第506話 オブライオン王都①
「はっ! 魔王しゃまっ!」
「おい! ババア!」
「あ、あれ? なんだガーラかい……魔王しゃまは?」
再び目を覚ましたバヴィエッダの前には、ガーラをはじめ志摩恭子とアイシャ、エミュー、それと、合流したジークがいた。バヴィエッダは辺りを見渡すも、当然ながらレイの姿は既に無い。
「何、寝ボケてんだババア! 一体どういうつもりだッ!」
不意に魔法で眠らされ、怒り心頭のガーラがバヴィエッダに詰め寄る。
「……夢ではなさそうさね」
バヴィエッダはガーラの問いかけには答えず、痛みの残る腕を摩りながら呟く。
「説明しろッ!」
「話すと少し長くなるねぇ。まずは見た方が早いか。……ついてきな」
「「「……?」」」
草原に向かって歩き出すバヴィエッダを、ガーラ達は訳が分からないと困惑しながらも後をついて行った。
(本当にボケちまったんじゃないだろうな?)
…
……
………
「「「――ッ!」」」
「……なんだこれは?」
ガーラ達の目の前には、夥しい数の豚鬼達の死体、それとその残骸が散らばっていた。草原は血と臓腑、それらの焦げた臭いが漂い、凄惨な光景を目にすると同時に一同は顔を顰めた。
「ババアがやったのか? ……いや、数が多過ぎる。何があった? 答えろッ!」
ガーラが声を荒げる。バヴィエッダの召喚魔法はガーラも承知だが、これほどの数を殲滅するには魔力が足りないはずというのも分かっていた。
一目でバヴィエッダの仕業ではないと察したガーラは、これをやった者に対し、嫉妬にも似た感情が湧き起こる。この様な大規模攻撃はガーラにとっては命を引き換えにしてようやく出来るかどうかだ。それをやってのけた存在を気にせずにはいられなかった。
(使徒様がやったのか?)
一方、ジークはそう思い、息を呑んでいた。人がやったとは思えないほどの凄まじい光景。ジークはリディーナの実力を知らず、自分が助けられた際のリディーナの狙撃についても当然理解していない。目の前の光景をレイが単独でやったと思っていた。
「豚鬼の半分くらいはアタシさね。それでも、まお……いや、あの御方には遠く及ばない。なんせ、そこの二つの死体は『勇者』なんだからねぇ」
「「なにっ!」」
ガーラとジークの目が二つの死体に釘付けになる。首から下が炭化し、頭が血まみれの吉岡莉奈と、首があらぬ方向にねじ曲がったジェラルド・スペンサー。『勇者』の非常識さを実際に見ているジークと、二百年前に体験しているガーラは、二つの死体が『勇者』だと聞き、驚愕する。
二つの死体を見る限り、一方的な戦いだったことが分かる。特に、スペンサーの遺体は首を折られて殺されていた。不意をついたとしても、強者の首を折るなど簡単なことではない。それが可能なのは圧倒的な実力差があってこそだ。殺された二人が本当に『勇者』ならば、これをやったのは『勇者』より遥かに上の実力を有していることになる。
「それに、これの半分を婆さんが? ……マジかよ」
バヴィエッダの魔法を知らないジークは、目の前の老婆にも驚きを隠せない。冒険者ギルドがA等級以上の判定が不可能と判断し、特別に設けた『S等級』という存在を改めて実感する。まさに人外の力だ。
「「「あの御方?」」」
ジーク以外の面子は、バヴィエッダの言う『あの御方』が想像できずに困惑したままだ。
「なんでもないさね。……それより、この光景をアタシは何度も視た。そこの首が折れた男の代わりに、本当ならアタシがそこにいたはず……それはガーラ、お前もだ。ガーラだけじゃない。そこの色男と小娘も」
「「「……」」」
バヴィエッダは占いで未来を予見できることはこの場の人間には周知の事実だ。そのバヴィエッダが何度も見たということは、自分と仲間の死を回避するために何度も占ったのだろう。しかし、バヴィエッダは回避不可能な未来と判断し、己だけが死ぬ未来を選択した。
一同はそれを察し、バヴィエッダを見る。
「だから、オレ達を眠らせたのか? 馬鹿なことを……」
「フェッ フェッ 死ぬのはババアだけで十分さね」
「ババア……」
「けど、死ななかった。その意味が分かるかい、ガーラ?」
「……異世界人の介入。まさか、例のS等級か?」
「フェッ フェッ フェッ」
「誤魔化すな!」
「婆さん、何があった?」
ガーラとバヴィエッダの間にジークが割って入る。
「あの御方の名を口にすることはできないが、お前さんは知ってるんじゃないのかい?」
「……」
「あの御方と異端審問官であるお前さんが繋がってるのは何とも不思議なことだが、詮索はしないことにするさね」
(勇者に組した教会と手を組むなど……やはり、記憶が不完全な所為かねぇ。しかし、教会の教義に染まってる様子は無かった。知らずとも利用しているだけならば、流石、魔王しゃまといったところか……どうにか記憶を戻せないものかねぇ……こんな時にマレフィム様がいたなら……なんとも悩ましいねぇぇぇ)
バヴィエッダはレイを魔王の転生者と信じて疑っていなかった。誤解を招く発言をレイがしたこともあるが、何故かバヴィエッダには確信があった。それが、妄想なのか真実なのかは誰にも分からない。
…
「よ、吉岡さん……」
吉岡莉奈の遺体と凄惨な光景を目にした志摩恭子は、アイシャを抱きしめたまま、血の気が引いてその場に立ち尽くしていた。志摩の知る吉岡は、日本に帰りたがっていた生徒の一人だ。無論、それは吉岡のポーズであり、『探索組』の動向を高槻祐樹に頼まれて探っていただけだ。吉岡にとっては日本に帰ることはそれほど拘ってはいなかった。
そのことを含め、吉岡の悪行を知らない志摩にとっては、罪のない生徒が無残に殺されたとしか捉えていない。
自分の生徒の死を目の当たりにし、志摩は今まで体験したことのない感情に襲われる。
悲しみ、後悔、恐怖……そして怒りだ。
「ど、どうして吉岡さんが……彼女は帰りたかっただけなのに。こんな世界に無理矢理連れて来られて……酷い……どうして……私がもっと早く……」
今まで志摩恭子は生徒の死を聞かされても、実際にその死を見たわけではなかった。自分の生徒が死んだ姿を見るのはこれが初めてだ。同じく暴走した生徒の行いも実際に見てはいない。召喚当初は生徒達から隔離、監禁され、生徒達がどんな行動をしていたのか伝聞でしか知らなかった。
もっと早く一人一人の生徒に寄り添っておけばと、後悔する志摩恭子。日本にいた時は、生徒への干渉を避け、決められたカリキュラムを消化することだけを考えていた。この世界に来た当初は自分のことで精一杯だったこともあり、生徒との距離は一層開いた。
志摩は、生徒の死を実際に見て、これまでの自分の行いを後悔した。『死』という取り返しのつかない事態に直面し、激しく混乱する。
だが、人は絶望の後はそれを紛らわせる為に、その原因を無意識に他に転嫁する。でなければ、精神を保てず生きていけないからだ。
志摩は自責の念から逃れる為、その責任をレイに転嫁した。
「女神の使徒……」
無意識にそう確信している志摩恭子。レイに対し、怒りと憎しみの感情が湧き上がった。自身も殺されかけたことが、それに拍車をかける。吉岡莉奈の悪行もまた、志摩は知らないが故に。
「せんせー?」
志摩はアイシャを抱く腕に自然と力が入っていた。
「ご、ごめんなさい……アイシャは見ちゃダメ……行きましょう」
「おやおや。一体どうしたんだろうねぇ?」
踵を返し、この場から離れるように歩き出した志摩を見て、バヴィエッダは眉をひそめる。志摩の表情は今まで見せていた怯えが消えていたからだ。
「ふん、知るか!」
「俺達も行こう。護衛対象から離れるのは拙いしな」
「王都……か。これからは『魔占術』も役には立たないねぇ」
バヴィエッダは黒い球体を取り出すも、一瞥して再び懐に仕舞った。
…
……
………
…………
……………
―『オブライオン王国王都』―
「ここですね」
暫し時は遡り、奴隷商を装ったイヴ達は一足早く王都に辿り着き、王都内のとある奴隷商人の店に来ていた。王都に入る際、城門で検問を受けたが、フォーレスの奴隷商で調達した身分証と各種書類で難なく通過することができた。連れてきた元近衛騎士のユリアンは、騒がないようにイヴの魔法で眠らせてある。
「今更なんですけど、本当にやるんで?」
同じく奴隷商に扮したバッツが、イヴに再度確認する。
「勿論です。ですが、実行は夜です。今は下見というところですね」
「「「はあ……」」」
また奴隷商人を襲うのか、それを思いため息を漏らす『ホークアイ』の面々。
「心配しなくても、私が一人で実行します。皆さんはその後の管理をお願いします」
「「「そんな訳いかないでしょう!」」」
十代の女の子であるイヴに襲わせて、自分達は何もしないという訳にはいかない。ベテランのB等級冒険者というより、男として彼等にも意地があるのだ。
『イヴちゃん、これ脱いでいい? それとお腹空いたー』
「ダメですよ。
『ふぁ~い』
「もうっ!」
ブランには身体を覆うように外套が着せられ、頭部には飾りのついた馬具が取り付けられていた。些か物々しい格好だが、街中で一角獣の姿を晒すよりはマシである。
「イヴさんはこの街に来たことがあるんで?」
「ええ。一応、地理は頭に入れてあります。ですが、以前より街がかなり変わってますので、食事の後は散策してみようと思います」
イヴは半年以上前に、暗部の任務でこの街には訪れており、周辺の情報を当然網羅していた。しかし、当時の街の状況と今ではあまりに環境が変わっていた。
「それには賛成だ。この国に入ってから見たこと無いモンを目にすることが多かったが、この街は変なトコだらけだ」
そう言ってバッツは辺りを見回す。街には至る所に電線が張られ、屋根という屋根に太陽光パネルが設置されていた。外からでも建物の中に光が溢れているのが分かる程、潤沢に電球が普及している。現代人が見れば、風情ある中世ヨーロッパの街並が台無しだ。如何にも急ぎ設置したといった様子で、景観の調和は取れていない。
「以前には無かった物ばかりです」
イヴは街中に設置され、四方に向けて映像が流されているモニターを見る。そこには豪奢な衣装に身を包んだ高槻祐樹が、仰々しく演説している映像が流れていた。まるでコマーシャルのように繰り返される映像には、国の政策や現状、新たな法律などから、人々の生活を便利にする設備や製品の紹介まで盛り込まれていた。
「なんだこりゃ……こんな薄い板の中に人がいやがる……」
「バッツさん! アレ見て下さい!」
「ッ! うえぇ……マジかよ」
バッツ達の視線の先には、屋台で美味しそうに『カレーライス』を頬張っている若者がいた。その茶色の見た目に、バッツ達がアレを連想したのは言うまでもない。
「狂ってんのか? いや、他の客も食ってやがる……ひょっとして食いモンなのか?」
「オメーら、『かれーらいす』を知らねぇのか? 田舎モンかよ?」
「「「かれーらいす?」」」
馬車に設置された檻の中から、バッツ達を嘲笑するように元近衛騎士のユリアンが声を発した。
「もう起きたのですか? 早いですね」
「ふん」
ユリアンは不貞腐れたようにイヴに対してそっぽを向く。叫んで助けを呼んでも奴隷という自身の身分は変わらない。ユリアンは目が覚めても特に騒ぎ立てるようなことはしなかった。だが、再び売られるかもしれないと思い込んでいるユリアンは不満顔だ。
「おい、『かれーらいす』ってのは何だ? 本当に食い物なのか? ありゃどう見たって……」
「『勇者』共が広めた料理の一つだ。初めて見たんなら、オメーらがそんな反応すんのも当然だな。俺も最初はそう思ってたからな。今じゃ平民にまで広まってるみてーだが……」
そう言って、ユリアンは周囲を見渡す。勇者達の生み出した日本の文化は、当初は情報の拡散防止と利権の独占を考えた貴族や王族たちによって、王宮のみに留まっていた。それが今や街中に拡散し、人々に笑みが浮かんでいる様子を見て、『勇者』に恨みを持つユリアンは複雑な心境だった。
「貴方の知っている王都とも随分違うようですね」
「当たり前だ。奴隷になってどれくらい離れてたと思ってんだ? 来る日も来る日も暗い地下で変態共の相手を――」
「街のことより、王宮の構造や人員配置が知りたかったのですが、どうやらあまり意味は無いかもしれませんね」
「勇者共が実権を握ってからのことは知らん。当然、変わってるはずだ。というか、城のことを知ってどうするつもりだ? まさか……」
「詮索は無用です」
(こ、こいつら正気か? 城の構造を知りたいって、勇者を殺る気じゃないだろうな? 馬鹿が、敵うはずがない!)
「お、おい、あいつらに逆らってどうなるか分かってんのか? 女、お前も犯されて奴隷になるぞ」
「私の心配は無用です。それより、知り過ぎれば無事に解放されるか分かりませんよ?」
「ふん、解放するといってこの様だ。本当に解放する気があるのか怪しいもんだ」
「それは貴方次第です。レイ様のお役に立てれば無下にはされないでしょう」
「……」
ユリアンはレイと聞いて、前に一瞬でやられた記憶が蘇る。両手を無くし、奴隷となって衰えたとはいえ、元は近衛騎士の中でも一二を争う実力と自負していたユリアンは、勇者以外にああもあっさりやられたことは無かった。
(あのガキは一体何者なんだ? 勇者じゃないって言ってたが……)
「おい、あの『かれーらいす』ってのは旨いのか?」
「うるせー! 食いたきゃ勝手に食えッ!」
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