第510話 オブライオン王都⑤

「全滅?」


「は、はい……捕縛に向かった者が全て……」


「何やってんだよッ! 相手は暗殺に火球ファイヤーボールを使うような雑魚なんだよ? 女神の使徒ってわけじゃ……」


 イヴの『炎の魔眼』は見た対象物そのものを燃焼させる。先の攻撃は幻影の位置にある空気を燃やしただけに過ぎず、本来の火力ではなかった。高槻は攻撃の威力の低さから『火球』と判断して、刺客の実力を低く見積もっていた。


 それに、高槻達『勇者』はこの国を支配する過程で多くの権力者を排除しており、彼達に恨みを持つ者の襲撃や暗殺事件が度々起こっていた。今回の件もその一つだと高槻は思っていたのだ。


 激昂から一転、高槻は徐々にトーンダウンし、自らの考えを修正する。


「……いや、待て。僕は何を勝手に相手がいつもの雑魚だと決めつけてたんだ? あの火球が囮だったなら、親衛隊は誘い込まれたと考えるべきだ。僕への追撃が無いのは狙いが戦力を削ることだからか? ……少なくとも相手は数十人の親衛隊を短時間で殺れる力があるのは間違いない……使徒なのか?」


「陛下?」


「ちょっと待ってくれ、少し調べたい」


 高槻は大きく息を吐き、集中するように魔力探知の魔法を発動する。


「……大きな魔力の残滓。やはり親衛隊をやったのは魔法か……反応の大きさから単独なら並の術者じゃない。刺客は複数いると見るべきだな。しかし、現場付近にはそこから離脱したような魔力の痕跡が無い。相手はまだ現場にいる? 一体何故?」 


 イヴは炎の魔眼を三度発動し、魔力は空に近かった。それはブランも同様だ。魔素の低いこの地域ではブランは本来の力を発揮できていない。そのことが幸いし、高槻の魔力探知から逃れていた。


「僕が直接現場に行けば話は早いが、罠の可能性もある。……一旦、城に戻るか? いや、今は莉奈の死を確かめる事が先だな。どれも曖昧なままでは正確な判断は下せない。まずは莉奈だ」


 高槻は、当初の予定どおりに吉岡莉奈が殺されたという現場に向かうことにした。親衛隊を倒した刺客は大いに気になるものの、王都を出て相手が追跡してくれば探知や迎撃もしやすく、高槻も全力が出せるというのもある。


「現場の処理に必要な人数を残して出発だ。それと、王都に戒厳令を発令して不穏分子を一掃しろ。手筈は分かってるな?」


「はい……し、しかし、本当に宜しいのですか?」


「問題無い」


「そ、それに、この人数では陛下を十分にお守りすることができません。ここは一旦、城に戻られる方がよろしいかと」


「問題無いと言った……二度も言わせるなよ」


「し、承知しました」


 戸惑いながらも、親衛隊の騎士は命令を遂行するべく伝令を走らせた。


 戒厳令。戦時や自然災害、暴動等の緊急事態において兵力をもって国内外の一地域あるいは全国を警備する場合に、行政権・司法権の一部ないし全部を軍隊の指揮下に移行する軍事法規のひとつだ。


 オブライオン王国は、『勇者』である高槻祐樹が絶対的な力と権力で支配している国であり、王の一声で全てが従う。本来、戒厳令など必要無いが、この国では現代地球の戒厳令とは一線を画す強権が発動される。


 …

 ……

 ………


 ―『戒厳令が発令されました。住民の外出は禁止されます。速やかに帰宅し、戸締りを行ってください。繰り返します――』―


 王都の至る所に設置されたモニターとスピーカーからアナウンスが流れる。城門は閉鎖され、街の衛兵達が住民達に帰宅するよう呼びかけていた。


 他国へ戦争を仕掛けた頃から王都に住んでいた者は、事前にこういった施策が実行されることは知っており、職場の戸締りを手早く済ませ、自分達の家に急いだ。


 しかし、それを知らない外国人や、偶々訪れていた他の街の住人は混乱し、次々に閉鎖されていく施設や店に困惑する。


「何だ? 一体どうしたんだ?」

「おいおい、店がどんどん閉まってくぞ?」


「アンタ達、他所から来た人かい? 早く宿に帰えんねーと閉め出されるぞ?」


「「「え?」」」


「まあ、前みたいな訓練なら、すぐに終わるだろうけどな」


「「「?」」」


 災害や魔物の襲来ならともかく、街の住民以外に緊急時の国防政策が知らされることはない。王都外から来た者にとっては何が起こったか分からず、困惑したまま何をしたらいいのか分からなかった。


 アナウンスに従わなければどうなるか、それは己の身を以て知ることになる。


 …


「なんだ……あれ?」


 酒瓶を片手に通りをフラフラ歩いていた男は、街の奥から現れた騎士らしき集団を目にして足を止めた。


「……ア、ア、ア、不死者アンデッド!」


 全身鎧を纏った騎士が男に近づくにつれ、その正体が露わになる。兜の下からは骸骨が覗き、露出した手や関節も骨しかない。不死者の骸骨スケルトン骸骨騎士スケルトンナイトである。それらが剣や槍を携え、隊列を組んで通りを歩いているのだ。


「う、嘘だろ? なんで魔物が……に、逃げ――」


 男が振り返り、通りを見渡すと全ての店や家屋が閉め切られ、歩いている人間は誰もいなかった。


「い、いつの間に? あれ? よ、酔ってんのか、俺……おぶっ」


 何も知らずに逃げ遅れた男の胸に刃が生える。音も無く男の背後に忍び寄った骸骨騎士が、警告も無しに槍で突いたのだ。


 絶命した男は他の骸骨騎士に引き摺られ、街の奥へと連れ去られた。


 …

 ……

 ………


 ―『オブライオン王都、地下古代遺跡』―


「あーあ、戒厳令とはね。高槻は使徒と接触したのかな?」


 地下遺跡の一室でモニターを見ていた九条彰が独り言のように呟く。


「王都上空? 戒厳令だってよく分かるね」


 その隣には本田宗次が興味深そうに目を凝らしてモニターを見ていた。


「街から人が消えた。城壁にいた衛兵達の姿もだ。それに、城の周辺から隊列を組んだ一団がぞろぞろと出て来るのが見える。戒厳令に間違いないよ」


「ふーん。僕はあんまり計画のことは知らないけど、具体的にどんな法令なの?」


「ああ、宗次は武器と設備の制作に専念してもらってたから知らないのか。『戒厳令』ってのは、城門を閉じて住民の外出を制限、魔物を使って不穏分子を排除する施策だよ」


「え? それって大丈夫なの? 南君や香鈴ちゃんがいないんだよね?」


「さあ?」


「さあ? って、九条君は知らないの?」


「素養がありそうな者に『死霊術師』と『魔物使い』の能力を与えたけど、ボクが携わったのはそれだけだからね。当初の計画どおりに上手くいくかなんて分からないよ。街のことは高槻に全部丸投げしてるし」


「無責任だな~」


「ははっ、宗次には言われたくないよ。自分が作ったモノでどれだけ人が死ぬか分かってるかい?」


「野蛮人がどれだけ死んだっていいじゃないか。よく、武器を作った人間を非難して責任を押し付ける奴がいるけど、そんなのどう考えたって使う奴が悪いんだ。僕にとっては銃も包丁も一緒さ。それを使って誰がどうするかなんて僕には関係無いよ」


「まあ、武器に関しては一理あるね」


(フフッ、一緒……ね。神聖国での拷問が相当尾を引いてるな。けど、ボクにとっては倫理観が壊れてる方が都合がいい。装置を動かすには宗次の力が必要だ。ボクが能力を引き継ぐことも考えてたけど、一人で何でもやるのは非効率的だしね)


「アレのことだってそうさ。ボタンを押すのは僕じゃない」


「確かにそうだね。でも、今はあまり人が死に過ぎても困る。一応、保険は掛けておこう」


「?」


 何のことか分からない顔をしている本田を他所に、九条は顔を後ろに向けた。


「オニール大尉、準備はできた?」


「ブリーフィングは済んでます。いつでも出発できます」


 九条は背後で待機していた集団に声を掛ける。地球から召喚した民間軍事会社『エクス・スピア社』の傭兵達だ。


「そう。じゃあ、ボクから追加でプレゼントがあるんだけど、誰か欲しい人はいるかな?」


「プレゼント?」


「『狙撃手スナイパー』の能力が余ってる。簡単に言うと、狙撃の才能をあげようって話だよ」


「狙撃の才能……ですか? 我々は十分訓練を積んでいます。信用できないと?」


「いやいや、勘違いしないでよ。この世界に魔法が存在するのは理解しただろ? それみたいなモンさ。この能力があれば、百発百中で弾が当たるファンタジーな力が得られるんだよ」


「フッ、それは是非頂きたいですな」


 オニールは半ば馬鹿にしたように笑みを浮かべ、そう返事をする。才能を与えるなど信じていないようだ。


「ただし、これをあげるには一度死んで貰わなきゃならないんだけど、誰が志願する?」


「は?」


「能力を付与するには一度死んで魂と肉体に隙間を作らなきゃならないんだよ。キミ達がこの世界に来る時にあげられればこんな手間を掛けずに済んだんだけど、ボクが一緒じゃなきゃできないし、どの道無理だったんだけどさ」


crazy son of a狂ってる……」


「まあ、すぐに蘇生させるから、実際に死んでる時間は数秒だけど。怖いならやめとくかい?」


「……(shitクソ)」


 オニールは内心で舌打ちをしながらも思案する。依頼主とはいえ十代の子供に馬鹿にされたような態度が癇に障った。しかし、この世界に連れて来られたことも含めて、不思議な事象を何度も目の当たりにし、九条の言葉が嘘だと決めつけることができなかった。


「隊長、俺が志願しますよ」


「サミー、正気か?」


 サミーと呼ばれた黒人の男がそう言って前に出てきた。


「一度死ぬ? 上等ですよ。それに、狙撃手って言ったら俺でしょう?」


 サミーこと、サミュエル・ジョンソン軍曹は、戦場で一度死んでいる。正確には戦闘で重傷を負い、一時、心肺停止に陥った経験があった。だからといって死に対して無頓着なわけではなく、オニールと同じ様に、九条の話を信じきれていないことが大きかった。子供の戯言に付き合ってやろうという軽い気持ちだ。


「キミでいい? なら、すぐにはじめるけど」


「その前に一つ聞きたいんだが、失敗したらどうなるんだ?」


「何も。蘇生に関しては心配しなくていいよ。けど、能力が定着するかは分からない。能力と本人の素養が上手く合致しなければ才能は得られない。それだけさ(まあ、嘘だけど)」


「ハハッ、そいつは心配いらないぜ。狙撃に関して、俺はベスト・オブ・ザ・ベストだ」


「それは頼もしいね。じゃあ、早速はじめようか」


Any Fuckin timeいつでもいいぜ

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