第491話 到着
夜。
リディーナの作った夕食をとりながら、レイは領主の屋敷と街で見聞きしたことをリディーナ達に話していた。
「ふーん、若返りねぇ。今一、理解出来ないけど……」
「「「うーん……」」」
寿命が何百年もあり、若さが続くエルフのリディーナからしてみればそうだろう。それに、この場にいる殆どの者は「老い」など実感する年齢ではない。領主が若返りという見返りで勇者に従うことに共感できずにいた。
レイも前世で病に侵されなければ、同じように思ったかもしれない。人は、病や老いを体験して、初めて健康や若さの尊さを学ぶ。そして、それが金や権力では決して手に入らないこともだ。想像はできても、その立場にならなければその者の気持ちは真に理解できないものだ。若い彼らが領主の選択を疑問に思うのも無理はない。
若返りという誘惑を蹴って勇者に逆らった貴族は、それが老人であれば余程の信念を持っていたかもしれない。既得権益に拘る者であれば、金や権力では手に入らない「若さ」を選ぶはずだ。貴族でもない勇者が国を支配することに納得できなかったのだろう。
「天寿を全うし、女神様の御許に召されることを恐れるとは、誠に嘆かわしいばかりです。ここの領主も信仰が深ければ――」
「セルゲイは少し黙ってろ」
「ぎょ、御意……」
(召されたって、女神の元になんぞ行けんぞ? なんて、教えてやったらこのオッサンどんな顔するんだろうか……)
「しかし、若返りなんて可能なんでしょうか?」
イヴが疑問を口にする。レイの言葉を信じていないわけではないが、想像がつかないのだろう。
「領主が六十代ってのが嘘じゃなければ若返ってるのは事実だからな。あの身体は間違いなく二十代のものだ。欠損まで再生させる高位魔法薬や、病気を治す万能薬なんてものが作れるなら、可能性としては十分あり得る。それが勇者の能力か、古代の知識かは分からんがな」
「旦那、若返りもそうですが、反対する貴族が取り潰しになったって、よっぽどですよ? 一つや二つの貴族家なら王家が本気を出せば余裕でしょうが、周囲の貴族が黙っちゃいません。そうなれば、今頃内戦にでもなってなきゃおかしくないですか?」
「それはそうだ。反対する貴族を一つ潰せば、他は警戒する。二つ目を潰せば次は我が身と誰でも構えるからな。本来ならあちこちで紛争が起きてても不思議じゃない。同時に多角展開できる大戦力が勇者側にはあるんだろう。……そういえば、バッツ達は冒険者ギルド本部にはいなかったな」
「本部ですか?」
「奴らには魔物を量産する体制が整ってる。それも、剣と鎧で武装させ、隊列を組ませる程に軍として機能させている。人を徴収して兵士に育てるより何倍も効率的だ」
「「「まさか、あれを『勇者』が……?」」」
バッツ達は、ジーク達と護衛任務中に遭遇した豚鬼を思い出していた。オブライオン王国から発生した豚鬼の群れが本部を襲ったという話もジークから聞いている。しかし、それを勇者が作ったという話は初耳だった。
「王都、もしくはその周辺にはあんな魔物の軍勢が配置されてると見て間違いない。それに、既存の兵士や騎士を強化して、従順なバケモンに仕立てる技術もある」
「「「バケモン?」」」
「ミリアの連れていた『鬼人兵』ですな? まるで吸血鬼のような再生能力と、あの膂力は脅威です。あれが軍勢を成してるとなると厄介ですな……しかし、使徒様であれば殲滅できると信じております!」
セルゲイはカーベルの教会で遭遇した『鬼人兵』と戦っている。まともに戦って勝てる相手ではないことは実感していた。
「言っておくが、俺は元凶の『勇者』を始末するだけだ。豚鬼やバケモンの軍勢と戦うつもりはない。それは国を守る兵士や教会、冒険者なんかの仕事だ」
「ぎょ、御意。仰るとおりです……」
「で、この後はどうするの?」
「このまま、
「王都に向かう道中、シマキョウコを襲う勇者を始末するのですね」
「そうだ。王都に入るまでに始末できれば、それを志摩達がやったと思わせられる。できれば王都でも俺達の存在は秘匿した状態で動きたい。拠点の確保は勿論、勇者の情報収集や、王宮の警備を把握する時間も作りたいからな」
(問題は、志摩を襲う奴に九条が監視の目を付けてる場合だ。人間の目に魔法陣を刻める奴なら間違いなく監視する。表立って行動できない以上、俺とリディーナで密かに暗殺するのがベストだ)
「では、これからの動きを説明する」
…
……
………
数日後。
志摩恭子とアイシャを護衛するジーク達は、表向き平静は保ってはいたものの、微妙な雰囲気のまま、フォーレスの街に近づいていた。
異端審問官といえば、庶民に限らず、権力を持つ者からしても畏怖の対象だ。異端審問官に異端者と認定されれば、貴族であろうと容赦なく連行され、拷問の後に処刑される。自分に後ろめたいものが無くとも、そんな強権を持つ者が側にいれば緊張せずにはいられない。普段は飄々とした軽いノリのジークが本当に異端審問官だとすれば、冒険者として見せていた顔は偽装であり、裏の顔があったということだ。疑心暗鬼になるのも当然だった。
ゲイルが消えたのは、ジークが異端審問官と知って逃げたと事情を知らない誰もが思った。実際は亜人の異端審問官も暗部には所属しており、亜人に差別的で排他的なのは表の教会なのだが、暗部の秘密を知らないオリビアは、竜人であるゲイルは口封じにジークが殺した可能性も考えていた。
しかし、様々な疑心があれど、誰も表には出していない。こちらの事情など襲って来る魔物には関係ないからだ。協調と連携を欠けば、強力な魔物を前に全滅は必至と誰もが分かっていたのだ。
「ようやく着いたか。城門には衛兵が検問を敷いているが……」
ジークは後ろを歩く『処刑人』の二人、ガーラとバヴィエッダを見る。バヴィエッダの種族は不明だが、ガーラはダークエルフである以上、それより長生きしていそうなバヴィエッダも同じと推測される。この国で亜人が行動するのは珍しく、差別も激しい。入国は杜撰な検閲ですんなり入国できたが、この国の中央に近いフォーレスの城門を同じように通過できるか、ジークには疑問だった。
二人共、外套のフードで隠してはいるが、検問では顔を晒す必要がある。二人がダークエルフと分かれば、面倒が起こるのは想像がついた。それに、懸念はもう一つある。
志摩恭子のことだ。志摩が勇者達から手配されていれば、必ず検問で引っ掛かる。国境では手配が回っていたかどうかの判断は出来なかった。
もし、手配されていれば……
(やはり、一度偵察してから街に入るべきだ)
「心配いらないよ、色男。さっさと進みな」
「アンタ達の心配をしてんだよ。この国では冒険者ギルドが機能してない。『S等級』の冒険者証が役に立つかは分からないんだ。強権は通用しないぞ?」
「問題無いさね」
「そうかい」
…
「要人の護衛依頼? 国境から徒歩で? ……詳しくは別室で聞かせて貰おうか?」
城門の検問で、衛兵がジーク達一行を止める。ジークは途中で馬車は故障したと説明するが、衛兵の視線は黒髪の志摩に向いていた。
「お待ち。衛兵さん、これを見るさね」
バヴィエッダは懐から球体を取り出すと、衛兵に見るように言う。ぼんやりと光ったそれを見て、衛兵は表情を無くした。
「通ってもいいかい?」
「……行ってよし」
「「「えっ?」」」
衛兵の急変した態度に一同驚く。
「婆さん、何をした?」
「さあてね。聞かない方がお互いの為さね。フェッ フェッ フェッ」
(闇魔法? 思考を操ったのか……俺を教会の人間だと知っててよくやるぜ)
闇属性の魔法は禁忌ではないが、教会関係者ならずとも、忌むべき魔法との認識が人々の中にはある。異端審問官の前で堂々と披露していいものではない。闇属性自体は違法では無い。しかし、それを利用して人を操る行為は別だ。どの国でも違法であり、異端認定され得る行為である。
バヴィエッダとは、お互いに詮索も干渉もしないとの取り決めをしたジーク。半ば、脅しに近い申し出だったが、ジークにそれを拒否することは出来なかった。正面から戦ってもガーラには勝てない上、未来を予知できるなら暗殺も難しい。それに、あの場でバヴィエッダを黙らせるには取引する他に手段がなかったからだ。
バヴィエッダの行為をジークは咎めることは出来なかった。
「今度はまともな宿で休みたいもんだ」
そんなジークを無視したガーラの言葉に、事情を知らない女性陣が心の中で同意する。
…
この街一番の高級宿に入った一行は、久しぶりの安息を得た。徒歩での移動と緊張を強いられる夜営の連続で、流石の高位冒険者達も疲労が溜まっていたのだ。
各々が部屋で息をつく中、ジークは先行してこの街に入っているであろう、レイとの接触ができずに焦っていた。バヴィエッダが異世界人を占えないことを知らないジークは、今動いて使徒であるレイと会おうと思えば、バヴィエッダにレイの存在と会合の内容を知られると考え、行動を思い留めていた。
バヴィエッダは異世界人を占えない。正確には異世界人に関連したことがぼやけて視えてしまい、容姿や言葉が判別できない。例えば、ジークがレイと会ったとしても、レイの存在が認識できないのだ。しかし、ジークの話す言葉は分かる。相手との会話で内容は推測出来るが、対する相手が異世界人とだけしか分からなかった。ジークと通じているのがレイか勇者かまでは判別できていなかったのだ。
しかし、そのことはジークは知らない。
(俺が動かないと決めれば、ババアが視た未来は変わる。だが……)
バヴィエッダの存在は危険だ。ジークは一刻も早くレイに報告したかった。
「ねえ、ジーク。これって何だと思う?」
エミューは浴室に設置された、細かい穴の空いたモノを指して尋ねる。
「あー? なんだそれ。俺も初めて見るな……」
「それはシャワーです。下のレバーを操作すれば、お湯がでますよ」
「志摩センセー、知ってるの?」
「え、ええまあ」
「じゃあ、コレは?」
「ドライヤー……だと思います。温風で髪を乾かす道具ですね」
「このドロッとした妙な液体はなんだ? まるでアレじゃねーか……痛っ オリビア、何しやがる」
「死ね」
「「「……」」」
「……それはシャンプーという髪を洗う洗剤です。どれも、私のいた世界にあったモノです。まさか、一般の宿にまで普及してるなんて……」
「勇者が作ったモノってことか……使って大丈夫なのか?」
「問題はないはずです。単なる便利な道具ですから……」
「おい! 便所が壊れてるぞ! 水が飛んできやがる!」
「ガーラさん、それは温水洗浄便座という――」
それぞれが様々な思いを押し殺し、平静を装うも、勇者が広めている日本の道具に驚きは隠せなかったようだ。
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