第504話 思惑

「いや~ 女は怖いね~」


 赤城香織が去った後、九条はそう言っておどける。しかし、九条の言葉をそのまま受け取る者はいない。赤城香織と九条の取引はこの場にいる者は全員知っており、どっちもどっちだと内心呆れていた。


 そこへ、川崎亜土夢の身体を奪った天使ザリオンが手を上げる。


「夏希・リュウ・スミルノフは如何致しますか? 放置しておくのは危険かと」


「うーん、と言ってもねぇ~ 正直言って『悪魔系』の能力は『天使系』と同じで厄介なんだよ。キミも知ってるだろ? 闇は圧倒的な闇で葬るか、光で滅するしかない。ザリオン、キミか優子ちゃん以外には対処が難しいわけだけど……」


「消耗が心配ですか?」


「キミと優子ちゃんは、使徒を始末してもらわなきゃならないからね。身内同士でやりあって、いらぬ損耗は招きたくない。ここの防衛システム遺跡を一人も失わずに突破できるとは思わなかった。無傷で圧勝できる程、彼女達は甘くない。放置するのがベストだよ」


「……承知しました」


「ただし、使徒を通じてボクと装置の秘密がバレたら怒りがボクに向けられそうで怖い。だから、監視はつけるけどね」


「私も許したわけじゃないんだけど?」


「まあ、細かいことはいいじゃない~ 腕も治してあげたし? ちゃんとフォローしてるでしょ〜」


「あんたじゃなくて香織がでしょ」


 佐藤優子は以前の思い詰めた雰囲気が消えていた。敗戦から我に返ったのか、それとも九条と何かしらあったのかは分からない。しかし、佐藤は時折、周囲を気にするような素振りを見せ、いつもどおりに振る舞ってはいるものの、緊張してる様子が垣間見える。


「というか、使徒の方が夏希達を襲ったらどうすんの?」


「それこそ放置でしょ? 使徒が夏希さん達を殺そうとするなら好都合だ。彼女達も必死に戦うだろうからね。どっちが勝っても無傷じゃあ済まないだろうから、ボク達にとってはプラスだ。先生の行動が唯一の懸念だけど、そっちは別で手を打とうと思う」


「あの裏切教師……」


「キミの仕事は使徒の始末だよ?」


「ちっ」


 それに、一回失敗してるでしょ? とは流石に九条も言わない。それは本人が一番よく分かっていることだからだ。魔導列車の襲撃に失敗した後、佐藤優子は更なる鍛錬に明け暮れている。佐藤を派遣すれば次は確実と思われるが、九条は佐藤を行かせるつもりは無い。


「今は、地上の高槻に時間を稼いでもらって、ボク達は準備を進める」


「カワイソ」


「ははっ! ここは彼の国なんだから是非頑張ってもらわないと!」


「色んな人材を無理矢理引き抜いてきちゃったけど、高槻君、大丈夫かな?」


「宗次~ 人材っていっても魔術師だけだよ? いや、そうでもないか? でも、宗次も色々やらされて高槻には不満があったんじゃないのかい?」


「ぼ、僕は別に……」


「こっちの鍛冶師に頼めばいいモノまで、あれやこれやと作らされてたじゃないか。中には恥ずかしげもなく変態グッズまでしれっと注文してんだから参っちゃうよね、皇帝様にも。それを作っちゃう宗次も中々……ひょっとして元から興味あった?」


「九条君っ!」


「二人共死ねばいい」


「佐藤さん、誤解だよ! 僕は嫌だって言ったんだ! でも……」


「どうでもいい。それより変態皇帝だけじゃ時間稼ぎにならないんじゃない?」


「ははっ、優子ちゃんも言うねぇ~ ただ、その変態も一応は口だけじゃないからね。まさか、一人で『鍵』を管理する『風古龍』を倒してくるとは思わなかった。影では結構努力してるみたいだよ? 時間ぐらいは十分稼げるさ。それに、能力を付与した人間も要所に配置してあるし、遺跡を突破するのにも時間は掛る。その間にボク達がこの施設を掌握できればOKさ」


「能力を付与ね……スペンサーって奴はあっさりやられちゃったみたいだけど?」


「そうなんだよなぁ~ ボクが今までコピーした能力を転写しただけだから質が劣るのは分かってたんだけど、まさかあんな簡単にやられるなんてホント計算外だよ。相手の肉体と魂の間に無理矢理ねじ込むから、適性が無きゃ廃人になっちゃうし、能力を渡したらボクも能力は使えなくなる。結構リスク背負ってるんだけどな……」


「能力を使いこなすには練習が必要。最初は超能力みたいでそのまま使ってたけど、使えるのと使いこなすでは全然別問題」


「なーんか、重みがある発言だねぇ~ まあ、ボクは戦闘は素人だからよく分からないけど要はあれかい? 習熟期間が必要ってこと? スペンサーはその時間が足りなかったと」


「そういうこと。今の私にはそれが分かる」


「そりゃ、頼もしいね~」



「……人工衛星これで使徒は監視できる?」


「無理だね。あの黒鎧を着た者を一応照準ロックオンしといたけど森の中は見えないし、鎧を脱いだら恐らく照準から外れる。見た目でしか照準できないからね。この衛星はいつ止まってもおかしくない代物で、通常画像を映すのも精一杯なんだ。位置を合わせられたのだって奇跡だよ? 監視し続けるのは不可能だ。残念だけど」


「そう……」


「どうせ、向こうはこちらが『鍵』を集めてるの知ってるんだ。黙ってても向こうから来るよ。もしかしたら探知機も持ってるかもしれない。殺された連中は皆持ってたし、奪われてるとみていい。まあ、親衛隊の鎧を着てたのが使徒だったらの話だけどね。いずれにせよ、戦う時は必ず来るから焦らない焦らない」


「そうじゃない。莉奈を殺した方法が知りたいだけ」


「あー 確かに。失念してたよ。さっきの映像は記録してあるから後で見るといい。真上からの映像だから分かりにくいと思うけど」


「わかった」



「おいおいマジかよ? 頭ぶち抜かれてんだろ。見て分かんねーのか?」


「「「?」」」


 九条達の背後にいた一人の男が呆れたように声を上げ、前に出てきた。男は迷彩模様の戦闘服を着崩し、背中には小銃を背負っている。男は西洋風の顔立ちだが、格好や装備はこの世界のモノではない。


「どうやって殺されたか分かるの?」


「お嬢ちゃんよー 銃って知ってる? コイツだよコイツ」


 男は背負っていた銃を前に出し、これ見よがしに佐藤に見せる。男の持っている銃は、カラシニコフ・コンツェルン社製、AK-15。今尚、世界中で使用されているAK47の7.62x39mm弾を使用するモデルで、AKシリーズの第五世代、最新鋭の突撃銃アサルトライフルだ。


「見たことはある」


「そいつは結構。頭が弾けたトマトみてーになってる女は、銃で狙撃されたんだよ。衛星画像だけじゃ使用した銃や弾丸までは分からねーがな。九条サンよ、暇だから俺に行かせてくれや」


「って、言ってるけど?」


 九条は男にではなく、男の後ろで控えている迷彩服の集団を見る。その中にいる年配の男は首を横に振って九条に答えた。


「だってさ。キミ達はまだこの世界に来てまだ日が浅い。もう少し慣れ――」


「はっ! 魔法だか能力だか知らねーが、火の玉や水鉄砲がどうしたってんだ。さっさと仕事を終わらせて報酬貰って帰りてーんだよ。ここは女は足りてるが、酒や食いモンが不味くてウンザリだ。アレを殺れば元の世界に帰っていいんだろ?」


「確かにそうだけど、キミ達を召喚するのに結構こっちもコストと時間を掛けてるから、あっさり殺られても困るんだよね」


「そこのお嬢ちゃんみてーにか? 腕切られてピーピー泣いてたって――」


 チンッ


「あん?」


 鍔が鳴る音が響く。いつの間にか、佐藤優子の腰には聖刀が発現しており、佐藤が刀を納めていたところだ。


 ドシャ


「なんだそれ? サムライソード? ッ! はぎゃあああ! お、俺の腕ぇぇぇ!」


 気づけば、男の両腕が切断されていた。あまりの速さに男は自分の腕が無くなり、手に持った銃ごと床に落ちたことに数瞬気づかなかった。


「鉄砲があったって間合いに入れば関係ない。そんな遅いモノでよくそんな自信満々でいられるね。……九条、こんな雑魚を呼んでどうすんの?」


「いやー まいったね。どうも。折角、元傭兵の使徒に対抗する為に、向こうの傭兵を呼んだのに……オニール大尉、どう思う?」


「そこのニック軍曹バカは失礼しました。ですが、我々『エクス・スピア社』は、一度引き受けた依頼は完遂します。標的がバケモノというのは十分理解しました。それなりの準備をして任務にあたりたいと思います」


『エクス・スピア社』は、地球の民間軍事会社だ。表向きは直接戦闘や要人、施設、車列などの警備、軍事教育、兵站などの軍事的サービスを行う企業だが、彼らはその中でも非合法な秘密作戦を行う部門に所属する部隊員だった。


 九条彰は、かつてオブライオン王国が九条達を召喚した同じ方法で彼らをこの世界に呼び寄せていた。



「まあ、追加で欲しいものがあったら宗次に相談してよ。でも、キミ達には使徒ではなく、志摩恭子という日本の教員を始末してきて貰おうかな」


「日本の教員?」


「王都に向かって来てる日本人の女だよ。後でデータを渡すけど、彼女自身はそれほど脅威じゃない。キミ達でも殺れるはずだ」


「随分、低く見積もられたようですね」


 オニール大尉と呼ばれた大柄な男は、与えられた任務を格下げされたと感じ、不満を漏らす。不意の攻撃とはいえ、彼らは戦闘を生業にするプロだ。十代の女子にやられてそのことを責める気は毛頭なかった。それよりも、油断していた部下のおかげで部隊全体が低く扱われることに危機感を持った。自分達の評価が下がることは、そのまま信用の低下につながり、今後の活動に影響する。


 部隊長のオニールは悲鳴を上げているニックに冷めた目を向けた。


「文句はそこでのた打ち回ってるニック軍曹に言いなよ。優子ちゃんの剣を見切れなきゃ使徒には敵わない。使徒は彼女より速いんだ。でしょ?」


「悔しいけど」


 ドンッ!


 オニール大尉は腰のホルスターから大型自動拳銃『デザートイーグル.50AE』を抜き、ニック軍曹の頭を撃った。ニックの頭はとても拳銃で撃ったとは思えないほどの大穴が開き、悲鳴が一瞬で止った。


「我々は相手が得意な距離で正面から戦うことはしません。確かに素晴らしい剣速ですが、目にも止まらないのは銃弾も同じです。我々は我々の戦いをするだけですよ。必ず報酬に値する結果をお持ちします」


「そう願ってるよ。なんせ、報酬は一億ドル分の金塊だ。それにキミ達をここへ呼ぶのに結構な人的コストも掛かってる。気合い入れてくれなきゃ困る」


「シマキョウコの次はシトとやらも我々が始末させて頂きます。御安心を」


「「「……」」」


 …

 ……

 ………


「……ダメそうじゃない?」


「それは言わないでよ。まあ、時間は稼いでくれると期待しよう」


「『鍵』はまだ揃ってないでしょ? なんでそんなに時間が無いわけ?」


「『鍵』ってのは例の装置を起動させる為のものでしかないんだよ。この施設を稼働させないと『鍵』が揃っても意味は無いんだ。今は予備動力で動いてるけど、本格的な稼働は大規模な電力と魔力がいる。王国に建設した発電所の電気をこっちに引かなきゃならないし、魔力の充填もしなきゃならない。『鍵』が揃ったらすぐに装置を起動したいから準備はしておく必要があるのさ」


「……?」


 佐藤優子は不思議そうな顔をする。『鍵』が揃うということは使徒から奪うということだ。そうであれば使徒を倒しているはずだし、急ぐことも無いように思えた。


「佐藤優子。九条様の補足だが、女神アリアは装置の起動を阻止する為に必ず動く。『鍵』が揃った時点でこの世界を全て消滅させるはずだ。装置だけ壊しても意味はないからな」


「この世界を……全て?」


 ザリオンの補足説明に佐藤は首をかしげる。スケールが大き過ぎて想像がつかないようだ。


「お前には宇宙全体と言えば理解できるか? この宇宙そのものを存在しない状態にするということだ」


「そんなことできるわけ……」


「この世界の管理者である『神』ならば可能だ。その為の神力は必ず残してあるはず。それをさせる前に『鍵』が揃った瞬間に装置を起動させねばならん。準備を整えておく必要性が分かったか?」


「そ、それじゃあ、私が過去に戻って響を助けても意味無いじゃない!」


「それはこの世界で白石さんを救おうとすればの話でしょ? ボク達が召喚される前の日本に戻れば、この世界が消滅しても関係ない。あっちはアリアの管轄外だからね。生きてるボクが良い例だろ? だから心配はいらないよ」


「心配だらけよ。女神がこの世界を消滅させちゃったらどうなるのよ?」


「この世界の過去や未来に飛んでも意味が無いってだけさ。世界が無いんだから当然だけど。けど、千年前も今も、女神がそれをしなかったのはこの世界に愛着があるからだ。考えてみなよ? この世界に宇宙が誕生してボク達のような知的生命体が生まれるまでどのくらいの時間が掛ったか。何億年どころじゃないよ? それを全て無かったことにするなんて、そう簡単に割り切れるモンじゃない。神にも感情はあるからね。女神もできる事ならこの世界を残しつつ、問題を解決したいのさ。だから使徒なんてものを転生させたんだし、装置も破壊せずにボクを追跡できるよう残しておいた。まあ、ザリオンが追跡記録を消してくれたから、女神ざまぁーなんだけどね」


「女神が消滅させないって聞こえるけど、さっき言ってたことと違くない?」


「それは、今回に関しては女神に余裕が無いからだよ。なんせ、千年もこの世界の時空を遅らせてるんだからね。とんでもないことをやってるんだよ。その間にボクらの追跡をしらみつぶしにずっとやってる。どの時空、どの次元に行ったかを手掛かり無しでだよ? ははっ、ご苦労さんだよホント。使徒を転生させたのだって、たった一人じゃ、自ら余裕がありませんって言ってるようなものだよ。つまり……」


「後が無い」


「そういうこと。女神の選択肢は装置の再起動を座して見てるか、世界を消滅させるかの二択しかない。使徒の存在はあるけど、たった一人に世界の命運を任せるなんてナンセンスだ。『鍵』が揃った時、女神は選択を迫られる。優子ちゃん、キミならどっちを選ぶ?」


「……わからない」


「そう? ボクは後者だと思ってる。だから準備をしておきたいのさ」



 女神アリアが機械のような無慈悲な神なら、九条が千年前に装置を起動させた直後に世界は消滅していただろう。それをしなかったのは女神がこの世界を愛していたからだ。人間のような感情ではあるが、逆である。神の愛を人間も受け継いでいるだけだ。人間の感情の一部を神が持っていても何ら不思議ではない。


 その愛を逆手に取り、己の目的を果たそうとする九条彰。


 モニターの画面が変わり、周辺画像と『鍵』の位置を示す光点が映される。



「『鍵』はもうすぐそこだ。全てが揃った時、ボクらが早いか神が早いか……それとも使徒がボクを殺すかな?」


 九条彰はそう言って、後ろにいる者達を見回し、不敵な笑みを浮かべた。

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