうかだ。奴隷兵士にはまともな装備や訓練は与えられない。死ぬ確率が高く、経費を掛ける必要が無いからだ。


 現代の戦争では、高度に訓練された兵士しか使いものにならないとはよく言われることだが、即席の奴隷兵士が有効な場面や戦術もある。



「でも、レイの世界には『奴隷の首輪』なんて無いんでしょう?」


「そんなモノが無くても人は縛れる。権力や金、暴力の前では弱者に選択肢は無い。戦争捕虜となれば、どう扱われるかなんて分かったもんじゃない。戦争に負けても人権が守られるなんて絵空事だからな。大抵の奴隷兵士は戦場の最前線に立たされて、正規兵の弾避けか、使い捨ての斥候にされる。碌な武器も持たされずに突撃させられたり、地雷原を歩かされたりとかな」


「「「ジンケン? ジライゲン?」」」


「……まあいい。とにかく、この名簿にある奴隷達は戦争に使われる可能性が高い。リディーナが殴り殺したコイツが言ってた、王宮御用達ってのは恐らくそういうことだ」


「そんな奴隷を大勢集めても、反抗されたら大変じゃない」


「普通はそう考えるよな。しかし、戦争奴隷に帰る場所はない。故郷はすでに他の国の支配下だ。逃げたいと思っても逃げ込む場所も国も無い。それに、逃亡すればそいつの家族がどうなるか、当然言い含められてる。逃げたり反抗すれば家族は死ぬんだ、一致団結して事を起こすような状況には早々ならない。規定の期間や出陣回数で解放するだの甘い言葉《アメ》もあるだろうが、所詮は戯言だ。大概は死ぬような戦場に送られるからな。運良く生き残っても、最後には大抵処刑される。口封じの為にな


「「「ひでぇ……」」」


「死人に口無しってヤツだ。……だが、俺が気になるのは、それに該当しない、戦闘職じゃない奴隷だ」




「名簿を見てみろ。なんで体重なんて記載する必要があるんだ? それに、年齢もバラバラだ。性奴隷にするなら若い年代が多いかと思ったが、中年や年寄りまでいる。一体何をさせる為の奴隷だ?」


 そう言いながら、レイは拘束されてる奴隷商の従業員達を見る。


「「「んー んー んー」」」


 全員が首を横に振り、何も知らないと必死にアピールする。その表情から演技ではなさそうだが……


「まあ、後でゆっくり聞くさ。リディーナはイヴを頼む。今夜は一緒にいてやってくれ」


「わかったわ」 


 …


 デューク商会、地下奴隷部屋。


 レイは拘束した従業員の一人を連れて、ここに来ていた。この男は全員が首を横に振る中、一人だけ目が泳いでいた。それをレイは見逃さなかったのだ。



 奴隷の名簿にあった情報から、レイは前にトリスタンの話を盗み聞きした内容を思い出し、懸念が確信に変わっていた。


 男の猿轡を外し、黒刀を抜いて刃先を男の腹に差し込む。


「素直に話せば解放してやる。だが、嘘や誤魔化しをするならこのまま腹を裂く。自分の腹ワタを見ながら苦しんで死ぬかどうかはお前次第だ」


「あうっ……」


「あの豚鬼の大軍……いくら何でも飲まず食わずで維持できるわけはない。現代知識があっても、一年やそこらで家畜を食用レベルまで育てるのは無理だ。家畜は魔物と違う。人間同様、成長速度は地球と変わらないからな。……俺の言ってる意味、分かるか?」


 ゴクリッ


 男が無言で唾を飲み込む。いくつかの単語が分からずとも、レイの言わんとしていることを理解している様子だ。それはすなわち、自分達が行っていることを自覚している証拠でもある。



「だ、旦那……?」


「バッツ。ここのいる大半の奴隷はな……魔物共に与えるエサってことだ。それに、女は繁殖に使われている可能性も高い。お前達も遭遇した豚鬼共のな」


「「「そんな……」」」


「胸糞悪いなんてもんじゃない。まさに鬼畜の所業だ」


 人間を魔物に食わせるなど常軌を逸した行為だ。とても高校生に出来る発想ではない。それとも、これを行ってる者は、この世界をゲームか何かと勘違いし、現実とは思ってないのかもしれない。人は素手で人を殴ることに躊躇する一方、画面越しなら平気で人を殺せる生き物だ。目の前の景色に現実感が少しでも欠ければ、容易に倫理や理性のタガが外れる。


「いや、一人だけ日本人じゃない奴がいたな……九条彰、あの男ならやりそうなことだ……さて、お前には奴隷の取引手順と搬出ルートを喋って貰おうか」


 そう言いながらレイは、黒刀の刃先を動かす。


「話すっ! なんでも言う! だから、命だけは……」


 レイの頬がピクリと動く。奴隷といえど、人間を魔物のエサにすることに加担しておいて、自分だけは助かりたいという魂胆がレイには気に入らない。無意識に刺した刃に力が入る。


 刃先の動きを早く話せと催促されたと勘違いした男は、王宮との取引内容と業務の内容、聞かれていないことまで詳細に話しだした。


 …

 ……

 ………


「で、旦那。この奴隷達はどうするんですか?」


 バッツはレイに尋ねる。前のフォーレスの街では奴隷商の財産を分け与えて解放しているが、それは違法に捕えられた奴隷だった。しかし、ここにいる半数は正規の奴隷、つまり、奴隷になることを了承している者達であり、正式に登録されている。金を持たせて解放したとしても身分は奴隷のままであり、自由にはなれない。


「暫くはこのままだな。理由は分らんが、街には魔物がうろついてる。今解放してもすぐに捕まるか殺されるだろう。俺はその件を含めてちょっと調べて来るから、後片付けは頼んだ」


「えっ? あ、ちょっ」


「「「旦那ぁ~」」」



 レイはバッツ達を置いて、そのまま地下を出て行ってしまった。後には腹ワタが飛び出て血まみれの死体が残されている。


「バッツさん、片付けってコレのことですよね?」


「言うな……マネーベルの時よりマシだろ」


「「「確かに」」」


 バッツ達『ホークアイ』は以前、マネーベルでレイが斬り殺した百人近い神殿騎士の死体を秘密裏に処理している。今更一人ぐらいの死体の処理はどうということはない。


「しかし、相変わらず旦那は凄いっすね。この男、内臓に全く傷がないですよ? 綺麗に腹の皮と肉だけが斬り裂かれてる。こりゃあ、すぐに死ねなかったわけだ」


「凄いは凄いがエグイよなぁ……」


「人間が魔物に食われるのを承知で売買してた奴だ。当然の報いだろうよ」


「俺は今までの人生でこんなクソみたいな気分になったのは初めてですよ」


「俺もだ」



「事情を知らされてなさそうな他の従業員達はどうするんすかね?」


「前みたいに服と身元を示すものを剥ぎ取って、ここの奴隷部屋にでも放り込んでおくか。……どうせまた、ここの従業員に扮して何かやらされるだろうからな」


「「「はぁーーー」」」


 …


 バッツ達が死体の始末をしている頃、レイは光学迷彩を施し、王都上空から街を見下ろしていた。


 夜といえ、寝静まるにはまだ早い時間だ。しかし、人通りは無く、建物の窓や扉は固く閉ざされている。街全体が息を潜めるような、異様な静けさに包まれていた。


(あのふざけた放送で全ての住民が素直に従ってるってことは、相当、勇者の影響力が強いってことだ。まあ、無理もないがな)


 街には骸骨の騎士が隊列を組んで街を巡回している。時折、事情を知らない者や反抗する者が外に出て騒いでいるが、瞬く間に殺され、連れ去られている。その光景を目にすれば、勇者に逆らおうとする者は住民にはいないだろう。


「あれか……」


 レイは、王都の中心から外れた郊外に建てられた工場のような建物を見て呟く。先程、奴隷商の男が話していた奴隷の出荷場所に違いない。



「さて、偵察といくか」

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