第496話 戦場④
「予定外の道草を食ったな」
「(んもうっ! 素直じゃないんだから!)」
「なんか言ったか?」
「何でもな〜い」
レイは、オリビアに服と回復薬を置いてくる際、顔と痕が残りそうな傷を回復魔法で治していた。
それをしっかり見ていたリディーナ。
(なんだかんだで、優しいのよね~)
「……行くぞ」
「は~い」
レイとリディーナは『鍵』の追跡に戻り、気配を殺しながら森を駆けていく。痕跡を残す様なこともなく、『防臭の魔導具』も起動している二人を察知するのは容易ではない。
飛翔魔法は使わない。二人は草原で数千を超える豚鬼と人間の騎士が展開しているのを発見し、すぐに森に身を隠した。日中に空を飛び続ければ、発見される可能性高い為だ。
「随分、距離が離れた……急ぐぞ」
レイは『鍵』の探知機に表示された光点の移動速度を見て呟く。
「そんなに?」
「俺達よりも速く移動してる。『鍵』は奪われた、もしくは誰かに渡したか……」
森に精通し、身体強化を駆使するリディーナのスピードは並みではない。そのリディーナには劣るものの、レイもそれに追従できる実力はある。しかし、『鍵』の所持者は、そのレイ達よりも僅かに速く森を移動していた。
レイは『鍵』の移動速度をみて、『鍵』の所持者がジークではないと判断した。ジークが身体強化を駆使したとしても、この速度は出せない。道の無い野生の森は単純な脚力だけで素早く走れるものではなく、地形や植生を瞬時に読み取り、方角を見誤らずに最適なルートを選ぶ目が必要になる。それに、敵兵に追われながらとなるとその難度は跳ね上がり、とても一定の速度で走れるものではない。
仮に同じ条件でレイが単独で森の中を走った場合、同じ速度は出せない。先導するリディーナの足跡をトレースすることで何とかついて行けるだけだ。
『鍵』の所持者がダークエルフのガーラなら光点の移動速度も納得できるし、レイ達と同じことをガーラとジークが行っているならあり得るが、パーティーがバラバラに散っている状況で、二人が全速で逃げていることにレイは違和感があった。
「あの黒い騎士達が他にも展開してるみたいだけど、そいつらかしら?」
「あの不気味な馬ならこの移動速度も納得できる。だが、探知魔法じゃ移動してるのは人間二人だ。しかも、豚鬼の包囲を逃れるように進んでるから奴達じゃない」
「不気味な馬って、
「六本脚が器用に動く様は気味が悪い」
「さっき見て思ったけど、本来は魔軍馬って八本脚なんだけど……少なくとも私が見たことあるのは八本脚よ。まあ、見た目は同じだったし、六本脚の魔軍馬もいるかもしれないけどね」
「八本脚の馬なんて尚更不気味だな。まあどうでもいい、変な馬はブランだけで十分だ」
「それは否定できないわね。一角獣がみんなああなのか、ブランが特別なのかも分からないし、六本脚の魔軍馬もいるのかもしれないわね」
「それより、俺達もペースを上げないと追いつけないぞ」
「私達も結構な速さで進んでると思うけど……ひょっとして、奪われたんじゃなくて、『S等級』の二人なんじゃない? 一人はダークエルフなんでしょ?」
「そうかもしれないが、もう一人が誰かが想像できんから確認するまでは断定できない。確かなことは『鍵』の所持者はジークじゃない可能性が高いってことと、それが志摩恭子ではないってことだ」
現代日本の一般人である志摩恭子がエルフ族と同じ速度で森を走れる訳はない。
「ジークがレイから預かってるモノをシマキョウコ以外の人間に渡したってこと? それとも、殺られたのかしら?」
「どうだろうな。だが、ヤバくなったら『鍵』は志摩に預けて構わないとは言ってある。『鍵』は囮でもあるが、最終的に九条彰を探す為のものだ。俺としてはそれを運ぶのは誰でも構わないからな。ジークにも『鍵』にはそれほど拘る必要はないとも伝えてる」
「セルゲイなら死んでも手放さないと思うけど」
「あのオッサンならありえ……ん?」
「どうしたの?」
「『鍵』の動きが止まった。それに反応が突然二つ増えて四つになった。何が起こった? ……急ぐぞ」
「了解」
レイは脳内にある地図と探知魔法の反応を照らし合わせ、『鍵』の場所をリディーナに指示し、走るペースを上げた。
森には豚鬼の軍勢や小鬼が広範囲に散っており、包囲網を形成しつつあった。しかし、レイ達は今までそれを避けるコースを取らず、進行方向にいる小鬼や豚鬼をリディーナに狙撃させ、排除して進んでいた。
本田宗次から奪った
その訓練を一時中断し、二人は最短で『鍵』に向かうルートを進む。
(リディーナは本物の天才だ……僅かな試射で銃のクセを見抜き、もう魔導銃と遜色ないレベルの命中精度を叩き出してる。それに、標的を指示してから、射撃するまでのスピードがちょっとオカシイ。こっちは探知魔法で方向しか言ってないないんだぞ? 前から思ってたがどんな目をしてんだ? エルフだからか? それともリディーナが特別なのか……)
銃による狙撃は、緻密な弾道計算と環境予測が必須だが、実射訓練を何千何万発と行う大きな理由は、銃固有のクセを把握する為だ。銃は工業製品とはいえ、同じ製品でも精度に差があり、一丁づつ固有のクセがある。その上、銃を固定していても同じ場所に着弾するとは限らないほど精密なものでもなく、弾道は一定ではない。使用する弾丸にも同じことが言える為、狙撃手は使用する銃と弾の試射を繰り返し、あらゆる環境でのデータを集約して射撃精度を高める必要がある。無論、それは銃の扱いを含む、射撃に関するスキルがあることが前提だ。
地球の銃を使う以上、熟練の狙撃手であっても、初めて使う銃と弾で長距離射撃を初撃で成功できる者は存在しない。
それにも関わらず、本来の過程を経ずに地球の狙撃手が不可能な事を平然とやってのけるリディーナは、天才という言葉では済まない存在だ。
「レイ、この『すこーぷ』っていうの、外していい? 邪魔なのよね」
「あっ、そう……」
…
……
………
暫し時は遡る。
「なんだ、これだけの大部隊を動員してまだ一人しか捕獲できておらんのか? しかも、何も話さんだと? もっと厳しく拷問に掛けろ!」
ザックとオーレンの前に連行されてきたマルコスは、豚鬼との戦闘で打撲や骨折による腫れ、出血が酷く、意識があるのかも分からない有様だ。
「拷問ですか? このままでも死ぬ可能性がありますが……」
オーレンは今にも死にそうなマルコスを見てザックに言う。未だ一人しか確保できていない状況では、『鍵』を持っていないからといって殺してしまうのは万一を考えると得策ではなかった。探知機は『鍵』の位置を光点で示すだけで、詳細な地図が表示されるわけではない。森の中に隠されれば場所は分かっていても発見には時間が掛ると思われた。所持している人間の情報を得られるに越したことはないのだ。それは、ザックも同じように考えていた。
「むう……仕方ない。『鍵』が見つかるまでは死なせるな。最低限の治療だけして縛っておけ。それとは別に『親衛隊』に伝令だ。『鍵』は南西に向かっておる。速度的に徒歩ではなく、馬だ。至急向かえとな」
「馬? ……承知しました」
森の淵に馬が乗り捨てられているのは報告されている。ザックの見立てに疑問を感じながらも、命令を承服するオーレン。
ドガラッ
「それは必要無い」
ザックとオーレンの前に、八本脚の魔軍馬に騎乗する若い大男が『親衛隊』の騎士達を引き連れ乗り込んできた。
「ザックという馬鹿はどいつだ?」
オーレンは慌てて片膝を着いて頭を下げると、横目でザックを見る。
「お前か……」
「馬鹿だと? 貴様っ! ワシを誰だと思っておる!」
(この爺さん、スペンサー卿を知らないのか? 嘘だろ? ……ヤバイ、ちょっと離れておこう)
オーレンは危険を察知し、膝を着いたままさり気なくザックから距離を置く。
「儂を知らぬか。まあ、無理もない。任命されてから前線ばかりに行っておったし、顔も以前とは大分変ったからな」
「私共にとっては今のお顔の方が馴染深いですが……それでも閣下を知らぬのは問題です。首を刎ねますか?」
随伴している親衛隊の一人が、腰の剣に手を掛けて大男に尋ねる。
「なにぃ?」
「捨て置け。引退して数十年は経っておるし、公の場には殆ど出ておらんかったしな。知らぬ者がいて当然だ。それに、現役だった頃はこの者は生まれておるまい」
「はっ。ではそのように」
「まあ、それはいいとして、これより全体の指揮は儂が執る。ザックと言ったか? 貴様は失せろ。目障りだ」
「バカな……ワシが『鍵』の探知機を頂き、軍勢を任されたのだぞ! 誰だか知らんが、一体何の権限があって――」
シュバッ
「ぎゃあああああ」
「そこのお前、探知機を拾ってこい」
親衛隊の一人が長槍を素早く振り抜き、探知機を持ったザックの腕を斬り飛ばすと、オーレンに拾えと命令する。
「はっ!」
オーレンは命令に即答し、探知機を拾って騎士に渡すと、騎士は大男にそれを渡した。
「閣下、これを」
「うむ」
「わ、わ、わしの腕がぁぁぁあああ」
「便利な世になったものだ。腕を無くしたところで『病院』に行けば元に戻るのだからな。だが、それは安全な壁に囲まれた街での話だ。戦場では腕を無くせば命取り。自らの身を守れぬ者、己で戦う術を持たぬ者がいていい場所ではない」
「せ、戦場……だとぉ?」
「狩場と戦場の区別がつかんのか? 相手が少数だからといって偵察を怠り、勇者様から預かった兵に百以上の被害を出して、戦果はたった一人。おまけに、儂が不在の間に勝手に『親衛隊』を動かし、貴重な儂の兵を三名も失った。無能な指揮官は即刻斬り捨てるところだが、腕だけで済ませてやる。失態の罰は勇者様に頂くといい」
「無能……失態……」
「十に満たん人数とはいえ、相手が手練れである以上、有象無象をぶつけても被害が多くなるだけだ。数の力で蹂躙するのは定石だが、結果以上に損害を出しては内容は褒められん。こんな簡単な勝ち戦すら満足に指揮できぬとは……勇者様が我らを引っ張り出したのも無理はない」
「閣下、如何されますか?」
「既に森に入っておる『親衛隊』には森の南西に向かうよう、伝令を出せ。この場に待機していた者達は儂と共に森を迂回して『鍵』の進む方角に先回りする。……おい、そこのお前」
「は、はい!」
「貴様は豚鬼共をまとめて森を包囲させたらそのまま待機するよう命令を出しておけ。くれぐれも、包囲を狭めて隙を作るような愚かな真似はするなよ?」
「はっ! 承知しました!」
…
……
………
「その様子じゃ、暫く動けないね。追跡の気配も無い。暫く休んどきな」
「ああ。そうする」
「アタシはその間に、はぐれた小娘でも探しておくさね」
「ったく、あのオリビアって女。面倒かけやがって……」
近くにあった切り株に腰を下ろしたガーラは、影から排出された志摩恭子とエミューを見つつ、疲弊した精神を落ち着かせる為に休息に入った。その間にバヴィエッダは球体を取り出し『遠視』を行う。
志摩恭子の護衛任務の道中、バヴィエッダは同行するメンバー全員に魔術による不可視の魔法陣を刻んでいた。それにより、刻んだ相手の視界を盗み見ることができた。
「ふむ。娘は健在。オリビアと『クルセイダー』のトマスも一緒だね……おや? 見慣れない騎士が死んでるじゃないか、それにあれは魔軍馬かい? よくもまあ倒せたもんだ……いや、少し違うさね。もどきってとこかね~」
「騎士? それに魔軍馬だと? それをオリビアとトマスが殺ったのか?」
「騎士の鎧にあるのはオブライオン王国の紋章だね。それに魔軍馬に似てはいるが脚が少ない。亜種か、偽物ってとこだろうね。それに、あれが本物の魔軍馬なら三頭を相手に娘達が生きてるはずがないさね。でも……」
(死体の傷から二人がやったとは思えないねぇ……)
「……少し休んだら行って来る。ババアは二人を見張ってろ」
「あいよ。けど、気を付けな」
森の南西で足を止めたガーラとバヴィエッダ、志摩恭子、エミューの四人。
その痕跡を辿り、単独で向かうジーク。
マルコスは捕らえられ、ガーラ達とはぐれたオリビアとアイシャ、トマスの三人は王都近くの廃村を目指して西に歩き出した。
そして、『鍵』を追うレイの探知魔法に、異常な速度で進む集団が現れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます