第484話 被害者

 牢の中でレイを睨んでいたのは、オブライオン王国の元近衛騎士、ユリアンという男だった。


 ユリアンは以前、勇者の一人である桐生隼人に婚約者を犯され、桐生に決闘を申し込んだ。結果は何もできずに嬲られた上、婚約者を目の前で凌辱されるという屈辱を受け、近衛騎士を辞したと噂されていた。しかし、実際は桐生に負けた後に両手を斬り落とされ、奴隷として売られたのだ。


 当時はまだ、勇者達の一部が国を支配しようと画策していた時期であり、勇者達が能力を使って好き勝手していた頃だ。桐生の行為に不快な思いを持つ者もいたが、教師でさえ欲望を剥き出しに行動していたのだ、誰も咎めるようなことはしなかった。


 奴隷に堕ちた後のユリアンは、男娼として変態達の相手をさせられ、地獄の日々を送った。近衛騎士の中でも美男子としてもてはやされた当時の面影は既に無く、病に侵され、使い物にならないと判断されて、二束三文でゴルトンに払い下げられた。


 ユリアンはみじめに堕ちた後も勇者に対する憎しみは忘れてはおらず、勇者達と同じ黒髪のレイを勇者と思い込み、憎悪の目をレイに向けていたのだった。


「勇者? ……お前、勇者を知ってるのか?」


 レイに睨む男との面識はなかった。


 ここは、勇者と称した日本人達が支配している国である。この世界では珍しい、勇者と同じ黒髪のレイを見て、関係者ではと疑問に思う者がいても不思議ではない。しかしながら、勇者関係者と知って憎悪を向けるとなると話は少し変わる。


 レイを勇者、またはその関係者と勘違いしているのであれば、憎悪の目を向ける以上、男は勇者を直接知っている可能性が高かった。


「知っているかだと? 惚けやがって……この悪魔がっ!」


 吐き捨てるように言い放つ男に、レイは可能性が確信に変わった。


(やはり、コイツは勇者を直接知ってるな……被害を受けた者、あるいはその家族ってとこか?)


「ちょっと、あなた何言ってるの? 何か勘違いしてない?」


「今はいい、コイツも後で話を聞くとしよう。先にこの建物の確保だ」


「わ、分かったわ」


 レイとリディーナは男を放置し、奴隷商の建物を調べる作業に戻った。繋がれている奴隷達は見る限り、命に別状ある状態の者はいなそうなのでそのままだ。先ずはこの場所の制圧をレイは優先した。


 …

 ……

 ………


 一方、フォーレスの城門では、レイ達を通した衛兵が、詰所で上司に報告していた。


「エルフの女と一角獣が積み荷だと?」


「はい。ロッカの認証を受けた商人でしたので通しましたが、荷は確かにエルフの奴隷と捕獲した一角獣でした。明日にはこの街を出て王都へ向かうとのことです」

 

「奴隷商か……王都へ向かうのであれば、既に荷物の買い手は決まってるのかもしれん。だが、以前、王宮から亜人は全て捕えて王都へ連行しろとの命令があった。その命令はまだ取り消されておらん……何故、買い手を確かめなかった?」


 上司に睨まれ、そう責められた衛兵は、買い手が権力者であると勝手に想像し、遠慮して確認作業を怠ったことを後悔した。王宮からの命令は衛兵も知ってはいたが、半年以上も前であり、その間に特に何も無かったことから失念していたのだ。


「も、申し訳ありません……」


「買い手が決まっているならば、その名を出したはずだ。それをしなかったのは買い手はまだ決まっておらんということだ。どうせ、王都経由でマサラで競売にでも掛けるつもりなのだろう……すぐにその奴隷商を探し出して、荷を押さえろ! 手段は問わん。抵抗するようならその場で奴隷商を処分することを許可する」


「はっ!」


「人員は口の堅い者を選んで連れて行け。くれぐれも内密に事を進めるんだ。関わる人間が少ないほど褒章の内容が上がるからな……ふふふ、亜人の中でも希少なエルフを確保し、王宮へ献上すれば出世は間違いな――」



 ―『炎の魔眼』―



 ゴウッ


 突然、醜い笑みを浮かべていた上司の顔が燃え上がった。首から上が丸ごと火を吹き、上司は悲鳴をあげる間も無く絶命した。頭部が灰になって無くなり、首から上の無い遺体が出来上がる。


「……ッ!」


 あまりに突然で不可解な出来事に、目の前で起きたことが現実には思えず、衛兵は言葉を発するのを忘れ、暫し放心していた。


 そうしてる間に、衛兵の視界も一瞬で炎に覆われ、上司と同じ運命を辿った。



 詰所の扉が静かに開き、イヴが部屋に入ってくる。


 ハンクが慌てて周囲を警戒し、イヴに続いて詰所の中に入るも、すでに衛兵とその上司は息絶えており、他に人はいない。イヴが態々部屋に入って行ったのは、自分達の入街と積荷の記録を名簿から消す為だ。


(え? 何この子? さっきまで扉の隙間から覗いてたと思ったらいきなり入って……って、ナニコレ?)


 イヴは頭を燃やして始末した二人の遺体と名簿を魔法の鞄に仕舞い、自分達の存在を示す証拠を素早く回収した。


「意外に早く片付けが済みましたね。撤収しましょう」


「へ?」


 あっという間の出来事に、ハンクは状況がつかめず困惑する。


 仮に衛兵が上司に報告せず、もしくはしたとしても、上司が欲をかかなければ、始末されることは無かった。衛兵が報告しなかった場合は、イヴが尾行し、自分達のことを誰かに話さないか確認する必要があったが、その手間が省けたことになる。


 目撃者は消す。暗部では鉄則だが、イヴがすぐに衛兵を始末しなかったのは、レイから目撃者を消すことが必ずしも最善ではないと教えられていたからだ。


 現代社会では、人が一人いなくなるということは軽い事ではない。誰にでも家族や友人、知り合いがいるのは勿論、職場や学校など何かしらの社会的繋がりを持っている。事件に無関係な目撃者、ただそこに居合わせただけの一般人が不自然に姿を消せば、周囲が動くことになる。自分は一人だと本人が思い込んでいても、気に掛ける人間や社会があるのだ。目撃者の属性も分からぬまま安易に消せば、予期せぬ方向から辿られることもある。


 人は死んだら取り返しがつかない。口を封じた目撃者が、権力者や警察関係者と後で分かっても遅いのだ。レイは仕事柄、目撃者を消した後に窮地に追い込まれた不運な者を何人も知っていた。世の中には嘘のような偶然や運命のような巡り合わせが実際に起こる。命のやり取りをする以上、それを笑い飛ばすことは出来ないのだ。


 しかしながら、この世界には碌な捜査機関などなく、目撃者を消すのは最善の手であることは間違いではない。レイは、目撃者の背景を考えない事の危険性を説いただけなのだが、イヴは無用な殺生は控えることだと捉え、無害なら始末する必要は無いと考えていた。


 だが、イヴは人を殺すことに罪悪感を感じている訳ではない。始末しろとレイから言われれば、躊躇せず実行する。そこに感情が揺れ動くことは無い。幼少の頃からの過酷な訓練で、既に殺人に対して葛藤など抱かなくなっているのだ。


 人殺しが『悪』であるならば、『聖女』として生を受けたイヴを暗部で教育したダニエ枢機卿は大きな罪を犯したと言えるかもしれない。しかし、このような世界で、自らを守れるようにとそうしたダニエを責めることは誰にも出来ないだろう。ここは現代日本のような安全な世界ではないのだから……。



(レイ様の指導どおり、部分的に魔眼を発動させれば、消費魔力は抑えられますね。最近、ようやく慣れてきたように思えます。若干、発動時間も短縮できたようにも感じますが、気のせいでしょうか……)


(旦那と姐さんもオカシイが、このコも相当オカシイ! 回収した遺体は衛兵のか? 頭が無かったように見えたが……何をした? いや、いつの間に? 一体なんなの? この人達……というか、衛兵の詰所を偵察して強襲するのに躊躇とかないのね)


 ベテランのB等級冒険者『ホークアイ』は、斥候パーティーという特殊な性質、また、バッツ達が昇級試験を避けていることもあるが、その面々の実力はA等級に迫る。メンバーの一人であるハンクも相応の実力者だ。しかし、そのハンクの目にも、イヴの実力を計りかねていた。一般人からすれば、イヴは年齢と実力が釣り合っていないのだ。

 

 レイとリディーナの影に隠れてはいるが、イヴもここ数か月で驚くほどの成長を遂げている。元々、教会の暗部で訓練を受け、異端審問官として一定の実力はあった。しかし、レイから古武道の指導を受けて体の使い方が飛躍的に上手くなっていた。


 その結果、戦闘能力は勿論、隠密行動にも磨きがかかった。忍術の流れも汲む『新宮流』の教えには、教会の暗部に伝わる以上の技術も多く、イヴは弛まぬ努力と『魔眼』の秘めたる能力も相まって、年齢不相応な実力を急速に身に付けていた。


 国を相手取る力、『龍』と同等とするには力の性質が異なり、イヴの『S等級』の認定は難しいかもしれない。しかし、その実力は対人限定では既にその域に踏み込んでいた。



「どうやら、迎えが来たみたいですね」


 気配を殺し、素知らぬ顔で衛兵の詰所を後にし、誰にも見咎められずに城門まで戻って来たイヴの目に、バッツ達の姿が見えた。


「向こうも旦那達を送り届けたらしいな」


(違法の奴隷業者か……旦那に目を付けられたのが運の尽きだ。まあ、同情はしないがな)


 …

 ……

 ………


『ゴルトン奴隷』の従業員は、レイが昏倒させたゴルトンを含めた五人以外に、調教担当と思われる者が二人、それと今日は出勤していない一人がいると判明した。地下で待機していた調教担当は既にレイの手で捕えているが、この場に不在の者はまだだ。


「他には?」


 ブスッ


「ひぎゃあああぁぁぁ! もう、いません! それで全員ですぅぅぅ!」


 レイは地下牢でゴルトンを尋問中だ。ゴルトンを裸にして椅子に縛り付け、爪の間に針を刺していた。因みに、既にバッツ達とイヴは合流して戻ってきており、レイの尋問を一同が神妙な面持ちで見ている。


「奴隷を調教とか抜かしてたんだ。これくらいで根をあげるなよ。それともブチのめされる方がいいか?」


 レイは血に塗れたブラックジャックをこれみよがしに拾う。


 ゴルトンの脇には、ブラックジャックで殴られ、血反吐を撒き散らして死んだ部下達が横たわっている。


 その様子を見ていたゴルトンは、激しく首を横に振った。


「も、もうやめて……」


「調教だかなんだか知らんが、人を痛めつける者は、身を以ってその行為を体験しとくもんだ。でなけりゃ、加減が分からず相手を殺しちまうからな。俺のいた世界じゃ、そんな拷問官なんて三流以下だ。お前は、普段から奴隷の調教をしてるんだろ? なら、これくらい楽勝だろ?」


「そ、そんなわけ……」


(((ってことは、旦那もこんな拷問を受けたことあるのぉ?)))


 レイの発言に、この場にいるバッツ達は勿論、リディーナやイヴの頬が引き攣った。


 レイの言い分は一般的なものでは無く、レイの師である新宮幸三の方針だ。師の教える拷問術は、習得の際、必ず同じことを体験させられる。それを耐え抜く者でなければ技を伝授するに値せず、振るう資格も無いとの方針だ。


 自ら拷問を体験している者と、そうでない者とでは、人を痛めつける際の見極めに差がある。人がどこまで耐えられるか、死ぬギリギリのラインを身を以って知っているかの差は大きいのだ。無論、人体の詳しい知識を有する者や、多くの経験によりその差を埋めることは出来るが、師はその時間と労力を短期間で収める為もあって、そのような方針を取っていた。


「さて、それじゃあ、次の質問だ。この国や王都の情報を話してもらおうか。まずは支配体制についてだ。この街も電気を利用した設備が至る所に設置されてるな? 教会を排して、病院もあるはずだ。領主を含めて、権力者達の動きの変化を教えろ」


「へ? 支配……体制ですか? ワシには言ってる意味がよく分から――」


「おいおい、仮にも違法な行為をしてるんだ。世の中の情勢には敏感になってなきゃならんだろう? 為政者のことを知らないって、そりゃ商人としても失格だ。……話したくないならそれでもいい。俺は勝手にやってるからな」


「え? ……ッ! ほんぎゃああああああ」


「俺が興味のありそうな話なら手が止まるかもしれないな」


「あんぎゃああああああ」


 レイは淡々と両手両足の爪に針を刺していく。指や四肢を斬り落とすような真似はしない。助かっても日常生活に支障をきたす様な傷をつければ、希望を失う。助かる為に白状するよりも、一思いに殺してくれと願うようになる。そうなれば、尋問は捗らない。


「話すっ! 話すからやめてくれぇぇぇ あがああああ」


「そうじゃないだろ?」 


「ぎゃあああぁぁぁ……りょ、領主はじゃないという噂があああぁぁぁ」


「そういう話なら興味がある。話せ」


「はぁ はぁ……ワ、ワシらの生活は急に良くなった。便利な物が王都から流れて、何故か税金も安くなった。だが、平民にとっては良くとも貴族共にとっては違う。重税を緩和しろという王命に納得できない領主は、王都に行った。しかし、帰って来て人が変わったと……」


「それだけで、何故、人じゃないと?」


「……領主には誰も逆らえない! 言えば殺されるっ!」



「まだ、自分の状況がわかってないようだな。これから俺が何でも素直に話せるように調してやる。好きなんだろ? 調教が」


「ち、違っ――」


 レイは、長細い針を魔法の鞄から取り出した。


(((出た! あのヤバイ針!)))

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