第505話 監視

 森。


 昏倒したバヴィエッダを引き摺り、レイはリディーナと合流した。老婆の襟首を掴んで引き摺って来たレイにリディーナは一言言いたかったが、少し前から感じる違和感の方を先に報告する。


「レイ、なんだか変な感じがするんだけど、何か気にならない?」


「……いや、特に何も。探知にもおかしな点は無いぞ?」


 森を包囲するように展開していた豚鬼達は、命令を発する者達がいない所為か、森の外周から動く気配は無い。未だ数千の豚鬼がこの森に留まってることになるが、それはリディーナも当然承知しているし、レイも分かっている。


 リディーナの言っているのはこの場に存在しないナニカだ。


「そう……私も注意深く周囲を観察してるけど、妙なのよね。誰もいないのに誰かに見られてるような……」


「付近に怪しい者はいないが……まてよ?」


 レイはハッとして周囲を見渡し、次に木々の隙間から上空を見た。


「まさか……」


「どうしたの?」


 レイの脳裏に戦場の記憶が蘇る。無人機が跋扈する現代の戦争だ。


 無人航空機ドローンや軍事衛星は戦争を変えた。それらがあるのとないのでは戦局に大きく影響し、持たざる陣営は圧倒的不利な状況に追い込まれる。対抗する手段が無いわけではないが、有効な対処法は確立されていない。それがあると予め分かってはいても、現場での対処は殆ど不可能に近かった。


 特に、無人航空機については、近年、静穏性や小型化、多用途化が進み、相手に気づかれぬまま一方的に精密攻撃できる程に性能が上がっている。その上、軍用航空機に比べて非常に安価であり、民生品を転用した無人攻撃機も多く出回っている。今や先進国の軍隊だけでなく、テロ組織やゲリラまで使用するほど世界中に拡散していた。



「無人機? それとも監視衛星か? ……しかし、あり得るのか?」


 この世界の技術ではいずれも存在するはずがない。だが、今より遥か昔には地球より進んだ科学技術があった。九条彰がそれを利用している可能性はある。


 吉岡莉奈を殺した自分が未だ攻撃されていないということは、監視はできても、攻撃手段が無いのかもしれない。『鍵』の探知機がある以上、レイを攻撃しない理由が無いからだ。


(探知魔法と強化した視力で確認できないということは……宇宙空間にあるか、極小の無人機……いや、リディーナでも原因を特定できないのであれば、宇宙からの監視が濃厚だな。ちっ、どちらにしても今は対処は無理だ)


 いくらレイでも肉眼で視認できない距離からの監視や極小の無人機は気づけないし、発見もできない。現状で打つ手は無かった。


 古今東西、戦いとは情報が勝敗を決する重要な要因だ。弱者でも相手の情報次第では強者に勝ち得る。映像から得られる情報は非常に多く、見られて良いことなど一つもない。


 志摩恭子の目に魔法陣が刻まれ監視されていたことで、レイは相手の情報収集の手段を無意識に限定してしまっていた。魔法は勿論、古代の技術についてもレイは全てを知っているわけではない。自分が知らない監視方法があったとしても不思議ではないのだ。


 リディーナが違和感を感じなければ、それに思い至らなかった自分を恥じるレイ。しかし、同時にリディーナの鋭さに底知れぬものを感じていた。


(監視衛星なら直上からの画しか映せない。だが、赤外線で探知されてるなら森の中でも追跡される。米軍の最新鋭のスパイ衛星なら人物の特定も可能だし、身を隠しても障害物に関係なく熱源を探知される。古代の技術は地球以上だと考えるなら俺だとバレてる。少なくとも追跡はされてるだろうな……しかし、リディーナの勘の良さはなんなんだ?)


「『どろーん』とか『えーせー』とか呟いてるけど、何か分かったの?」


「いや、確証はまだない。それに、俺の予想どおりだったとしても、残念ながらここでは何もできん。人口密集地に行けば何とかなるかもしれんがな」


「?」


 レイが何を言っているのか全く想像できないリディーナは首をかしげる。


「後で説明する。とりあえず、親衛隊の鎧コイツは無駄だったかもな。多分だが」


 そう言ってレイは兜と鎧を脱ぎ始めた。顔まで特定されているかは分からないが、同じ格好でいる意味はもう無かった。



「はあ~ん! 魔王しゃまっ! 以前にも増してなんとお美しいぃぃぃ!」


「ちっ、起きやがった」


 目を覚ましたバヴィエッダが、レイの素顔を見て頬を赤く染め、嬌声を上げる。


「魔王しゃま?」


「リディーナ、このババアはちょっとボケが入ってるが、気にするな。……おい、ババア。一旦、魔王だの転生だのは忘れろ。俺の質問に答えるだけだ。余計なことは喋るな。いいな?」


「うっ! ……しょ、承知しましたぁ」


 レイの殺気がこもった眼光にバヴィエッダは畏まって返事をする。地球の監視衛星ならば音声までは拾えないが、古代の技術では違うかもしれない。その可能性を考え、レイは慎重に言葉を選ぶ。


 が……


(まあ、ババアのことなら俺には関係ないからバレても構わんか)


「とりあえず、お前が出したあのバケモノはなんだ? どうやった?」


「そんな! バヴィの炎の魔人イフリート多頭竜ヒュドラのことまでお忘れとは……これは深刻さね。まさか御自分の名前ぐらいは覚えて……んごふっ」


「忘れろって言ってんだろ!」 


「す、すびばせん」


「レイ、やめて! なにも蹴らなくても……」


「くっ、続きだ。アレをどうやってだした?」


「召喚魔法さね……です」


「魔法? 魔力が使えない場所で何故発動できる?」


「魔石と秘薬、それと自分の血を染料にして体に魔法陣を彫り込んでおりますから……魔力を含んだ己の生き血を流せば『魔封の結界』内でも魔法を発動できます。ただ、使用する魔法の術式を予め彫り込むので、それ以外の魔法は使えませんが……」


「誰でもできる訳じゃないみたいだな」


「(このこともお忘れとは……なんとお労しいぃぃぃ)」


「聞こえてるぞ。余計なことは喋るな。……他に『魔封の結界』内で魔法を使用する方法はあるのか?」


「ございません。……ですが、古い文献では特殊な染料で描かれた魔法陣は魔力を発動出来たといいます。それならばあるいは……しかし、その方法は未だ分かっておらず、使い手はいないはずです」


「古代書にあった『魔血銀』というヤツか……」


「はあん! 覚えてらっしゃる! やはり魔王しゃ――あがっ」


「魔王じゃねーって言ってんだろ! 都合のいい部分しか聞こえねーのか、あー?」


 レイはバヴィエッダの襟首を掴み、締め上げる。


「うぐ、くるひ……」


「ちょっとレイ! お婆ちゃん死んじゃうわよ!」


「ちっ、まあいい。『魔封の結界』内でも魔法を使用できる方法があると知れただけでも十分か。おい、ババア」


「はいぃ」


「光る鎧を着た男を覚えてるな? 奴が着ていた鎧が何だか知ってるか?」


「『聖鎧』です。……かつて、勇者が着ていた天使の鎧。忘れようもありません」


「勇者でもない男がそいつを着ていた理由に心当たりは?」


「いえ……あの男は異世界人ではありません。この世界の住人で、あれを発現させるのはあり得ないかと」


「なぜ、そう言える?」


「わが師、マレフィムの仮説です。人が異界を渡る際にしか魂と肉体の間に隙ができない、超常の力を魂に刻めるのはその瞬間以外にあり得ないと。その仮説が正しければ、この世界で生まれ育った者は、奇跡を授かれません。……ご存じではありませんか?」


「知らん! だが、奴は異世界人じゃない。女神からもこの世界に召喚されたのは日本人だけだと聞いている。召喚された三十二人以外に能力持ちはいないはずだ」


「貴方様を殺した女神を信じるのですかっ!」


「レイを殺した? お婆ちゃん、何言ってるの?」


「ほっとけリディーナ、ボケてるだけだ。……話を戻すぞ。そのマレフィムって奴の仮説が正しいかはともかく、勇者側には、正確には九条彰だろうが、勇者の特殊能力を他人に付与できる奴がいるってことだ」


「「そんなっ!」」


「簡単に出来る訳じゃないと思いたいがな……だが、『魔物使い』の能力持ちが死んでるのに、豚鬼をいまだに使役できてる理由はこれで納得だ」


「勇者の能力を……」

「なんということさね……」


「厄介なことになりやがったぜ。これで囮作戦は無意味になった。残りの勇者が減ってきたと思ったらこれだ。急いで王都に行かなきゃならんな」


「どうして? さっきみたいに一人づつじっくりいけば……」


「今までは相手の顔が分かっていたし、黒髪の日本人という特徴もあった。だが、これからは違う。この世界の住人に能力持ちがいても俺達にはそれが判別できない。意味がわかるか?」 


「その辺にいる奴が勇者でも、気付けない……いや、気付くのが遅れる? ……やだ! イヴが心配だわ」


「そういうことだ。このことを急いでイヴに知らせる必要がある」


 …


「魔王しゃま、宜しいでしょうか?」


「だから魔王じゃねーって何度も言ってんだろ! ぶっ殺すぞ!」


「はひぃ! で、ではなんとお呼びしたら……」


「レイでいい。だが、人前で呼ぶんじゃない」


「そ、それではレイしゃま、つかぬことをお尋ねしますが、こちらのエルフは?」


「俺の女だ」


「では、先程の『暴嵐』はまさか……」


「え? ああ、まあそういうことね」


「なんと! 単独で? あ、あり得ぬ! たった一人で三種の複合精霊魔法を放つなど! ハイエルフでもないただのエル……フ? ッ! まさか、その瞳ぃぃぃ!」


「きゃっ! ちょっと、何すんの! 離しなさい!」


 バヴィエッダはリディーナの顔を両手で掴み、その瞳を食い入るように凝視する。


「この深い碧い目はぁぁぁ! 言い伝えにあるエルフの始祖ぉ? そんなバカな! 滅んだはず……まさか突然変異、いや、先祖返り! ならば貴方は……おげっ」


 レイの手刀がバヴィエッダの脳天に刺さる。


「俺の女に触んな! 今度はなんだ? 始祖?」


「痛ぅぅぅ……は、はい。遥かな昔、エルフ族は一つだったといいます。今のエルフとダークエルフは枝分かれた一種族に過ぎません。かつてのエルフ族、エルフの始祖は全ての精霊と通ずることができたそうです。そちらのエルフが始祖の先祖返りならば、先程の魔法も納得です」


「そんな話、聞いたことないんだけど?」


「今のエルフ族はハイエルフを最上位種として王に祭り上げた一族ですから。自分達より上位種族の話が伝わってなくて当然です」


「私は火も土も適性ないわよ?」


「それは思い込みかもしれません。自分が風と水に適性がある普通のエルフ族という思い込み、そのことが当たり前の環境で育てば、いくら素質があっても自覚することは難しいでしょう」


「うーん……」


 以前、レイにも似たようなことを言われたことのあるリディーナは、バヴィエッダの言葉を否定できなかった。自分はハイエルフの両親から生まれたが、ハイエルフの特徴は無い。それどころか普通のエルフの特徴である緑眼でも無いのだ。雷属性を操り、妖精を使役する自分が普通ではないと薄々自覚もあった。しかし、エルフの始祖と言われても戸惑うだけだ。


「もういい。リディーナ、気にするな」


「……うん」


(やはり、リディーナは特別なのか……いや、そうだよな。ちょっと色々凄すぎるもんな……まあ、だからといって何がどうするなることもないが。それより当初の計画は意味が無くなったな)



「ババア、お前らの囮としての価値は無くなった。後は好きにしろ」


「はえっ? それは一体どういう……」


「リディーナ、イヴと合流する。行くぞ」


「『鍵』は放っておいていいの?」


「探知機があれば十分だ。『鍵』が全て集まる前に九条を捉えられれば問題ないからな。『鍵』に群がる奴らをちまちま始末しても時間の無駄だ。どうせ、九条は来ない」


「あの、魔お……レイしゃま、バヴィもお供――」


「ダメだ」


「そんなぁぁぁ! このバヴィ! 必ずお役に立って見せます!」


「第一、飛べんのか? 俺達は飛翔で――」


「飛べますが?」


「なに? ……だが、あんなデカいバケモンを呼べるだけじゃ何の役にも――」


「小さいのも出せます」


「それがなんの役に立つ?」


「少し失礼します。……いでよ、土の人形ソイルゴーレム達」


「わぁーかわいい!」


 バヴィエッダの前に数体の茶色い人形が現れた。どれもぬいぐるみのような可愛らしい姿形をしている。


「このコらに遠視の魔法陣を刻めば偵察、諜報ができます。形はある程度自由に変えられますし、毒や爆破の陣を刻めば暗殺もできます!」


「なん……だと?」


(まさにドローンじゃねぇか! くそ、欲しい。ババアはいらんが、アレは欲しい…… だが、なんだあの複雑な魔法陣は。それも一瞬で描きやがったぞ? くやしいが、真似できん! 仕方な……ん? まてよ)


「一つ聞くが、それは魔封の結界内でいけるのか?」


「召喚した後ならばこのコらは大丈夫です。……ですが魔法陣の効果はかき消されます」


「意味ねーな。結界内だとただの泥人形じゃねーか」


「こ、これ以外にも色々できます! 是非お供にぃぃぃ!」


「というか、今思い出したが依頼はどうした? 完遂しなきゃその首輪で死ぬだろ? さっさと志摩のトコに戻れよ」


「そんなっ!」



「レイ」


「分かってる。悪いな、ババア。また後でな」


「はい? はぐっ」


 レイは再びバヴィエッダの首を絞めて意識を奪った。



「なんだかいつもより乱暴ね。もっと違うやり方はなかったの?」


「顎を殴る方が良かったか?」


「んもう! そういうことじゃなくて!」


「冗談だ。何故かは分らんがどうも苛ついてな。次は気を付ける。……それより急ぐぞ」


「了解」


 二人は近づく者達の気配を感じ、バヴィエッダを置いてその場を離れた。感じられた気配は森を歩き慣れた者ではなく素人が混ざっている。志摩恭子とアイシャだろう。


 レイとリディーナは飛翔魔法でイヴの待つ王都へ向かった。

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