第492話 出発

 ジーク達がフォーレスの街に到着して二日後。


 志摩恭子が衛兵に手配されていると判断したジーク達は、志摩を宿に留めて情報収集を行い、今後の予定について話し合っていた。


「志摩センセー、やはり手配書が出回ってるようです。どうしますか? 今なら引き返せますが……」


 志摩にそう尋ねるジーク。しかし、本心は逆だ。女神の使徒であるレイからの命令は、志摩恭子を囮にして『勇者』の情報を集めること。引き返されては困るのだ。


「申し訳ありません。皆さんにはご迷惑をお掛けしますが、それは出来ません。私が知った事実をあの子達に伝えなければ……見殺しにはできないのです」


 女神の使徒であるレイの言葉が本当なら、九条彰から距離を置いて、大人しくしていれば日本に帰れる。そのことを生徒に伝えずに引き返すことは、志摩には出来なかった。


 志摩は勇者を殺すようにレイに言われているが、それに従うつもりは無い。日本に帰りたがっている生徒に伝えられればそれでいいと思っている。これまで自分の為に多くの人間が亡くなるのを見て、己の保身を考えることは出来なくなっていた。


「今更、遅いかもしれませんが、教師として、一人でも多くあの子達を元の世界に返してあげたいんです」


「こちらは依頼ですから志摩センセーの判断に従います。ですが、衛兵に手配されてる以上、今後は大分キツイ旅路になりますよ?」


 本来なら、依頼主が犯罪者として国に手配されてるなら冒険者は依頼を破棄できる。言うまでも無く、犯罪に加担することになるからだ。しかし、今回の場合は事情が違った。


 志摩恭子がオブライオン王国を支配しているであろう『勇者』に手配されることは、依頼を出した冒険者ギルド本部は当然想定しており、ジーク達もそれを承知で依頼を受けている。依頼元が志摩ではなく、冒険者ギルド本部であるという点が、通常の依頼とは性質が異なるのだ。


 オブライオン王国一国と、大陸の半分以上に支部を展開している冒険者ギルドなら、オブライオン出身者でない限り、冒険者はギルドを重視する。



「キツイ旅路かあ……」


 エミューが嫌そうな顔で呟いた。


「衛兵に手配が回ってるってことは、街道は使えないからな。王都の近くともなれば、騎士の巡回も多くなる。当然、遭遇はしたくない。できれば衛兵や騎士を始末するのは避けたいところだ」


「騎士を始末って、ちょっと……」


「最悪の場合はだ。話し合いや賄賂で丸く収まればそれに越したことはない。だが、そいつはあまり期待はできない。まあ、逃げるのが第一だな。その為に街道は使えないって訳だが……」


「ということは……森の中を進んで王都まで行くってこと?」


「まあ、森だけとは限らんが、そうなる。当然馬車は使えんし、この人数じゃ、馬だけでの移動も目立つからな。基本的には徒歩で王都に向かうことになる」


「そんなぁ〜」


「それに、だ。王都に着いても問題はある。志摩センセーが接触したい『勇者』とどこで会えるか、この前みたいなこちらを敵視する『勇者』に見つからずに王都で行動する方法も見込みが立ってない。この街でも教会や冒険者ギルドは機能してないから、王都でもアテにはできない。城門を抜けたみたいに婆さんの力で王都に入り、宿にも泊まることは出来るかもしれないが、落ち着いて寝られるのは今夜が最後かもな」


「うへぇ……」


「どうでもいい。王都に着けば後はどうにでもなる。お前らの仕事は王都までの道中だけだ」


「ガーラさん、あんた何言ってんだ?」


「お前ら『クルセイダー』は王都では必要ない」


「へぇ? なら、王都に到着したら俺達は用済み。依頼は完了ってわけか? そりゃ、ありがたいね」


「そう捉えて構わんぞ。所詮、お前等は盾にぐらいしかならんしな」


「「「……」」」


 ジーク達『クルセイダー』の面々が真顔になる。ガーラの実力は認めるものの、ここまで馬鹿にされることは、A等級冒険者になってから久しく無かったことだ。内心舌打ちをしながらも、それを表に出さぬよう堪える。


(完全に舐めてやがるな。……しかし、そうしてくれた方が俺としては都合がいい。王都に着いたら別行動の方が動きやすいしな)


 ジークはこの二日間でレイと接触できなかったことが心残りだった。元々、ジークは教会を利用してレイに情報を伝えていたが、この国で教会が消滅しているなど、想定していなかった。今やジークからレイと接触するのは難しく、レイの方から見つけてもらうしかない。しかし、この二日間でレイが接触して来ることは無かった。


(もしかすると、ババアの能力に気づいて警戒してるのかもしれん。王都に着く前に、何かしら策を練らないとな……)



 この街でレイと接触することは諦め、ジークは一行と王都へ向かう準備を整え、翌朝、フォーレスを出発した。


 …

 ……

 ………


「徒歩とか言ってなかったっけ?」


 草原を馬に乗って移動しているエミューはジークをジト目で見る。


「最初から歩くなんて言ってねーぞ? あくまでも森に入るまでだ」


「えー じゃあ、森で乗り捨てるってこと?」


「当たり前だ。後ろを見てみろ」


 エミューがジークに言われて振り返ると、馬の蹄痕がはっきり残っていた。


 ジークと『クルセイダー』のメンバー二人は単独で馬に乗り、馬に乗れない志摩はエミュー、アイシャはオリビア、ガーラとバヴィエッダは二人で一頭に乗っており、六頭の馬の痕跡は誰でも追跡できるほど目立っている。巡回している騎士や衛兵の目に止まれば、跡を追われるのは間違いない。


 しかし、旅に不慣れな志摩と子供のアイシャがいるので、ジークは少しでも時間と距離を稼ぎたかった。


「なんだか、勿体ないね」


「どうせ、経費はギルド持ちだ。気にするな。それより、警戒は怠るな。周囲だけじゃなく、空にも気を配れよ? ここは何が出て来てもおかしくないんだからな」


「う、うん」


 …

 ……

 ………


「レイ様、若造達が出発しました」


 セルゲイがレイにそう報告する。


 レイの命令で国境方面の城門を監視していたセルゲイは、ジーク達がフォーレスの街に入ってからの動向を把握し、適宜レイに報告していた。その間、レイとセルゲイはジークに一切接触していない。


「……街道から外れて森に入る気か」


 レイは『鍵』の探知機を起動させ、脳内の地図と『鍵』の進んでる方向を確認する。ジーク達は街道を使わず、森に入って迂回するコースを取っていた。


「シマキョウコが手配されてますからな。しかし、若造と接触しなくて宜しかったので? 護衛の数が減っておるそうですが……」


「二人のA等級冒険者が減った理由は気になるところだが、俺はあまり重要視してない。あいつ等には悪いが、仮に『勇者』と遭遇してたならそれで済むはずがないからな。相手が勇者じゃなければ無理に接触して情報を受け取る必要は無い」


 セルゲイの報告により、ジークが宿泊している宿や部屋の番号は分かっていた。レイなら秘密裏に接触もできたが、敢えてしなかった。レイは姿を消せてもジークは違う。それに、ジークは『鍵』を所持しており、街では誰が志摩達をマークしているか分からないからだ。どの道、これから追跡するのだから後でいくらでも接触できる機会はあるとレイは考えていた。


「よし、では俺達も出発するか」


「「「了解!」」」

「御意!」


「御意! じゃねーよ。セルゲイ、俺の話聞いてたか? お前は俺達が出発した後、ここの後始末と街の監視だろーが。万全を期してはいるが、前に話したようにどこに勇者共の監視の目があるかわからん。もし、監視していた者がいるとすれば、そいつは俺達が街を出れば必ず動く。それをお前が確認するんだ。具体的には、イヴ達の馬車を追跡する者の有無だ。奴隷達の解放とこの建物の始末も忘れるな」


「ぎょ、御意ぃ……」


「不満か?」


「い、いえ、滅相も無い! 決してそのようなことは……」


「こんな重大な任務はお前ぐらいしか頼めないんだが、不満なら他の奴に――」


「このセルゲイィ! 全身全霊を以ってレイ様の期待に応えて見せますっ!」


「そうか、なら頼んだぞ」


「御ぉー意っ!!!」


 …


「では、予定どおり俺とリディーナは先行して出発する。イヴとバッツ達は手筈どおりに王都へ向かえ」


「「「了解です」」」


 レイとリディーナは、飛翔魔法で上空に上がり、そのまま飛んで姿を消した。残されたイヴ達は、奴隷商の装いに着替え、馬車の準備に入った。


「では、セルゲイさん。後の事を宜しくお願いします」


「お任せ下さい、聖じょ……ゲフンッ! イヴ殿! 違法に囚われた者達を解放し! ここにある我々の痕跡を跡形もなく消し去り! 不届き者がいないか確認し! ワシも全速で後を追います!」


「え? ああ、はい……」



「おいっ! なんで俺がこんな檻の中に入れられるんだっ! 解放するんじゃなかったのか! 話が違うぞ!」


 解放される予定の違法奴隷の中で、唯一、ユリアンだけは治療されずにイヴ達が乗る奴隷商の馬車に乗せられていた。


「青年。これも偉大なる使徒様の命ゆえ許されよ。元近衛騎士であるお主の知恵は必ずや使徒様のお役に立てるだろう。光栄に思うがいい」


「シトってなんだよっ? 救いはどうした! 待たれよとか抜かして、結局売り払う気じゃねーか! このクソ聖職者が!」


「救いは必ずある。それが例え天に召されることでも女神様は見ておいでだ」


「天に召されるって、死ぬってことじゃねーか! ふざけんな!」


「汝に女神アリア様の加護があらんことを……」


「話し聞いてんのかゴラァァァ!」



「「「……」」」


 セルゲイとユリアンのやり取りを無言でスルーし、イヴ達は出発する。


 今回は、奴隷商の馬車の装いに合わせた馬具をブランに装着させ、ブランが馬車を引く。


 城門では街に入る時とは違い、出る時のチェックは緩かった。バッツ達が『ゴルトン奴隷』の正式な許可証や、身分証を提示したのもあるが、どの世界も検問は入る者には厳重だが、出る者には何か事件が起きていない限りは重視しない傾向がある。


 イヴ達がすんなり城門から出れたことは、表向きには治安組織にマークされていないと見ることもできるが、イヴは油断をしていない。レイとリディーナから離れて行動するのは初めてのことということもあるが、イヴは以前にオブライオン王都に潜入している。当時と状況は違うとはいえ、一抹の不安も感じていた。


(王都……か)


『うひょ~ やっぱ外を思いっきり走るのは気持ちイイっすね~』


「はいはい。でも、あまり飛ばさないで下さいね。馬車が壊れますよ?」


『でも、後ろに乗せてる奴がちょっと臭いんすよね。置いてってイイスか?』


「ダメです。我慢して下さい」


『ふぁ~い』


(フフッ 気を張り過ぎていてもダメですね)


 …

 ……

 ………


「では、約束どおり、お主達を解放する。これも全て使徒様の思し召しだ」


 レイ達が去った後、セルゲイは地下牢の奴隷達に街で調達した衣服を着せ、ゴルトンが隠し持っていた金銭を奴隷達に分配した。奴隷の首輪も外され、怪我も治っている。何気ない顔で街を歩いても、誰も奴隷などとは思わないだろう。


「言うまでもなく、ここで見聞きしたことは他言無用だ。まあ、奴隷であったことを話したくはないであろうから、杞憂ではあるが……女神アリア様と使徒様への感謝は心の中に――」


「おい、オッサン! あの黒髪の男はどこにゃ!」


「……使徒様か? 娘、使徒様に何用だ? ここでのことは忘れろと言った。感謝の言葉は心の中で唱えればよい。故郷に帰って健やかに――」 


「いいから、会わせろにゃ!」


「既にここにはいない。大いなる使命を果たしに――」


「どけにゃ!」


 猫獣人はセルゲイを押し退け、走り去っていった。


「むう……あの娘、何をする気だ? 追いかけるべきか……いや、ワシにはここの始末と監視が……しかし、レイ様に何か粗相をする気ならワシの監督責任に……拙い……」


 予想外の猫獣人の行動に、珍しく動揺するセルゲイ。

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