第508話 オブライオン王都③

「は? 莉奈が……死んだ?」


「うん。相手は女神の使徒だって」


「香織、冗談にしても笑えないぞ。なんで莉奈が使徒に殺されるんだ? 莉奈は城に……まさか、城に侵入されて――」


 高槻はハッとして王座から立ち上がって周りを見渡す。


 しかし、誰かの襲撃に遭ったような気配は感じられない。



「違うの。吉岡さんは九条君に早く『鍵』を渡したいって、城から出てたんだよ。聞いて……ない……の?」


「莉奈が九条に? なんでだよ……いや、その前に莉奈が死んだなんてどうして香織が分かる? なんで知ってんだよ!」


「私は知らないよ? 九条君にさっき会って、祐樹君に伝えてくれって頼まれただけだよ? ……吉岡さんが死んじゃったなんて私も信じられない。でも、吉岡さんが九条君の為にって城から出て行ったのは本当なの……」


「……九条はどこだ?」


「分からない。私の部屋に来て、それだけ言ってどこかに行っちゃったし……あ、夏希さんのトコに行くって言ってたような……」


「夏希の? ってことは地下の遺跡? くそっ、一体どういうつもりだ九条め!」


 すぐに九条に真意を確かめたかった高槻だったが、地下に向かったと聞いて浮きかけた腰を玉座に沈めた。地下にある古代遺跡はいくら高槻でも準備も無しで立ち入るのは危険だからだ。


「祐樹君、私に出来ることがあったら何でも言って? 私は祐樹君の味方だから」


「ああ。だけど、今はいいよ。少し頭を整理したいから一人にしてくれないか?」


「……うん。私は部屋に戻るけど、何かあったらいつでも来てね」


 一人にしてくれと言いながら、周囲にいる騎士や取り巻きの王女達が動く様子は無い。勿論、それは高槻が命じていないからであり、赤城もそれは承知しているので素直にこの場から退出する。


(くひっ 吉岡さんが死んで、これで高槻君を一番知ってるのは私だけ! あの取り巻きの女達なんてただのお飾りだもん。焦らなくていいよね)


 赤城香織が、夏希・リュウ・スミルノフに先んじて高槻に吉岡莉奈の死を報告したのは、愛人とも言える関係の吉岡が死んだことに高槻がショックを受け、次は自分を頼ってくれると思ったからだ。こちらの世界でどんなに人間関係を構築しようと、現代日本で育った十代の高校生とはやはり価値観の違いは大きい。この世界でクラスメイトが減れば減る程、高槻との距離が縮む……そう、赤城香織は考えていた。


 恋敵である吉岡莉奈が死んだことに浮かれ、赤城は冷静な判断が出来ていなかった。自分が高槻にどう思われているかという考えが抜けていたのだ。


 …


 赤城香織が謁見の間を去った後。


「……くそがッ! 何が莉奈が死んじゃっただ! あのブス、意味の分かんねー話を持ってきやがって! 味方? ブタの味方は豚鬼で間に合ってんだよッ! 能力が無きゃ、ただのブサイクな陰キャのクセに、この僕と対等のつもりか? 調子に乗りやがって!」


 高槻は顔を歪ませて赤城を罵倒する。普段からイメージ戦略として本音を表に出すようなことを戒めていた高槻だったが、この世界に来て月日が経ち、その必要性が薄れつつあった。クラスのまとめ役として、皆にいい顔をしていた元アイドルの顔は最早無い。


「へ、陛下、聖女様に口が過ぎます。お鎮まり下さい」


「はっ! 内心じゃ、お前だってあのブスを見下してんだろ?」


「そ、そんな事は……」


「傷が治せるなら顔面でも治――」


「陛下」


 先程の衛兵がまたも高槻に近づき、耳打ちする。


「今度は何だ!」


「夏希・リュウ・スミルノフ様がお見えです」


「何?」


 …


 赤城香織が退室して暫く、後に入ってきた夏希に親衛隊の騎士達は無意識に道を開けた。赤城の時には見られなかった行動だ。戦いに身を置く者の本能が無意識にそうさせ、謁見の間は先程とは一変して重い雰囲気に包まれた。


 夏希の纏う黒い全身鎧は、魔鉄製の鎧より光の反射率が殆どない漆黒。人ならざる者と思わせるそれを身に着けるのは、この世界の王族や貴族の令嬢に引けを取らない美貌の持ち主だ。しかし、漂わせる雰囲気はとても十代の女性が放つものではなく、見た目は若いが歴戦の騎士である親衛隊の面々が重圧を受ける程のものだった。


 他の『勇者』達と違い、常時、能力による鎧を顕現させている夏希・リュウ・スミルノフは、九条彰が言うように如何なる時も隙を見せない。



「久しぶり……かな?」


「手短に話すわ。莉奈が死んだ。王都の真東にある草原……そこにいる騎士達が大勢いたところでって九条は言ってた。それとこれ」


 高槻の挨拶には応じず、夏希は用件だけを伝えて九条から預かった衛星画像の写真を高槻に渡す。


「何これ写真? うっ! 莉奈……」


 夏希に手渡された写真には吉岡莉奈の歪んだ頭と血塗れの顔が映っていた。


「確かに伝えたわよ。じゃあ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 夏希さんは莉奈が死んでなんとも思わないの?」


「正直言って……そうね。それ程仲が良い訳でも無かったし……というか、私達が日本に帰る方法を必死に探してる間、彼女は同調するフリして私達『探索組』の活動をアナタに流してた。そのこと自体は別にいいけど、本気で取り組んでこなかったことで私達は遠回りさせられたのよね」


「だからって――」


「命がけの遠回りよ? それを知ってて彼女は……はっきりムカついてたって言った方がいいかしら?」


「うっ」


 一層増した夏希の重圧に高槻がたじろぐ。それは周りの人間も同じだ。取り巻きの王女達は夏希の美貌も相まって完全に気圧されている。 


「もういいかしら?」


「き、君の言い分は理解したよ……だけど、莉奈が本当に死んだかは置いといて、僕達を殺しにこの世界の神が刺客を寄越してることにはどう思ってるんだい? 女神の使徒って奴は、問答無用でクラス全員を抹殺するつもりらしい。九条から聞いてるだろ? 日本に帰りたいだけだから関係無いって言っても通用しないんじゃないかな?」


「私は何としてでも日本に帰る。それを邪魔する人間は誰であろうと許さない、それだけよ。今は地下の古代遺跡に私達を日本に送還する機能があるかどうかしか興味は無いわ」


 そう言って夏希は踵を返し、振り返ることなく謁見の間を出て行った。


 …


「くそっ」


 高槻は苛立ち、王座のひじ掛けを叩いた。赤城と夏希の二人に吉岡の死を伝えられても、高槻は半信半疑だ。情報の出所が九条というのも苛立ちの原因だった。


 ここ数週間、高槻と九条は袂を分けたといっていい程、行動と思惑に乖離が生じていた。この世界を支配しようとする高槻と、地下の古代遺跡に執着する九条。はじまりはこの国を住みやすくするという目的があった『王都組』だったが、今や二人のリーダーの元、それぞれが行動している。それが高槻は気に入らない。


 九条の正体を知らない高槻は、遺跡の本当の正体も知らなかった。この世界を支配できる力がある古代の遺物、強力な兵器としか思っていなかったのだ。今の高槻にはそれに頼らずとも他国を支配できる自信があり、未だに遺跡に拘る九条とそれに協力するクラスメイトが理解出来なかった。


 そのことを密かに探っていた吉岡が死んだという。


「……おい」


「はっ」


 高槻は『親衛隊』の騎士に視線を移す。


「お前の報告に莉奈のことは無かった」


「はっ、ヨシオカリナ様があの場にいたことは確認しておりません」


「確かか?」


「はい」


 騎士は、はっきりと答える。見聞きしたもの以外の不確かな事を曖昧に報告する愚は犯さない。


(莉奈には転移魔法がある。瞬間的に現れたら騎士達が気付かなかったこともあり得るか……)


「草原に案内しろ。僕が直接調べる」


「はっ」


「それと念の為、対使徒用に準備していた警備体制に移行。情報は誤りかもしれないが、使徒はいずれここに来るんだから間違ってても予行演習がてらに丁度いい」


「承知しました」


「まずは莉奈の死の真相を確かめる。九条を問い詰めるのはその後だ。……まったく、王自ら動かないといけないなんて、どいつもこいつも……いや、これはキミ達のことじゃない、クラスメイトのことさ」


 高槻はいつもの表情に戻り、王女達に笑顔を見せると玉座から立ち上がった。


「行くぞ」


 …

 ……

 ………


 魔軍馬スレイプニールが引く豪奢な馬車が王都の大通りを走り抜ける。馬車には完全武装の『親衛隊』百騎が随伴し、高槻を護衛していた。


 高槻に護衛は必要無く、飛翔魔法で空を飛んだ方が早いし安全だ。態々遅い馬車を使い、護衛を伴うのは見栄えの為だ。今も通りにいる民に向かって馬車の上のお立ち台から手を振っている。


「陛下、危険です。刺客がどこにいるか……」


「ふふっ、心配ないさ。それに生の僕を民に見せるのも久しぶりだ。たまにはサービスしないとね」


「さ、さーびす……?」


「……とにかく大丈夫だよ」


 高槻を乗せた馬車に気付き、続々と人が集まって来た。自分達の生活を豊かにした若き王、『龍殺しの大賢者』という英雄に人々は熱を帯びた声援を送る。また、黒一色に統一された装備に身を包み、戦争で戦果を挙げている『親衛隊』の人気も相まって、通りは大混雑に見舞われた。



 そんな中、一人の女性がジッと高槻を見つめる。



(勇者……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る