第511話 報復
夜。
オブライオン王都にある奴隷商『デューク商会』。
ここは、『探索組』の勇者、清水マリア、藤崎亜衣、松崎里沙の冒険者パーティー『ホワイトフォックス』が、奴隷にしたリディーナの義妹イリーネを売った奴隷商だ。
その建物の一室で、イヴは合流したレイとリディーナに事の顛末を全て報告し、頭を下げていた。
「勝手なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「高槻を見かけて魔眼で仕留めようとしたものの、効かなかったばかりか、三人に増えたと……」
「言ってる意味がよく分からないんだけど?」
「一人でやれると自惚れてました。ブランが戻って来なければ私は……」
「軽率だったことは確かだな。だが、生きてここにいるだけで十分だ。ブランには後で美味いモンでも食わせてやれ」
「そうね。イヴもブランも無事で良かったわ」
「しかし……」
「それより、顔色が悪いわよ? とりあえず、今は休みなさい」
「魔眼を三度……魔力の使い過ぎだな。説教が欲しいなら後でたっぷりしてやる。まずは休んで体調を万全にすることだ」
「……」
イヴは顔色が悪いだけでなく足元もおぼついていない。魔力を使い切った状態というのは、体力を使い切ったようなものである。本来なら立っていることもままならない状態なはずだ。
「責任を感じてるのは分かるが、重要なのはこれからの行動だ。行いを悔いているなら、何がダメだったのか、どうすべきだったかを考えろ。だが、消耗しきった今の状態で何を考えても適切な答えは出ない。分かったら、休め」
「……はい」
レイの言葉に従い、イヴは部屋を後にする。
…
「リディーナ、後で面倒を見てやってくれ」
イヴが部屋を出た後、レイはリディーナにフォローを頼む。イヴは独断で勇者の暗殺を実行し、失敗したことを相当気に病んでいる様子だ。イヴはまだ若く、責任感も強い。ミスを取り返そうと無茶をする恐れもある。今は一人にすべきではないとレイは判断していた。
「わかってる……なんだか思いつめちゃって心配だわ」
「あの状態ならすぐには動けないだろうが、今は一人にしない方がいい」
「そうね。無茶しないように見ておくわね」
「……尾行はされてないってのは確かだろうが、一応、警戒もしておいてくれ」
イヴとブランが親衛隊の騎士達を始末してから半日は経っている。尾行や追跡をされていたならとっくに襲撃されていてもおかしくないが、建物の周辺はおろか、街全体に人の気配が無い。襲撃の心配は杞憂かもしれないが、ここは敵地だ。警戒しない訳にはいかない。
「了解。……それにしても、さっきのイヴの話だけど、タカツキが三人もいたなんて意味が分からないわ。何かの能力かしら? それに、魔眼が効かなかったことも気になるわ」
「影武者や人形じゃないのは間違いないだろうな。イヴの魔眼で燃えたにも関わらず、平然として損傷もしてないってことは実体が無いってことだ。魔法で幻を見せたか、作ったか。もしくはリディーナの言うとおり、何かの能力かもな」
「うーん……」
「イヴの『炎の魔眼』は発動されてから防ぐのはほぼ不可能だ。今回の件で、高槻は不意の攻撃にも対処できるよう予め対策してることが分かった。今はそれだけで十分だ。後は奴が他にも能力を持ってるかだが――」
「あのー 旦那……」
申し訳なさそうにバッツがレイに声を掛ける。
バッツ達『ホークアイ』は、魔力切れのイヴに代わり、デューク商会を襲撃。建物の占拠と従業員の拘束を行った。様々な奴隷を扱う奴隷商は、それなりの武力を有していなければ務まらないが、B等級のベテラン冒険者パーティーには敵わない。
「ん? どうしたバッツ?」
「こいつらどうしますか?」
部屋の隅には、拘束された奴隷商達十人が座らされていた。
「そういや、すっかり忘れてた。すまんすまん」
「「「ふぐーーー!」」」
猿轡を噛まされた奴隷商達が怒りの表情をレイに向ける。
「これで全員か?」
「事務所にあった名簿で確認しました。間違いありません」
「そうか。あんまり構ってる暇はないんだが、けじめはけじめだ」
(け、けじめ?)
(やっぱ、旦那は全員始末する気だ……)
(こいつら姐さんの妹を売ったんだ、当然だろ)
(世の中には手を出しちゃいけない人間がいるのにな)
(((知らなかったじゃ済まねーよなー)))
レイは裏社会で生きてきた人間だ。身内に手を出されたなら報復は必ず行う。しかし、バッツ達は違う。それでも彼等が率先してイヴの代わりに奴隷商を襲撃したのは、彼等も人を売買する奴隷商人のことは良く思っていないからだ。この世界にはどの国でも奴隷は合法だが、全ての人間がそれを肯定しているわけではない。それに、リディーナの義妹を売った奴隷商と聞いては、後ろめたい気持ちは微塵も無かった。
「半年ほど前に、『ホワイトフォックス』って冒険者と取引し、奴隷をオークションにかけたな?」
「「「……」」」
奴隷商達はレイを睨め付けるだけで返事をしようとしない。
「まあいいか」
そう言って、レイは黒刀を抜く。
「んーんーんー!」
「なんだ?」
レイは何か言いたげな男の猿轡を外してやる。
「俺は関係無い! エルフの女なんか知ら――」
斬ッ
男の首が血飛沫を上げて宙に舞う。
「「「――ッ!」」」
「誰も奴隷がエルフだとも女だとも言ってない」
奴隷商達は一人を除いて全員が先程とは一転、顔を青くする。
「んーんんー!」
「次はなんだ?」
レイは騒いでいる一番身なりの良い中年男の猿轡を外す。男は商会長のデュークだ。他の者が青褪める中、この男だけはレイを睨みつけたままだ。肝が据わっているのか、それとも……
「テメーッ! 一体どういうつもりだ! 俺達にこんなことしてどうなるか分かってるんだろうなー!」
デュークは猿轡を外された途端、レイに怒鳴り散らす。自らの状況をまだ理解していないのだろう。レイの後ろではバッツ達が首を振って呆れていた。
(((アイツも死んだな)))
「分かってないのはお前だろ。俺の横にいる女を見て察しろよ」
レイの隣にはリディーナが嫌悪の目で奴隷商達を見ている。
「ふん! あのエルフの身内か? だがそれがどうした? あれは奴隷になるのを了承してたんだ。違法に捕えたわけでも、無理矢理奴隷にしたわけでもない。俺達は法に触れることは何一つしちゃいねーんだぞ? 文句があんなら『ホワイトフォックス』に言え!」
「ふーん、了承ね……」
「分かったらさっさと縄を解け。だが、ただで済むと思うなよ? 逆恨みでウチのモンを殺しやがって! テメーもそこのエルフも奴隷にして……あぎゃあぁぁぁ!」
レイの黒刀がデュークの太ももに突き刺さる。
「分かってないな。合法だからなんだ? 人ってのはモノじゃないんだ。恨まれて当然の商売してる自覚あんのか?
「だ、だから文句はホワ――」
「ガキ共は全員殺した。勿論、買った奴等もだ」
「う、嘘だっ! 相手を誰だと……勇者なんだぞ? 殺せるわけがない!」
「別に信じなくていい。どうせ、お前等で最後だ」
「ま、待てっ! 『ユウキ様』が黙ってねーぞ? ウチは王宮御用達の……おごっ」
レイの隣にいたリディーナが、思い切りデュークを殴りつけた。
「イリーネは殴られ、首の骨を折られて殺された。アナタも同じように死になさい」
「はがぁ……ま、まへ、おえは商売をひただへ……」
「もう喋らないで。不快だわ」
リディーナは再度拳を握ってデュークを殴りつけた。
ゴキャッ
骨が砕ける音と同時に、デュークの首が捻じられたように回転して一周する。一撃で首の骨が折れるように身体強化の段階を上げた結果だが、強化し過ぎたようだ。
「「「んんーーーっ!」」」
その光景を間近で見せられた他の奴隷商達は、叫び声を上げて縮み上がる。
だが、縮み上がったのは奴隷商達だけではない。後ろでは密かにバッツ達も身を縮こませていた。
(姐さんが殴ってるの初めて見たけど……)
(怖っわ!)
(身体強化? いや、でも強過ぎでしょ……)
(あんな死に方したくねぇ……)
(((やっぱ、姐さんも絶対に怒らせたら拙い!)))
「リディーナ、手が汚れるぞ。後は俺がやる」
「ごめんなさい。王宮がどうとか気になる事を言ってたみたいだけど、我慢できなかったわ」
「それは残ったコイツ等に聞くさ。どうせ胸糞悪い話だろうけどな」
「そうね」
「だ、旦那」
「どうした?」
「地下にいた奴隷なんですが、どう見ても普通の奴隷じゃなかったです」
「ちっ、また違法な性奴隷か……」
「そうかもしれませんが、ちょっと変なんですよ」
「変?」
「とりあえず、奴隷の目録を見て下さい」
「「?」」
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