第495話 戦場③
「本気? それは笑わせる」
「必死に治療しながら強がっちゃって」
「気が変わりました。我らを前に、こんな不遜な奴は豚共に嬲らせましょう。泣いて助けを懇願する姿が見たくなりましたよ」
「それはおもしろい。豚相手に本気とやらを見物しようではないか」
「フフッ 頑張ってねオジサン」
「ほざいてろ」
回復魔法による治療を止血だけに留めたジークは、外套を脱ぎ捨て、自身が生み出した独自の魔法を発動させる。
―『聖炎強化』―
ジークの身体から、白い炎が噴き出した。
発せられた白炎は熱を帯びていないのか、本人の身体や衣服が焼ける様子は見られない。それどころか、服の下では止血に留めた矢傷が急速に治癒されており、怪我など無かったかのように、ジークは立ち上がった。
(耐えてくれよ、エクスカリバー!)
異常な速度の踏み出しと抜刀により、先頭の魔軍馬の首は瞬時に刎ねられた。
「「「――ッ?」」」
ジークの発する白炎の光とその異常な速度は、まるで彗星のような軌跡を描いて瞬く間に残り二頭の魔軍馬に迫り、その首も刹那に斬り飛ばした。
あまりの速さと眩い光に、何が起こったのか状況が理解できない騎士達。
崩れ落ちる魔軍馬の振動で我に返り、慌てて騎士達は馬から飛び降りるも、ジークの剣を欲していた男は、地面に足を着ける前にその身体が上下に分断された。
「はおっ……」
ドチャ
ドスッ
切り離された男の胴体が地面に落ちたと同時に、尊大な態度の男の胸にはジークの剣が突き刺さっていた。
「く……か……か」
ジークは胸に突き刺した剣を、紙でも切り裂くように横薙ぎに振り抜き、男の命を完全に断つと、背中を見せて逃げ出していた女騎士に視線を向けた。
「なんなのよっ! 一体なにが……はぶっ」
ズバッ
ジークは瞬く間に女騎士に迫ると、追い抜きざまに女の頭から身体を真っ二つに斬り裂いた。
「ふぅーーー」
三人の『親衛隊』を瞬殺したジークは、魔法を解いて大きく息を吐く。
身体強化魔法を上回る強化を肉体に施す『聖炎強化』は、火属性とは性質の異なる聖属性の『熱』によって細胞を活性、増殖させ、身体強化魔法の何倍もの強化を可能にした。魔力によって無理矢理筋肉を強化する身体強化魔法は、強化し過ぎると筋肉の断裂や腱を痛めるが、ジークの生み出した『聖炎強化』は負った傷もすぐに治癒する為、そのような後遺症は無い。
しかし、そんな強力な魔法も欠点があった。それも、生み出した本人が発動を躊躇うほどの致命的なものだ。
『聖炎強化』は使う度に肉体が老いる。細胞を活性化させ、増殖、代謝を高めるということは、細胞分裂を早めるということだ。人間は生涯で細胞が分裂する回数、増殖する限界が遺伝子により決められている。意図的に肉体を活性化させれば、細胞の老化を早め寿命は短くなる。
年齢が四十代前半とみられるジークは、実際には二十代後半である。教会暗部の若き天才が生み出した強力無比の魔法は、使用を繰り返せば長くは生きられない諸刃の魔法だった。
「コイツは派手で目立っちまうのが難点だぜ」
軽口を呟くジークの目元には新しい皺が増えていた。僅かな時間でも少なくない代償を払ったのは、時間が惜しかったからだ。相手の実力と装備が並ではないと判断したこともあるが、豚鬼の軍勢も迫り包囲されつつある状況では、一気に片を付ける以外に選択肢は無かった。
(ガーラの足跡が最後まで残ってるとは限らんしな……しかし、この剣はすげぇな。この魔法に耐えるのもだが、魔鉄が紙でも切るような手ごたえだった。こりゃ、使徒様に感謝だぜ)
並の武器では『聖炎強化』には耐えられず、大概は一撃で折れてしまい使いモノにならなくなる。しかし、レイから貰ったゴルブ作の『エクスカリバー』は折れるどころか曲がりもせず、鋼鉄より強度のある『魔鉄』を容易に切断できた。
ジークは感心しながら『エクスカリバー』を鞘に納め、脱ぎ捨てた外套を拾って羽織ると、ガーラの追跡に戻っていった。
…
……
………
一方。
『クルセイダー』のメンバー、トマスは、志摩達と途中ではぐれたオリビアの足跡を追っていた。
オリビアは子供を背負っている為、足跡がはっきり残っている。パーティーの中では斥候ポジションのトマスは走りながらも足跡を辿り、オリビアに迫っていた。
しかし、ただならぬ気配を察し、足を止めて身を隠す。
(なんだありゃあ……)
オリビアを迷彩服を着た小鬼達が囲んでいる。だが、トマスが驚いているのは小鬼達の後ろにいる魔軍馬と、それに騎乗する『親衛隊』の騎士達にだ。
(魔軍馬だと? あんなモノまで使役してんのか……拙いな)
トマスは荷物から薬草を素早く取り出し、自身の身体や装備に擦りつけた。香りの強い薬草で人の匂いを消す為だ。同時に気配を殺し、身を隠しながら現場に接近する。
(鎧にあるのはオブライオンの紋章だな。それに魔物を使役してるとなると、味方ってわけでもない。まあ、味方なんているわけ無いが)
小鬼達がオリビアに襲いかかる気配は無い。今飛び出すのは簡単だが、それで状況は好転しないとトマスは自身の特性を鑑み判断していた。助け出す隙を見つける為、そのまま待機し暫し様子を見る。
「二人共、無駄話は後にしろ。さっさと片付けるぞ」
「「了解……」」
スパンッ
捕虜は裸にして調べると口にしていた男が黒い鞭を取り出し、空気を切り裂くような破裂音を打ち鳴らした。
鞭の先端が空中で軌道を変える際、その先端は音速を超えて衝撃波を生む。それが破裂音の正体だ。熟練者による鞭の攻撃は回避が困難だが、鞭という武器は一撃で相手を死に至らしめる効果は無く、戦闘用とは言い難い。
しかし、鞭の先端が当たった際の痛みは尋常ではなく、耐えようのない苦痛を相手に与える。
「そうらっ!」
スパンッ
「あうっ!」
男の鞭がオリビアの腕に掠る。その衝撃で皮膚が裂け、血が滲む。鞭によって受ける痛みは斬られたり殴られる痛みの比ではなく、オリビアの顔が苦痛に歪んだ。
「お姉ちゃんっ!」
「顔を出しちゃダメっ!」
「子供を守るか……健気な女だ。見るからに血の繋がりはあるまいに」
「儂はそそられる。これだから
「遊ぶな。こ奴らが『鍵』を持って無ければ、時間の無駄だ」
「どの道、ひん剥いて調べるのだ。儂が手伝ってやればその手間が省けるというもの……だっ!」
スパンッ
「ぎゃ!」
「さあて、どこまで耐えられるかな?」
スパン
「うぐっ!」
その後も執拗な鞭の攻撃に晒され、オリビアの衣服はいとも簡単に破れ、血まみれになる。逃げようとしても、鞭が絡みついて引き戻され、アイシャを背負ったままでは逃走は困難だった。しかし、オリビアにアイシャを捨てて逃げる気はさらさら無い。オリビアはアイシャを抱き抱え、蹲って鞭に耐えた。
…
皮膚が破れる痛みと、骨に響くような衝撃。全身に走る激痛は、くることが分かっていても耐えられるものではない。オリビアは悶絶するような痛みをアイシャを守る一心で耐えていた。
「あ……う」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ぢゃぁぁぁん!」
オリビアの腕の中で泣き叫ぶアイシャ。
「ふむ。仕上げとするか」
男は魔軍馬を降り、卑猥な顔をオリビアに向けて歩き出した。
「お……願い……もう、やめ……て」
「いい表情をするではないか。では、少し味見をしてやろう」
男は腰のベルトを外し、腰回りの装具を外し出す。
「おい、後にしろ」
「捕虜の凌辱は戦場の習わし。すぐに終わる」
「やれやれ。あれはもう聞かんな。困ったものだ」
「ちっ、盛りおって……」
オリビアを犯そうとする男に呆れる他の二人だったが、男を強く制止することはせず、行為を見る気も無いのか背を向けてしまった。
「ふふふ……よく見れば中々顔も良いでは……ん? なんだ、その黒い――」
オリビアは近づいてきた男に隠し持っていたベレッタM92を男に向ける。レイから貰ってから繰り返し練習した動作は、ぎこちなさなど微塵もなく、あらかじめスライドを引いて初弾を装填していたベレッタの安全装置をスムーズに解除して男の股間に押し付けた。
そして躊躇なく引金を引く。
パァン!
「お……ふ」
股間に銃弾を受けた男は体をくの字に曲げる。下がった男の眉間にオリビアはベレッタの銃口を押し付けた。
「汚ぇモンを子供に見せるな、この腐れ騎士が!」
パァン!
銃声と共に、9㎜パラベラム弾が男の頭を貫通し、弾丸の射出口から血と脳漿が飛び散る。その音で振り向いた二人の親衛隊は、即座に剣を抜いて魔軍馬をオリビアに走らせた。
「ああぁぁぁぁーー!」
パァン! パァン! パァン!
迫りくる二人の騎士にベレッタを連射するオリビア。しかし、僅かでも銃口がブレれば弾丸はあらぬ方向へ発射される。僅か数メートルの至近距離でも簡単に外れるのが拳銃だ。二人同時に襲い掛かられ、落ち着いて射撃する時間も余裕も無いオリビアは闇雲に銃を乱射する。
撃った弾が何発か魔軍馬や騎士に当たるも、黒い鎧に阻まれ致命傷には至らず、迫りくる勢いは止められない。
カチンッ
ベレッタのスライドが後退したまま止まり、弾切れをオリビアに伝える。
その瞬間、オリビアに剣を振り下ろそうとした男の頭が爆ぜた。間髪入れずに隣の男も同じように頭の一部が吹き飛び、振り上げた剣がだらりと下がる。
ズルッ
騎士達が絶命したと同時に、魔軍馬の頭が音もなく落ちた。まるで鋭利な刃物で斬り落としたかのように他の魔軍馬も同様に事切れていた。
「……え?」
オリビアに騎士達を仕留めた手ごたえは無い。しかも、同時なようだが、オリビアには弾切れの後に騎士の頭が吹き飛んだことに気づいていた。それに、魔軍馬の首を切断したのは当然だが銃によるものではない。
ギャ
ギャギャッ
ギャン
オリビアが不思議に思っている間に、身を隠していたトマスがいつの間にか周囲の小鬼を一掃していた。
「あんたが殺ったの?」
「何がだ? というか、お前のその黒いやつ……」
「な、なんでもないわよ! っていうか、あんた、見てたんならさっさと助けなさいよ! このヘタレ!」
オリビアは慌ててベレッタを隠すと、誤魔化すように、都合よく現れたトマスを罵倒する。
「俺は考え無しに突っ込むようなガキじゃねーんだよ。お前もそんな武器があるならさっさと始末すれば良かっただろーが!」
「はんっ! 女が甚振られて黙ってるなんて、あんた男なの? なっさけな!」
「くっ、なんとでも言え……」
「弱虫」
「はう……」
アイシャの一言がトマスの心を抉る。
…
「もういいか? 行くぞ」
『消音の魔導具』を解除したレイは、M4を背中に担いでリディーナに声を掛ける。二人はオリビアのいる地点から二百メートルほど離れた森にいた。
「あのコ、血まみれよ?」
「だから? 回復薬ぐらい持ってるだろ」
「それに服もビリビリに破けてるじゃない!」
「んなもん、着替えぐらいあるだろ。無きゃ無いで、あのヘタレの上着でも……」
「んもうっ! いいから、コレ持ってって!」
呆れ顔のリディーナは魔法の鞄から回復薬を数本と、自分の予備の外套、服を取り出し、レイに押し付けた。
「面倒臭――」
「レイならバレずに置いて来れるでしょ! ほら早く!」
「仕方ない……」
渋々了承したレイは光学迷彩を施し、オリビアの元へ向かった。
(興味ないことにはホント無関心なんだから! でも……)
…
ファサ
「「「?」」」
突然、オリビアの前に女性用の服と外套、それと回復薬が落ちてきた。
「「「は?」」」
咄嗟にオリビアとトマスは辺りを見回すも、誰の姿もなく気配もしない。
「なんだいきなり……服?」
「……」
オリビアは先程の騎士と魔軍馬に起こった事の疑問が一気に解けた。
「……助けてくれたってこと? なら、もうちょっと早く……いや、そんな性格じゃなかったわね。この服はあの人のかしら……イイ匂い」
「何ブツブツ言ってんだ?」
「うっさいわね。あんたには関係ないわよ!」
「なっ! こっちは回復魔法でお前の傷を治してやろうと思ってたのに、何だその言いぐさは!」
「回復薬があるからいいわよ」
「へ?」
「それもこんなに」
「一体どこから……」
「さあね。女神様の思し召しってやつかしら? あっ」
「え? お前……顔の傷が無くなってないか? ……なんで?」
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