第503話 魔王?
レイがリディーナと共にヒドュラと豚鬼を瞬殺し、力を見せつけたのには理由がある。バヴィエッダは尋問ではなく、自ら協力するように仕向ける為だ。本来、示威行為など好きではないレイだったが、死を覚悟している者に拷問や強制は時間の無駄だとも分かっていた。相手が強者であればある程、分かりやすく力を示した方がこの世界の者には特に効果があるのもある。
事実、バヴィエッダは目の前の黒鎧を纏ったレイを己が敵わぬ相手と判断し、『聖鎧』を纏った騎士よりも脅威と考えていた。
「一体何者さね?」
ゆっくり近づいてくるレイに、バヴィエッダはスペンサー達と対峙した時とは一転、警戒心を露わにする。
「お前達に勇者の名簿を渡した者だ」
「勇者を殺しに来た異世界人かい? まったくとんでもない男さね。二百年前の勇者もバケモノ揃いだったが、さらに上の者をよこすとは女神も容赦が無いねぇ」
「そいつは見込み違いだ。当時の勇者より俺は劣る。女神の人選は甚だ疑問だな」
「当時の勇者を知るかね? それも直接知っているような口……振り?」
バヴィエッダの声が震える。向かって来る男は兜で顔は見えないが、声は若い。しかし、発した言葉の内容が噛み合わない。二百年前の勇者を知っている者が現在においていないわけではないが、勇者達の実力と己を比べて測れる者など直接対峙した者以外にはあり得ず、生き残りの中で男の発言に合致する者はバヴィエッダには思い当たらない。
それに、感じ取れる者は僅かだが、分かる者が見れば死線を多く潜った者が漂わせる独特の空気を纏っていると分かる。見た目と声色どおりの若者じゃないのは間違いなかった。
そして、何よりバヴィエッダを動揺させたのは、男の放つ静かな
―魔王―
「はあ はあ はあ……まさかまさかまさか、ま さ かっ!」
バヴィエッダは呼吸を乱し、胸を押さえる。
「おいおい。婆さん、持病でも持ってんのか?」
「はあ はあ ……はあん! アタシゃとんだ思い違いをっ!」
「は?」
「ま、ま、ま、魔王しゃまぁーーー!」
「なんだおい! 魔王? 俺は魔王なんかじゃ……って、触んなっ!」
バヴィエッダはレイに這いつくばって擦り寄り、ベタベタと体を触りはじめた。
「はあん、まさか転生に成功されていたとは夢にも思わず! 婆ぁの無礼をお許しくださいぃぃぃ~」
「気色悪ぃ! 触んなっつってんだろっ! 離れろババアぁ!」
「魔王しゃま! 魔王しゃま! 魔王しゃまぁぁぁ!」
「だから違ぇーって言ってんだろ!」
「そんなっ! バヴィです! バヴィ婆でございますよ? お忘れですかぁぁぁあああなんと言うことさねぇぇぇ! 不完全な記憶で転生されるとはぁぁぁ! なんとお労しいぃぃぃーーー!」
バヴィエッダはレイの足にしがみつき、泣き崩れた。とても演技には見えない。本気でレイを魔王の転生者と思っているのだろう。
「転生には違いないが、俺の前世は――」
「や! は! り! 魔王しゃまさねぇぇぇ! バヴィはお会いする日を長年待ち続けておりましたぁぁぁーーー! 勇者と小癪なハイエルフの奴隷として生き恥を晒してまで生き延びてきたのはまさにこの日の為ぇ! 魔王様復活万歳! しかし、記憶が不完全なままではいけません! まずは記憶の復元を、バヴィを思い出して頂き――」
「ダメだこりゃ、話を聞いてねぇ……」
「ぐえっ」
レイは、しがみつきながら怪し気にブツブツ呟いているバヴィエッダの首に素早く腕を回し、頸動脈を締め上げ昏倒させた。
「ったく、トチ狂いやがって何が魔王しゃま~だ。とりあえず、危ねーから『魔封の手錠』でも掛けとくか」
レイは魔法の鞄から手錠を取り出し、バヴィエッダの後ろ手で手錠をはめると、襟首を掴んで森に引き摺っていった。
…
「一体何をしているのかしら?」
リディーナは老婆にしがみ付かれるレイを遠目から不思議そうに見ていた。
しかし、リディーナは警戒を解いてはいない。少し前から妙な胸騒ぎがしており、誰かに見られているような感覚が拭えなかったからだ。周囲を注意深く観察しても、おかしな点は見つからない。そのことがリディーナには気味が悪かった。
「うーん、なんだろ? 嫌な予感がするわ……」
…
……
………
…………
……………
地上から百五十キロ上空、宇宙空間。
リディーナの感じた違和感の正体は地上より遥か上空にあった。誰であろうと宇宙空間にある乗用車程の大きさに気付ける者はいない。当然ながらレイもそれに気付けるはずもなく、リディーナが違和感覚えること自体、異常なことだった。
一般的には、大気がほとんど無くなる海抜高度百キロメートル地点より外側を宇宙空間と地球では定義されているが、厳密にはその高度でも極薄く大気は存在し、完全な無重力でもない。地球の重力圏にある物体は大気の抵抗と重力に引かれて自然と地表に落下するコースをとることになる。
隕石などの自然物ならそうなるはずだ。この惑星は地球と殆ど同じ構造なので結果は変わらない。
しかし、高度百五十キロメートルという低軌道にあるそれは、単なる隕石などの浮遊物ではない。明らかに人の手が加わったモノだった。重力や大気の抵抗を受けながらも、ある地点の直上位置を常に維持していた。
その正体は……
「人工衛星……ってヤツだよ」
九条彰が目の前のモニターを見ながら独り言のように呟いた。周囲に人影が複数あるものの、照明が落とされているのか、誰の顔も分からない。
「千年前に天使の軍勢によって宇宙にある軍事施設や戦略兵器は全て破壊された。けど、民間の観測衛星のいくつかは破壊を免れてたんだ。動かすのも精一杯で観測できただけでも奇跡ってとこだから、攻撃なんてできないけどね。まあ、兵器が無いからこそ、見逃されたわけだけどさ。でも、これを利用できるのも、キミ達にこの遺跡を攻略してもらったおかげだよ」
九条彰はオブライオン王国、王都地下深くの古代遺跡の中にいた。巨大なモニターの前に座り、手元の操作盤を手慣れた様子で操作している。
「よく分からないわ」
モニターの映像は地表を真上から映したもので、状況はおろか、人かどうかも判別できない。
「まあ、真上からの映像だからね。おまけに音声も拾えない。この映像だけで物を判別するには慣れが必要だね。衛星画像ってやつは写せるだけじゃあんまり意味無いんだよ。画像を理解するには専門の訓練を受けた解析する人間が必要なんだけど……」
「意味無いじゃない」
「ボクは分かるよ? あー ゴメンゴメン、キミ達に見せた意味ってことね。じゃあ、ここを拡大するからよく見てみなよ」
九条が手元を動かし、画像の一部を拡大する。
「「「莉奈……」」」
地球にある最新鋭の軍事衛星より遥かに鮮明に映し出された映像には、真横から頭を撃ち抜かれ、顔が歪んだ吉岡莉奈と、首が折れ曲がったスペンサーの死体が映し出されていた。それに、吉岡の体は原型をとどめていないほど焼きつくされている。
「ボクの言ってたこと、信じてくれたかい? この遺跡の転移装置を起動させる『鍵』を取りに行った吉岡さんは、女神がよこした殺し屋に殺された。それも死体を弄ばれてね。酷いと思わないかい? ボクらは無理矢理この世界に連れてこられたってのに、この世界の神はボクらを殺そうとしてるんだよ?」
「そうね。アナタの話しが全部本当ならね」
「ホント疑り深いね、夏希さんは。ボクには古代人の知識があるってまだ信じてないの? これも能力なんだけどなぁ~」
九条は以前の冴えない日本の高校生の姿だった。冒険者ギルド本部で見せた青髪の美青年の姿では無い。夏希・リュウ・スミルノフには全て話していないのだろう。偽りの姿でクラスメイトを演じ続けている。
「というか、クラスメイトが死んじゃったのに随分冷静だね。いや、冷たい、かな? それは元からの性格? それともこっちに来てから?」
「どうでもいいでしょ。……それより、疲れてるのよ。ここを攻略するのにどれだけ掛かったと思ってるの? 怪我人もいるし、私達は城に戻るわ。後はアナタ達の仕事よ」
「冷たいなぁ〜 清水さんや松崎さんも死んじゃったし、香鈴ちゃんも死んだんだよ? もうちょっとだけ協力してよ〜」
「それを軽く言うアナタも十分冷たいと思うけど? それに、私達が遺跡に潜ってる間、アナタ達は何してたわけ?」
「まあ、色々と」
「……怪しいもんだわ。さっきも言ったとおり、疲れてるのよ。もういいでしょ」
「じゃあ、香織ちゃんが作った万能薬でも飲みなよ」
「あんな怪しい薬なんて飲みたくないわ」
「本人を目の前にして酷くない? ちゃんとした薬だよ? まあ、正規の設備で作ったわけじゃないから不良品はあるかも――」
「帰るわ」
「あー 待った! じゃあ、これだけ頼むよ」
九条は急いで手元を操作し、画像をプリントアウトして夏希に渡した。
「悪趣味ね」
渡された写真には吉岡莉奈の死に顔が映っている。
「城に戻るならこれを高槻君に渡して吉岡さんが死んだって伝えてくれるかな。そうすれば、皇帝様が残りの仕事を片付けてくれるはずさ」
「アナタが伝えればいいでしょ」
「はは、ちょっと高槻君とは意見の相違があってギクシャクしてるんだよね。設置した
「……」
夏希は目を細めて九条を睨む。遺跡の最下層と思われるこの場所から地上に戻るのは至難の業だ。最下層に着いたら開いて魔力を流して欲しいと言われて九条に渡された紙には転移の魔法陣が刻まれていた。自分達は苦難を乗り越えてここまで来たのに、九条は難なくこの場に来れたことに夏希はもどかしさが拭えていない。
瞬時に地上に戻れる移動方法を引き合いに出され、即座に断れない自分にも夏希は苛立っていた。遺跡を共に潜ったメンバーは誰もが疲弊している。仲間のことを思えば転移門を使用するのに出された頼み事は些細なものだ。しかし、夏希は九条の提供するモノを素直に利用したくはなかった。
(この男は怪し過ぎる。能力というのも鵜呑みにはできないわね)
「常設型の転移門を個人で作るのは結構大変なんだよ? それとも、来た道を戻るかい? マーキングはしてるだろうけど、大変でしょ~?」
「ちっ」
しかし、選択できる余裕は無い。夏希は舌打ちをしながら九条から写真をひったくり、その場から去って行った。
…
「やれやれ、中々扱いにくいね〜 なんて言うか、隙が無いって言うの? 十代の女の子とは思えないよね〜」
「まさか、転生者では?」
「どうかな〜? 違うんじゃない? 日本に帰りたい気持ちがあんなに強いなら、こっちの世界の人間じゃないんじゃないかなー あ、向こうに好きな人でもいたりして?」
「馬鹿じゃないの?」
「優子ちゃ〜ん、冗談だって。っていうか、転生者って何だか知ってる?」
「知らない」
「あ、そう。……肉体にある魂が、本人のじゃなく、他人の魂が入っちゃった人のことだよ。昔、流行ったんだよね。でも、完全な成功者はいないんだ。まさに神の御業が為せる術だよ」
「なら、なんで亜土夢……じゃなかった、ザリオンがそうかもなんて言ったの?」
「さっきも言ったけど、古代では流行ったんだ。完全に魂を別の肉体に定着させることは無理だったけど、意識や感覚を憑依させることはできた。と言っても、簡単なことじゃないんだけど。つまり……優子ちゃんがお風呂に入ってる時に自分の身体のように……って、待て待て! それ引っ込めようよ!」
気づけば、佐藤優子は『聖弓』を出現させて、矢を九条に向けていた。その『聖弓』が発する光に照らされ、部屋にいる面々の顔が露わになる。
九条彰
川崎亜土夢(ザリオン)
本田宗次
赤城香織
佐藤優子
そして、クラスメイト以外の人間が九条達の背後に控えていた。騎士や魔術師の格好をした者から、現代の迷彩服を着た軍人のような者達まで、様々な人間達が一様に口を閉ざし黙って九条達の会話を聞いている。
「完全な転生者は女神の手が必ず入る。魂をイジれるのは神だけだからね。あとは、魔術による転生術って似たような術の可能性があるけど、成功例はボクが知る限りは無い。当時で不可能だったんだから、今の衰退した技術じゃ無理に決まってる。結論として夏希さんは転生者じゃない。完全な転生者は女神の使徒だけさ」
「あれは私が殺す!」
「まあまあ、落ち着きなよ、優子ちゃん」
「うるさい!」
「あのー 私もお城に帰るね」
「あ、香織ちゃんも?」
「うん。吉岡さんが死んじゃって、高槻君落ち込むと思うから側にいてあげようかなって……くひっ」
「「「……」」」
赤城香織が高槻祐樹に恋心を抱いているのは誰もが知っている。高槻と吉岡が肉体関係を持っているのもだ。
高槻を心配する発言をしながらも、恋敵が死んで嬉しいのだろう。赤城は口元が歪み、必死に笑いを堪えている。この状況こそ、赤城が望んでいたことであり、九条に組した理由だ。
吉岡莉奈が単独で動いたのは、九条が赤城に頼まれて仕組んだものだった。九条にとって、転移を使える者が複数いるのはあまり好ましくなく、吉岡は自分に従順でもない。能力の利用価値を含めて、九条は吉岡よりも赤城を選んだに過ぎなかった。
赤城香織は単なる『回復術師』などではなく、九条にとって価値ある能力を持っていたからだ。
(仕方ないよね。莉奈ちゃん、私の祐樹君を盗っちゃったんだから。あ、次はあの王女達を殺さなきゃ。祐樹君の赤ちゃんを産むのは私だけなんだから……くひひ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます