第509話 オブライオン王都④

 馬車の上で民衆に手を振っていたのは、召喚された『勇者』達の中心人物、高槻祐樹だった。


 イヴは、半年以上前に王都で『聖女殺し』の調査をしていた時に、高槻の顔と名前を把握しており、すぐに当人だと分かった。それと、レイから高槻の能力が『大賢者』という魔術師系ということも聞いている。あらゆる魔法を使いこなすというが、未知なる特殊な能力を持った他の勇者より対処はしやすいとレイを含めて全員が思っていた人物だ。


 普段からレイに勇者とは絶対に一人で戦うなと言われているが、相手の能力が分かっている上、人混みという己の姿を隠せる環境と『勇者』が単独で身を晒し、且つ、不意を突けるのはまたとない好機だった。



 ―『炎の魔眼』―



 イヴは人混みに紛れ、魔眼を発動させた。この場で高槻を始末することを選んだのだ。レイの最優先の標的は九条彰であり、先に他の勇者に手を出すことはいらぬ警戒をさせることに繋がる。だが、リーダー格の勇者となれば話は別だ。高槻をこの場で排除すれば、今後の展開が有利になる、そうイヴは考えた。


「きゃーーー!」


「ユ、ユウキ様がっ!」

「お顔が燃えてるぅぅぅ!」


「「「…………えっ!?」」」


 突然、頭部が燃え上がった高槻は平然と周囲に手を振り続け、何事も無かったかのように炎の下で笑顔を見せている。


 その異様な光景に辺りが静まり返った。



「あーあ、本当に刺客がいたよ」



 馬車の中から高槻がお立ち台に姿を現し、二人の高槻が民衆に手を上げる。


「「「へ、陛下が二人?!」」」


 ゴウッ


 その現れたもう一人の高槻にも炎が上がる。


「残念、それもハズレだ」


 そして新たにもう一人、高槻が現れた。


「「「――ッ!」」」


 

「お見逸れしました」


 馬車の中では、高槻を心配していた親衛隊の騎士が頭を下げていた。


「光魔法による幻……『幻影イリュージョン』だ。魔法を食らったみたいだけど、幻にいくら攻撃したって効くわけないよね。心配いらないって言ったろ? 本当に身を晒す程、僕は馬鹿じゃないし自分の立場も分かってるさ。それより、騎士を回して犯人を探してきなよ」


「し、しかし、こう人が多くては犯人の特定は困難かと……」


「今の攻撃は魔法だよ。魔力の波動は南南西から発せられてる。その方向にいる人間を捕らえられる限り捕えて、調べは後ですればいい。行け」


「は、はっ!」


 即座に馬車から身を乗り出した親衛隊の騎士は、部下に素早く指示を出し、馬車の護衛を残して騎士を散開させた。


「なんで俺達が!」

「いや! 離してっ!」

「ユウキ様ぁぁぁーーー!」


 百騎近い騎士達に次々に捕縛される民衆。



(くっ……)


 暗殺は失敗した。今は速やかに現場から離脱することを考えなければならない。どういう訳か分からないが、騎士達はイヴのいる方向に絞って手当たり次第に民衆を捕縛している。犯人の特定までは至っていないが、攻撃された方角は分かっている動きだ。


 混乱して逃げ惑う人々の流れに乗ってその場から離れる間、イヴは何が起こったのか分からず、そのことを考えていた。


(何故、魔眼が効かなかった? それも、いつもより炎の手ごたえが無かった……それにタカツキが三人も……あれは一体? 確かタカツキユウキは『大賢者』という能力の魔術師だったはず……他にも能力があった?)


 高槻祐樹が使用した魔法は、どれも一般的ではないが、全てこの世界に存在する、もしくは存在した魔法だ。光魔法はその属性の使い手が僅かしか確認されておらず、魔力の探知に至ってはレイも諦めるほど難易度が高い。イヴが勇者の特殊能力と勘違いするのも無理は無かった。


 イヴは『炎の魔眼』を発動する前に、高槻を『鑑定』しなかったことを後悔した。相手の目を一定時間見つめなければ『鑑定』は出来ない。人混みの中でそれを行うには自分を認知させねばならず、不意が突けなくなることを避けたのだ。


 レイの言葉を守らなかったことがイヴに重く圧し掛かる。


(申し訳ありませんレイ様……言い付けを守らず、早まりました……)



 高槻の暗殺を実行する前に、逃走を考えてバッツ達とは別れている。目立つブランも同様だ。イヴは高槻の謎を考えるのを止め、この場から離れる事だけに集中した。


 …


「動いた。南南西から西に移動……止まった。今度は北上……」


 高槻は目を閉じ、瞑想しながらブツブツと呟く。


「犯人は大通りを抜けて北へ向かってる。今捕えている者を放ってそれを追え」


「はっ!」


 騎士は高槻の命令を受け、すぐに部下へ伝達する。


「……ふぅ。これ以上は追えないな。魔力の残滓が途切れた。後はキミ達に期待しよう」


「陛下は魔法を放った者が分かるのですか?」


 騎士は思った疑問を口にする。相手の能力を聞くのは冒険者なら憚られる行為だが、騎士にとっては関係無い。それに、己の主君のことは、護衛の為に知っておかなければならないことであり、身内の能力を把握するのは普通の行為だ。


「まあね。でも、正確には魔力だ。魔力を感知してる。誰でも魔法を使う際は、外部に魔力が漏れる。身体強化を行ってもそう。遠距離攻撃の場合も、魔法を放った術者には魔力の余韻みたいなのが残ってるのさ」


「そんな……魔力を感知するなど……しかも街中でそれは……」


「『魔力探知マナディテクション』って魔法があるんだよ。それに、キミの言いたいことは分かる。魔力を使うのは戦闘行為だけじゃない。魔導具を使う際にも魔力を使うし、無意識に魔力を使ってる者も大勢いる。子供とかね。街中で魔力を探知するのは無理があるって言いたいんだろ? けど、攻撃に用いる魔法は日常的に使う魔力なんかよりずっと大きいんだ。判別するのは簡単な事さ」


「は、はあ……」


 親衛隊の騎士達は身体強化をはじめ、魔法を使用する者も多い。しかし、騎士は高槻の言う事が出来るとは思えなかった。それは恐らく魔法を操ることが専門の魔術師がこの場にいても同じ様に思っただろう。それ程、高槻の行ったことは次元の異なる話だった。


 …


 一方、大通りを脱し路地に逃げ込んだイヴは、騎士達が人混みをかき分けて路地に入って来たのを見て、やはりと確信する。騎士達は明らかに犯人の逃げた方向が分かっている。しかし、特定はできていない。それが不気味だった。


 既に騎士達の視界にはイヴの姿が入っている。


「がっ!」

「ぎゃっ!」

「かはっ!」


 路地にいた人々が次々に組み伏せられ、捕縛されていく。騎士達に一切の容赦は無く、警告も無しに相手を無力化していた。


 やがて、一人の騎士がイヴに迫り、槍の石突をイヴの背中に放った。


「あぐっ」


 背中に攻撃を受けたイヴは、勢いのままに地面に倒れる。避けようと思えば避けることは出来たし、走って騎士を振り切る自信もイヴにはあった。しかし、敢えて騎士に捕縛されることで高槻に近づき、鑑定する機会を狙った。


 レイがいれば叱責される考えだが、暗殺に失敗したことから気持ちの切り替えができていなかった。イヴはまだ十四歳。幼少より訓練を受け、実戦経験があるとはいえ、精神的にはまだ未熟だ。失敗を取り戻すために失敗を重ねてしまう典型的なパターンに陥ってしまっていた。


 その影響は、当然戦闘にも現れる。



「ん?」


 イヴを地面に倒した騎士が眉を顰める。


「どうした?」


「手ごたえが無い。この女、当たる瞬間、体を捻った。倒れたのは演技だな」


 親衛隊の騎士はイヴの装いを即座に見抜いた。親衛隊の面々は若い見た目どおりの騎士ではない。何十年ものキャリアを持つ実戦経験豊富な戦士だ。その目を騙すにはイヴはまだ若過ぎた。


「こいつが犯人だ!」


 周囲の騎士が一斉に抜剣し、倒れたイヴに群がる。誰も騎士の発した言葉を疑わない。親衛隊の騎士達は、お互いの実力と経験を知っているからだ。


「命令は捕縛だ。殺すな! だが、腕や足の一本や二本は構わん。死んでしまわなければどうとでもなるのだからな!」


 騎士達は一斉にイヴに剣を突き立てる。即死しないよう、首や胴体は避けているものの、両手両足を斬り飛ばす勢いだ。


 イヴはこれ以上の演技は無駄だと判断し、素早く起き上がって後方に後退り、魔銀の小太刀と炎の魔法短剣を抜く。


(相手は四人……しかも今まで出会ったことのある騎士達とは違う)


 剣を抜いて対峙し、騎士達の所作を見たイヴは、親衛隊がお飾りの騎士団ではないことを知る。狭い路地に五人がばらばらに立っていても、それぞれに隙が無く、お互いを邪魔しない位置と間合いが自然に取れている。野性的な獣人達とは違い、高い練度が伺えた。イヴの知る限り、同じ事が出来るのは神聖国にいる暗部の上位者達だけだ。


 それでも、倒す自信がイヴにはあった。


 ―『新宮流 流水乱舞』―


 イヴは小太刀を順手、短剣を逆手に構えて突っ込む。逃走する前に、目の前の騎士を先に始末した方が早いとの判断だ。


「「「馬鹿がッ!」」」


 四人が一斉に剣を振る。ほぼ同時のタイミングでイヴの前後左右から放たれる斬撃。並の者なら避けることは不可能だ。


 しかし、イヴは驚異的な動体視力と身体の動きでその斬撃を避け、同時に二人の騎士を斬りつけた。


「「「なっ!」」」


(届かない……)


 イヴが急所や動脈を狙ったにも関わらず、騎士は剣を振りながらも致命傷を避けた。魔鉄製の鎧は強固だが、鎧には関節部など弱い箇所もある。その構造を熟知している騎士は、当然そこを攻撃されることを想定して訓練しており、予想外の攻撃にも無意識に身体が動いていた。生半可な訓練ではそこまでには至らない。相手はイヴの見立てを上回る実力を持っていた。


 レイやリディーナが親衛隊の騎士達を簡単に殺せるのは、相手を上回る鍛錬と経験、または才能の賜物であり、現代兵器のおかげだ。親衛隊の騎士は決して弱くはなく、この世界において最高峰の騎士達なのだ。レイとリディーナと共に行動する内に、イヴは無意識に感覚が麻痺しており、相手の正確な実力が測れなくなっていた。


(強い……)


 イヴはここで初めて『鑑定の魔眼』を対峙する一人の騎士に発動させた。


(ッ! 六十七歳!? まさか、レイ様の言っていた若返りの――)


「ちっ、魔術師かと思ってぬかったわ!」

「油断とは耄碌したか?」

「馬鹿を言え、こ奴は実力者じゃぞ?」

「我らも形振り構ってはおれん、行くぞ!」


 親衛隊に油断している気配は無い。それは、先の戦場で隊長であるスペンサーが死んだことの影響だ。レイがスペンサーを殺したことで騎士達の驕りは無くなっていた。そして、簡単と思われた任務に失敗し、彼らは後が無かった。


 再び失敗することは許されない、そう彼等は自らを追い込んでいた。


 四人がまたも同時に剣を振る。


 イヴは短く息を吐き、先程と同じように四人の動きを捉え、隙を突いて今度は深く刃を突き立てるよう修正する。歴戦の騎士と四対一で戦えるだけでもイヴの実力は相当なものだ。しかし、やはり精神的な未熟さと経験の差は如何ともし難かった。


 先程と違い、四人は同時に斬りつけるも、傷を負った二人が予想外の行動に出る。イヴの刃を避ける気配が全く無いのだ。


「ぐふっ」

「うくっ」


 そのことにイヴが気づいた時には既に遅かった。


 小太刀と短剣が二人の騎士の身体を貫くも、二人は即座に剣を捨ててイヴの手を掴む。まるで、最初から狙いだったかのように、己が傷つくのを構わず捨て身でイヴに組み付いたのだ。


「うぐ……ふはっ、死ななければどうとでもなるのは我らも同じ!」

「かはっ……はっ、し、親衛隊を……な、舐めるな」


 一人は腹部の鎧の隙間を小太刀で斬り裂かれて腸が飛び出し、もう一人は首の動脈から血が噴き出ている。にも拘らず、二人は笑みを見せる。


「がっ」


 それに一瞬気を取られたイヴに残り二人の剣が届いた。


「ちっ、なんだその外套は?」

「刃が通らん! 黒剣だぞ?」


 ―『飛翔』―


 古龍の素材から作られた外套は刃を通さずとも、その衝撃までは全てを殺せなかった。打撲、もしくは骨にひびが入ったと判断したイヴは、不利を悟って上空へ飛び上がる。魔眼を連発して魔力が少なく、『炎の魔眼』は使えない。それに、この近距離では魔法の鞄にある現代武器を取り出す隙も騎士達は与えてくれないだろう。この場を離脱するしかイヴに選択肢は無かった。


 だが、親衛隊の猛者はそれを許しはしない。


「馬鹿めっ!」


 騎士の一人が魔封の魔導具を取り出し、魔力を込めた。


 イヴの飛翔魔法はかき消され、力が抜けたように地面に落下する。同時にあらゆる魔法、魔力が使えなくなり、魔法の鞄も開けなくなった。


(うくっ、ま、拙いです……ね)


「手こずらせおって小娘が」

「認識阻害の外套か……」


 魔封の結界により、外套に流れていた魔力も遮断され、認識阻害の効果も消えて、イヴの素顔が露わになる。その裏では、先程傷を負った騎士二人が小瓶を取り出して呷っていた。


「ふぅ、危うく死ぬところだったわ」

「まったくだ」


 みるみる傷が塞がり、何事も無かったように復帰してきた二人の騎士。


(あれは回復薬?……なんて効果なの)


 二人の傷の回復速度はレイの再生魔法より遥かに速い。レイから聞いてはいたものの、その効果を実際に目にしてイヴは驚く。


「詰みだ。小娘」


 四人の騎士がイヴを囲む。それに、路地には後続の騎士が次々に現れ、四人に合流していた。


 

 ドグチャ



 突然、路地にいる最後方にいた騎士が白い柱に圧し潰された。


「「「は?」」」


 慌てて振り返る騎士達。


 ブルルルッ


「もう……来てはダメだと言ったのに、困ったものですね」


 そう言いつつも、イヴの顔が綻ぶ。


 現れたのはブランだ。



『イヴちゃん、来ちゃった』



「馬が喋っ……おぶっ」


 ブランの蹴りで騎士の頭が吹き飛んだ。いくら瞬時に傷を回復できる薬があっても、頭部が無くなれば意味は無い。魔封の結界内では騎士達も魔法が使えず、魔獣の前ではただの人だ。


「なんだ? その異常な力は? ただのデカい馬じゃないのか?」


 動揺する騎士達。いくら経験豊富でも、一角獣ユニコーンと直接対峙した者はいない。リディーナでさえ、遠目で見たことがあるだけなのだ。街中に現れた巨馬がそうだと誰も予想できなかった。


 しかし、普通の馬ではないことは分かる。


「魔封の結界を解除しろ! コイツ、魔獣だ!」


 騎士は魔導具を即座に解除し、身体強化を施した。生身のままでは目の前の馬に敵わないと即座に判断したのだ。


 しかし、その判断は一角獣ブランの前では悪手だった。



 ―『雷撃』―



「「「あびゃっ」」」


 魔法が使えると本能で察したブランは、雷魔法によって路地の騎士達を一掃する。放たれる電撃を避けることも防ぐこともできず、騎士達は次々に倒れていく。


「バケモンがっ!」

「ちっ、仕方ない。もう一度、魔封の――」


 ゴウッ


 魔封の魔導具に手を掛けた騎士を中心に、周辺の騎士達が同時に激しく燃え上がる。イヴの『炎の魔眼』だ。


「「「おあがぁぁぁ」」」


 視界にいる十数人の騎士を一度に焼き殺し、イヴはその場に座り込んだ。


『イヴちゃん、お腹空いたー』


「あとで一杯食べさせてあげます」


『えー 後でー?』


「今ので私も限界……魔力切れです。先ずはここを離れましょう。……それと、助かりましたよ、ブラン。ありがとう」


『んー? なにがー?』


「まったく、ブランは不思議な子ですね。どうして戻ってきたのですか?」


『えー? だってオッサン達クッサイし……ゴハンくれないし……オイラ、イヴちゃんと一緒がいいし……」


「もう……」


(今回は本当に助かりました。私はまだまだダメですね。失敗ばかりです)


 イヴはブランの背に乗り、その場から離れた。路地には夥しい数の焦げた騎士達が横たわり、騒ぎが大きくなるのは確定的だった。


(この件をレイ様になんて報告したらいいのか……)


「はあーーー」


『イヴちゃん、お腹空いたー』


「はいはい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る