第497話 戦場⑤
ブルルッ
「あっちか」
騎士は魔軍馬の反応を見ながら、進む方向を修正していく。
南西に向かえとの曖昧な命令でも、魔獣の鼻があれば問題は無い。何故なら、この森にいる人間は彼等以外は全て敵だからだ。南西に向かい、人の匂いを魔獣が追えば、自ずと標的に辿り着くことになる。散らばった各小隊は同様の行動をとっており、匂いの元へ自然と集結していった。
その匂いの元とは、ガーラ達を追っていたジークのことだ。
…
ジークの後方から急速に近づく三人の騎士。
「見つけたぞ! しかし、本当に一人だとは……」
「三人の遺体はどれも一刀で両断されてた。それも、魔鉄の鎧ごとだぞ? そんな強力な武器や魔法を扱える手練れが何人もいるはずがない。ワシの見立てどおりだ」
「たった一人で我ら『親衛隊』を三人も殺るか……だが、断定するのは危険だ。見ろ、奴は手傷すら負っておらん。何かあるぞ……油断は禁物だ」
「「当然」」
追ってきた騎士達は、ジークが残した遺体を発見しており、そのことから一切の油断は見せていない。ジークが単独で強力な武器や魔法を使用したと仮定するも、伏兵の可能性は捨てておらず、周囲への警戒も怠っていない。
(ちっ、しくじったぜ。奴らの乗ってる馬が魔獣だってことを忘れてるとは……俺らしくない。しかし、どうするか……)
ジークは新手の『親衛隊』からの追跡を受けながら、『聖炎強化』で始末するか躊躇していた。魔法のデメリットのこともあるが、馬の蹄音が後方からだけではないことに気づいていたからだ。
(他にもこっちにきやがる……)
魔法を使うなら相手が集まっていた方が都合がいい。『聖炎強化』は使用のデメリットが大きく、乱発や長時間の使用は躊躇われる。一対一なら強化魔法を使わずとも負ける気のしないジークだったが、相手が騎兵な上、一対三では戦闘が長引くのは避けられない。そうなれば、他の騎士達が集まってしまい、どの道、魔法を発動しなくてはならなくなる。
ならば、引き寄せて一気に片付ける。そう、ジークは判断した。
しかし、自身の身体が重くなった瞬間、己の判断ミスを悟る。
(しまった……魔力が……)
ブルルッ
ブルッ
ヒヒィーーン
「これまでだ」
三方向からジークに追いついた三つの小隊、計九人の騎士達は、ジークを囲み、剣を一斉に向ける。ジークが残した死体を発見していた小隊が『魔封の結界』の魔導具をいち早く起動させており、ジークが射程に入った瞬間、一帯の魔法を封じていた。
「気を付けろ。この小僧は我ら『親衛隊』を三人も殺っておるぞ!」
「「「なにっ!」」」
ジークに対し、余裕の表情を見せていた騎士達の顔が変わる。『親衛隊』は、それぞれが実戦経験と経歴を買われた歴戦の猛者達だ。しかも、魔軍馬と魔鉄製の武具、各種魔導具を与えられ、大陸の中でも最高峰の騎士達である。その騎士を目の前の男が一対三で屠ったと聞かされ、気を緩めるような者は一人もいなかった。
「なら、遠慮はいらんな」
「命令は生け捕りだが殺しても問題無かろう」
「探知機はあるのだ。見つからなければあの
「「「だな!」」」
騎士達は魔軍馬を操り、連携してジークの周りを旋回しはじめた。
(こいつら……)
魔力は一切練れず、『聖炎強化』はおろか、身体強化すら施すことが出来ない。それはジークだけでなく、相手の騎士達も同じだ。しかし、一対九と数的不利な状況と、騎馬隊として高い練度を見せる騎士達に、ジークは打つ手が無かった。
一対一の状況でも、歩兵と騎兵では圧倒的に後者が有利である。お互いの武器が同じ剣、同じリーチでも、地上からは馬上の敵に対して致命傷を与えられる頭や胸には届かない。しかし、馬上からは相手の頭に容易に届いてしまうのだ。
魔法の使えない空間において、騎兵と歩兵という性質の差と、九倍の人数差は、強力な武器か、圧倒的な技量の差でしか埋めることはできない。しかし、それはとても現実的なこととは言えなかった。
(こりゃ、降参してもただで済みそうもないな)
ジークの周りを旋回していた騎士達。その内の一人が、ジークの死角から隙を見て鋭い突きを放った。
これ以上ないタイミング。騎士達の動きを追っていたジークの視界の切れ目を狙った必殺の一撃だ。
ビシッ
しかし、その剣がジークに届く直前。突きを放った男のこめかみに穴が開き、頭を殴られたように不自然に跳ねた。
頭の一部が吹き飛び、弛緩した四肢をだらりとさせた男に、他の騎士達の視線が集まる。
「「「は?」」」
「「「ッ!」」」
その直後、三名の騎士が咄嗟に馬から飛び降り、茂みに身を隠した。それ以外の五名の騎士は、瞬く間に頭に穴を開けられ、脳味噌をぶち撒けて絶命していく。
その光景を、呆然と見つめるジーク。
(……)
即座に本能で危険を察知し、身を隠した三人は、息を潜めながらも激しく動揺していた。
(バカな! 殺気はおろか、気配すら感じぬだと!)
(魔法じゃない……なんだ?)
(間違いない! あれは……しかし、一体どうして?)
暫し、辺りが静寂に包まれる。耳を澄ませて聞こえるのは、主を亡くし、亡骸を背に乗せたまま脚の止まった魔軍馬の鼻息だけだ。
「魔封の結界か。丁度いい、色んな意味でな」
そこへ、外套のフードで顔の半分を隠し、
(……使徒様)
(((小僧?)))
顔の半分が見えずとも、見える部分と声で若い男だと判断した騎士達。
相手が身を隠していても簡単に殺せる状況で、レイが敢えて姿を現した理由は一つ。狙撃に対して即座に反応できた理由を探る為だ。例え、九条が監視系の魔法や魔法陣で見ていたとしても、魔封の結界内なら魔力は遮断されてレイのことは見えない。
「隠れてても無駄だ。態々、身を晒したんだ。さっさと出てきてかかってこい」
暫し間があったものの、レイの挑発に二人が姿を現した。
「お前等はハズレだな」
出てきた騎士二人に、レイが興味が無くなったと言わんばかりだ。
「はずれ? それはこちらの言い分だ」
「『鍵』を所持してなければ、はずれは貴様だ!」
出てきた騎士二人は、言葉とは裏腹に警戒心を露わにし、剣を構えてレイに近づく。他の騎士達がやられた手段は分かっていないが、レイが先程の攻撃を続けず姿を現したのは、それが出来ない理由があると判断した。
「腕に自信はあるようだが、近接戦で我らに……ん?」
レイは人差し指を騎士に向ける。
「なんの真似だ?」
「撃て」
その直後、指を向けられた騎士の頭が爆ぜた。
「なっ!」
続いて隣の騎士にレイが指を向けると、同じように騎士の頭に風穴が開く。
「ハズレに用は無い」
レイの目当ては未だ身を隠したままの騎士だけだ。
「隠れてるお前。
狙撃され、咄嗟に回避行動に移れたのは銃の存在を知っていたか、単に本能が危険を知らせたかのどちらかだと考えたレイは、それを確かめる為に銃を持ったまま姿を現した。レイの後方ではリディーナが狙撃体制で待機しており、先程の二人もリディーナの狙撃によるものだ。
「貴様はっ! い、いや、貴方は勇者様なのですか……?」
身を隠したまま、レイを勇者の一人と疑う騎士。
レイは問いかけを無視し、声が発せられた方向へ腰にある
発生する爆音と閃光。
薄暗い森の中とはいえ、日中では閃光の効果は低く、爆発音も相手を行動不能にするほどではない。しかし、投げ込まれたモノに対し、咄嗟にそれを目で追い、光と音を近距離で受ければ当然目が眩むし、耳もやられる。相手の気を逸らすには十分な効果だ。
その隙にレイは一気に距離を詰め、耳を押さえる騎士の前に立って銃を構えた。
「さて、質問に答えてもらおうか」
「……殺せ」
騎士はレイの構える銃を前に、剣を持った手の力を緩めた。
銃口を向けられ、足掻くことなく観念するということは、騎士にはM4が武器であるという認識があり、剣では敵わないと知っているということだ。つまり、勇者側には『銃』が配備されている可能性がある。目の前の騎士しか銃に対して反応が無かったのは、銃の所持者は極一部に限られるか、偶々、勇者の試射を目にしただけかもしれない。
レイはそれを確かめたかった。
仮に、勇者達や兵士に銃が配備されていたとしても、レイにとっては実はそれほど脅威ではない。銃は剣と同様、習熟には訓練がいるからだ。銃の取り扱いや射撃に関する訓練は、誰でも数か月あれば十分だが、それはあくまでも『銃を扱える』だけだ。現代兵士並の戦闘行動がとれるレベルには更に年単位の訓練が必要になる。
勇者がこの世界に来て一年ほど。まともな軍事教官などいない上、一年に満たない訓練期間で銃を持った兵士を作ろうが、そのような素人はレイの脅威にはなり得ない。
レイが騎士を尋問したいのは通常の情報収集の一環だが、銃の他にも腑に落ちないことがあった。
それは『魔物』だ。
『
「さっさと、殺せ。我は誇り高き騎士である。捕虜として辱めを受ける気はない」
「我とか、お前も若返った口か? その件についても教えてもらおうか」
「何度も同じ――」
「俺は騎士でもなければ武士でもない。軍人ですらないんだ……悪いな」
そう言って、レイはM4の
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