第507話 オブライオン王都②

 オブライオン王国の新たな王となった高槻祐樹は、隣接する小国をいくつも攻め落とし、恭順の意を示さない国へは侵略する姿勢を今も貫いていた。その為、王都であるこの街には、戦争を機に様々な人間と物資が国の内外から集まっていた。


 戦争は、人的資源と物資が大量に消費される。軍事に直接関わるものだけでなく、それに関連したものも含めてだ。消費される人や物の需要を供給する為、戦争中の国は経済が大きく動き、一時的な好景気に沸く。無論、それは戦争を優位に進めている国だけであり、原料の調達と生産が国内で完結できる国だけである。


 現代地球のように、単独で経済が完結している国が殆ど無い状況では、戦争は逆に経済を失速させる。それに、人権や倫理など、国際的な規範や法律が定められた現在の地球では、戦争を起こした際に失うものの方が多く、例え戦争に勝ったとしても得られるものは非常に少ない。勝てば土地や財産、人間などを自由にできた時代とは違い、戦争は儲かると言われたのは今や過去のことだ。


 しかし、この世界ではまだまだ戦争によってもたらされる恩恵は大きかった。他国を侵略し、その国の土地と財産を差し押さえ、奴隷という安価な労働力を得られるからだ。戦争を起こして他国から非難され、経済制裁を受けたとしても、戦争に勝って得られるものの方がまさっていた。勝った国には必然的に多くの人と物が流入し、経済発展が加速する。


 …


「はーい、安いよ安いよ~ 新鮮な野菜だよ~」

「さあさあ、この剣の斬れ味を見てってくれ~」

「お兄さ~ん、ちょいとアタシと遊んでかない?」


「こいつは珍しい食いモンだな~」

「おいおい、こんなナマクラが戦場で役に立つかよ?」

「へへっ、久しぶりの街だ。休暇中はたっぷり楽しむぜ」


 オブライオン王都の外周エリア、街の下層区画ではあちこちに露天商が商品を並べ、娼婦達は昼間から路上で身体を売っている。売る側も客側も多くの人間で通りは埋まり、さながら祭りのようだ。そのような状況が成立するのは、戦争によって潤った人間、また、戦争という狂気に本能を刺激された人間が多いことを示していた。


「そこの兄ちゃん、いい身体してんなー。どうだい? ウチで働かないかい?」

「俺はこの国の兵士になりにきたんだ。他をあたりな」


 体格の良い若者に露天商が声を掛けるが、男は手を振ってあしらう。


「へ~ 志願兵かい? だったら武器だ! イイのが入ってるぜ~」


「兵士になりゃ、武器や防具は支給されるって話だ。いらねーよ」


「分かってねーなー、兄ちゃん。さては他所の国から来たな? 兄ちゃんみてーに、武功を挙げて出世してーってヤツは大勢いるんだぜ? なんせ、平民から貴族になれる機会なんてねーからな。だけどな、兄ちゃん……戦場で他のモンを出し抜きたくねーのかい?」


「……出し抜く?」


「他人よりイイ武器を持ってりゃ、出世も早まるってモンだ。それに、兄ちゃんはツイてる。今日は滅多に手に入らない『親衛隊』御用達の黒剣が入荷したばかりなんだからよ」


「親衛隊? 黒剣?」


「かぁ~ マジかよ兄ちゃん、知らねーのか? 親衛隊ってのはこの国最強の騎士団で、コイツはその騎士団の装備と同じ代物だ。剣の素材は『魔鉄マギアン』っていう、魔銀ミスリルを凌ぐ金属で、そこらの鎧なんざバッサリよ。それとも、志願兵に支給されるような粗悪な剣で頑張るかい?」


「うーん」


 若者は露天商の前で足を止め、黒い剣をまじまじと見つめた。


「おっ、噂をすればだ。アレを見なよ」


 露天商が指差す方に、大通りを颯爽と駆け抜ける黒い一団が見えた。レイに指揮官であるジャレッド・スペンサーを殺され、敗走して王都に戻って来た『親衛隊』だ。それぞれの表情は暗く、悲壮感を漂わせていたが兜でその表情は見えず、また、遠目の為に露天商や若者の目には黒で統一された精強な一団としか映っていない。


「あれが『親衛隊』? かっけぇ……」


「そうよ! この国最強の騎士団だ。……で? どうする、兄ちゃん?」


「あ、ああ。買うよ。こいつで俺も……」


 若者は少なくない金を払い、黒剣を手にして街の中心に向かって去って行った。


「毎度あり~」


 …


(魔鉄?)


 魔鉄という言葉が引っ掛かり、イヴは雑踏の中、足を止めて黒剣を売る露天商を見る。


「鋼鉄よりも軽くて強靭! 斬れ味も抜群だよ~ さあ、見てってくれ~」


 若者に剣を売り、通りを歩く人々に一層声を張り上げる露天商。


魔鉄マギアンは、サイラス帝国が秘匿している冶金技術なはず……何故ここに? それもこんな露店で見かけるなんて)


 イヴは密かに『鑑定の魔眼』を発動させ、並べられていた黒剣を視た。


「おっ! お嬢さん、護身用かい? 安くしとくよ~ お連れの人達もどうだい?」


 そう言って、露天商はイヴと一緒にいたバッツ達を見る。


「「「いや、俺達は別に……」」」


(((黒い剣なんて冗談だろ?)))


 刃物全般において、その元となる金属の殆どが刃を出す為に研げば銀色の光沢が出る。現代地球でも刃物の主な材質といえば炭素鋼かステンレス鋼だが、どちらも研げば銀色だ。この世界でもそれは同じで、黒い金属はレイの持つ『魔刃メルギド』の素材の一部である魔金剛アダマンタイトぐらいだ。しかし、魔金剛は超が付く希少金属であり、一般的に出回る素材ではない。


 地球とこの世界を含めて、世の中に出回っている黒い刃物は刃以外の部分に防錆や光の反射を抑える為のコーティングがしてあるに過ぎない。現実に黒い金属や素材が無いわけではないが、刃物の素材としては適しておらず、使用されることは殆ど無い。命をやり取りする戦闘用なら特にそうだ。例外としてセラミックスやプラスチックを成型時に着色し、黒や白の刃物が製品化されてはいるが、戦闘用の武器として使用に耐え得る強度や切れ味は無く、暗殺用や金属探知機を避ける為等の特殊な用途でしか使われない。 


 バッツ達が黒い剣を見て眉を顰めるは、彼らがプロの冒険者であり、着色された剣の扱いにくさを知っているからだ。特殊な加工が施された刃物というのは、それを維持する為に専用のメンテナンスが必須で、旅の多い冒険者には不向きである。それに黒い刃というのも普段携帯するには憚られる。この世界でも暗殺、夜襲用という印象が強いのは同じというのもあるが、夜間や暗がりでは目立たずとも、日中では逆に目立つからだ。


(旦那ぐらいの腕利きならともかく……)

(夜襲、暗殺専門ですって宣伝するようなもんだしな)

(そもそも素材は何だ? 刃も黒いなんて見たことないぞ?)

(まあ、興味が無くは無いがどうせ――)


『ウワキ? ワタシガイルデショ、ラルフ』


「(しー! 喋んなッ!)」


『ヒドイッ! シンデヤル! ミチヅレニ、ゼンインブッコロシテヤルゥゥゥ!』


「(俺が悪かった! 頼むからやめてくれッ!)」



「黒い剣を隊で使用してるなんて『親衛隊』とは有名なんですか?」


 背中に背負った『女鬼の戦槌メンヘラ』を小声でなだめるラルフの横で、イヴが露天商に話し掛ける。


 騎士団や兵士達のように、集団で近接戦闘を行う者達が黒色の剣を装備してるなど普通では考えられない。黒色は当然、敵から目立たない色というのは、味方からも認識し難い。黒い刀身は夜間の戦闘では目立たず、敵に察知され難い反面、同士討ちの危険が大きいのだ。これを標準装備している部隊は実戦を想定していないか、個と隊の練度が相当高いかのどちらかだ。


「なんだい、お嬢さんも他所から来たのかい?『親衛隊』ってのは、この国の勇者様が作った騎士団さ。団員はみんな若いのに戦場じゃ負け無し、百戦錬磨の精鋭って話だ。最近じゃそれにあやかろうと黒い剣が飛ぶように売れてる。今買わないと今度はいつ入荷するか分かんないよ?」


(勇者が? やはり、以前には無かった戦力ですね……この露天商の話が本当なら、魔鉄に関して調べておいた方がいいかもしれません。サイラス帝国が介入しているのであれば厄介です。まあ、レイ様の敵ではないでしょうが……)


「どうだいお嬢さん、小振りの剣ならお安く――」


に興味はありません」


 そう言ってイヴは踵を返し、大通りに向かって歩き出した。


「し、失礼なッ! 何が紛いモンだッ! 素人が商売の邪魔しやがって! ったく、これだから他所モンは……」


 イヴに図星を突かれ、周囲の視線を誤魔化すように悪態をつく露天商。しかし、その足元では、並べられたの黒剣に赤茶色の錆が浮き出ていた。


「なんだおい! どうなってるッ!」


 それを見て慌てる露天商。錆はどんどん広がり、黒い剣があっという間に赤茶けた錆に覆われ、やがてボロボロと崩れていった。


「「「おいおい……」」」


 その不思議な現象にバッツ達を含めて野次馬が集まり出し、露天商の周りには人だかりができる。そんな中、ラルフだけは顔を青褪め、背中の『女鬼の戦槌メンヘラ』を見ていた。


(ま、まさかお前……)


『(ミンナコワレテシマエバイイノヨ)』


 ボソリと呟く戦槌に頬が引き攣るラルフ。剣を急激に酸化させて錆びさせたのは『女鬼の戦槌』の仕業だった。戦槌の毒に関しては、所持者のラルフも全てを把握していない。少なくとも数種類の毒を使い分けていることは分かっているが、それらの詳細は勿論、制御も出来ていなかった。


 しかしながら、露天商が並べていたのは『魔鉄』ではなく、単なる鉄製の剣だった所為でいとも簡単に錆びてしまったのだが、それをラルフは知りようもない。


 ラルフはバッツ達の腕を掴み、その場から逃げ出すようにイヴの後を追った。


(街中でなんてことしやがる!)


 …

 ……

 ………

 …………

 ……………


 ―『オブライオン王国 王宮』―


 王宮内、謁見の間では、黒い装備を身を纏った『親衛隊』の騎士達が膝を着き、スペンサーの死と任務の失敗を報告していた。玉座に座る高槻祐樹は無表情でそれを聞き、つまらなそうに言葉を返す。


「……で?」


「はっ、その……申し訳御座いません」


「そうじゃなくてさあ、『鍵』の確保は失敗しました、豚鬼も数千がやられ、指揮官も死んで逃げてきました、ってのは理解したよ? じゃあ、これからどうするの? ってのを僕は聞きたいんだけど?」


「はっ、し、しかし、すぐにはお答えし兼ねます……」


 強力な個に対するには、いくら人数を増やしたところで被害が増すだけだ。相手の力を見定め、確実に完封する策と罠が必要だった。しかしながら、隊の一部は未だ帰還しておらず、偵察に秀でた者も生還していない。バヴィエッダの放った魔物の正体と、圧倒的な強さを見せつけたスペンサーを葬った手段を知る手立てが無く、騎士は高槻の求める問いに即答することは出来なかった。


「まあ、責任者が死んじゃったんじゃキミを責めても仕方ないけどさ。……そう言えば、ザック・モーデルはどうしたの? あれだけ自分に任せてくれって意気揚々と出て行ったのに……死んじゃった?」


「え? さ、さあ、途中からはスペンサー様が指揮を執られ、あの者とは別行動でしたので詳細は……」


「数千の豚鬼兵を率いて、十人前後の冒険者相手に何も成果を出せませんでした、なんて言えないか。生きてても帰っては来れないだろうね」


「申し訳ありません」


「いいよいいよ、キミ達は。こうして恥ずかしい事でもちゃんと報告しに来たじゃないか。僕は責任を取らない責任者ってのが嫌いなだけだよ。ザックが逃げたんなら前国王と同じ運命が待ってるだけさ」


 騎士はゴクリと息を呑む。前国王のウェインがどうなったか、この国の軍事に深く関わる者なら誰でも知っている。豚鬼に無理矢理犯され続けるくらいなら死んだ方がマシだ。しかし、そのような処罰を受けた者は自死を選んでも安寧は訪れない。死しても不死者アンデットとして肉体が朽ちるまで酷使され、死者の尊厳など皆無だ。高い身分や功績のある者ほど、そのような仕打ちは耐え難かった。


「キミ達『親衛隊』は、若返りや魔鉄製の装備、魔軍馬スレイプニールなど結構投資してるんだ。それに、今までの戦争で十分な功績もある。だから今回は大目に見るよ。けど、相手は婆さんの冒険者だっけ? 女神の使徒でもないのにそんなに強かったの?」


「スペンサー閣下は我々を下がらせましたので、詳しくは分かりません。ですが、魔力を遮断した状態で強力な魔物を使役しておりました」


「『魔物使いテイマー』ってこと?」


「いえ、魔物は突然現れました。炎を吐く巨人に頭が複数生えた竜など、これまで見たことも聞いたこともない魔物です」


「召喚魔法? いや、魔力が遮断されてるならそれは無理だ。魔法じゃない? それとも僕が知らない魔法の行使方法があるのか? ……興味が出てきたな」


「陛下が出られますか?」


 そう発言したのは高槻の隣に立つ女性、元バルザ国のエリス王女だ。


 エリスはこの国に連れて来られた以前と違い、高槻に反抗的な態度は消えており、政務の手助けをするようにまでなっていた。それはエリスだけではない。他の王女達も同じようにこの場に列席し、高槻を取り巻くように補佐している。


「ははっ、興味があるとは言ったけど、僕自ら出張るほどのものではないよエリス。前の『風古龍』の時とは違うさ」


「左様ですか……戦に関することは不慣れゆえ、差し出がましい事を言いました。お許し下さい」


「ふふっ、お許し下さい……か。ひょっとしてお仕置きして欲しいのかな? 近頃はエリスともご無沙汰だしね」


「お、お戯れを……」


 エリスはニヤけた顔を見せる高槻から目を逸らす。最近の高槻の行為は度が過ぎており、エリスにとっては苦痛を伴うものだった。王女の中には喜ぶ者もいるがエリスは違った。しかし、拒絶して悲惨な目に遭った者をこの数週間で何人も見てきたエリスは、従順に従うしか道は無い。



「失礼します。聖女カオリ様がお見えになりました」


 衛兵が高槻に近づき、そう耳打ちする。その瞬間、ニヤけた高槻の顔が一瞬で煩わしいといった表情に変わった。


 クラスメイト同士に上下はない。それはこの国の王となった高槻に対してもだ。普通なら王に謁見するのはそう簡単では無いが、クラスメイトは例外だった。そのことを分かっている衛兵は、ただ高槻に報告を上げるだけで「如何致しますか?」などとは言わない。例え、王である高槻が会うことを拒否しても、勇者に逆らえる人間は王宮には存在せず、赤城を待たせることなど誰にも出来ないからだ。



「祐樹君、ちょっと話があるんだけど」


「香織……今、ちょっと忙しいから話なら後で――」


 まるで教室に入って来るような気軽さで謁見の間に入って来た赤城香織は、高槻の言葉が終わるのを待たずに本題に入った。



「吉岡さん、死んじゃったよ?」

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